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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:193『舟をこぐ』

2021-06-26 09:14:59 | 小説5

かの世界この世界:193

『舟をこぐ』語り手:テル   

 

 

 

 平家が乗り捨てた舟がありますよ。

 

 岡山に渡る舟に困っていると言うと、与一は海辺まで案内してくれる。

「与一ですから、余りものを見つけるのはうまいんです(^_^;)」

 自虐的なんだけど、与一が言うと、なんだか和む。

「平家の大半は舟で逃げてしまいましたが、討ち死にした者や四国の内陸に逃げた者もいますからね、舟は余っています」

 大型の船は源氏が輸送用に接収しているが、十人程度が乗る舟は結構残っている。

「では、お気をつけて」

 自分の事は聞かれるままに話してくれた与一は、こちらの事情は、ほとんど聞くこともなく、穏やかに送り出してくれた。

 

「わたしが漕ぎます」

 

 命ぜられたわけでもないのに、タングニョーストは舟の後ろに回って漕ぎ始める。

「背嚢持ちましょうか?」

 ケイトが申し出るが、ゆるく首を振って、こう言う。

「いいや、こうやって担いでいると、タングリスと話しているような気になれるから」

 グイっと艪を握る手に力が入る。背嚢の中の骨もカサリと音を立てて、超重戦車ラーテを二人で操縦していた時のような感じになる。

 ムヘンの流刑地で出会ったのが、ずいぶん昔の事のように思われる。

 その、ずいぶん昔から、タングリスとタングニョーストは、永遠のバディーなんだろう。

 

 瀬戸の海は夕凪、小さな舟だけど、ほとんど揺れることもなく進んで行く。

 あまりの穏やかさに、みんな寡黙だ。

「ふふ、ケイトが舟をこいでいるよ」

「え?」

 イザナギさんの言葉にヒルデの頭に『?』が立つ。

「コックリコックリ居ねむるのを『舟をこぐ』って言うんだよ」

 説明してやると、タングリスと見比べて納得するヒルデ。

「なるほど、艪を漕ぐのに似ているな」

「はは、うまいこと言いますね」

 また、カサリと音がして、タングリスも笑ったようだ。

「北欧の海とは、まるで別物だな」

「これでは、エーギルもポセイドンも棲みようがないでしょう」

「そうだな、あいつらは、荒海でなければ窒息してしまうだろう。もし、やつらを連れてくるとしたら、武器は取り上げなければならないな」

「そうですね、あんなフォークの親玉みたいなの持って泳ぎ回られたら、この穏やかさは台無しです」

「海は海神(わだつみ)という子に任せているのですが、恥ずかしがり屋で、まだ姿を見せません」

 恥ずかしがりの神さまで間に合う海はありがたいなあ……と思っているうちに、舟は岡山の宇野に着いた。

 

 児島湖を右に見て少し行けば岡山は目と鼻の先だ。

 

 峠を越えると、なんだかヤケクソで呼ばわっている子どもの声が聞こえてくる

「なんだ、あいつは?」

 ヒルデが眉を寄せる。

 ヒルデは、ヤケクソとかミットモナイが頭に付く奴は嫌いなのだ。

 

「お供になるやつ、絶賛大募集! 三食昼寝付き! 経験者優遇! だけど、未経験者でも優遇すんぞ! 給料は岡山名物のキビ団子! 定員に達し次第締め切りだぞ! 早いもん勝ち! もう! だれかいねえかああああああああ!!」

 それは、ヤケクソでお供を求めている桃太郎だった……。 

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 
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ライトノベルベスト『61式・4』

2021-06-26 06:16:39 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『61式・4』   

 



「突然だが、君は4月2日生まれだそうだな?」

 武藤進一は、突然自分の前で急停車した61式戦車から出てきた筋骨たくましいジイサンに聞かれた。

 ラノベ風に言うとこうなる。事実は以下の通り。

 啓子伯母さんのお店ヒトマルで会議の結果、61式(1961年生まれ)のお父さんに見合いをさせるために、お父さんが断る言い訳にしている条件を潰すことになった。照れくさいとか、亡くなったお母さんへの義理立てなどは、簡単にお祖父ちゃんが論破する。

 しかし、一人娘であるあたしが結婚するまでは……というのは説得力がある。

 そこで啓子伯母ちゃんと、勲(いさお)祖父ちゃんは、あたしを心身共に締め上げて好きな男の子を白状させてしまった。心身ともにというのは「お父さんを幸せにしてあげよう!」の繰り返しと、あたしがもっとも苦手とするクスグリの拷問で自白させられてしまったという意味。

「あ、あ、アハハ、キャハハ、死ぬう……武藤進一先輩!」

 泣き笑いの末に虚脱したようなあたしをホッタラカシにして、お祖父ちゃんと伯母ちゃんは、あたしの監視にバイトのチイちゃんを残し、61式戦車のレプリカに乗って、部活に登校中の武藤先輩を掴まえたわけ。

 なんで、戦車のレプリカが公道を堂々と走れるかと言うと、この戦車は特殊車両の登録がされていて、これまでも、地震や台風被害の復旧やら、不法駐車の自動車のレッカー移動に警察に協力してきた。で、隣が警察署なんで、一声掛けるだけで出動ができてしまう。

 武藤先輩は、砲手のシート(このレプリカ戦車には、実弾は出ないけど90ミリ砲がちゃんと付いている)に縛られて、喫茶ヒトマルに拉致られてきた。

「に、西住。これは、どういうことだよ!?」

 戦車から放り出されるようにして出てきた武藤先輩は、笑い死にしかけて、虚脱状態のあたしに聞いてきた。

「そ、その、二人に聞いれくらさい……」

 危うい呂律で、そう答えるのが精一杯だった。

「武藤君、わが孫の栞は、君のことが好きだ。君は栞のことをどう思っとる?」

 なんちゅう正面攻撃!

「は、はあ……」

「しっかりせんかい。日本男子だろうが!」

「四択にしましょう。大好き、好き、嫌い、大嫌い、以上4っつからえらんで!」

 伯母ちゃんもムチャを言う。

「嫌いなわけはないだろう。栞は、わが孫ながら、70年の人生で見ても、若い頃のうちの婆さんよりもかわいい。親思いで性格も良い」

「は、はあ、それは……」

 あいまいそうだが、こういう状況では先輩の答が真っ当だろう。そう思って言いかけると、チイちゃんが耳の後ろをくすぐってくる。あたしの最大の弱点を、この学生アルバイトのチイちゃんは、祖父ちゃんたちから聞かされて、よく知っている。

「その上、バージンだ。わしが保証する!」

 祖父ちゃんの、その一言で武藤先輩は鼻血を流してしまった。

「ハハ、その鼻血が答えじゃのう。啓子、書類を!」

「はい、これ!」

 なんと、啓子伯母ちゃんが出したのは婚姻届だった!

「あの、それは……キャハハ」

 チイちゃんがまたしても耳の後ろ攻撃。

 で、むりやり署名させられてしまった。

「だ、大丈夫、先輩。未成年の婚姻は親権者の同意が必要だから。こ、これはね……というわけで、お父さんを見合いさせるためのウソッコがから。キャハハ……」

 そう言うと、先輩は事情が分かったのか、サラリと署名した。

 こういうノリの良いイケメン半なところが、あたしは好き。

「で、承諾書は、どちらかの親権者でいいから、あたしとお祖父ちゃんで書いといた」

「あ、でも、これって公文書偽造になりませんか?」

 こういう土壇場で冷静なところも、あたしは好きだ。

「役所に届ければね。ただ、栞のお父さんに見せるだけだから」

 着々と、61式の見合い作戦は遂行されていった……。

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コッペリア・35『セラさん倒れる』

2021-06-26 06:03:21 | 小説6

・35

『セラさん倒れる』  




 お隣のセラさんは商売柄昼前まで寝ている。

 それに変わりはないんだけど、今朝は学校に行こうとしてドアを開けたとたんに、かすかに病気臭さをセラさんの部屋から感じた。

「セラさん……」

 声をかけようと思って、栞はためらった。どうやらセラさんは風邪で、ひっくりかえっているようだ。

 それだけなら隣人の気楽さでドアをノックした栞だが、一瞬ためらってしまう。

 風邪の原因が精神的なものだと分かったから。

 フウ兄ちゃんもそうだけど、人が心の奥にしまい込んだ問題に触れて解決してやるのはひどく難しい。

 咲月の問題はうまく解決してやれたけど、フウ兄ちゃんの封じ込んだ悲しみは解決の目途もたたない。

 おかげでフウ兄ちゃんには、いまだに栞のことがアナ雪のアナのような人形にしか見えていない。

――そっとしておこう――

 そう決心したとき、ベッドから起きだしたセラさんがつまづいた気配がした。

 ドテ

「セラさん、大丈夫!?」

 気が付いたら、部屋のドアを開けてセラさんの傍にいた。並の鍵なんて栞には無いも同然なことには気づいていない。

「あ、栞ちゃん……ちょっとふらついて足を……」

 足は軽い捻挫だと分かったので、すぐに湿布をしてあげた。セラさんの部屋は女性らしくきれいに片付いていたので、セラさんの記憶を読んで手当してあげるのは簡単だった。

 しかし、風邪は簡単には治せない。

「ごめん、今日は遅刻するってミッチャン(担任)に言っといて」

 そう颯太に頼んだ。

「オレから言うのは不自然だ。大家さんに頼んどく」

 颯太もセラさんが尋常ではないことに気付いて、そう手配した。

「セラさん、夕べお店で……」

「何もないわよ……ちょっと薄着でお酒のみ過ぎて、このザマ」

「ワイン二本に、ロックが三杯……よくないなあ」

「そうよね……でも、それが仕事だから……ありがとう、足の痛みは引いていったわ」

 瞬間、栞の頭に一人の男性の姿が浮かんだ。セラさんの風邪の元は、この男だ。

 栞はメモ帳に男の似顔絵を描いた。

「この男が原因ね……」

「田神俊一……そう、この男よ!」

 栞の不思議な能力には気が及ばず、セラさんは封じ込めていた思いが爆発した。

 不思議なことに、爆発したカケラにはきれいな女の人の姿があった。田神俊一という男にも、セラさんにも似たような激しい想いが、この女性にあることが分かった。

 いつも陽気なセラさんの心にもフウ兄ちゃんに負けない心の穴がある。

 崖っぷちから谷底を覗いたようなおぞましさを感じた……。

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