銀河太平記・053
わたしは、天狗党の加藤恵です。
そう言うと、大使館の屋根の上に出現したホログラムは緒方未来の擬態を解いた。
身の丈四メートルもあるホログラムなので感が狂うが、実物は小柄な少女なのだろう。
戦闘服に付属した装具が少し大きい。バックルやボタンやフックはサイズに関わらず同じ大きさだから、そこからおおよその身長や体格が推測できる。
「155センチ45キロといったところです」
胡蝶が類推値を言う。いつもながら、打てば響く奴だ。
『昨日、西方の古戦場でミイラ化した兵士の遺体が五体発見されました。いずれもマース戦争時代のもので、状況からマス漢軍の捕虜になった兵士たちだと推量されます。三体が男性兵士、二体は女性兵士で、全員手足を結束され、分隊長と思われる曹長の遺体には首がありません。女性兵士は二体とも下半身の衣類を付けていません。とても、リアルではお見せ出来ませんので、イメージのホログラムで示します……』
うわあ……
群衆たちから声が上がる。
ミイラは古典ゲームのポリゴン画像のような粗さだが、周囲の風景は18Kの鮮明さ。周囲の風化した兵器や、ミイラたちが埋められていた露頭の質感がリアルで、数十年前に起こった惨劇を想像するには十分なものだ。
『マース戦争のころのものとは言え、この残虐行為は記憶しておかなければなりません。そのために、当時の最高責任者であったソウ大統領の首を吹き飛ばしまし……た……W#$&~#””』
ホログラムが乱れる。大使館側がジャミングをかけたのだろうが、二三秒で回復すると、それ以上に乱れることはない。天狗党のデジタル技術が優れている証拠なのだろう。
『なにを昔のことにこだわってと思われるかもしれませんが、現状は、マース戦争のころよりも格段に技術が進歩した分、隠蔽され、ひどいものになってきています。その、ひどい現実は、火星各地で進行しているのみならず、母星である地球も含めて深刻化の道をたどっています。われわれ天狗党は幕府を支持するものですが、状況の変化次第では独自の革命の道を進みます。扶桑のみなさん、天狗党は、まもなく本格的な闘争に入ります。常に情報を提供し、双方向の革命を目指します。今日はお騒がせしました。扶桑国内における実力行使は、これを最後に当面控え、広報活動に専念します。わたしたちは幕府と扶桑将軍を支持し共に進むものであります。ご清聴ありがとうございました』
少女らしく一礼すると、ホログラムはドットを荒くして消えていった。
交差点の西側に扶桑高校の諸君がいることには気づいていたが、知らないことにして、愛馬の盛さえ残したまま城に帰る。子ども残りに馴染んだ裏道を通って半蔵門を目指す。
「一本やられたな。あれでは、幕府が関与していたと勘ぐられかねない」
「申し訳ありません、甘い状況判断でした」
「城を飛び出したのはわたしだ。胡蝶が詫びることではない」
「はい、しかし……」
「胡蝶」
「はい」
「北町奉行所に行く。酒井と服部に来るように手配してくれ」
「「承知」」
声が二つしたかと思うと、斜め後ろから隠密局の服部が現れる。
「「え!?」」
胡蝶と共に驚く。
独自に動いているつもりだったが、どうも、腹心たちにはお見通しのようだ。
頼りになるような、恐ろしいような……思った時には、もう伊賀忍者末裔の姿は無かった。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信