やくもあやかし物語・82
二丁目の断層の手前の道を横に入ったところにお地蔵さんがいる。
お地蔵さんというのは、単にお地蔵さんだと思っていたんだけど、どうも種類があるらしい。
子安地蔵とか、延命地蔵とか。
わたしの生活圏の中にあるのは、このお地蔵さんだけなので、わたしは単にお地蔵さんと呼んでいる。
でも、延命地蔵と呼ぶのが正しいと、交換手さんが教えてくれた。
交換手さんの正体は、むかし樺太の真岡というところで電話交換手をやっていた親類筋にあたる女性で、むかしの事をよく知っている。だから、たまにお地蔵さんからかかってきた時に『延命地蔵さんからです』と、さり気に教えてくれて、今日に至っているんだ。
夕べ、その延命地蔵さんから電話があって、図書当番で遅くなったんだけど、チカコを連れて訪れた。
『ごめんね、図書当番だったんでしょ』
「うん。でも、ずいぶん日が長くなってきたし平気だよ」
『そう、だったらいいんだけど……あら、そのカバンから覗いているのは○○さん?』
「あ、お地蔵さんには分かるんだ。エヘヘ、縁あってうちに来てるチカコだよ。よく分かったわね、姿形は黒猫なのに」
『こう見えてもお地蔵さんよ。たいていのことはお見通し』
「でも、○○さんてのがよく分からない。なんで伏字なの?」
『あら、聞こえなかった?』
「うん」
『やくもと同じようにチカコって呼んだんだけど』
「え、そうなの?」
『そうよ』
「アハ、そうなんだ」
ほんとは不審だった。
だって、お地蔵さんは○○さんと呼んだんだよ。チカコなら○○○って三文字だよね。
でも、相手はお地蔵さんだから深く追求はしない。
『じつは、きょう来てもらったのは、ちょっとお願いがあってね』
「え?」
ちょっとビビる。
この春も、この二丁目断層付近の不良あやかし退治を頼まれたところだ。なんとかこなしたけど、わたしはゲゲゲの鬼太郎でもネコ娘でもないので、やっぱり怖気が先に立ってしまう。
『アハハ(^_^;)、そんな冷や汗流すようなことじゃないから』
「い、いや、大丈夫ですよ(;'∀')……で、なんなのかなあ?」
努力して平気な顔を作ってみる。
クス
カバンのチカコが笑ったような気がした。
「あ、いま笑った?」
『ううん』
確かに笑われたんだけど、チカコもリラックスしてる感じなので、追及はしない。
『じつは、お地蔵ギルドから頼まれごとがあってね』
「え、お地蔵様にもギルドがあるの!?」
『そりゃあね、人目には街角でノホホンとしてるように見えても、いろいろあるのよ。だから、ギルド組んでるの』
「そうなんだ。で、お願いと言うのは?」
クス
またチカコが笑う。
どうも、緊張しているのがバレバレのよう。通学カバンをギュっとしているので、チカコには心臓のドキドキが分かってしまうのかもしれない。
『大阪の「しらみ地蔵」さんからの頼まれごとなんだけど……』
「し、しらみ地蔵!?」
『あ、可笑しいんだったら、今のうちに笑っておいて。途中で笑われたら話の腰が折れてしまうから』
アハ アハハハ……
しばらく、チカコといっしょに笑ってしまう。それにつられてお地蔵さんまで笑い出して、なかなか本題には到達しなかった。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ)