せやさかい・367
十二月の頭という時期に「ごめん、試験が近いから(^_^;)」と断られたら、たいていの場合ウソ。
泊りがけの旅行とかだったら、さすがにNGだろうけど、気の置けない仲間が集まって二三時間、長くても四五時間のパーティー。ノープロブレム、問題なし。
だのに、その言い訳を、わたしはしてしまった。
『そっか、来春は正式に王女就任だもんね……うん、じゃ、また今度ね(^▽^)』
百武真鈴は、好意的な深読みをして察してくれた。
日本がドイツのみならず、スペインまで破ったことを日本人の90%くらいは喜んでいると思う。
残りの10%は――ロッカールームや観客席の掃除をやっていい気になって、ほんとは呆れられてる――掃除を職業にしている人たちの仕事を奪ってる――なんて、根性の曲がってる人。あるいは、凡人には想いも付かない理由で、サッカーを嫌いな人。
「殿下、これを見てください」
そう言ってスマホを見せたのは、ほんの三十秒前「リッチ、遅いぞ!」と眉間にしわを寄せていたソフィー。
彼女は、学校の中ではご学友モードだから、平気でタメ口をきく。校門を出たら本来のガードにスイッチが切り替わるから、扱いが180度変わって、呼び方も「殿下」ですよ。
校門を出ると、いつも筋向いに停まっている青色ナンバーの車が見えない。
ガードモードに切り替わったソフィーは、ただちに運転手のジョン・スミスに連絡をとる。
すると――渋滞に巻き込まれた、5分程度遅れる模様――と連絡が入ったところ。
ガードモードのソフィーは無駄口をきかない。
かと言って、サングラスかけて、あちこちガンをとばすような無粋な真似もしない。こういうエマージェンシ―とも言えないイレギュラーな時は、妹のソニーがカバーに入る…………居た。いつの間にか電柱の向こう、自販機の陰で待機してる。
で、ソフィーはスマホを見続けている。寸暇を惜しんで情報をとっているんだ。
学食のメニュー改定の噂から天気予報や国際情勢まで。将来、ヤマセンブルグ情報局を背負って立つソフィーの関心の幅は広い。
そのソフィーが「殿下、これを見てください」と差し出したスマホには、この二月から世界中が心配しまくっているウクライナの戦場写真が映っている。
「この女性です」
ウクライナの兵士がなにやら相談をぶっている静止画。
兵士たちの後ろに外国人と思われる四五人の戦闘服が居て、ズームされた女性はキャップを被っているけど、どうやらアジア人。
「この人が、なにか?」
「さくらのお母さんです」
「え…………」
「警備の必要から、殿下と付き合いの深い人たちは、全員調査してあります。さくらは、お父さんに続いて、お母さんも失踪。ちょっと力を入れてフォローしていました」
「これって……」
「あとは、車の中で」
ソフィーの目の焦点が変わったと思ったら、通りの向こうから車が来るところだ。
「さくらのご両親は、日本の特務機関員です」
「え、日本に、そんなものがあるの?」
「レベル1からレベル5の特務機関員が居て、さくらの父はレベル4、母はレベル3の指導特務員です。3以上は戸籍を捨て、4以上は死亡の扱いになります」
「じゃ、お父さんの失踪宣告って……」
「レベル4になった時です」
「でも、特務機関員が、こんな易々と動画に撮られる?」
「これは、遠まわしのメッセージです」
「メッセージ?」
「はい――さくらのことをよろしく――というメッセージです。この写真はユーチューブでもインスタグラムでもありません。イギリスの情報部がヤマセンブルグの情報部に送ってきたものです」
「そうなんだ……」
「さくらは、素質的には両親の血を引いています」
「……なにが言いたいの?」
「ご両親は、さくらが小さいころから野球やサッカーなどの競技に関心を示さないように気を付けていました」
「それって?」
「はい、ご両親以上に向いているんです、諜報部員に」
「ああ…………でも、さくらって、おっちょこちょいで、お調子者で、世話好きで、涙もろくて……そういうのに向いてないと思うよ」
「日本の特務は、そういった者をリクルートするんです。むろん、任務に就くようになると、そういう心は殺します。だから、常日頃は、他国の諜報部員と変わりがありません」
すると、ハンドルを握ったまま、ジョン・スミスが口を挟んできた。
「しかし、最後の最後は、そういう心がモノを言うんです。日本の指導者は三流ですが、特務は超一流です」
「そうなの……」
それ以上は、ソフィーもジョン・スミスも言わなかった。
そして、百武真鈴に電話した。
ワールドカップ祝勝パーティー開いたら、さくらを呼ばないわけにはいかないからね。
今日、日本チームが成田空港に帰ってきた。
動画を見たら、真鈴たちがキャーキャー言いながらお出迎えに参加していた。
きっと、パーティーやってるうちに「出迎えに行こう!」と話しが大きくなったんだ。
こういうノリは好きなんだけどね(^_^;)
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 聖真理愛女学院高校一年生
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦念 さくらの伯父 諦一と詩の父
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
- 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原 留美 さくらと同居 中一からの同級生
- 夕陽丘頼子 さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
- ソニー ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
- 月島さやか さくらの担任の先生
- 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
- 百武真鈴(田中真央) 高校生声優の生徒会長
- 女王陛下 頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首