大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・135『大文字のPIと小文字のpi』

2022-12-09 11:02:43 | 小説4

・135

『大文字のPIと小文字のpi』越萌マイ  

 

 


 劉宏大統領は傀儡です。


 切り出したのは、北京から帰って、首相官邸に入ってからだ。

 北京では、どこに目や枝が張られているか分からず口に出来なかった。帰りの輸送機の中でも口にすることは憚られた。

 東京と北京の往復にはアメリカ政府の擬装輸送機を使った。同盟国のアメリカだが、機密情報の全てを知らせてやることもない。機内では、総理のお孫さんの誕生日プレゼントと、最近気にしている胃下垂の対策について話しただけだ。

「ほんとうですか!?」

 執務室の施錠がグリーンになると同時に、岩田首相の顔は首相としては落第の赤信号に変わった。

「フェイントをかまして、王春華に挨拶しようと戻ったら、気づいたんでしょう、春華も向こうからやってきました」

「ああ、直接大統領にというわけではないんですね」

 情報の確かさを気にしたのではない、大統領に失礼なことがなかったことに安堵しているのだ。もう少しシャンとしてもらいたいものだが、それはおくびにも出さない。

「王春華の体温が七度二分もありました」

「七度二分……風邪気味とかだったんでしょうか?」

「piの直後だったのではないかと思います」

「PI……パーフェクトインストールですか!?」

「いいえ、小文字の方のpiです」

「あ、ああ……」

 大文字のPIは文字通りのパーフェクトインストールのことで、二十三世紀の錬金術とも言われる。

 人の能力や知識だけではなくソウル(魂)そのものをインストールすることで、いわば、人の魂をそのままに義体に移し替えることで、不可能とされている。やれば、元の肉体は死んでしまうし、それに耐えられる義体も作れないとされている。道義的な問題もあって、国によっては研究することさえ法律で禁止している。

 満州戦争で瀕死の重傷を負ったわたしは、正念場の戦闘指揮をするためにJQにPIさせた。奇跡的な成功なのだが、元の体は直後に死亡しているので、厳密には成功例としては扱われない。PIした方の義体も先年死亡(回復不能の故障)したことにして、ダミーをモスボール保存してある。天文学的な確率で成功したわたしでも、寿命は二十年余りということにしてある。

 小文字のpiはパーソナルインストールという意味で、その個人に特有の性格や行動様式をインストールすることで、大文字PIの初期作業でもある。

 病気や怪我などで身動きが取れない時に、代わりに仕事をさせたりする。大文字のPIと違って、ルーチンワークや通り一遍のコミニケーションしかできない。つまり、新しく人に会って人間関係を築いたり、未体験の状況に対応することができない。言ってみれば、出来のいい留守録のようなものだ。

 だから、岩田総理は「あ、ああ……」と安堵した声を上げる。

「ちがうんですよ、総理」

「え?」

「王春華の体に劉宏大統領のパーソナリティーを刷り込んでも、気持ちの悪いオッサンギャルができるだけです」

「あ、そうですね。大統領のパーソナリティーは、大統領そっくりの義体に写さなければ意味が無い……え、ということは?」

「わたしが戻ってくることに気付いて小文字のpiで停まってしまったんでしょう、劉宏大統領と王春華は頻繁に大文字のPIを繰り返しています」

「つまり、どういうことなんでしょう? わたしが会ったのは?」

「本人です。ここ一番という時は元の劉宏ですが、それ以外は王春華の体に入っています。おそらくは負担のかからないように休眠させています」

「そうなんですか……」

 まだ分かっていない。

「元の体に戻っている時も、思考能力はかなり落ちています。耳の補聴器はマイクロCPです。あれで補完して、やっと正常に近い思考と振舞いができるんです。制御しているのは王春華です。ですから、ほとんど、あれは傀儡です」

「ということは、いずれは、王春華に完全にPIして政務をとる……そんなことが……」

 やっと、総理の頭が回り始めた。

「はい、漢明はメンツを重んじる国です。王春華の姿をした劉宏には抵抗があると思います」

「しかし、いずれは……」

「はい、相当ドラマチックな筋立てを用意して実行に移すと思います」

「たとえば……大統領自らが前線の戦闘指揮を執る。児玉元帥おやりになったように」

 劉宏は優秀な軍人で、満州戦争においてはわたしのカウンターパートナーであった。彼の進言や作戦は的確であったが、軍の主流に属していなかった彼のプランが採用されることは稀だった。

 戦後、壊滅した軍の秩序が回復したのは、いつにかかって彼の働きがあったればこそで、その功績で政治家に転身し、苦労の末に二期連続の大統領職を務めている。

「それで勝利を収めれば、劉宏は終身大統領になれるでしょう」

「官房長官を呼びます」

 総理は、内閣専用のハンベをオンにした。


 もう一つ懸念がある。


 あれだけのPIを繰り返して、劉宏の頭脳、春華のPCが正常であろうか?

 PIに耐えられる義体は、相当スペックに余剰がある。

 言い換えれば、その余剰の部分が繰り返されるPIで、どう変化しているか。

 

 気が付くと執務室の窓から南南西の空を見上げている。

 あの空の下では風雲急を告げる西之島が、薄情な母国に愛想をつかし始めているのかもしれない。
 

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  •  

   

 

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・48『大雪のクリスマス』

2022-12-09 07:00:29 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

48『大雪のクリスマス』  

 

 

 

 松竹の富士山がド-ンと出て映画が始まった。やっぱ五十二型は迫力が違う。


 網走刑務所の朝から幕が開く。


 健さん演じる島勇作。彼の葛藤の旅路がここから始まるのだ。

 網走駅前で、ナンパしている欣也、されている朱美に出会って旅は三人連れになる。

 互いに、助け、助けられ。あきれ、あきれられ。泣いて、笑って。そうしているうちに三人の距離は縮まっていく。

 そして、勇作を待っている……待っているはずの(いつか、欣也と朱美という二人の若者の、観客の願望になる)妻との距離が……。

 そして、見えてきた……夕張の炭住にはためく何十枚もの黄色いハンカチが!

 それは約束のしるし、あなたを待ち続けているという妻の心にいっぱいはためく愛のしるし!

 エンドロールは、涙で滲んでよく見えない……。

 バスタオルがあってよかった、ティッシュだったら何箱あっても足りないもん。


 そのあと、二階のわたしの部屋でクリスマスパーティーを開いた。

 むろん、はるかちゃんも一緒。

 六畳の部屋に四人は窮屈なんだけど、その窮屈さがいいんだよ(^_^;)。

 あらためて、はるかちゃんに二人を、二人にはるかちゃんを紹介した。もう互いに初対面という感じはしないようだ。同じ映画を観て感動したってこともあるけど、わたし自身が双方のことを話したり、メールに書いていたりしていたしね。

 クラブのことはあまり話さなかった。いま観たばかりの映画の話や大阪の話に花が咲いた。

 同じ日本なのに、文化がまるで違う。

 例えば、日本橋という文字で書いたら同じ地名。東京じゃニホンバシと読み、大阪ではニッポンバシ。むろんアクセントも違う。

 タコ焼きの食べ方の違いも愉快だった。東京の人間は、フーフー吹いて冷ましながら端っこの方からかじっていくように食べる。大阪の人間は熱いまま口に放り込み、器用に口の中でホロホロさせながら食べるらしい。それでさっき、はるかちゃん食べるの早かったんだ。はるかちゃんは、すっかり大阪の文化が身に付いたようだ。

 それから、例の『スカートひらり』の話になった。このへんから里沙と夏鈴は聞き役、わたしと、はるかちゃんは懐かしい共通の思い出話になった。

「あ、寝ちゃった……」

 小学校のシマッタンこと島田先生の話で盛り上がっている最中に、里沙と夏鈴が眠っていることに気がついた……。


 二人にそっと毛布を掛けて、わたし達は下に降りた。


 茶の間では、さっきの宴会の跡はすっかり片づけられ、おばあちゃんとお母さんがお正月の話の真っ最中。お父さんは、その横で鼾をかいていた。おじいちゃんは早々に寝てしまったようだ。

「遅くまですみません」

「ううん、まだ宵の口だわよ。あんたたちもこっちいらっしゃいよ」

 お母さんが、炬燵に変わった座卓の半分を開けてくれた。

「あの、よかったら工場で話してもいいですか?」

「構わないけど、冷えるわよ」

「わたし、工場の匂いが好きなんです。わたしんち、工場やめて事務所になっちゃったでしょ。まどかちゃんいい?」

「うん、じゃ工場のストーブつけるね」

 わたしは工場の奥から、石油ストーブを持ってきて火をつけた。

「あいよ……」

 おばあちゃんが、ミカンと膝掛けを持ってきて、そっとガラス戸を閉めてくれた。

「懐かしいね……この機械と油の匂い」

「……はるかちゃん、ほんとに懐かしいのね?」

「そうだよ。なんで?」

「なんか、内緒話があるのかと思っちゃった」

「……それもあるんだけどね」

 はるかちゃんは、両手でミカンを慈しむように揉んだ。これもはるかちゃんの懐かしいクセの一つ。このおまじないをやるとミカンが甘くなるそうだ。

「……う、酸っぱい」

 おまじないは効かなかったようだ。

「フフ……」

「その、笑うと鼻がひくひくするとこ、ガキンチョのときのまんまだね」

 半年のおわかれが淡雪のように溶けていった。溶けすぎてガキンチョの頃に戻りそう……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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