「にじいろジーン 地球まるごと見聞録」タイに程近いマラッカ海峡に浮かぶマレーシアのペナン島。
「東洋の真珠」とも謳われるリゾートアイランドでもある。
古来より、その地の利を生かして東西の貿易の拠点となってきた。
そのために、いろいろな国の人や文化と宗教が流入し、世界でも類を見ないほどの国際都市でもあっただろう。
世界遺産にも登録されているジョージ・タウンは、その名からもわかるようにイギリス統治時代の建物が多く残る、異国情緒溢れる街並み。
現在、古い時代の風俗を街に印す手立てとして、ワイヤーアートや壁画などのストリートアートが通りのいたるところで繰り広げられている。
「ラブ・レーン」愛の通りと言う路地がある。
昔、浮気をしていた男が通う部屋を彼の妻がつきとめ、部屋から逃げ出そうと窓脇にある配管を伝い降りようとした男の姿とそのストーリーをワイヤーで形作ったものが、その路地の建物に飾られるのだ。
なるほど、洒落が効いて面白い。
しかし、古い建物の街並みを維持するのは並大抵のことではない。
ここでは、歴史的建造物が多く残る街に新しい建物を建てるときの義務が課せられる。
もともとあった建物の一部、多くは正面入り口付近などをそのままに、新しい建物と融合させて建造するのだ。
ちょと無理を感じないわけではないが、無秩序に建物を乱造されないための方策の、ひとつのあり方といえよう。
マレーシアには、プラナカンといわれる15世紀に渡って来た中華系移民の末裔がいて、彼らの築いた華やかな文化が残っている。
ニョニャ・クパヤという刺繍を施された華やかな伝統ファッションがあり、ニョニャとはプラナカンの女性のことを差す言葉。
それでは、グルメ。
まずは、トロピカルフルーツの王様ドリアン。
なんとドリアンには多くの種類があり、味もさまざまあるという。
今流行っているのは、”猫山王”という名で、苦味が程よくおいしいもの。
「ガーニー・ドライブ」は、ペナン島随一の屋台村。
マレーシア風焼き鳥の”サティー”、米と鶏肉をしょうゆ味で炊き込んだ”クレイポッド・チキンライス”は、屋台の定番。
”パセンブー”は、好みの揚げ物と野菜を盛り合わせ、そこにたっぷりのチリソースを掛けたもの。
”ロジック”は、熟す前の歯ごたえのあるフルーツの盛り合わせに、甘辛いソースを掛けた、スイーツではなくサラダとして食べるもの。
「ヘンホア食堂」は、”チャークエティアオ”を43年間、毎日200皿以上焼いてきた名物おばさんの店。
”チャークエティアオ”は、米の平らな麺とエビや野菜を炒めて、醤油ベースのたれで味をつけ、最後にたっぷりの唐辛子の粉を入れる。
麺のモチモチとした食感に、ピリ辛がよくあう。
ざっと見ていて思うことは、とにかく食べ物のほとんどが赤いもので覆われると言うこと。
以前、メキシコの食を見ていても思ったのだが、スイーツにもチリパウダーをこれでもかと振り掛ける、その辛いものにこだわる食性は、ちょっと恐れ入った。
それと通じるものが、マレーシア料理にも多聞に伺える。
ペナン島近くにあるランカウイ島も、リゾートアイランドとして観光に力を入れている。
「伝説の島」と言われるほど、今なお数多くの伝説が語り継がれている。
マングローブの密林には、ワシ、サル、ミズオオトカゲ、カワセミ、キクガシラコウモリなど多くの野生動物が生息し、観光ツアーでそれらの姿を見ることができるそうだ。
「ガヤ・ミナミ・ハンディクラフト」では、ナマコ石鹸というものが売られている。
海の生物のナマコは、高い生命力を誇り、300年以上昔から食に薬に使われてきた。
石鹸にすると、保湿性が高い優れものになるのだそうだが、ナマコ恐怖症の自分にとってはトンデモ商品なのであった。
海のアクティビティーとして、ヨット・クリスタル・ホリデイズによるヨットクルージングがある。
ヨットで食事をしたりもするが、海上に突き出して張られたネットの上でシャンパンを飲んでくつろぎながら、水流マッサージもできるサービス。
大雑把なアクティビティーである。
マレーシアでは、イギリスの影響を受けて、アフタヌーンティーの習慣が残っているらしい。
揚げたココナッツ入りパンケーキと紅茶ならばまだイギリス風といえるけれど、マレーシア風にアレンジされていて、麺が添えられている。
軽食と言うより、中食といった感じだ。
だいたい植民地のような具合になったところでは、かつての宗主国の文化の名残と本来の自国文化を融合させたものが、新しいその国の文化になる。
良いところは取り入れて、変わっていくは自然の流れとして、自分たちのアイデンティティーを保持していくのは悪くない。
昔よりのそんな土地柄が、幾多の文化の流入を上手くあしらえるようにしたのだろう。
つまり、風土が及ぼす影響は、とんでもなく大きいということであった。
「東洋の真珠」とも謳われるリゾートアイランドでもある。
古来より、その地の利を生かして東西の貿易の拠点となってきた。
そのために、いろいろな国の人や文化と宗教が流入し、世界でも類を見ないほどの国際都市でもあっただろう。
世界遺産にも登録されているジョージ・タウンは、その名からもわかるようにイギリス統治時代の建物が多く残る、異国情緒溢れる街並み。
現在、古い時代の風俗を街に印す手立てとして、ワイヤーアートや壁画などのストリートアートが通りのいたるところで繰り広げられている。
「ラブ・レーン」愛の通りと言う路地がある。
昔、浮気をしていた男が通う部屋を彼の妻がつきとめ、部屋から逃げ出そうと窓脇にある配管を伝い降りようとした男の姿とそのストーリーをワイヤーで形作ったものが、その路地の建物に飾られるのだ。
なるほど、洒落が効いて面白い。
しかし、古い建物の街並みを維持するのは並大抵のことではない。
ここでは、歴史的建造物が多く残る街に新しい建物を建てるときの義務が課せられる。
もともとあった建物の一部、多くは正面入り口付近などをそのままに、新しい建物と融合させて建造するのだ。
ちょと無理を感じないわけではないが、無秩序に建物を乱造されないための方策の、ひとつのあり方といえよう。
マレーシアには、プラナカンといわれる15世紀に渡って来た中華系移民の末裔がいて、彼らの築いた華やかな文化が残っている。
ニョニャ・クパヤという刺繍を施された華やかな伝統ファッションがあり、ニョニャとはプラナカンの女性のことを差す言葉。
それでは、グルメ。
まずは、トロピカルフルーツの王様ドリアン。
なんとドリアンには多くの種類があり、味もさまざまあるという。
今流行っているのは、”猫山王”という名で、苦味が程よくおいしいもの。
「ガーニー・ドライブ」は、ペナン島随一の屋台村。
マレーシア風焼き鳥の”サティー”、米と鶏肉をしょうゆ味で炊き込んだ”クレイポッド・チキンライス”は、屋台の定番。
”パセンブー”は、好みの揚げ物と野菜を盛り合わせ、そこにたっぷりのチリソースを掛けたもの。
”ロジック”は、熟す前の歯ごたえのあるフルーツの盛り合わせに、甘辛いソースを掛けた、スイーツではなくサラダとして食べるもの。
「ヘンホア食堂」は、”チャークエティアオ”を43年間、毎日200皿以上焼いてきた名物おばさんの店。
”チャークエティアオ”は、米の平らな麺とエビや野菜を炒めて、醤油ベースのたれで味をつけ、最後にたっぷりの唐辛子の粉を入れる。
麺のモチモチとした食感に、ピリ辛がよくあう。
ざっと見ていて思うことは、とにかく食べ物のほとんどが赤いもので覆われると言うこと。
以前、メキシコの食を見ていても思ったのだが、スイーツにもチリパウダーをこれでもかと振り掛ける、その辛いものにこだわる食性は、ちょっと恐れ入った。
それと通じるものが、マレーシア料理にも多聞に伺える。
ペナン島近くにあるランカウイ島も、リゾートアイランドとして観光に力を入れている。
「伝説の島」と言われるほど、今なお数多くの伝説が語り継がれている。
マングローブの密林には、ワシ、サル、ミズオオトカゲ、カワセミ、キクガシラコウモリなど多くの野生動物が生息し、観光ツアーでそれらの姿を見ることができるそうだ。
「ガヤ・ミナミ・ハンディクラフト」では、ナマコ石鹸というものが売られている。
海の生物のナマコは、高い生命力を誇り、300年以上昔から食に薬に使われてきた。
石鹸にすると、保湿性が高い優れものになるのだそうだが、ナマコ恐怖症の自分にとってはトンデモ商品なのであった。
海のアクティビティーとして、ヨット・クリスタル・ホリデイズによるヨットクルージングがある。
ヨットで食事をしたりもするが、海上に突き出して張られたネットの上でシャンパンを飲んでくつろぎながら、水流マッサージもできるサービス。
大雑把なアクティビティーである。
マレーシアでは、イギリスの影響を受けて、アフタヌーンティーの習慣が残っているらしい。
揚げたココナッツ入りパンケーキと紅茶ならばまだイギリス風といえるけれど、マレーシア風にアレンジされていて、麺が添えられている。
軽食と言うより、中食といった感じだ。
だいたい植民地のような具合になったところでは、かつての宗主国の文化の名残と本来の自国文化を融合させたものが、新しいその国の文化になる。
良いところは取り入れて、変わっていくは自然の流れとして、自分たちのアイデンティティーを保持していくのは悪くない。
昔よりのそんな土地柄が、幾多の文化の流入を上手くあしらえるようにしたのだろう。
つまり、風土が及ぼす影響は、とんでもなく大きいということであった。