大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・134『日漢秘密会談・2』

2022-12-03 15:58:24 | 小説4

・134

『日漢秘密会談・2』越萌マイ  

 

 


「漢明は部隊を撤収します」


 劉宏大統領の第一声は意外なものだった。

 秘密会談にかける我が方の目標こそが――漢明側部隊の撤収――だったからだ。

 岩田総理の腹積もりは――日漢双方の部隊の撤収、戦闘状態の即時停止――だった。

 会談の入り口で、いきなりの満額回答。

 しかし、お互い国を代表する大統領と首相、良かった良かった(^▽^)では済まない。

「いや、せっかちな性格なので先走って申し訳ありません(〃▽〃)」

 通訳兼秘書の王春華は可愛く頬を染めて付け加えた。

「……………!」

「さっそくの建設的なお申し出に感謝いたします(⌒₀⌒)」

 首相の言葉を柔らかく通訳する。

 23世紀の今日、古典的な通訳など必要はない(95%の人間は内耳か聴覚神経にコミニケーションデバイスを組み込んでいる)のだが、半ば外交儀礼として、異性の通訳を付けている。

 公正さの保証とハニトラを警戒するシグナルなのだ。人もロボットも外見上の性別など何の意味も無いのだが、バチカンの衛兵が未だにレオナルドダヴィンチがデザインした衣装を着ていることと同様のしきたりとか儀礼の様式である。まあ、公的な場ではスーツにネクタイを締めるようなものだ。

 じっさい、王春華の恥じらいも、わたしの慎み深い微笑みも、北大街大酒店(北大街グランドホテル)最上階特別ラウンジの空気を柔らかくした。

「わたしは『北大街』のドラマに感動しました。大街の自治を確立するために、日・漢・鮮・満・露の全てが自分の警備部隊を引きあげた上で会談を持ちました、あのシーンに、少年のように感動したのを懐かしく思い出します」

「ああ、印象深いシーンでしたね。日本でも、あの会談シーンは再生回数が多いようです」

 あの会談を実現したのは日本側の働きかけが大きい、ほとんどのお膳立ては日本がやって、漢明には華を持たせてやったというのが現実。これには、あのグランマの働きもあったのだが、彼女は、最後まで口にすることは無かった。

 しかし、あの精神を大事にすると言うのであれば耳を傾けざるを得ない。

「領有権については棚上げということでいかがでしょう。漢明としては、三者の関係を今回の問題が起こる以前の状態に戻そうというのが正直なところなんです。ただ、洛陽号(富士着水したままの巡洋艦)は我が国の殊勲艦でもありますし、自力飛行ができる程度には修理させていただきたいのです。その間、西之島のドックを使わせてはいただけませんか。西之島とは正式な賃貸契約を結びます。関係者も軍人は引き上げさせ、修理に関わる民間の技術者のみとします。むろん実際の作業は西之島にお願いします、正規の契約を交わすことは言うまでもありません」

「三者とおっしゃいましたか?」

「はい、我が漢明と日本、それに西之島政府です」

 西之島政府と表現したところに引っかかりを憶え無くも無かったが、漢明語では、中央も地方も行政権を握る公権力は政府と表現する。岩田総理も表情を変えることが無い。

 思いもかけず、劉宏大統領の一方的譲歩という感じで秘密会談は終わり、明日以降の担当大臣と事務方の協議にうつされた。

 一時間足らずの会談が終わると、劉宏大統領は通訳を介さずに礼を述べた。

「本日は、まことにありがとうございました。本来なら、第三国で行うべき会談。快く北京までお越しいただいて感謝いたします。両国の疑念が晴れ、従来の国交が戻りましたら、改めて北京にお越しください。わたしも、桜の良い季節に東京を訪問できればと思います」

「こちらこそ、ありがとうございました。わたしも大統領閣下同様、日漢双方の平和と安定を願います。本日は、急な申し入れにも関わらずお会いできて幸いでした」

「いやいや、こちらこそ、こんな形で北京にまでお運び頂いて感謝しております」

 にこやかに礼を述べる大統領だが、さすがに疲れが見える。総理が頭を下げると、王春華が用意していた車いすに崩れるように座り込んだ。

「優秀な通訳なのですが、すぐに年寄り扱いするのでかないません。それでは……」

 

 互いに目礼すると、ラウンジのエントランスで左右に分かれた。

 

「……あ、通訳同士で挨拶するのを忘れていました。三十秒お待ちください」

 総理に断りを入れると、廊下の角を曲がってエントランスの向こうを目指す。大統領は反対側のエレベーターを利用しているはずだ。

「「あら!」」

 向こうからも王春華が歩いて来て、再びエントランスの前で出くわした。

「思いは同じ(^▽^)」

「みたいですね(^▽^)」

 通訳同士、笑顔で握手「秘密会談でなければ記念撮影でもするのにね」とにこやかに分かれる。

「おや、早かったね」

「はい、王春華、なかなかの……」

「なかなかの?」

「いいえ、なんでも」

 王春華……いや、劉宏大統領、ちゃんとこちらの手を読んでいる。

 油断のならない相手だが、わたしは二十余年前の奉天包囲戦の時のように高揚していた。

 

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・42『マッカーサーの机』

2022-12-03 07:11:07 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

42『マッカーサーの机』  

 

 

 で、この『竜頭蛇尾』は言うまでもなくクラブのことなんだ……。

 あの、窓ガラスを打ち破り、逆巻く木枯らしの中、セミロングの髪振り乱した戦い。

 大久保流ジャンケン術を駆使し、たった三人だけど勝ち取った『演劇部存続』の勝利。

 時あたかも浅草酉の市、三の酉の残り福。福娘三人よろしく、期末テストを挟んで一カ月はもった。

 公演そのものは、来年の城中地区のハルサイ(春の城中演劇祭)まで無い。

 とりあえずは、部室の模様替え。

 コンクールで勝ち取った賞状が壁一杯に並んでいたけど、それをみんな片づけて、ロッカーにしまった。

 三人だけの心機一転巻き返し、あえて過去の栄光は封印したのだ。

 テーブルに掛けられていた貴崎カラーのテーブルクロスも仕舞おうと思ってパッとめくった。


 息を呑んだ。


 クロスを取ったテーブルは予想以上に古いものだった……わたしが知っている形容詞では表現できない。

 わたし達って言葉を知らない。感動したときは、とりあえずカワイイ(わたしはカワユイと言う。たいした違いはない)と、イケテル、ヤバイ、ですましてしまう。たいへん感動したときは、それに「ガチ」を付ける。

 だから、わたし達的にはガチイケテル! という言葉になるんだけど、そんな風が吹いたら飛んでいきそうな言葉ではすまされないようなオモムキがあった……。

 隣の文芸部(たいていの学校では絶滅したクラブ。それが乃木高にはけっこうある。わたし達も絶滅危惧種……そんな言葉が一瞬頭をよぎった)のドアを修理していた技能員のおじさんが覗いて声をあげた。

「それ、マッカーサーの机だよ!……こんなとこにあったんだ」

「マックのアーサー?」

 夏鈴がトンチンカンを言う。

「戦前からあるもんだよ……昔は理事長の机だったとか、戦時中は配属将校が使って、戦後マッカーサーが視察に来たときに座ったってシロモノだよ。俺も、ここに就職したてのころに一回だけお目にかかったことがあるんだけどさ、本館改築のどさくさで行方不明になってたんだけどね……」

 おじさんの説明は半分も分からないけど、たいそうなシロモノだということは分かる。

「ほら、ここんとこに英語で書いてあるよ。おじさんには分かんねえけどさ」

「どれどれ……」里沙が首をつっこんだ。

「Johnson furniture factory……」

「ジョンソン家具工場……だね」

 わたし達でも、この程度の英語は分かる。

 技能員のおじさんが行ってしまったあと。そのテーブルはいっそう存在感を増した。

 テーブルは、乃木高の伝統そのものだ。貴崎先生は、その上に貴崎カラーのテーブルクロスを見事に掛けた。

―― さあ、どんな色のテーブルクロスを掛けるんだい。それとも、いっそペンキで塗り替えるかい。貴崎ってオネーチャンもそこまでの度胸は無かったぜ ――

 テーブルに言われたような気がした。

 結局、テーブルには何も掛けず、造花の花を百均で買ってきて、あり合わせの花瓶に入れて置いた。

 それが、殺風景な部室の唯一の華やぎになった。

―― ヌフフ……百均演劇部の再出発だな ――

 テーブルが憎ったらしく方頬で笑ったような気がした。


 貴崎先生のテーブルクロスは洗濯して中庭の木の間にロープを張って乾かした。


 たまたま通りかかった理事長先生が、笑顔で言った。

「おお、大きな『幸せの黄色いハンカチ』だ、君たちは、いったい誰を待っているんだろうね」

「は……これテーブルクロスなんですけど」

 と、夏鈴がまたトンチンカン……て、わたしも里沙も分かんなかったんだけどね。

「ハハハ、その無垢なところがとてもいい……君たちは、乃木坂の希望だなあ」

 理事長先生は、そう愉快そうに笑いながら後ろ姿で手を振って行ってしまわれた。

 晩秋のそよ風は涙を乾かすのには優しすぎたけど、木枯らし混じりの冬の風は、お日さまといっしょになって、テーブルクロスを二時間ほどで乾かしてしまった。

 それをたたんで、ロッカーに仕舞っていると、生徒会の文化部長がやってきた。

「あの……」

 文化部長は気の毒そうに声を掛けてきた。

「なんですか?」

 里沙が事務的に聞き返した。

「部室のことなんだけど……」

「部室が……」

 そこまで言って、里沙は、ガチャンとロッカーを閉めた。

 気のよさそうな文化部長は、その音に気後れしてしまった。

「部室が、どうかしました?」

 いちおう相手は上級生。穏やかに間に入った。夏鈴はご丁寧に紙コップにお茶まで出した。

「生徒会の規約で、年度末に五人以上部員がいないと……」

「部室使えなくなるんですよね」

 里沙は紙コップのお茶をつかんだ。

「あ……」

 わたしと夏鈴が同時に声をあげた。

「ゲフ」

 里沙は一気に飲み干した。

「あ、分かってたらいいの。じゃ、がんばって部員増やしてね……」

 文化部長は、ソソクサと行ってしまった。

「里沙、知ってたのね」

「マニュアルには強いから……ね、稽古とかしようよ」

 八畳あるかないかの部室。テーブルクロスが乾くころには、あらかた片づいてしまった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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