大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・138『ドッグの昼休』

2022-12-27 13:12:13 | 小説4

・138

『ドッグの昼休』お岩  

 

 

 ドッグの水を抜き始めて三十分、漢明巡洋艦洛陽号の赤い喫水線下が露わになった。宇宙船の下半分をハルレッドに塗ることに意味はないと思うんだけど、今でも宇宙船の半分は、こういう塗装だ。まあ、翼端灯も船の舷灯に倣って赤と緑になっているんだから、伝統というものはバカにできない。

 

「……宇宙船にバルバスバウ(球状艦首)なんていらないと思うんですけどね」

 水が抜けていくのを黙って見ていた及川市長が、ポツリと言う。

「あそこには、ソナーやパルスレーダーが入ってるんですよ」

「専門的なことは分かりませんが、宇宙空間なら三次元サーチなんだから、船体の構造の対角線方向に備えた方がいいと思うんですがねえ」

「今のパルステクノロジーなら、船のどこにつけても同じなんです。軍艦だから、予備を含めて八カ所設置されてます。主機はバルバスバウですけどね」

 思わず付けてしまったケチに、ラボのメグミが付き合っている。

 

 気持ちは分かるさ。

 

 今回の停戦は、漢明の劉宏大統領の大幅な譲歩で実現した。

 漢明の艦隊と陸戦隊の撤収、在留漢明人の引き上げという提案は、完全な戦時ならば敗北に等しいだろうねえ。

 当然、漢明国内からは反対の声が上がったけど、満州戦争で漢明の崩壊を食い止めた功績は大きく。「それほど言うなら」ということで、大方の漢明人は積極的ではないにしろ納得しているよ。

 その劉宏大統領がただ一つ押し通したのが洛陽号の西之島での修理。

 もともと満州戦争の生き残りの三世代も前の宇宙船、三か月も洋上にあったので痛みもひどく、宇宙船として飛び立つのは困難だったさ。

 それなら昔の船のように僚船に曳航させればいいんだけど、故障した車を押して帰れというのに等しく、アメリカでさえ同情の意思を表したさ。

 日本政府は1000キロの彼方、洛陽号を西之島に押し付けるだけで、忌まわしい紛争が解決できるのだから否やは無い。

『加油洛陽号!』のハッシュタグは、ここ三週間トレンド入りしたままで、日本本土では『加油洛陽号!』のTシャツが流行り出している。

 そういう状況で、西之島としても粗略に扱うことはできず、今日のドック入りに及川市長も付き合わざるを得ないというわけさ。

 それで、無事に排水も終わって、一言グチってみたかったんだね。

「でも、市長。宇宙船の六割にバルバスバウが付いているのは日本のヤマトが源流なんですよ。まあ、リスペクトしてくれてると思えば……」

「知っていますよメグミさん。某国と某国は、そのバルバスバウさえ自分の国が発祥だとうそぶいておりますがね」

「だいぶ溜まってるねえ、及川さん。もうじき弁当も届くから、久々に売り子してみる?」

 市長は、元々は国交省の役人。島民といざこざの末に免職になって、うちの食堂で働いていた。

「え、お岩さんはお弁当売りに!?」

「そうさ、食い物なんてレプリケーターで十分なんだけどさ」

「やっぱり、アナログは理屈じゃないんですよ。サーターアンダギーは入ってる、お岩さん?」

「え、メグちゃん、うちのじゃダメなのかい?」

「あはは、お岩さんのもおいしいんだけど、たまには沖縄のもね(^_^;)」

「まあ、洛陽号の修理が本格化すれば、連絡船も入ってきます。港湾課の方でも予定しています……あ、届いたようですよ」

 

 てんちょ~~~!

 

「ハナぁ、巫女服のままじゃないかぁ!」

「アハハ、直前まで福笹売ってたしぃ」

「西之島の島民はたくましい、どうれ、わたしもあのころを思い出して……」

 市長もその気になって腕まくりをすると、ドッグの構内放送がかかった。

―― 及川市長、及川市長、市役所からお迎えが来ております。ゲートまでお越しください ――

「仕方がない、じゃ、お岩さん、また今度」

「ああ、こき使ってやるから。鈍るんじゃないよ!」

 

 ウウウ~~~~~~

 

 ドッグ設置以来のサイレンが昼休憩を告げた。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王

 

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・66『雪と苗字とお線香』

2022-12-27 08:31:14 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

66『雪と苗字とお線香』 

 

 

「お互いに、ここまで言うてしもうたんだ。もうワシから言うことはない。彦君とお二人には申し訳ないが、今日のところは諦めてください。大雪の中、済まんことでした」

 お祖父ちゃんが頭を下げた。

「貴崎先生、この高山彦九郎、乃木高の門はいつでも開けておきますからな」

「校門は八時半閉門と決まっておりますが……」

 バーコードのトンチンカンにみんなが笑った。

「ありがとうございました……」

 わたしは、そう言って、その場で見送るのがやっとだった。

 

 雪が左から右に降っている。

 と……いうわけではなく。ただ単に、わたしが右を下にして寝っ転がっていただけ。

 

 ゆっくりと起きあがる……当たり前だけど、雪は上から下に降っている。

 ちょっと感覚をずらすと、自分が空に昇っていくようにも感じる。

 昼過ぎに潤香の病室でも同じように感じた。

 ほんの、三時間ほど前のことなのに、今は、それを痛みをもって感じる。

 夕闇が近く、庭灯に照らし出され、いっそうそれが際だつ。

 まるで無数のガラス片が落ちてきて、チクチクと心に刺さるよう。

 物の見え方というのは、自分の身の置き所だけでなく、心の有りようでこんなに違う。

 

 あれから仏間に行った。

 

 久々に「我が家」の仏壇に手を合わせる。

 この仏壇の過去帳に両親の法名が書かれている。

 一度も開いてみたことはない。

 お祖父ちゃんは、両親が亡くなってからも「いっぱしの何かになればいい」とだけ言って自由にさせてくれた。一時は両親の後を継いでとも思ったけど、言葉に甘えて、それでもいっぱしの教師になった……つもりだった。

 寝起きしている我が家の方にも玩具のような仏壇がある。お線香臭くなるのが嫌で、毎朝お水をあげている。「我が家」のしきたりを思い出して、輪棒に向けた手をお線香立てに伸ばす。

 あ……

 三つに折ったお線香が、まだ小さな炎(ほむら)を残していた。

 

「お嬢さま」

 

 驚いて振り返ると、峰岸クンが立っている。

「なあに?」

「あの、お申し付けの年賀状です」

「あ、そうだったわね。ありがとう……あのね」

「はい、お嬢さま」

「その……お嬢さまって呼び方、なんとかなんない?」

「じゃあ……先生っていう呼び方になれるようにしていただけますか」

「ハハ、それは無理な相談だな……あ、年賀状こんなに要らないわ」

「書き損じ用の予備です」

「わたしが書き損じするわけ……あるかもね。ありがとう」

 わたしが、たった三枚の年賀状を書いているうちに、峰岸クンは暖炉の火を強くしてくれていた。温もりが心地よく伝わってくる。

「ひとつ聞いてもいいですか」

 温もった分、距離の近い言葉で聞いてきた。

「なあに……?」

 わたしは、三枚目まどかへのを……と、思って笑ってしまった。

「思い出し笑いですか?」

「ううん。三枚目がまどかなんで、おかしくなっちゃって」

「え……ああ、確かにあいつは三枚目だ」

 少しの間、二人で笑った。

「で、質問て……?」

「どうして、苗字が貴崎と木崎なんですか?」

「ああ、それはね戦争で区役所が焼けちゃってね。新しく戸籍を作ることになって、お祖父ちゃん、書類の苗字のところを平仮名で書いたの」

「どうして、そんなことを?」

「当然、係の人に聞かれるでしょ。で、係の人がどう対応するか試したの」

「ハハ、オチャメだったんですね」

「で、キサキさん、このキサキはどんな字なんですか。と、聞くわけ」

「ハハハ、それで?」

 暖炉の火が頃合いになってきた。

「で、普通のキサキだよって答えたら木崎と書かれてそのまんま。会社の方は片仮名の『キサキ』だし、わたしは『貴崎』の方が……」

 そこまで言うと、峰岸君が人を招じ入れる気配。

 
 振り返ると、わたしより先にお線香を立てた木崎が立っていた……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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