大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・2『スカイツリーと東京タワーの間に』

2018-02-23 06:50:28 | 小説3

高校ライトノベル
通学道中膝栗毛・2『スカイツリーと東京タワーの間に』
        


 東京タワーとスカイツリーの両方が見える。

 どこからでも見えるというんじゃないけど、駅に向かう途中で見えるポイントがある。
 むろん、このポイントが特別じゃなくて、我が街のあちこちで見える。
 スカイツリーが出来た時こそ珍しく、親友の足立鈴夏といっしょに眺めたもんだけど、いまは、ほとんど街の景色の背景になっている。

 スカイツリーは「すごいんだぞ!」と言われていた。

 だから、完成するまではワクワクしていた。
「え、あれでおしまい?」
 完成した日に買ってもらったばかりの携帯を構えて拍子抜けがした。
「なんかねー」
 鈴夏もつまらなさそうだった。
「東京タワーとかわんないじゃない」
「だよねー」

 あたしは、完成した時の感動をマックスにしたかったので、二か月ほどは建築中のスカイツリーは見なかった。
 だから、琴吹公園のジャングルジムのてっぺんで、満を持して見た時はガックリきた。

「634メートルって、ほんとかなあ」
「うんとね……」

 鈴夏は腕組みをして考えたってか、考えをまとめている。
 鈴夏はかしこいってか、大人びた小学生で、感動したり発見したことは腕組みして、なにがしかの結論を出す子なんだ。
 むろん、いつも正しい結論が出るわけじゃない。「ね、なんでドーナツには穴があるの?」と、ミスドのフレンチクルーラー食べながら聞いたことがある。
 しばし腕組みした鈴夏は、オールドファッションを咀嚼してから、こう答えた「それは、ドーナツの誇りなんだよ」「え、誇り?」
「そだよ、穴が無きゃ、砂糖まぶした揚げパンとかわんないじゃない。ぼくはドーナツなんだという誇りの穴なんだ。ぼんやり食べていると、それに気づかない。だから、いま、わたしはドーナツの誇りを食べているんだという気持ちで食べてあげなきゃいけないんだ」
 そう言って、半分残っていたオールドファッションの穴の所を「ハム」って食べた。で、とてもおいしそうな顔をしたので、あたしもフレンチクルーラーの穴を「ハム」って食べた。なんだか、それまでの倍くらいおいしく感じた。

「スカイツリーはね、墨田区なんだよ。東京タワーの倍くらい遠いところにあるから小さく見えるんだよ」

 正解なんだろうけどね。
「ドーナツの穴とは違うんだね」
「……それはね、後輩のスカイツリーが先輩の東京タワーをリスペクトしてるからなんだよ」
 小三のあたしには「リスペクト」はむつかしかったけど、先輩後輩の理屈はしっくりきた。
「なるほどねー」

 その六年後の学校の帰り道。

 ホームから見える先輩後輩のタワー見て、こう言った。
「あの間にロープ張って、綱渡りする人がいたら偉いよね、やってみる!?」

 親友は、あのころのように腕組みをして言った。

 こういうぶっ飛び方をする鈴夏が、あたしは好きです。

  

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高校ライトノベル・新 時かける少女・5〈宇土さん……!?〉

2018-02-23 06:41:58 | 時かける少女

新 かける少女・5
〈宇土さん……!?〉 



「愛ちゃん、眠れないの?」

 二段ベッドの上から、囁くような宇土さんの声がした。
「うん。船だからしら、なんだか目が冴えちゃって……」

 あたしは、寝付きはいいほうだ。子供じみているかもしれないけど、今夜はどんな夢が見られるんだろうと、さっさと眠りに落ちていく。時々こわい夢をみることもあるけど、たいていは、訳の分からない夢で、それが楽しみで早く眠ってしまうのだ。
 
 一度だけ、人を助けようとして川に飛び込んで、溺れていた女の子は助け、自分は死んでしまう夢をみたことがある。

 とても怖くて、しばらくは眠るのが恐ろしい時期があった。でも、それは一回ぽっきりで……って、夢だから、忘れているのかもしれないけど。
 とにかく、そういうことで、あたしは寝付きがいい。
 ところが、今夜は、どうにも眠れない。隣の二段ベッドでは、お母さんと進がスヤスヤと眠っている。

「新しい生活が始まるんだもん。無理ないわよ」
 あたしは宇土さんに促されて、夜のデッキに出た。就寝時間以降デッキに出ちゃいけないんだけど、宇土さんは、そんなことには頓着しない。
「……もう沖縄が近い。風が少し暖かいわ」
「ほんとだ、これで靄が出てなきゃ、素敵な夜空なんでしょうね……」
「こういうときは、いっそ起きといたほうがいい。こんな素敵な景色が見られるんだから……そして……」

 宇土さんの次の言葉を待っているうちに世界がでんぐり返った。

「あ……」

 一瞬わけが分からなかったけど、ジャージが脇の下までめくれ上がり、脇が痛かった。
 で、気が付いた。あたしはデッキから足をすくわれて海へ落とされそうになった。ところが下のデッキでだれかが、あたしのジャージの裾を掴んで落ちないように助けてくれたんだ。
「腕を組んで。このままだとジャージが脱げて、海に落ちてしまう」
 どこかで聞いたことのある声が、そう言って、あたしをデッキに引き上げてくれた。ブラを外した胸があらわになってしまっていたけど、それどころじゃない。頭上で気合いの入った息の音がしたかと思うと、あたしはデッキに引き上げられていた。

「う、運転手さん……」

 あたしを助けてくれたのは、長崎でトラックを降りた運転手さんだった。
「わたしの後ろに回って!」
 運転手さんの肩越しに、上のデッキから降りてきた宇土さんが見えた。
「君がエージェントだったとはな。長崎港で愛ちゃんの替え玉が海に落とされたところで、一件落着だと思ったんだけどね。調べ上げて分かった。君は二年前に本物の宇土君が除隊したときから入れ替わって、なりすましていたんだ。昨日北摂の山の中から、宇土君の骨が出てきた。で、オレは急いでヘリで奄美大島に飛んで、この船に乗り込んだんだ」
「ち、あんたが自衛隊のシークレットだったとわね……」
「どうして……」
「自分が狙われるか……それは、愛ちゃんが総理大臣の娘だからよ」
「え……!?」
「聞くんじゃない。隙ができる」

 瞬間、運転手さんと「宇土」さんが激しくぶつかって入れ違い。気づくと「宇土」さんに羽交い締めにされていた。
「あなたはね、総理が安全保障会議のメンバーだったころに奥さんではない女性に生ませた子。で、出向していたお父さんが、自分の子どもとして届けた。戸籍上も実子としてね。愛ちゃんは、総理のアキレス腱だったのよ。だから人質にしようと思ったんだけど、次善の策をとるしかなさそうね……」

 あたしは、左胸に軽い圧迫感を感じた。

「くそ!」
 一瞬の間に、再び「宇土」さんと運転手さんが入れ違い。あたしは運転手さんの背後に回されていた。
「宇土」さんの胸に太めの針のようなものが刺さっていて、「宇土」さんは、そのまま空を掴むように手を伸ばすと、最後の力を振り絞って海に飛び込んだ。

「危ないところだった。胸のポケットに何か入れていたのかい?」

 あたしは、胸のポケットから、それを出した。美奈子ちゃんからもらったお守りだった。
「護国神社の特製だ。お守りの中は、戦時中の銃弾をプレスした金属片が入っている。これが無ければ、海に落ちて死んでいたのは、愛ちゃんだよ」
「こ、これって……」
「愛ちゃんのスペクタクルな夢さ」

 そこで意識が無くなった。

 明くる日、目が覚めると宇土さんの姿がなかった。
「夕べ、急病になりましてね。医務室にいます。たまたま自分達が乗っていましたんで、那覇に着いたら、自分が官舎まで運転させてもらいます」
 ビッグダディーのような運転手さんがやってきて、そう言った。
「愛、寝過ごしちゃった。もう那覇に着くわよ。急いで用意して!」

 そうして、あたしたちは無事に那覇の官舎に着くことができた。

 夕べのことは夢……じゃないと思う。お守りには小さな穴が開いていたんだもの……。 

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高校ライトノベル・『通学道中膝栗毛・あたしはあたし』

2018-02-22 06:24:56 | 小説3

高校ライトノベル
『通学道中膝栗毛:1・あたしはあたし』
        

 あたしの学校は制服が無いのが特徴ってば特徴です。
 大昔の1970年にガクエンフンソウというのが起こって制服を廃止したらしいです。


「制服は、個性を否定し、画一化の中に青春を閉じ込め、青年の可能性を奪うものである。よって本校は制服を廃止する」

 と、生徒手帳の中に書いてあるのを見た時は驚いた。あたしは単に制服がないだけと思っていた。
 でも皮肉なもので、廃止してから女生徒を中心に制服への思い入れが強くなり、大抵の女生徒は旧制女学校の頃からの制服をそのまま着ている。

 二十世紀の終わりごろに、制服のモデルチェンジが流行って、学習院とかの超名門校を除いてモデルチェンジしてしまった。
 で、たいがいが、ブレザーにリボン、スカートはボックスとプリーツの差はあるけどチェック柄。かえって個性が無くなった。
 そんな中で、我が校のセーラー服はかえって目立って、評判も良く、この元制服目当てに進学してくる女の子もいる。

 昔の話にもどるんだけど、制服を廃止し「自由化」を勝ち取った先輩たち……といっても、もう、うちのお祖父ちゃんの世代だけど。
 なんと、国連の『世界青年会議』に参加した人たちがいる。
「僕たちは、ほんのこないだまで、こんな制服を着せられて、個性を奪われ、自由をはく奪されていたんです!」と、ぶちまけた。

 アジアやアフリカの若者が口々に言った。

「君たちは制服を着られる豊かさと権利があったのに、なぜ放棄したんだ!?」

 先輩たちは、言葉も無かった。アメリカやヨーロッパの若者たちも、こう言った。
「制服ってのはアイデアだ。毎日着ていくものに気を遣わなくて済むし、一着あれば間に合って経済的だ。そのアイデアいただき!」
 で、先輩たちの意に反して二十世紀の終わりから、世界の中学や高校は制服化の方向に舵がきられた。

 なんとも間の抜けた話で、期せずして世界の若者たちは、日本の高校生や学生が大好きな『造反有理』をやってのけた。
 この間の抜け方も、あたしは嫌いじゃない「青春は否定をいたく好むもの」って太宰治も言っている。
 ただ、この世代に限らないけど、ここからちっとも成長しないまま大人や年寄りになった人のなんと多いことか。

 で、あたしはどうしているか?

 あたしはあたし、好きにやってます。そんなあたしの学校の話はつまんないから、通学途中のあれこれを明日から語っていきます。

 長い文章苦手なんで、今日はご挨拶ということで筆を置かせてもらいます。


                         東京都立希望ヶ丘青春高校  小山内 栞 


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高校ライトノベル・新 時かける少女・4〈坊ノ津の沖〉

2018-02-22 06:17:41 | 時かける少女

新 かける少女・4
〈坊ノ津の沖〉
 



「ここで3000人が死んだの」

 宇土さんは、サラリと言った。
 長崎を出て三時間あまり、フェリーは坊ノ津(ぼうのつ)沖に差しかかっていた。
「3000人?」
「戦艦大和が沈んだのが、このあたり……ひいお祖父ちゃんが乗ってたの」
「じゃ、その時に亡くなられたの?」
「ううん、生き残りの300人の一人。で、戦後お祖母ちゃんが生まれて、あたしが、ここにいる」
「そうなんだ……」

 あたしは、なんだか厳粛なものを感じた。10人中の9人が、亡くなった。その生き残り。そのひ孫が宇土さん。で、こうして、あたしたちは坊ノ津沖の海を沖縄に向かってフェリーに乗っている。
 お父さんが、南西方面遊撃特化連隊の連隊長になって、石垣島に赴任するため、家族のあたしたちは沖縄本島の官舎に入る。
 その引っ越しの運送会社のトラック助手が宇土さん。なんだか運命的。

――本船は、ただ今坊ノ津90海里沖を航行中でありますが、70年前、戦艦大和が沈没したのが、このあたりの海域です。この海戦によって……――

 フェリーのアナウンスがのんびりと放送をした。

「なんだか観光案内だわ」
「70年もたてば、観光案内よ。あたしは、ちょっと違った感傷があるけどね」
「そりゃ、ひいお爺さんが、ここで命拾いしたんだもの」
「それもあるけど、自衛隊に残っていたら、愛ちゃんのお父さんの部下で来ていたかもしれない。伊丹の施設科からも何人か行ってるのよ」
「そうなんだ、なんだか二重三重に運命的ね」

 そのときキャビンに残っていたお母さんからメールが入った。どうやら進が船酔いしたようだ。

「あ、あたしに任せて。船酔いに効くマッサージできるから」
 キャビンに戻ると、宇土さんは、器用に進の手のひらのツボを押さえて、ほんの二分ほどで弟の船酔いを治してしまった。
「これも自衛隊で覚えたの?」
 お母さんが感心して聞いた。
「いいえ、これは、ひいお祖父ちゃんからの伝来です」
「ひいお祖父さまって、お医者様だったの?」
 宇土さんと二人で笑いながら、説明をした。お母さんも感動して聞いていた。
「宇土のオネエチャン。船の中、探検しようよ」
「いいわよ。あたし、このフェリーは常連だから、いつもは見られないところでも見れちゃうわよ」

 宇土さんの案内で、船内を見学した。船員さんにも顔見知りがいるようで、一般客の入れないブリッジや、機関室なども見ることができた。

 午後の日差しが傾く頃に奄美大島に着き、30分ほど、波止場に着いて、若干の乗客の乗り降りがあった。きぜわしく乗り降りが終わると、出航の銅鑼が鳴り、テープを投げる人などもいて、旅情気分に浸れた。

 夜になると、さすがに豪華客船のようなわけにはいかず、船客はホールでテレビを見るか、それぞれのキャビンで、思い思いに過ごすしかなかったけど、宇土さんは話がうまく、あたしたちを飽きさせることがなかった。

 そして、それは就寝時間が過ぎて、日付が変わる頃に起こった……。

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高校ライトノベル・イスカ 真説邪気眼電波伝・43「佐伯さんのアバター」

2018-02-21 14:42:47 | ノベル

イスカ 真説邪気眼電波伝・43

『佐伯さんのアバター』

 

 

 ネトゲを検索すると、トップにネトゲ廃人、二番目にネトゲ嫁が出てくる。

 

 これで分かるように、ネトゲに対する世間の目は厳しい。ゲーマーだと分かったとたんに、中世のペストの保菌者を見るような目で見られる。中世だから、そういう伝染病の罹患者は焼き殺される。ネットで知ってカミュの『ペスト』を斜め読みしてビビったのは中二の時だった。ネトゲーマーは焼き殺されることは無いが、学校という社会の中では精神的に隔離される。もともと人交わりが苦手で、友だちはおろか、口をきいてくれる友達も少ない。そんなオレがゲーマーだと知れれば社会的に抹殺され学校にも行けなくなる。

 そのネトゲをスリープにしていたパソコンが起きてしまって佐伯さんに知られてしまった!

 終わってしまった…………。

 

「きれい…………」

 

 佐伯さんは、有ろうことか、モニターに映し出されるバーチャルな風景に見入っていた!?

 ログアウトしても、ゲームそのものをオフにしなければ、ゲームのアレコレをPV風に流していく。PV風はカスタマイズできて、バトルシーンとかにもできるんだけど、オレはゲームの中の景色のいいところをチョイスしてランダムに流れるようにしている。

 いわば『幻想神殿名所百選』みたいなもので、バーチャルであるがゆえに、この世のものとは思えない美しさがある。

 画面にはお気に入り、第一層のアーガス丘陵が夜明けを迎えたところだ。上りきらない太陽が浅い斜めにさしかかり、微風にそよぐ木々からの木漏れ日になって、チラチラと朝露を載せた下草たちを宝石のように煌めかせている。

「いまのCGってすごいのね……」

 佐伯さんが見入っているところを、丘の向こうから馬に乗った三人がやってきた。姫騎士と竜騎士と白魔導士のようだ、徹夜で狩りをしての帰りだろう、満足げに談笑し、やがて上りつつある朝日にため息し、胸の前で十字を切ってお祈りの風情になった。

「なんてきれいな人たち……」

 夕べは獲得経験値三倍の狩のイベントがあったはずだ。大猟だったんだろうけど、この祈りの姿勢はハンティング疲れでチャットする元気もなくなってしまって、コマンドを『祈り』にしたまま離席している。トイレに行ったかコンビニに朝ごはんを買いに行ったか、ひょっとしたら着の身着のまま寝落ちしているのかもしれない。姫騎士と竜騎士というのもアバターの話で、リアルは何者か分かったもんじゃない。

「それ、アバターだから……」

 佐伯さんの夢を壊さないように遠慮気味に言う。

「この人たちプレイヤーなの? CGアニメかと思ったわ」

 ほとんどデフォルトの三人だけど、デフォルトならではの完成度がある。佐伯さんに憧れの目で見られているプレイヤーのネタバラシをしてやりたくなった。

「簡単だよ、こういう具合に……」

 アバタープロダクト画面を出した。そして、さっきの姫騎士のイメージで美少女を作り上げる。時間はたったの三十秒。

「すごい、魔法みたい!」

 で、調子に乗ってしまった。

「これじゃ、さっきの姫騎士のまんまだから、ちょっと手を加えようか」

「うんうん🎵」

 髪形を佐伯さんと同じ内ハネのシャギーにして髪艶を少し上げた。

「あ、トリートメント直後ってこんな感じ! 胸は少し小さく……」

「自分でやってみる? このメニューをクリックしたら詳細設定ができるから」

「あ、うん、やってみるね」

 

 ツボにはまったのか、佐伯さんは目を輝かせて熱中しだした。勉強している時とはちがって、楽しい緊張感が嬉しくなってきた。優姫に邪魔されたくないので、オレは自分でお茶を入れにキッチンに下りた。

「あ、いま淹れようとしてたのにい」

 いつの間に買いに行ったのか、テーブルの上にはコンビニのケーキが三つ並んでいる。これはムゲには断れない。

 で、兄妹二人、お茶とケーキを持って二階に上がる。

 

「ワー、すごい! 佐伯さんそっくり!」

 

 入るなり優姫が感動した。

「すごいのは、このゲームよ。首から上だけでも百以上エディットできるのね、なんだか楽しくなってきちゃった!」

「もっとすごいんですよ♪」

 優姫は佐伯さんの隣にいくなり操作を開始した。

「きゃ!」

 F8ボタンを押したのだ、アバターが裸になって、佐伯さんは小さく悲鳴を上げた。

「ボディーもこと細かに設定できるんですよ~」

 なんでそこまで知っている優姫?

「ふ、服着せてください~(^_^;)」

「あ、ごめんなさい。お兄ちゃん、あっち向いて!」

「う、うん」

 後ろを向くと、ガールズトークが始まった。瞬間驚いた佐伯さんだが、エディットが面白くなって、前を向くお許しが出たのは十分後だった。

 

「お兄ちゃん……ごめん、上書きしちゃった」

「え、あ、また上書きすればいいんだから……? 優姫、固定のボタンクリックしたか?」

「え、あ、保存した……んだけど?」

 

 オレのアバターは佐伯さんのまま固定されてしまった、下手に作り直すと経験値もスキルも消えてしまうことに五分後に気づいたのだった……。

 

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高校ライトノベル・新 時かける少女・3〈長崎港のトラブル〉

2018-02-21 07:09:35 | 時かける少女

新 かける少女・3
〈長崎港のトラブル〉
 



「え、今からですか?」

 運転手さんの声が、ここまで聞こえた。
 助手のオネエサンとなにやら話した後、運転手さんは、待合いにいたあたしたちに済まなさそうな顔でやってきた。

「すみません。会社からの指示で、ここで失礼します。どうも、急にドライバーの手が足りなくなったみたいで。助手の宇土は残します。宇土もトラックの運転はできますのでご心配なく。那覇についたら現地のドライバーが付きますのでご心配なく」
 間もなく会社のトラックがやってきて、運転手さんを拾っていった。
「人数ギリギリでやってるもんですから、三件も急ぎの仕事が入ると、人のやりくりがつかなくって。申し訳ありません」

 宇土さんは、会社を代表するように頭を下げた。

「そうだ、お母さん。あたしたち二等の四人部屋でしょ。一つベッド空いてるから宇土さんに入ってもらったら!」
「そんな、あたしは仕事で乗っているんですから三等でけっこうです」
 宇土さんは、遠慮したが、あたしは、構わずに話を進めた。
「三人で使おうが、四人で使おうが料金は変わりないんだから、ね、そうしましょうよ。あたしと宇土さんで二段ベッド一つ使うわ。いいでしょ?」
「一泊だけど、船旅。仲間が多い方が楽しいわ。宇土さん、そうしてよ」
 お母さんも宇土さんの人柄が気に入ったようで、積極的に賛成してくれた。

「じゃ、お言葉に甘えてご一緒させていただきます。ありがとうございます」

 フェリーの出航時間までには一時間近くある。

 宇土さんは、さっさとトラックをフェリーに入れると、待合いに戻って、あたしたちにいろいろ案内や説明をしてくれた。沖縄のことにも詳しく、官舎がある街のことを、タブレットを出していろいろ説明してくれる。街の学校や子供たちのことも、面白可笑しく話してくれて、人見知りの弟に気を遣ってくれているのが分かる。
「宇土さん、ひょっとしてだけど、元自衛官じゃない?」
 お母さんが、イタズラっぽく聞いた。
「え……あ、分かりました?」
「匂いがね……自衛官の女房を二十年もやってりゃ、勘が働くわ」
「ハハ、伊丹の第三師団の施設科にいました。ブルドーザーもダンプも動かせます」
「へえ、施設科なの。人当たりがいいから、広報かと思っちゃった」
「鋭いですね奥さん。調子のいいのをみこまれて、展示などでは、よくMCをやらされました」
 あたしたちは、さらに宇土さんに親しみを感じた。

 乗船十分ほど前に、それは起こった。

「おーい、人が落ちたぞ!」

 声がして、埠頭にいってみると、埠頭近くの海面を、女の子が浮き沈みしているのが、目に入った。
 直ぐに埠頭や、フェリーから浮き輪が投げられた。
 その子は、真冬の海をものともせずに、救助に向かったボートまで泳ぎ、自分の力でボートに乗り込んだ。
「あの女の子、お姉ちゃんに、そっくり……」
 弟の進が呟いた。

 確かに、ボートに乗り込んだ女の子は、あたしと同じサロペットのジーンズにポニーテール。ジャケットの色も、あたしと同じだった。ただ、発するオーラは違った。まるでトライアスロンの選手のような闘志を感じた。
 毛布にくるまれて、桟橋に上がると、救助の人たちに取り巻かれるようにして、あたしたちの前を通っていった。ぐしょぬれだけど、ショックを受けた様子ではなく、なにか……。
「あの人、怒ったときのお姉ちゃんだ……」
 進が呟いたあと、救急車のサイレンがした。

 で、あたしのそっくりさんは、救急車が到着すると、救急車の前に急スピードで横付けしたセダンに飛び乗ってさっさと、行ってしまった……。
 

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高校ライトノベル・イスカ 真説邪気眼電波伝・42「万事休す!」

2018-02-20 16:53:50 | ノベル

イスカ 真説邪気眼電波伝・42

『万事休す!』

 

 

 玄関とトイレのドアが開くのが同時だった。

 

 そして、トイレから出てきた優姫が息をのんで目を丸くした。トイレからはくぐもった流水の音が響いている。

 こないだと同じパターンなので、また一悶着あるかとヒヤッとする。水音の猛々しさと長さから大きい方であると推測されるのだ。

 しかし、今日の優姫は鼻を鳴らして不貞腐れることはしない。それどころか、大文字のDを丸い方を上にして横倒しにしたような目になって、母親譲りの愛想笑いをするではないか!

 前回と違う豹変ぶりには理由がある。

 オレの後ろには、学校で三本の指には入る美人の佐伯さんが控えているのだ。

「お邪魔します、わたし、北斗君と同じクラスの佐伯といいます。いっしょに勉強することになって、前触れもなくすみません」

「いいえ、不甲斐ない兄ですけど、よろしくお願いします! ト、トイレ掃除の途中なので、あ、あとでお茶とかお持ちしますね!」

 佐伯さんの「あ、おかまいなく」も聞かずにトイレに引き返す愚妹、ハハハ、掃除はこまめにやってくれるんだ……とフォローしておく。

 学習塾のCMに「分かった!」「じゃ、分かったら説明してごらん!」という生徒と講師の掛け合いがあった。本当に理解できるというのは、人に筋道を立てて説明できることだとオレも頷いたもんだ。ただ、なんで塾の講師がバク転とか鞍馬をしているのかは理解に苦しんだが。

 佐伯さんは、そのCM真っ青というくらいに教えるのが上手い。

 イスカの西田さんもなかなかだったんだけど、佐伯さんは胸時めかせながら教えてくれる。オレの横、丸椅子に腰掛け「どれどれ……」という感じで三十センチまで接近、肩なんか、時々触れてしまうんだ。体温は感じるし、シャンプーの香りはするし、ここはね……とか、そうそう……とか言うたびに、いい匂いがする。

「あの……もしもし」と数回注意されたけど、え、あ、うん、ゴメン……と答えるたびにコロコロ笑う佐伯さん。

 佐伯さんと言うのは、オレみたいなパンピー男子にとってはチョー高嶺の花で、高嶺の花というのは文字通りの花、それも遠くから眺めるだけの富士の高嶺にこそ咲く花。せいぜい五合目あたりから気配を感じるだけでありがたい。それが、こんな息のかかる距離で……オーーー、いま、ノートを覗き込もうとした佐伯さんの髪がハラリと頬っぺたに掛かって百万ボルトの電気が流れた。

 あやうく気絶してしまいそうになったとき愚妹の優姫がお茶を持ってくる、お菓子を持ってくる。暖房の具合を聞いてくる。

 ありがとうとコノヤローを等量に感じる。

「はい、きょうはこんなところかな」

 佐伯さんが、明るく爽やかに終了を宣言した時、スリープにしていたパソコンの画面が点いた。ヤバイ、幻想神殿のタイトルがパチンコ屋のディスプレーのようにデモを流し始めたではないか!

「うわー、きれいな動画!」

 万事休す! 佐伯さんが淹れ直したお茶をすすりながら興味を持ってしまった!

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高校ライトノベル・新 時かける少女・2〈美奈子との惜別〉

2018-02-20 07:06:16 | 時かける少女

新 かける少女・2
〈美奈子との惜別〉 



「愛ちゃん……愛ちゃん……」

 その声が近づいてきて目が覚めた。
 バカな話だけど、一瞬、ここは誰? わたしは、どこ? になってしまった。
「ハハ、ホッペに畳の跡が付いてるよ!」
「え、ほんと!?」

 荷物はほとんど片づけたので、あたしはベランダのガラス戸に顔を映してみた。

「あら、やだ。ちょっとハズイね。あたしトラックの助手席に乗るのに……これじゃ、運転手さんから丸見えだ」
「まあ、お婆さんじゃないんだから、十分もすれば消えるわよ」
「そっかなあ……」
 あたしは、ホッペを揉んでみた。
「大丈夫だって」
「だよね……」
「寂しくなるね……」

 縁側に腰掛けながら、美奈子が言った。

「主語が不明ね。あたしが? 美奈子が?」
「両方よ、日本語の機微が分からないんだから」
「でも、せめてお互いにぐらい言ってよ」
「……これ、お別れのしるし。さよならじゃないからね」
「うん、お互い親が、こんな仕事だから、どこ行くかわかんないもん。また、どこかであえるっしょ」
「ハハ、北海道弁が混じってる」
「ハハ、一番長かったからね……お、お守りだ」
「かさばらないものって、それで心のこもったもの。で、これになった」
「お、護国神社……遠かったんじゃない?」
「朝の一番に、自転車で行ってきた。運動兼ねてね。事情言ったら宮司さんが特別なのくれた。重いよ」

 手のひらに載せられたそれは、予想の三倍ぐらい重かった。

「なんだろ、これ、普通のお守りの三倍は重いよ」
「ばか、開けて見るんじゃないわよ」
「ヘヘ、好奇心だけは旺盛だから」

 そのとき、玄関でお母さんの声がした。

「愛、そろそろ出るよ……あ、美奈子ちゃん、見送りにきてくれたの?」
「ええ、この官舎で、東京からいっしょなのは愛ちゃんだけでしたから」
「そうね、今度の移動がなかったら、中学高校といっしょに卒業できたかもしれないわね」
「それを言っちゃあいけません、小林連隊長夫人」
「そうよね、そういうの承知でいっしょになったんだもんね」

「奥さん、そろそろ……」

 玄関から、運送屋さんが呼んだ。

「はい、いま行きます!」

 玄関に回ると、大きな4トントラックと、お母さんのパッソが親子のように並んでいた。

「じゃ、お母さんたち、ご近所にご挨拶してから出るから」
「うん、じゃ、お先」
「ごめんね、お姉ちゃん。トラックに乗せて」
 進が、済まなさそうに言った。進は人見知りってか、そういう年頃なので、見知らぬ運送屋のオニイサンとたちといっしょにトラックに乗るのを嫌がっていた。
「いいよ、姉ちゃん、大きい自動車好きだから」
「今のトラックは快適ですから、大丈夫ですよ」

 そして、あたしは、4トンの助手席に収まった。

 自衛隊の幹部の家族は全国を回らされる。うちのお父さんは一佐になって、すぐに連隊長になった。
 陸上自衛隊、南西方面遊撃特化連隊……分かり易く言うと、日本版海兵隊。
 本土での訓練が終わり、石垣島に駐屯する。ただし、安全の確保と危機の分散のため、家族は沖縄本島の官舎に入ることになっている。

 長崎から一泊二日の小旅行だ。

 トラックが動き出し、お母さんやみんなが小さくなっていく。美奈子ちゃんが追いかけて手を振っている。涙が出てきた……そして、美奈子ちゃんから、なにかを引き継いだような気がした。

「畳の上で寝てたでしょ?」
 真ん中の席に座った助手の女の人がバックミラーごしに言った。
「え……まだ残ってます?」
 サイドミラーに映したホッペは、ほんのり赤いだけだ、畳の目まではついていない。
「シチュエーション考えたら、畳の上。だって、テーブルもベッドもないんだから。でしょ?」

 なかなか洞察力のある人だ。横を向くと人なつっこい笑顔が返ってきた……。

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高校ライトノベル・イスカ 真説邪気眼電波伝・41「人生最大の拍動」

2018-02-19 12:53:53 | ノベル

イスカ 真説邪気眼電波伝・41

『人生最大の拍動』

 

 

 移動教室の四限が終わって渡り廊下を食堂に急いでいると、眼下の車寄せに西田さんと年配の女性が見えた。

 続いて香奈ちゃん先生の後姿が見えたので、お母さんが迎えに来たところだろうと見当が付く。

 五十代前半みたいだけど、襟を立てた白っぽいスーツに青いスカーフ、足許はスーツよりもトーンを落としたパンプスで、なんだかイカシテる。西田さんはイスカのアバターなんで、そのお母さんもNPCみたいなもんで、いかにもお母さんという感じだと思っていたので意外だ。

 香奈ちゃん先生とお母さんがお辞儀のエンカウント、先生の方がずっと若いはずなんだけど、気品と貫録でお母さんの勝利になって車に収まった。収まる時は運転手が出てきてドアを開けた、お辞儀をしているところを見るとお父さんではない。なんちゅうかお抱え運転手? 

「民自党の西田しほり……?」

 オレの横で佐伯さんが呟いた。

「知ってるの?」

「うん、ここんとこ張り切りまくってる女性議員、民自党の女性議員じゃ一番総理大臣の椅子に近いって噂よ。お母さんも何度かパーティーに呼ばれたの」

 そうなんだ、佐伯さんのお母さんは有名な女優さんで、政治家のパーティーなんかにも顔を出すらしい。

 でも、小学校のころのイスカは籾井って苗字だった、いや、アバターだから……考えたらこんぐらがりそうなので、車が校門を出て行くのを見送って思考を停止した。「お昼いっしょに食べよ!」と佐伯さんに言われては、オレのナマクラな脳みそは活動を停止せざるを得ない。

 きのうの修羅場をいっしょに潜ったことで、距離が縮まり、ちょっとした同志の気持ちを持ってくれているのなら嬉しすぎる。

「やっぱり平和なのがいいわよね……」

 A定食のライス少な目を口に運びながら佐伯さんが呟く。白身魚のフライを箸で挟んだまま、ちょっと遠くを見る目になって、半開きになった口から白い歯が覗いている。オレがやったら妹の優姫に「死ね!」と言われるような間抜け面になる自信がある。でも、佐伯さんがやると、美しさに親しみやすい奥行きができるというか、そういう呆けた表情を間近で見せてくれることがなんとも嬉しい!

 オレ、きっと間抜けな顔になってる……オレは不器用承知で顔を引き締めた。

「あら、真剣な顔……昨日のこと思い出したり?」

 労わりを含んだ声で聞いてくれる。オレ如きに……やっぱ、佐伯さんはいい人だ。

「激戦だったけど、イスカが頑張ってくれて、しばらくは大丈夫だと思うよ」

 安心してもらおうと笑顔を作ろうとするが、五十センチまで顔を寄せられ、オレは俯いてしまう。

「ひょっとして……成績?」

 言われて愕然となった。

 イスカが面倒見てくれて、なんとか人並みにやれそうな雰囲気になったけど、イスカが倒れた今、オレの成績は失速? いや、急降下? いや、真っ逆さまに地獄に激突間違いなし!

「大丈夫?」

 佐伯さんの顔がさらに十センチ近くなった。

「え、あ、あ……」

 パニクっていると、さらに五センチ近くなって、佐伯さんは、スゴイことを言った。

「そうだ、わたしがカテキしてあげようか!?」

 

 ドッキン!!

 

 オレの心臓は人生最大の拍動を記録した。

 

 

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高校ライトノベル・新 時かける少女・1〈その始まり〉

2018-02-19 06:39:34 | 時かける少女

新 かける少女・1
〈その始まり〉


「じゃ、また明日!」

「ハハ、明日は日曜だよ!」

 そう言って三叉路で別れたのが最後の記憶。

 それから、川沿いの道を歩いた。

 いつもとは違っていたような気がする。

 いつもは、もう一本向こうの道まで行って川を渡る。

 少し遠くなるけど、向こうの道が安全なんだ。お喋りも長くできるし。

 でも、その日は、なにか特別なことがあって、少しでも早く帰りたかった。

 川沿いをしばらく行くと、川の中で女の子が溺れているのが目に飛び込んできた。

 この寒さ、この流れの速さ、あたしが助けなければ、その子は確実に死んでいただろう。

 あたしは、パーカーの袖口、裾、首もとを絞った。短時間でも浮力を得るために。スカートは脱いだ。足にまといつくし、水を吸って重くなる。ハーパンを穿いているので恥ずかしくもない。
 川に飛び込むと、冷たいよりも痛かった。胸回りは、パーカーに溜まった空気で幾分暖かい。浮力もある。

「がんばって!」

 声を掛けると、弱々しいながら、その子は、あたしの方に顔を向けた。大丈夫、これなら助かる!
 そして、川の中程で女の子を掴まえ抱きかかえ、橋桁に掴まった。

「だれか、助けて下さい!」

 十回までは覚えている、次第に体温が奪われて意識がもうろうとしてくる。
 ああ、ダメかな……そう思って目を閉じかけると、川岸の人影が何か言いながら、スマホで……119番に電話してくれている様子。
 救急車の音がかすかにした……救急隊員の人が、女の子を確保したようだ……。

 で、気づいたら、ここにいた。

 真っ白い空間。床はないけどちゃんと立っていられる。寒くはなかった。体も無事なよう……。

 でも記憶がなかった。三叉路で曲がったところは鮮明に覚えている。でも、だれと別れたのか思い出せない。なんで、あの道を通ったのかも……なにか楽しいことが待っていたような……女の子が溺れていた。で、あたしは冬の川に飛び込んだ。女の子は助かったよう……でも、あたしは助かったんだろうか……実感がない。

 あたしは……自分の名前さえ思い出せなかった。

「余計なことをしてくれたな」

 目の前五メートルほどのところに男が現れた。周りの白に溶け込みそうな白い服で、カタチも定かではない。まるで白の中に首と手が出ているようなものだ。
「われわれは、積み木細工のように条件を組み合わせ、やっとあの子の命を取る寸前まできていたんだ。もう二度と、あの子には手が出せない」
「……悪魔なの、あなた?」
「なんとでも呼べばいい。それより下を見ろ」

 男が言うと、白い床が透き通って、はるか下にチューブだらけのあたしが機械に取り巻かれて眠っていた。

「あれ、あたし……」
「そうさ、ただ脳の大半は死んでいる。名前さえ思い出せないだろう……おれたちの仕事をダメにした報いだ。これからは時の狭間でさまようがいい!」
 恨みの籠もった声でそう言うと、男の姿は消えてしまった。床の下に見えていたあたしの姿は、どんどん遠くなり、グラリとしたかと思うと上下左右の感覚も無くなった。
 どこかへ上っていくような感じでもあるし、落ちていくような感じでもある。なにがなんだか分からない。

 ただ、どこかに連れて行かれるんだ。

「時の狭間……それって、なに? どこ? あたしは……」

 そして体の感覚が無くなり、意識も無くなった。無くなったことが全ての始まりだった……。

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高校ライトノベル・イスカ 真説邪気眼電波伝・40「イスカからのメール」

2018-02-18 16:19:13 | ノベル

イスカ 真説邪気眼電波伝・40

『イスカからのメール』

 

 

 転がり落ちるようにしてベッドを下りて丸椅子に座った。

 

「先生呼んできた! 大丈夫!?」

 オレの顔を見るなり、佐伯さんは心配げに聞いた。オレはベッドから降りる時に右の脛をしたたかに打って涙目なのだ。

「に……西田さん、顔色すこし良くなったみたい……」

「どれどれ……」

 保健室の正木先生が白衣を翻してベッドのこっち側に寄ってイスカの左腕をとった。

「……打撲はしているようだけど……骨に異常はないようね」

「あ……もうだいじょうぶです」

 イスカの声もしっかりしている。どうやら、オレの身を挺してのリペアが効いたようだ。

「でも、大事を取ってくれてよかったわ、打撲のショックが大きいようだから……これで汗を拭きなさい」

 正木先生は、ショ-ケースみたいな滅菌箱から清潔なタオルを出して手渡した。

「北斗君、ほんとに、だいじょうぶ?」

 佐伯さんが、オレのやせ我慢に気づく。

「え、あ、アハハハ……脛を打ったみたいで……」

「ん? あ、あんたも……湿布しとこうか」

「先生、わたしがやります」

「あ、そう。じゃ、お願い。わたし、担任の先生に連絡してくるから」

 正木先生は職員室に向かい、佐伯さんは薬品箱から湿布と包帯を出して手当てに掛かってくれる。なんだか畏れ多いし、後ろ手は西田さんが汗を拭く衣擦れの音がする。

「佐伯さん、手際がいいね」

「去年は保健委員だったし……こういうの好きなのよ。でも、いつ打ったの?」

「あ、知らないうちに打ってたみたいで……」

 イスカに抱き付いてリペアしていたとは言えない。なんだか気まずくて顔を背けると、汗を拭くためにはだけた西田さんの背中が見えてドギマギする。

 その後、香奈ちゃん先生が心配な顔でやってきて、西田さんのお母さんが迎えに来ると言ったけど、イスカは、素っ気なく「ハイ」と答えただけだった。佐伯さんが心配したようにイスカの西田さんは、ちょっとおかしい。

「西田さんの鞄とかとってきます」

「じゃ、わたしは更衣室の制服を」

 佐伯さんと分担して、イスカが帰れる支度にかかった。

 四時間目が移動教室だったので教室には誰も居なかった。イスカの鞄を持って出ようとしたら、聞き覚えのある着信音。

「あ、俺のか」

 自分の机からスマホを出すとメールが入っていた。イスカからだ。

 

――昨日のバトル、思いのほかきつくて、しばらく動けない。学校に来ているのは、ただのアバターの西田佐知子。敵のルシファーにも相当なダメージを与えたから当分は平穏。勉強は見てあげられないけどサボるんじゃないわよ――

 

 読み終わると、四時間目終了のチャイムと共にメールは滲むように消えいった……。

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高校ライトノベル・イスカ 真説邪気眼電波伝・39「dakishimete」

2018-02-17 14:16:03 | ノベル

イスカ 真説邪気眼電波伝・39

『dakishimete』

 

 

 保健の先生探してくる!

 

 宣言するように言うと、佐伯さんは保健室を飛び出した。

 ベッドのイスカ……西田さんは無言だが、顔が青ざめて脂汗が浮かんでいる、そうとう痛いんだ。

 西田さんモードの時は、無口でどんくさい女の子なんだ。で、我慢強い。オレだったら転げまわって泣き叫んでるぞ。

 せめて「痛いよおおお」くらいの弱みは見せてほしい。どうしていいか分からずに横に居るのは心が折れる。

 

 ス………マ………ホ……

 

 西田さんが苦しい息の中、口の形だけで言う。

「スマホ? 西田さんのか? オレの?」」

「……うん」

「あ、えと……体育の時間だからロッカーにしまって……取ってくる!」

 

 ポロローン

 

 ドアに急ぐと、保健室のパソコンがメール着信の音がした。

 教職員用のパソコンなんで躊躇われたが、なんだか大事なことのように思えて、パソコンのデスクに寄った。

 

――dakishimete isuka――

 

 え、なんだろう?

 

 da  ki  shi  me  te  ……ダ キ シ メ テ……抱きしめて イスカ……気づくのに三十秒ほどかかった。

 口に出して言えないから、オレのスマホに、それも間の合わないから手近のパソコンにメッセージを送ったんだ、変換する余裕もないんだ。

 

 ひどく背徳的な気持ちがしたが、オレはイスカのジェネレーターだ。ゲームで言えばヒーラーでリペアの機能もあるに違いない。

 オレは、ベッドに上がった。体操服に泥が付いているのが気になったが、事は急を要するんだろう。西田さんの横に寝ると覆いかぶさるようにして……でも体重をかけるわけにはいかないから、手足を踏ん張って重なった。大丈夫な右手がオレの背中に回されてしがみ付いてくる。

「つ……よ……く……」

「あ、ああ」

 リペアのためだとは分かっていても、ベッドの上の女の子に被さるというのは、なんとも具合が悪い。

 くっついた胸からは西田さんの胸のふくらみを感じてしまう……ヤバいぜ……。

 オレは腰を浮かせた……だって、まずいだろ? 分かるだろ?

 すると、西田さんの右手が腰の上に下りてきて、思いのほか強い力で抑えてきた!

 ヌグ!?

 心臓が飛び出しそうになった!

 

 二三分そうしていただろうか……西田さんの呼吸が穏やかになって顔色も戻って来た。

 

 目を骨折した左腕にやると、反対方向に曲がっていたのが普通に戻って来た。わずかに逆方向だが、女の子の腕というのは、くつろげた状態でも、わずかに反っているものだ。にくそい妹が、まだ「お兄ちゃん」と慕ってくれていたころの様子を思い出す。

 もういいかな……そう思って身を起こそうとすると、右手でグッと抑え込まれる。左手が添えられないというのは、まだ具合は悪いのだろう。

 

 そうこうしていると、廊下の向こうから二人分の急ぎ足が聞こえてくる。佐伯さんと先生だ……ヤベー!

 

 

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『ロストアンブレラ』

2018-02-17 07:13:01 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『ロストアンブレラ』
         


 日本の南に台風が三つもある。それが複雑に絡み合って、今週の天気は、かなり気まぐれだ。

 俊介は、小学校のころは台風というものに意思があると思っていた。だから元寇で神風が吹いたのは、日蓮上人の強烈な祈りに台風が呼応したんだと、日本の歴史を習ったころは思った。
 思い続けていれば、俊介は今ごろ熱心な日蓮宗の信者になっていただろう。
 今は、台風と言うのは、意思など無く、赤道付近で生まれた低気圧が発達し、太平洋高気圧と偏西風によって動くものだということが分かっている。

 でも、感覚的には、ふと意思があるような気がするようなことがある。

 一昨日は、天気図を見ても予報を聞いても雨は降らないと判断し、傘を持たずに家を出た。三講時目の心理学概論が終わって、B棟の講義室を出ると見事に雨が降っていた。仕方なく購買部でビニール傘を買って、正門を目指した。

 途中にA棟の前を通る。

 視線を感じた。

 チラ見すると、A棟の前で屯している学生の中に千衣子がいるのが分かった。
「駅までいっしょに行こか?」
 気のいい俊介は、気楽に千衣子に声を掛けた。千衣子は、当たり前のように俊介の傘の中に潜り込んできた。
「俊介、雨降らへんと思てたやろ」
「うん?」
「そやかて、購買のビニール傘や」
「ああ……」

 千衣子自身傘を持っていないので、人の事を言えた義理ではないのだが、千衣子の自己中は入学以来分かっていたので、俊介は言い返しもしない。駅まで、ただ千衣子を濡らしてはいけないと思い、駅に着くころには俊介の右半身はずぶ濡れだった。

「どーも」

 千衣子は猫が尻尾を振る程度のお愛想で反対側のホームに向かった。
――明日は傘持ってこなあかんな――
 人のいい俊介は、千衣子の身勝手に呆れるよりも自分の不用意を反省した。

 で、昨日は入学の時、父からのささやかな入学祝の黒い傘を持っていった。皮肉なことに雨には遭わなかった。代わりに千衣子の正直で、ちょっと毒のある言葉が飛んできた。
「アハハ、俊介、あんたホンマに間ぁ悪いな!」
――そうやなあ――
 そう思ったころには、千衣子はスキップしながら正門を出ていくところだった。
「ティンカーベルみたいなやっちゃなあ……」
 かすかに不満の混じった詠嘆が口から漏れただけだった。

 そして今日、講義が終わって講義室を出ると、傘立ての傘が無くなっていた。

 千衣子は、高橋を発見して、とっくに、その傘に潜り込んでいた。高橋は俊介と違って気の利いたお喋りをしてくれる。傘は一昨日のビニール傘と違って、二人をなんとか収めるだけの大きさがあった。千衣子は雨よけを利用して身を寄せてくる高橋の温もりが疎ましかったが、さすがに文句は言わない。
 だが、駅の庇に入ると、千衣子は高橋を一刺しにした。
「その傘、人のん盗ってきたでしょ」
「え……」
「柄のとこにプレートがぶら下がってる。SYUNSUKEて」
「あ、これ、弟の傘だよ」
「あ、そう……高橋君て、下は妹やったと……ま、あたしの思い違いかもね」
「やるよ、帰り濡れるといけないから」
「あ、そ、ありがとう」

 ビニール傘を買うお金も無かったので、俊介は、駅までずぶ濡れになって行った。駅に着くと千衣子からメールが着ていた。

――俊介の傘ゲット。四時まで梅田の改札出たとこで待ってる。千衣子――

「梅田……方向逆やのに」

 ま、千衣子も梅田になにか用事があるんだろう……そう思って準急に乗った。

 気まぐれな雨は十三(じゅうそう)を過ぎたころには上がっていた。

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高校ライトノベル・イスカ 真説邪気眼電波伝・38「西田さんモードのイスカ」

2018-02-16 17:32:09 | ノベル

イスカ 真説邪気眼電波伝・38

『西田さんモードのイスカ』

 

 

「なんだか、心ここにあらず……て、感じなの」

 

 踊り場は冬を思わせる冷え込みだったけど、腕組みした佐伯さんの肩に力が入っていたのは寒さのせいじゃない。

「お早う」の挨拶をしても「あのね」と話しかけても気のない返事が返って来るばかりで、かと言ってバリアーがあるわけでもなく、ただ、席に着いて、ずっと黒板を見つめているだけらしい。

「ひょっとして西田さんモードなんじゃない?」

「あ……うん」

 イスカのデフォルトは西田佐知子だ。クラスに溶け込めず、でも、それを気にする風でもなく、人とは必要最小限度の事しか喋らない。そういう地味子のはずだ。

 オレも、文化祭の三日前に佐伯さんが屋上から飛び降りるのを、時間を止めて助けたのを目撃してからだ。

 あいつが時間を止めると、みんなマネキンみたいにフリーズするんだけど、オレの時間は止まらないし、フリーズすることもない。

 そのことで、オレは堕天使イスカのジェネレーターだってことが分かったんだけど。それは置いておくとして、基本イスカが西田さんであるときは、たぶん日本一の地味子だ。佐伯さんは、あいつがイスカであると分かるまでは、ほとんど接触が無かったはずだ。きのう三宅先生がメタモルフォーゼしたモンスターをやっつける時にイスカモードになって親しくなった。

 佐伯さんは、人の欠点よりも長所を見て付き合っていこうという、優しくも優れた女の子だ。

 だから、いったんイスカに心を許してしまうと、イスカモードがデフォルトになり、西田モードでは戸惑ってしまうんだ。オレは、そんな佐伯さんを好ましく思う。

「えと……心配しすぎ?」

「うん、てか、そういう風に心配してくれるのは、とても嬉しいよ。あ、念のために、オレも声をかけてみる」

「うん、よろしくね」

 

 教室に戻って、自分の席に着くついでという感じで「おはよう」と声をかける。

「……おはよう」

 たしかに無機質と言ってもいいくらい抑揚に無い声だ。

「きのうは、お疲れさん」

「……うん」

 たしかに心ここにあらず……背中に佐伯さんの気づかわし気な視線を感じる。

――ドンマイ――目だけでサインを送る。

 きのうは下校してからでもいろいろあった。マトリックスって化け物とはまるでボス戦だった。だけど、わざわざ佐伯さんに言うことでもない。ま、たぶん、イスカは疲れまくっているだけなんだ。佐伯さんも心配げではあるけども小さく頷いてくれた。

 

 それは三時間目の体育の授業だった。

 

 男子の体育が早く終わって、ジャンケン運のないオレは機材を体育館に運ばされていた。

 女子も終わって、入り口のところでゾロゾロ出てくる女子たちとすれ違う。女子たちのさんざめきに圧倒されながらフロアーへ……すると、フロアーの隅で跳び箱の居残りをさせられている西田モードのイスカと佐伯さんに気づく。

 イスカが居残りをさせられて、佐伯さんが付き添っているのだ。

「もう一度やってみよっか」

 数えると五段の跳び箱が跳べないイスカを励ましている佐伯さん。てきとうに誤魔化せばいいと思うんだけど、こういうところは佐伯さんもストイックだ。

「ハイ」

 まじめに返事してリトライするイスカ、いや、西田さん。

 イスカの時とは違って、ノタノタと、いかにも運動音痴。

「えい!」

 掛け声駆けて、踏切板でジャンプ。

 しかし、前進のベクトルが弱いために、ピョコントお尻が持ち上がったままで跳び箱に手を突く。

 グショ……音がしたかと思うと西田さんの左手は逆方向に曲がって、そのままマットに落ちて行った!

 

 骨折したんだ!

 

 オレと佐伯さんは同時に駆け寄った。

 あらぬ方向に曲がった左腕を庇う西田さん。かなり痛いはずなのに声も上げない。

「ごめんなさい、無理させちゃった!」

「保健室連れて行こう!」

 体育館の壁面に収納されているタンカを取り出すと、二人で担いで保健室に急いだ。

 入り口を出る時に「「怪我人です!」」と揃って教官室の方に声をかけるが反応なし。

 階段を下りて、保健室のある本館に向かっているときに教官室の窓から「どーかしたかー?」間の抜けた声がした。

 そして、保健室に着くと養護教諭の先生がいなかった……。

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高校ライトノベル・イスカ 真説邪気眼電波伝・37「朝の七時には目が覚める」

2018-02-15 13:44:20 | ノベル

イスカ 真説邪気眼電波伝・37

『朝の七時には目が覚める』

 

 

 どんなに疲れていても朝の七時には目が覚める。

 

 いい子だからじゃない。

 一種の強迫観念と言っていい。

 もし七時を過ぎると、ズルズルと二度寝三度寝してしまい、学校に間に合わない時間になってしまうと、あっさり休んでしまうことが分かっているからだ。一度休んでしまうと、あくる日はさらに行きにくい。二日休むと、もっと行きにくい。三日も休むと、おそらく不登校になる。

「北斗君は、入学以来休んだことが無いんだ。えらいと思いますよ!」

 三者懇談の時、香奈ちゃん先生は、そう言って誉めてくれた。

 成績も人間関係も褒められると一つもないもんだから、そう言って、まず誉めてくれたんだ。教師になって、まだ三年目だけど、こういう気配りの出来る香奈ちゃんは好きだ。でも、オレの無欠席が不登校寸前の弱っちい気持ちから来ていることは分からないだろう。

 殺人とかのとんでもない事件をしでかすやつが、クラスでも目立たない大人しい奴っているじゃん。

「真面目な子でしたよ」「そんなことをするようには見えなかった」「いつも通りでしたよ」とか、事件の後で言われたりするじゃん。それって、ふとしたことでリズムが狂ったからなんじゃないかと思うんだ。たとえば、目が覚めたら七時一分で、そのために休んでしまって、ズルズルになり、不登校になって、いろんなことが閉鎖的になり、そのあげく、いろんなことがチグハグになって人を殺しちゃったりな。

 だからオレは七時には目を覚まして起きるんだ。

 でも、めちゃくちゃ体が重い。

 分かってるんだ、昨日あれだけのことがあって、その上『幻想神殿』には律儀にログオンして午前一時までブスの相手をしていた。あいつのお蔭で三年ぶりのバトル。なんとかピーボスはやっつけたけど、急所を外したため、ピーボスはソードが刺さったまま逃げやがった。今度ログインしたらナイフ同然の初期装備のダガーしかないぞ。

 セイ!

 ゲームの中みたいな掛け声かけると、手早く着替えて一階に降りる。

 すでに起きて、出かけるばかりの優姫が罵声を浴びせてくるが割愛する。いつものことだし、いちいち思い出してははらわたが煮えくり返って憤死しそうなので、学校に行ったところまで巻きとする。

 教室に入ると、みんな生きて動いているので安心する。

 ほら、昨日は、みんなの時間が停まっていてさ、イスカ一人が起きてて、ルシファーのドラゴンとバトルになった。

 クラスは半分くらいが登校していて、イスカも席に着いていた。よしよし、全て世は事も無し……安心して席に着こうとしたら「北斗君……」と声をかけられる。

「佐伯さん?」

「ちょっと来て……」

 互いに「おはよう」の挨拶も交わさずに階段の踊り場に向かう。

 三十センチくらいに顔を寄せる佐伯さん。夕べのブスと同じ間合いだ……と思ったら、眉根を寄せてヒソヒソと言う。

 

「ちょっと、イスカさんの様子がおかしいの……」

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