大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 04『バアチャンと恵美さんが同時に時めいた』

2018-08-16 06:37:02 | 小説・2

高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ04

『バアチャンと恵美さんが同時に時めいた』




 帰宅部エースの俺は、放課後は真っ直ぐ帰る。

 ここを曲がると自分ちが見えるというところで、気配がした。


 モモとココの気配だ。
 一見猫の名前のようだが、れっきとした秋田犬、まだ子犬なんだけどな。
 それが、玄関前の犬小屋に居る。
 
 ファンファン! ファンファン!

 向こうも気配を感じたようで、挨拶をし始めた。
「おー、一週間ぶりだな、おまえら元気にしてたか!?」
 犬小屋から出てきた二匹が、俺にじゃれかけてくる。俺は両脇に抱えてワシャワシャとしてやる。
 まだ子犬のせいか、ワンワンとは鳴かない。
 どこか空気が抜けてるみたいにファンファンと鳴く。

「あら、坊ちゃん、お帰りなさい!」

 お手伝いの恵美さんが玄関から出てくる。

 この人の声を聞くと、グータラな俺でもシャッキッとしようかと、一瞬思ってしまうのだ。
「大奥様、坊ちゃんが帰ってこられましたよ」
 家の奥に向かって声を掛ける恵美さん。

「お帰り~新ちゃん~」

 のどかなバアチャンの声。
 俺は、週一回のバアチャンの訪れが嬉しい。
「洗濯物溜まってたわよ、どう、もう観念して一緒に暮らそうよ」
「あ、わりー、またキチンとやっから」
「掃除もこまめにやらなきゃ、この季節は油断するとカビが生えるわよ」
「あ、うん、エアコンの掃除だけはやっといたんだけど」
「みたいね、恵美さんにみてもらったら、やってないのは新ちゃんの部屋だけだったって」
「ハハ、いつでも出来ると思うと、ついね」

 この家には七台のエアコンがある。

 ちょっと多いと思うだろうが、リビングとキッチンの他にも部屋が六つもある。
 延べ床面積は二百平米ほどある。
 世間の基準ではお屋敷の部類に入るかもしれない。
 これでも駅三つ向こうの本宅の半分もない。ここは、親父がいくつか持っている別宅の一つなんだ。
 その別宅に、俺は妹の舞と二人暮らしなんだ。

 四月に、今の高校に入るのにあたって、舞と二人で学校に一番近い、この別宅に移り住んだ。

 最初は、バアチャンが恵美さんと一緒に住むはずだったんだけど、それは、俺も舞も断った。
 いろいろ理由はあるけど、ま、自由にやりたい……ということかな。
 舞と俺との意見が一致する、数少ないポイント。

「「大丈夫きちんとやるから」」

 誓ってはみたものの、俺も舞も高校一年生、加えて、この家の広さ。
 週に一度、バアチャンは恵美さんを連れて、至らぬところを掃除してくれる。
「どうです、坊ちゃん、モモとココ置いていきましょうか」
 好物の水ようかんとお茶を出しながら、恵美さんが、もう何度目かの提案をする。
「いや、やっぱ、面倒見きれないから通いで良いよ」
「そうですか、あの子たち、週に一回だけだけど、ここが自分の家だと思ってるみたいですよ」
「あ、そだね。犬小屋も居心地良さそうだったもんね」
「でしょ!?」
「でも、きちんと世話できないから」
「ハハ、新ちゃんは正直だ。ハッタリとか、その場の思い付きだけで決めてしまわないのは美徳なんだけどね……」
 俺は――そうだろ――という屈託のない笑顔を向けておく。

 モモとココは、ペットが欲しいという舞の意見で決まった。

 二匹の名前は、話が決まった時に舞が付けた。
 でも、名前から分かると思うんだけど、舞は猫のつもりでいた。
 猫なら、家の中で手数もかからずに飼えるが、犬は散歩に連れて行ったり仕付けをしたり手間がかかる。
「犬ならいらないや」
 そういうことで、モモとココは週一回の通いの番犬になっている。

 まだまだ説明しきれていないけど、ま、少しずつ分かってくれたらいいさ。

「マイマイはどうしてるの?」
「あいつ……」
 二つの変化があったけど、俺は一つだけ話した。
「モデルの誘いがあるみたいなんだぜ」

「「え、モデル!?」」

 バアチャンと恵美さんが同時に時めいた。

 

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高校ライトノベル・秋物語り・28『それぞれの秋・3』

2018-08-16 06:20:10 | 小説4

秋物語り・28
『それぞれの秋・3』
     

 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)

 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名




 今まで足を向けたことのない渋谷に踏み込んだ。

 秋元君と前後しながら歩く。
 どちらがリードするわけでもなく、そこの前にたどり着いた。

 そして当たり前のように中に入った。

 入って直ぐ脇に、部屋の写真のパネルが並んでいる。1/3程が暗く陰り、残りの部屋が明るくなっている……空室だ。
 
「ここがいい」
「うん……」

 一瞬ためらって、秋元君はボタンを押した。

 本能的に分かっていた。変な間が空くととたんに萎んでしまいそう。
 穴だらけの風船を膨らまし続けるためには、続いて息を吹き込まなければならない。
 萎んでしまえば、もう二度と秋元君と、こんなところに来ることはないだろう。

 かそけき音をさせてキーが落ちてきた。

 自販機みたいな音を予想してたので、少し拍子抜け。秋元君がキーを取る間にエレベーターの前に行きボタンを押す。
 意外に落ち着いてここまで来れた。まずは合格。
 シックに照明を落とした廊下では誰にも会わなかった、客の流れがよく管理されている。

 そして、キーホルダーと同じ番号の部屋にたどり着いた。

 このホテルは、以前麗がスマホでからかい半分に見せてくれたところだ。
「今は、使うようなことはしてないよ」
 わたしが眉をひそめると、麗は、イタズラっぽくスィーツのお店に切り替えた。ほんの数秒だったけど、わたしは覚えていたんだ。でも秋元君は……まあ、似たようなことがあったんだろう。オチケンにも発展系の人は何人か居た。

「ウェルカムドリンクがあるけど」

「お茶がいいな」
「あ、うん……」
 わたしが、備え付けのポットに手を掛けるのと、秋元君が冷蔵庫のお茶のペットボトルに手を掛けるのが同時だった。
「落ち着こうよ。わたしは友だちの家にお泊まりだって、メールしといたから」
「あ、そうなんだ」
 ティーバッグのお茶だけど、入れてゆっくり飲むことで、気持ちをシンクロさせたかった。
「やっぱ、オチケンは、暖かいお茶でしょ……」
「なんか一席やりたくなるなあ」
「フフ、それは、また今度聞かせてもらうわ。今夜は二人羽織よ」

 秋元君の喉がゴクンと鳴った。

 お風呂がガラス張りなのには、少したじろいだが、ここは思い切りだ。
「シャワーだけにしとくから、いっしょに入らない?」
 ペラペラのナイトガウンを持って声を掛ける。
「ぼく、あと……」
「もちろん、脱ぐのは別々。シャワ-の音がしたら入っといでよ」

 照明のせいだろうか、自分の肌が白くきめ細やかに感じる。自分の体じゃないみたい……自分で自分の体にトキメイテどうするんだ、落ち着け亜紀!
 シャワーしながら、部屋を見る。ボクネンジンはテレビを見ていた。ただ本人は点けたチャンネルがNHKのニュース解説だとは分かっていない様子だ。

 けっきょく秋元君は、いっしょにはバスルームに入らなかった。

 秋元君がシャワーしている間に、部屋をムーディーな照明に切り替え、FMの大人しめのニューミュージックにする。シャワーを浴びている秋元君の体は、意外に鍛えられていた。さすが警察官の息子。それともいざというときにたるんだ体を見られたくないため? 
 わたしの頭の中をドーパミンやセロトニン、アドレナリンなんかが駆けめぐっている。

 ようは初体験の予感に興奮している。

 秋元君が、小さな衣擦れの音をさせて、ベッドに入ってきた……いよいよ!

 五分近くたってもボクネンジンは、三十センチ隣りで横になっているだけ。

「秋元君。このままだと眠っちゃうよ……」
「……亜紀ちゃん」

 あとが続かない。

「お互い一歩前に進むんだよ」

 それでも返事がなかった。

 わたしは、ガウンを自分で開き、秋元君の手を握った。そして……ゆっくりわたしの丘に誘った。
「キスしてもいい…………?」
「フ……わたしたち、それ以上のことをしようとしているんだよ。秋元君」

 ちょっと意地悪な目で見てやった。やっと秋元君の重いスイッチが入った……。

 お互い初めてなんで、少し時間がかかった……思ったほど痛くはなかったけど、秋元君のスイッチはONしかなく。彼のサーモスタットが切れるのを待つしかなかった。
 
 で、秋元君のサーモスタットが切れると、やはり、何かが吹っ切れたような気がした。

「……ねえ」

 数分あって、やっと息が整い、声が出せた。

「ごめん、亜紀ちゃん」
 秋元君の声は、まだ弾んでいた。
「ごめんなんて言わないの。悪いことしたんじゃないんだからね」
「そうか、よかった。亜紀ちゃん苦しいんじゃないかと……でも、止められなかったから」
「もう……すんだことは言いません」
「ありがとう、亜紀ちゃん……」
 秋元君の手が伸びてきたので、寝返りするふりして、距離を取った。
 しばらくすると、意外にかわいい寝息が聞こえてきた……。 

「亜紀ちゃん、どうかした?」

 わたしをどうにかした張本人が、朝の目覚めで口にした第一声がこれだった。

「大丈夫……」

 わたしは、何か体の芯に残った違和感で、変な足つきでシャワーを浴びに行った。
 驚いたことに、秋元君はNHKも見ないで、いっしょにシャワーを浴びに来た。
 わたしは、さっさとシャワーを済ませると、服を身につけた。あのまま、サーモスタットが切り替わって、もう一度挑まれては体がもたない。

「いっしょにバンジージャンプを飛んだ、それ以上でも、それ以下でもないからね」
 わたしは言わずもがなのことを言った。
「分かってる。亜紀ちゃんには感謝してる。それ以上でも、それ以下でもない」
 モーニングをかっ込みながら、秋元君は、いつもの顔に戻って言った。

 それから、喫茶店を出て、駅の改札に入ってから別れた。わたしは駅のトイレで制服に着替えた。

 制服が、とても白々しいものに感じながら、いつもより少し早い時間に学校に着いた。

 それぞれの秋は、さらに鮮やかに色を変えつつあった……。

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 03『わが一年A組の担任は来栖みくるだ』

2018-08-15 06:35:40 | 小説・2

高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 
03『わが一年A組の担任は来栖みくるだ』




 わが一年A組の担任は来栖みくるだ。

 去年、教師になったばかりで担任を持たされている、不幸な先生だ。
 四月当初は女子高生みたいな内ハネのショ-トボブだったけど、髪を伸ばし始め、今は肩まで二センチほどのボブになっている。
 もう少し伸びたら、クルリと巻いてシニヨンとかいうお団子にするという、もっぱら女子たちの噂。
「でも、あの童顔じゃ似合わないよねえー」
 噂は、そういう結論になっているが、お行儀のいい女子たちは言わない。言わないで、みくるちゃんが(ちゃん呼ばわりは生徒の間だけで、けして大っぴらには言わない)めでたくシニヨンにした時に陰口を叩こうと言う腹だ。

 みくるちゃんが、教壇でオタオタしている。

 キビキビと出席をとったとこまではいいのだが、そのあと伝えるべき連絡事項を書いたメモを無くした様子なのだ。
「え、えと……水泳の授業、たしか来週からで、あ、これは終礼でもいいんだ。えと……自転車保険が……あ、昨日言ったっけ。だから……図書室の……分かんないや……あ!?」
 みくるちゃんの目は教室後ろの個人ロッカーの上あたりで静止した。
「あ、ファイルとノート!」
 みんなの目が一斉に個人ロッカーの上に向く。

 そこには、昨日の授業と終礼で集めた個人ファイルと総合学習ファイルとクラス全員分の国語のノートが載っていた。
 みくるちゃんが集めて持っていくのを忘れているのだ。

「あ、あれ、職員室と国語準備室に……芽刈さん、お、お願いね」

「今からですか?」
「え、あ、個人ファイルは直ぐだけど……」
「分かりました」
 舞はスックと立ち上がり、教室の後ろに向かった。
 舞は学級委員長をやっているのだ。ファイル二箱とノートの束を持ち上げる気配。
「うんしょ……」
 あの量は、ちょっと持ちきれないだろう。
「あ、えと……新藤君、手伝ってあげて」
「え、あ、はい」
 みくるちゃんに他意はない、俺が舞の近くに座っているからだ。
「ありがとう新藤君」
 兄妹であることをおくびにも出さず、過不足のない笑顔で礼を言う。

 その時、教室の前のドアが開いた。隣りのクラスの副担任が顔を覗かせている。

「失礼、このクラスに芽刈舞……あ、君か、階段のところで落とし物、君宛てだ」
「あ、どうも」
 みくるちゃんが受け取って渡してくれた封筒は封が切られていた。
「これ……」
「ああ、封筒の表には何も書いてなかったんで、芽刈舞の宛名しか見てないから、じゃ」
「ありがとうございました」
 神妙に礼を言っているが、頭に来ていることは兄妹だからよく分かる。
 でも、これで頭に来るのはお門違いだろう。
「じゃ、先生、行ってきます。新藤君、行こっか」

 俺たちは、職員室から国語準備室と回り、始業前で人気のない廊下を教室に向かった。

「ちょっと生徒会室に用事があるの、付いて来てくれる」
 ジト目の笑顔で俺に指示する。
「え、あ、でも鐘が鳴るぞ」
「時間はとらないから」
 歩きながらポケットをまさぐり、生徒会室に着くと素早くドアの鍵を開けた。
「ごめんね新藤君、さ、入って」
「あ、ああ」

 ガチャリ

 鍵を掛けると、オーロラ姫に魔法をかける寸前の魔女のような顔になる舞。

「あんた、わたしの後で拾っておいて、なに落っことしてんのよ!」
「いや、待て、俺はだな……」
「唯と階段上がった時には気づいていたわよ、あんたが拾ったのもね……拾ったんなら責任持ちなさいよね! このボンクラアアアアアアアアア!!」
 俺はとっさにハイキックをかわす動作をとった。

 敵は、ローキックをかましてきやがった!

 ドガブヒェッ!!

 記憶が飛んでしまった……。
 
 

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高校ライトノベル・秋物語り・27『それぞれの秋・2』

2018-08-15 06:17:45 | 小説4

秋物語り・27
『それぞれの秋・2』
       

 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)

 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名


 秋元君……一見元気そうだった。


「まいど、どうもありがとうございました!」

 元気に言うと、なんだかカーネルサンダースが若くなって挨拶しているみたいで、女性客の中には笑い出す人もいた。

「さて、在庫点検しよか~♪」

 いそいそと、インスペクト(在庫点検用の端末)を持って書架を回り始めた。その間にも、お客さんから質問され、テキパキと答え、ここでも笑いを誘っていた。
「秋元、なにか良いことでもあったのかな……」
 文芸書の西山さんが、頬笑みながら言った。わたしは違うと思った。なにか自分を誤魔化すために明るくふるまっている……そんな感じがした。だから、秋元君が倉庫に入っている間に、インスペクトを手に、もう一度確認した。ここでミスると、甚だしい場合、棚卸しのときに大変な手間になる。

「なんか、ミスった?」

 気づくと、真顔の秋元君が立っていた。わたしは最後の棚を確認して答えた。
「ううん、エラーは無いわ」
「そうか、良かった。これ書評が良かったんで、ポップ書いてみよかと思って」
 瞬間で笑顔に戻ると、抱えた五冊ほどを手に持って、平積みのコーナーに行こうとした。
「なにかあったんでしょ。その明るさ変だ……『明るさは滅びの徴であろうか』って、笑顔だよ」
「太宰の言葉だね、『人も家も暗いうちは滅びはせぬ』って、続くんだよね。さすが亜紀ちゃん。女子高生とは思えない答だよ」
「……わたし、高校なんか、とっくに卒業してる。気持ちの上ではね」

 で、バイトが上がったあと、その名も『斜陽』って喫茶店で二人で向かい合った。

「やっぱ、気持ち誤魔化してたんじゃないの……」
 どちらが年上か分からない言いようで、秋元君の心の毒を聞いたあと、グサリと言ってしまった。秋元君は身をよじるようにして小さくなった。
「秋元君の年齢で、女の人と付き合って、友だちの関係で良しなんてあり得ないよ。雫さんには気持ち伝えたの?」
「おめでとう……って」
「はあ……」
 思わずため息をついてしまった。
「でも、これでいいんだ。最初は落語の『三枚起請』みたいに思ったけど。雫とは、最初からそういう約束の付き合いだしさ」
 そう言うと、お手ふきで汗を拭くフリして涙を拭った。

 ことは、こうだ。

 大阪落語の『三枚起請』の説明をしていると、雫さんが、好きな男性が出来たと打ち明けた。
 その男性とは半ば好奇心から体の関係になったけど、三か月じっくり考えたそうだ。
 そして、彼が実家の都合で田舎の福島に帰らざるを得なくなり、雫さんの彼は、今年いっぱいで退学することになった。
 震災後、親は無理をして東京の大学に入れてくれたが、お父さんが倒れ……それでもご両親共々「気にするな。良太は大学で勉強しろ!」と言う。帰ってこいと言われるよりも辛かったそうだ。
 そして雫さんは、本気で彼のことを愛していることに気づいた。
 そして、秋元君も雫さんが好きなことに気づいた。

 さらに、嫌なことに、自分の「好き」という気持ちの中に男の欲望が混じっていることに気づいた。

 とっても自分が賤しく、薄汚い者に思えて仕方がない。だから、出来ることなら自分の脳みその中から、薄汚い男の部分を切り捨ててしまいたいぐらいだ。とも言った。
「でも、それ吹っ切ろうとして、仕事に打ち込んで、ミスしなかったんだから、オレも大したものだな!」
 造花の向日葵のような笑顔で、秋元君は、話しに幕を降ろそうとした。
「秋元君って、童貞……?」
 降りかけた幕を、わたしは強引に引き上げた。
「……アハハ、それは亜紀ちゃんにも秘密だな。ごめん遅くまで付き合わせて。さ、帰ろう!」
 膝を叩くと、秋元君は伝票を掴んでレジに向かった。

 何も解決していない。秋元君の傷を広げただけだ。

 駅の改札に行くまでに、わたしはコンピューターのように、いろんなことを演算した。
「明日もがんばろうぜ!」
 秋元君は、改札に着くまでオチケンらしい饒舌を、その言葉で締めくくった。そしてパスホルダーを出して、改札機に当てようとする手を、わたしは掴んだ。

「今夜、少しだけ大人になろう。二人とも……」

 秋元君がフリーズした……。

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高校ライトノベル・アンドロイド アン・8『今日から学校・3』

2018-08-14 10:35:12 | ノベル

アンドロイド アン・8
『今日から学校・3』

 

 

 同じクラスだったらどうしようかと心配したが、さすがにそれは無かった。

 

 俺は一組だが、アンは二つ向こうの三組だ。

 二つ向こうということは、体育や芸術でいっしょになることもないし、校舎の都合でフロアも違う。

 生徒の関心は移ろいやすい、正門前のラノベじみたあれこれも、来たるべき行事や部活や試験やら個人的なアレコレで三日もたてば消えていくだろう。

 

 しかし、それは甘かった。

 

「あんたたち婚約してるんだって!?」

 一年で同級だった三組の玲奈が休み時間にやってきて、容疑者をゲロさせる刑事のようにドンと俺の机を叩いた。

「な、なんだよそれ?」

「だって、アンが宣言してたわよ」

 今度は前の席に座って顔を寄せてきた。

「新一の従妹でさ、生まれた時に親同士が二人を許婚(いいなづけ)にして、そんでもって、もういっしょに住んでるんだってえ!」

「え? ええ!?」

「もう、このこの、この~!」

 

 昼休みには、俺とアンの弁当の中身が同じだということが暴露され、週末まで格好の話の種にされてしまった。

 

「でも、安心して」

 週明けは、どんな顔をして登校すればいいのかと悩んでいると、戸締りをちゃんとやったというような調子で答えが返って来た。

「同居の従兄妹で、婚約までしていたら、もう、その先はないでしょ。多少くっ付いていたりしても当たり前だし、二人が、この先どうなるんだろうなんてことも興味ひかないと思うわよ。それになにより、わたしにも新一にも言い寄って来る者は居なくなるって!」

 そりゃそうだろ、同居の婚約者という鉄壁に挑もうなんて奴はいないだろう。

「ね、わたしのスペックって、アイドルグループのセンター並みなんだから、これくらいの虫除けしとかないとね」

 そうか、そういう深慮遠謀があったのか!

 しばし感心した……が……待てよ?

 それって、俺の高校生活……女の子と付き合うことが完全にできなくなるっちゅうことじゃねーのか?

 だろ? 同居の許婚と付き合ってくれるような女の子っているわけねーじゃねーかあああああああああ!

 

☆ 主な登場人物

 

 新一    一人暮らしの高校二年生だったが、アンドロイドのアンがやってきてイレギュラーな生活が始まった

 アン    新一の祖父新之助のところからやってきたアンドロイド、二百年未来からやってきたらしいが詳細は不明

 町田夫人  町内の放送局と異名を持つおばさん

 町田老人  町会長 息子の嫁が町田夫人

 玲奈    アンと同じ三組の女生徒

 小金沢灯里 新一の憧れ女生徒

 赤沢    新一の遅刻仲間

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト・『あたしたちは戦う』

2018-08-14 06:43:46 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『あたしたちは戦う』
          


「今年は反戦劇をやりましょ」

 不意にカッパが言いだした。
 カッパとは、この四月にベテランの乙女先生が退職し、その後任で顧問になった代々木民子……本当は「先生」を付けならあかんねんやろけど、心の中では呼び捨てにしてる。普段は見た目そのままに「カッパ」や。

 去年、先輩が就職試験に落ちた。名目は適性がないいうことやったけど、あたしは民族差別やったと思うてる。

 うちの学校は、入学時に本名宣言を勧めてる。あたしの友だちにも外国籍居てるけど通名で通してる。世の中そんなに甘いない。
 先輩は、はっきり言わへんけど、本名宣言に乗せられたんやと思うてる。そやかて中学までは通名でやってきた人や。
 学校の人権推進委員会の先生らはカッパも含めて一回だけ企業に抗議に行った。企業は適性で落とした資料をきちんと揃えて待ち構えてた。で、企業の説明鵜呑みにして、そのまんま。

 結局、部員の事はほっとかれへん言うて、乙女先生が長年の人脈を使うて、学校の推薦やったとこよりもええ企業を先輩に斡旋してくれはった。進路指導部の先生らは「ありがとうございます」と口では言うけど、メッチャ迷惑そうな顔してた。

 変化は毎日現れて来てる。

 いままで使えてた視聴覚教室を追い出された。ブラバンやらダンス部が練習用に、椅子どけるだけで広いスペースがとれる視聴覚教室を以前から狙うてた。
 演劇部いうのは、舞台と実寸が同じとこで稽古せんと、本番ではぜったい間尺が合わへん。せやから視聴覚教室は死守してきた。それが、あっさりと……。

 昨日は十年以上続けて出てたピノキオ演劇祭に出えへんことになった。
「先生、夏休みは仕事で忙しいから、夏のピノキオ演劇祭には付き合われへん。あんたらの安全考えたら本番だけの付き添いいうわけにいかへんさかいね」
 仕事てなんやねん。組合の教研集会やらなんやら……仕事なんかやあらへん。はっきり言うて政治活動や。知ってんねんで、生徒はアホやないねんで。

 今日は、いとも簡単に、こない言いよった。
「コーチは、今年ベテランの人にお願いしたから、いずれ紹介するけど、よろしゅうにね」
 あたしらになんの相談もなしに、コーチまで変更しよった。

 うちの演劇部は、専業は二人しかいてへん。去年は先輩入れて三人。乙女先生が、そのつど声掛けしてくれて、兼業部員が何人か入ってくれて、やっと文化祭やら、コンクールに出られてた。
 カッパの人間力では、絶対人集まらへんし、集める気もない。

 あたしは思い余って、高校演劇連合の先生に電話した。二日かかってやっと通じた。
「校内のことは、口出しでけへんからな……」で、おしまい。なんのための連合や。

 で、今日の放課後は、視聴覚教室を明け渡すために、道具の移動。

「怪我せんように気いつけてなあ」
 カッパは気楽に声だけ。
 演劇部は貧乏やから、道具のきれっぱしでも無駄にはでけへん。
「先生こそ気いつけてくださいね。足許散らかってるよって」
「ありがとう、ほんなら……」

 あたしらに背を向けようとした瞬間に、落ちてた切れ端にカッパはけつまずいて仰向けに倒れよった。

 持ってた道具を手放して、手え伸ばしてたら助かったかもしれへん。けど、せえへんかった。あたしの第一歩やと直観したから。
 カッパが倒れこんだとこには、五センチの釘が突き出たきれっぱしが落ちてる。九分九厘首に刺さる。

 あたしは、ちゃんと事前に「気いつけてください」と言うといた。ね、五行前に、ちゃんと書いたあるでしょ。

 あたしの戦いの第一歩が始まった瞬間でした。

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 02『二人の美少女』

2018-08-14 06:29:34 | 小説・2

高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 
 02『二人の美少女』




 また入ってる……

 口の形だけで分かる。


 靴箱を開けると手紙が入っていたのだ。
 学校では他人のクラスメートなので声はかけないが、ここのところ三日に一度の割で、舞の靴箱には手紙が入っている。
 見せてくれることはないけど、状況と反応から男からの付文だと分かる。

「おはよう、マイッチ」

 学校で一二を争う美少女の関根さんが声を掛ける。
 学校で一二なんだから、クラスでは一番かというと、そうではない。
 妹の舞も学校で一二の美少女の誉れが高い。
 この二人が並んでいると、そこだけスポットライトが当たったように華やかになる。

「ね、考えてくれた?」

 関根さんの一言で舞は小さく狼狽える。

「あ、えと、まだ考え中」
「あ、うん、いいわよ。一昨日話したところだもんね」
「ごめんね、サクッチ」
「ううん、そんな、ごめんだなんて」
 関根さんは胸の前で右手をパーにしてブンブン振る。
「でも、マイッチならきっと……」

 美しく語らいながら二人の美少女は階段を上がっていく。

 話の内容は分かっている、ティーン向けファッション雑誌のドクモをやっている関根さんが舞を誘っているんだ。
 関根さんと一二を争うんだから、舞も十分モデルが務まる。
 でも、舞は二の足だ。
 舞は忙しい奴で、やることが一杯ある。十五歳の舞の日常は特盛なんだ。

 

 踊り場まで上がったところに手紙が落ちている。
 関根さんと話しながらだったので、ハンパにポケットに入れていたのが落ちてしまったんだ。
――あとで渡してやろう――
 拾ったところで後に気配。
「させるかあ!」
 横っ飛びに逃げると、斜め上を通学カバンがかすめた。
「これかわせるんだから、柔道部入れれよー!」
 クラスメートの武藤健介だ。
 こいつも過年度生なんだけど、なかなか前向きな奴で、入学早々休部になっていた柔道部を復活させた。
 で、俺を柔道部に入れたくて仕方がない。

 このドタバタで、俺は拾ったばかりの付文を落としてしまったのだ。

 むろん俺は気が付いていない……。

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高校ライトノベル・秋物語り・26『それぞれの秋・1』

2018-08-14 06:07:10 | 小説4

秋物語り・26
『それぞれの秋・1』
        

 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)

 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名


 稲穂は実り、プラタナスは枯れ、イチョウは枯れ葉をまき散らしながらも実を付け始める。


 生まれて十八年ちょっとだけど、こんなに秋の移ろいに敏感になったのは初めてのような気がする。

 美花が、突然韓国へ行くと言い出した。

 三人の中で、一番子どもっぽく、人の(主に麗)のあとばかり付いていた実花が突然言い出した。

「どうして?」

 いま思うとバカな質問だった。だって、美花は、自分のことを説明するとか、とても苦手だから。
「大人になる前に、一度見ておきたかったの……かな……よくわかんない」
 と、ローラのようなことを言う。
「それは、君の中に流れている民族の血が求めているんだよ!」
「………」
 学校に届けを出した時に、民族教育担当の北畠というオッサンの言うことが、一番つまらなく、保健室の内木先生が言ってくれた言葉が、一番ピンときたそうである。
「高階(もう本名の呉は使っていない)さん、水には気をつけてね。あなた、よく水道の生水飲んでるじゃない。外国は水が違うからね」
「あ、はい」

 ちゃんと生徒手帳に「ミネラルウォーターを飲むこと!」と書いていた。

 出発の日は、羽田まで見送りに行った。
「あたし、なんで行くのか、やっぱし分かんない……」
 そう言って搭乗口にトボトボ歩いていく様は、まるで、アテのない落とし物届けを学校の生指へ届けに行ったときのようだった。うちの学校で忘れ物やら、落とし物をしたら、まず返ってこない。

 振り返ってビックリした。

 遥か向こうの到着口の方に、吉岡さんが見えた。

 一瞬、去年のサカスタワーホテルでのことが頭に浮かんだ。雄貴にさんざんな目にあったことや、そのことを(おそらく確実に)吉岡さんがカタを付けてくれたこと。女の子がお店で喋る言葉で、出身が分かることなど、懐かしく思い出しているうちに、仕事仲間とおぼしき人たちと、姿を消してしまった。
「どうかした?」
 麗が聞く。
「ううん、べつに」
「そう」
 簡単な会話で終わったのは、麗自身が揺れていたからだろう。

「あたし、卒業したらさ、銀座で働こうかなって……」
「ほんと?」
「こないだ、銀座線に乗ってたら、メグさんに会っちゃって、ほんの十分ほど立ち話したんだ。ガールズバーって、なんだかアマチュアな感じじゃん。だから、プロになりたいって」
「メグさん、なんか言ってた?」
「ハハ、叱れちゃった。接客業なめんじゃないよって。おっかなかった」
「だろうね、あのメグさんなら」
「お店はちがうけど、リョウのサトコさんも銀座に来てるんだって……」
「そうなんだ……」
「でね、学校卒業したら、じっくり考えなって……教師とかもそうだけど、一度他の仕事を経験したほうがいい。デモシカじゃ、銀座は通用しないってさ……なんか言いなよ」
「うん、なんだか麗、大人になった感じ」
「アハハ、そんなこと言うのは亜紀だけだよ」
「わたしも、こんなこと言うの、麗が初めて」

 学校には、わたしが通学途中で、体調が悪くなって病院に行き、麗がそれに付き添ったと言った。
 あの梅沢が本気にしてくれた。いつもだったら「じゃ、病院の領収書見せろ」ぐらい言うんだけど。
 わたしも嘘が上手くなったのか、美花、吉岡さん、麗の話し……そんなのいっぺんに見聞きしてショックだったのかもしれない。その日の五時間目は、ほんとうにしんどくなって、入学以来初めて保健室のベッドで横になった。

 明くる日は、元気に学校にもバイトにも行けた。

 でも、ここでも、一つ秋を発見した。

 秋元君の元気が無い……。

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 01『妹とは他人の関係』

2018-08-13 07:28:38 | 小説・2

高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 
 01『妹とは他人の関係』






 妹と同じクラスだと言ったら「え?」だろうなあ。

 いまどき、ラノベだって、こんなベタな設定はしないだろう。
 ところが、俺と妹は、そうなんだから仕方がない。


 一度しか言わないから、しっかり聞いてほしい。

 俺は過年度生なんだ。
 
 去年、別の高校に入学したんだけど、いろいろあって二か月で辞めた。
 で、今年、改めて今の高校に入学した。こういうのを過年度生っていうんだ。
 
 正直勉強はできない。

 ま、勉強ができていても前の学校は辞めていただろうけど。

 勉強できないから、次の学校は、アホ学校しか行けないだろうと覚悟していた。

 妹は良くできる。俺とは内申成績でニ十点以上の開きがある。

 そんなバカな俺が、出来のいい妹と同じ学校に入ったのにはわけがある。


「さっさとしろよな!」
「先に行ってろよ、戸締りはしとっから」
「あんたの戸締りは当てにならない、もー、朝飯は歩きながら食え!」
「ウォッ! なにしやがる!」
 食べかけのお握りを持っていかれる。
 玄関ポーチに置かれたお握りを掴んだところで、カチャッカチャッと二重鍵が掛けられる。
「閉めんな! 靴もカバンも、まだ中だ!」
「うっさい!」
 
 パチコーーン!

 舞の平手が、俺の左頬に炸裂する。
「な、なにしやがる!」
「カバンはそっち! 靴はそこ!」
 カバンと靴は、玄関前の両側、犬小屋の中に放り込まれていた。
「くそ!」
「あんたの行動なんて、お見通し!」
「てめー!」
「ジャカマシーーー!!」
 舞のハイキックが唸りを上げる!

「グホッ!」

「フン!」
 
 鼻息一つ残して舞は表通りを目指す。
「ハイキックなんかすんな! パンツ丸見え!」

――――死ねえーーーー!!――

 口の形だけで吠えると、飲み残しのペットボトルを投げてきた。
 けっこうなスピードだけど、俺はハッシと受け止める。
 ペットボトルでも、まともに当たればガラスが割れる。家を壊すわけにはいかない。

 舞が右へ曲がったところを左に折れる。

 いったん家を出れば、あいつは芽刈舞(めかりまい)、俺は新藤新介。

 家の外では、あくまでも他人の同級生なんだ。 

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高校ライトノベル・秋物語り・25『なにかが違う・2』

2018-08-13 06:22:13 | 小説4

秋物語り・25
『なにかが違う・2』
       
 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)

 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名


 教室に入っても江角が授業をしなかった、入学以来初めてのことだ。


 江角というのは、デモシカだけど、妙にカタチにこだわるところがある。
 たとえクラス全員が寝ていても淡々と授業はやる。少々内職していても叱るようなことはしない。ただ、授業妨害にはうるさい。授業に遅刻し、全然関係ない話で盛り上がっていた男子数人に向かってチョークを投げ、真っ青な顔で近寄り、有無を言わせず張り倒したことがある。
「わたしの授業を潰すんじゃない!」
「いきなり、シバいといて、叱るこたあねーだろ……」
「小城ママみたいな寝言じゃ無い。叱ってんじゃない……怒ってんのよ、あたしは! あんたらみたいなバカがどうなろうと知ったこっちゃない。授業邪魔する、あんたらが憎ったらしいのよ。あああっ!!」
 そう言うと、遅刻した男子の机を持ち上げ、廊下に放り出した。

 あの時、江角は切れていた。それ以来、陰でこそこそはやるけれども、授業妨害する者はいなくなった。

 わたしは、ただのヒステリーだと思った。

 最低のオンナだと思った。

 でも、今日の江角はちがった。

「昨日ね、バカが一人死んだ。高校からいっしょでね、生徒手帳丸暗記して、よく先生にも生徒にも突っかかってた。大学でも同期……在学中に司法試験受かってしまうほどのバカだった。裁判官になってね、バカな判決ばかり出して、先週最後の裁判で判決出して夕べ死んじゃった……物覚えがいいだけのバカ、歩く六法全書……最後の判決? まるでバカよ。今時自衛隊は憲法違反だって判決。笑っちゃうよ。スカすんじゃないっつーのよ! そんな憲法とか法律ばっか大事にして『自衛隊は憲法の精神及び第九条に照らし合わせ、明らかに憲法に違反したものである』 アッパレ護憲裁判官の死……そう書き立てるA新聞、マスコミ。あいつの心には平和主義なんてかけらもないのよ……じゃ、なんでそんな判決? バカだからよ。死んで正解だったかもね……あいつ、憲法が改正されたら真逆の判決出してるわよ。日本の軍隊は合憲であり、集団的自衛権は個別的自衛権と並んで、車の両輪である……あいつのところに、日の丸やら君が代の訴訟がこなくてよかった……だって、法律で決まってるんだから、自衛隊とは真逆の判決出すわ……あいつにとって裁判は言葉遊び。中学生が証明問題に熱をあげるのといっしょ……答を出す情熱しかなくって、本当の正義なんて、あんたらの百分の一もない……そう、わたしはイラツイてんの! あいつの、そういうところ……学生のころから分かってた……だから、そこ直してほしくて……裁判官はね、一度人間になって、その人間を心の底に沈めて、そいで裁判官にならなきゃいけないのよ……そう、男の裁判官。それがなにか……?」

「先生、好きだったの、その人?」

 クラスでわたしだけが質問した。

「どうだろ……どうなんだろ。ただ人間には成って欲しかった。大人の人間には……裁判は、中学生の証明問題なんかじゃないんだから。で、あの才能と情熱を……わたしは好きだった……そうよHクン。そう言う関係にもなったわ……その時、少しだけ人間的になった。でも朝になったら判例集読みふけっていた。わたしは嫌になった……辛抱が足りなかったのかもね、一度は変わりかけたんだからね……」

 わたしは、江角のことを教師としては認めていない。でも、人間……オンナであるとは思った。
 江角は、問わず語りに、自分にも、変わり目の時期があったことを認めた。わたしは、そう受け止めた。
 江角は、死んだ裁判官をバカだと何度も言った。でも、あれは自分に対して言ってる言葉のように感じられた。

 なんか違う……そう感じたとき、江角というオンナは飛びきれなかったんだ。わたしは思う。去年の大阪での一夏。わたしも麗も美花も飛んだんだ。今思えば「なんか違う」と感じていたんだ。
 そして、今、わたしは次の「なんか違う」にぶつかっていた。

 江角のように簡単に逃げたりはしない。
 
 その試練は、秋の実りをとりいれるように、忙しくやってくることになる……。

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高校ライトノベル・アンドロイド アン・7『今日から学校・2』

2018-08-12 10:24:45 | ノベル

アンドロイド アン・7
『今日から学校・2』

 

 

 えーーお兄ちゃん!?

 

 正門付近のオーディエンスが声をあげる。

 そりゃそうだ、制服モデルかアイドルの制服姿かという美少女が、一山いくらのワゴンセールのモブキャラに、ちょっと甘えと媚を漂わせて助けを求めてきたんだ。そのギャップに敵意の籠った悲鳴を上げるのは当然だ。

ちょ、な、なんで居るんだ!?」

 声を押えた分、尖がった詰問調になってしまう。

七分遅れで出ろって言ったろが!」

「七分遅らせたわよ、でも、初日の緊張感で……」

タクシーでも拾ったのか?」

「ううん、つい走っちゃって」

 

 ウウ……どんだけの速さで走ったっていうんだ!?

 俺はインクレディブルファミリーの親父のボブの心境だ。

「大丈夫だよ、マラソンの世界新の記録は破ってないから」

 ニコニコ笑顔のアンに、咄嗟には言葉が出ない。

「はい、お弁当!」

 目の前に久しく見なかった弁当の包みが突き出される。

「べ、弁当!?」

 たった七分のタイムラグで弁当まで作ったってか? というより周囲を見ろよ、このエロゲ妹シュチを咎める視線でいっぱいだろーが!

「同居の従兄妹同士なら、やっぱ、こういう気配りは良いもんじゃないかと思い至ったわけよ」

 従兄妹というキーワードにオーディエンスからの視線に殺意が籠る。

 そりゃそうだろ、妹ならば一線は超えられないが、従兄妹ならば結婚だってできるんだ。

 従兄をお兄ちゃん呼ばわりするメチャ可愛い従妹スマイルのままアンは背伸びして俺の耳元に口を寄せてきた。

どうせ、いつかはバレるんだから、ハナから認知してもらったほうがいいのよ!」

 ヒソヒソ声ではあるけど、きっぱりと言いやがった。

「食べたら洗っとくのよ、じゃ」

 そう言って、アイドルじみたハツラツさで昇降口に駆けていくアン。

 その後ろ姿を見送るオーディエンス。その隙に裏の通用門まで移動して校内に入る俺だった。

 

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高校ライトノベル・秋物語り・24『なにかが違う・1』

2018-08-12 05:57:12 | 小説4

秋物語り・24
『なにかが違う・1』
       

 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)

 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名


 なにかが違う……と、思った。


 久しぶりにバイトを休んで真っ直ぐ家に帰った。もともとシフトからは外れていたんで、表面的には、いつもの通りだ。
 でも、今日シフトに入っていても休んだかも知れない。

 なにかが違う……。

 うちに帰ると、弟がだいぶ前に録画していたテレビ番組を見ていた。手塚治虫の一代記で、前世紀のアイドルで、今はベテランの域に達したタレントがやっていた。これはハッキリ言える。この人は、わたしの趣味じゃない。

「締まりのない顔して観てんじゃないわよ」
「イテ、なにすんだよ……」

 わたしは、側にあった少年ジャンプで、コツンとしてやった。
 弟は、オシメンであるAKRの小野寺潤が、準主役で出ているので、それだけでご機嫌である。ファンであることは勝手だし、好きになるのも自由。でも、だらしのないのは許せない。仮にも同じ血が流れている弟が、こんなアホ顔をするのは、耐えられない。
「ほれ、また口が開いてる」
 今度は、アゴを下からポコンとしてやった。はずみでヨダレがついた。
「あ、ヨダレがついちゃたじゃんか!」
「自分のヨダレでしょ」
「だって、ジャンプ買ったばかりで読んでないんだ……」
「なによ、文句があるんなら、最後まで言う。オトコでしょうが!」
「スゴムなよ。ただでもおっかないのに……メンスか、姉ちゃん?」
「なんだと!」

 鼻の穴に指を突っこんで顔を引き寄せた。

「イテテ……」
「そ-いうことは言っちゃいけません! セクハラだぞ……!」
「わ、分かった、分かった……」

 その時、バカなことを思い出した。教室でHを立たせるときは耳を掴んだが、弟は鼻の穴だ。指にはハナクソが付いたが、それほどの嫌悪感は湧かない。ガキンチョのころ、よく弟とハナクソの付けあいをやって遊んだことを思い出した。

 ティッシュでハナクソを拭いていると、テレビの手塚治虫が、こう言った。
「僕に出来るんだから、あなたにもできますよ」
 これが、このドラマのテーマかと思うと同時に、それは違うと思った。

 で、思い出した。今日学校で麗が言った言葉。

「ねえ、亜紀もさ、本屋のバイトなんか辞めて、うちの店においでよ。経験者優遇。本屋の三倍は時給出るよ」
「ごめん……なにかが違うんだよね。わたし、本屋さんが性にあってんの」
 麗が、一年の時の水泳部事件以来、タイプは違うのに友だちでいてくれるのは、とても嬉しかった。麗も美花も、そう言う意味で誘ってくれているのは、よく分かる。でも、麗が「本屋のバイトなんか」と言った時には、今まで感じたことのない違和感があった。極力表情には出さなかったけど、こういうことに鋭い美花には、わたしより大きな違和感として感じられたかもしれない。

 そのころは、他の人が変化ばかり目について、自分は変わってきているとは感じなかった。

 お父さんが帰ってきて、手塚治虫のドラマだというので、珍しく缶ビール片手に、風呂上がりに録画を観ていた。

「違う、手塚治虫は、こんなんじゃない」
「僕に出来るんだから、あなたにもできますよ。なんて歯の浮くようなことは言わなかったでしょ?」
「いや、手塚治虫の口癖だよ。それはいいけど、なにかが違う……うまく言えんけどな」

 お父さんの言うことなんか、大概にしか聞いていないけど、今の言葉は頷かざるを得なかった。なんたって、本物の手塚治虫と同じ時代を生きたマンガ少年だったから……。

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高校ライトノベル・アンドロイド アン・6『今日から学校・1』

2018-08-11 11:36:30 | ノベル

アンドロイド アン・6
『今日から学校・1』

 

 

 今日から学校だ。

 

 いや、俺は学校は毎日いってる。

 アンだよアン。

 いろいろ手続きとかがあって、アンの登校が今日からって意味なんだ。

 

「ど、似合ってる?」

 

 自治会の運動会が終わって、飯の前に風呂に入って、出て来てぶったまげた。

 レディーファーストでアンを先に入れてやって、その間に米を研ぐとか、俺のやれる範囲で晩飯の用意をした。

――お風呂空いたわよ~🎵――の声に「おお」と返事して、ざざっと一風呂浴びて出て来たところ。

 制服モデルみたく、フワリと旋回してポーズを決めるアンが居た。

「明日っから学校だっけ……」

「そだよ、おソロのお弁当とか作ってあげっから、いっしょに行こうね!」

「それは断る!」

「えーーなんでえ!?」

 

 俺は、なにごとも目立たないことをモットーにしている。

 女と一緒に、たとえそれがアンドロイドで従妹設定であっても、いっしょに学校なんてあり得ない。

 それに、アンのデータベースにある女子高生というのは、かなり偏差値の高いそれだ。

 制服モデルか、アイドルの制服姿。渋谷なんか歩いていたら確実にスカウトされそうなオーラに満ち満ちている。

 さらに、言葉遣いが「そだよ」とか「おソロ」とか「えーなんでえ!?」とか微妙にJKスラング。うちの男子生徒からはギャップ萌えの高偏差値で見られることは確実だ。

 

 それで、いろいろ言い渡した。

 

 制服の着こなしはともかく、男子を瞬殺しそうなスマイルとか視線の送り方とか言葉遣い、それに一緒に登校することなんぞの禁止事項を申し渡した。

 それで、一夜明けての今朝。

 俺より七分後に出ることを申し渡して、俺は家を出た。七分違うと同じ電車に乗ることがないからだ。

 そうして、通勤通学のモブキャラに溶け込み、無事に、その角を曲がったら学校の正門というところまでやってきた。

 

 登校のピークにさしかかる時間で、正門前の4メートル道路は制服姿でいっぱいだ。

 そのいっぱいの制服の背中が微妙に向かって左、学校の看板があるほうの門柱に傾斜している。

 また捨て猫か?

 高校生と言うのは萌とか可愛いものが大好きで、それをいいことに捨て猫をする事件が二度ほどあった。

 また、その伝かと思い、子猫の顔ぐらい拝んでやろうと背中を傾斜させながら近づいた。

 

 おにいちゃ~ん💦

 

 背中群の向こうからヘタレ眉でブンブン手を振って飛び出してきたのは、夕べ言って聞かせたばかりのアンだった!

 

 

 

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『リセウォッチング奇譚・2』

2018-08-11 06:07:32 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『リセウォッチング奇譚・2』
          


 省吾は、その子に誘われるようにして谷四で降りた。

 別に北浜高校の女生徒が誘ったわけではない。地下鉄のドアが開くと、北浜の子はさっさと降りてしまい、慌てて省吾が付いていったというのが、実際であったらしい。

 ちょうど造幣局の通り抜けからの帰りというMが、同じ車両に乗っていて、その一部始終を見て居た。シートの端から端へ話しかけていたのなら、その内容はMにも聞こえるはずだが、Mには、そんな風には見えなかった。
 女生徒が谷四で降りると、省吾は、その女生徒とは無関係に降りて行ったというのだ。

「どこに行くのん?」
「ついて来たら分かる」

 その短い会話だけで、二人は地下鉄の地上出口から出て無言で歩き始めた。

 谷四は、府庁なんかもある言わば官庁街で、夜の九時過ぎにもなると、府知事にこき使われている気の毒で僅かな公務員を除いては人通りは無い。

 二人は、府知事公舎近くの公園にいった。

 夜の官庁街の公園なんて、街灯が灯るだけで、人の気配など無いはずだった。ところが、そこには百人近い高校生が集まっていた。

「ここ、府労連広場て言うの。普段は学校の先生やら、府の公務員の組合が集合場所やら、小さな決起集会を開いてるとこ……」
 省吾は目を見張った、ほとんどの高校の制服に見覚えが無い。
 むろん知った顔など無かったが、みんな、どこか大人びた昭和の女子高生の匂いをさせていた。

「では、みんな、演壇に注目してくれる」

 古い工科高校……というよりは、工業高校という古い呼称が似合う眉尻の高い女子高生が演壇……は無いのに、その高さに上った。
「まずは、出席をとるね。安治川高校、上本町高校、戎橋商業高校、江坂工業高校……北浜高校……城北高校、清遊高校……」
 省吾は無意識に数えた。八十を超える数で、聞き覚えのある高校が十数校含まれていた。

 その聞き覚えのある高校は、省吾が小学校から今までに廃校になった高校だった。

「うちら、今夜旅立つのん」
「旅立つ?」
「聞いてくれて分かったと思うねんけど、うちら廃校になった高校の校霊……」
「校霊?」
「そう、学校には出来た時から魂が宿るのん。人間には仄かにしか分からへんけど、なんでか自分の学校は母校て言うでしょ?」
「あ、それでみんな女子高生のナリなんや……」
「さすが、リセウォッチャーやな」
「で、オレがなんで……」
「あんたやったら、託せる思うて」
「託す。オレに……」

 その時、集まった女子高生たちの視線が省吾に集中した。

 百に近い学校の思い出が嵐のように省吾の頭の中に飛び込んできた。

「しばらく、オレ姿消すから……」
 そう言って、その夜の遅くに省吾がお別れにきた。訳は以上のようなことで、オレはただ頷くしかなかった。

 それから、五年後に省吾はひょっこりと現れた。

 天満の小さなギャラリーで、廃校になった高校のリセウォッチャーとしての展示会をやっていた。
 百点あまりのイラストの前に立つと、直接頭の中に、その学校の歴史の情景が、夢のように浮かんできた。

 そのイラストたちは様々な物語を聞かせてくれたが、共通していたのは寂しさだ。
 特に1970年代に創立され、わずか三十年余りで廃校になった学校の寂しさは痛かった。

――あたしたちを消耗品のように作って壊すくらいなら、もっと他の道があったはず。あたしたちは一生懸命やったんです――

 世間は東京オリンピックで湧いて、この展示会はあまり注目されなかったけど、卒業生や元の教職員の人たちがちらほらやってきては胸を熱くして帰って行った。

 おれは新聞記者の一年生だけど、いつか新聞で特集を組めればと思う。今は、こうやってブログに書くしかない。

 省吾の姿は、それ以来見かけることは無かった。


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高校ライトノベル・秋物語り・23『目黒のサンマン・2』

2018-08-11 05:50:05 | 小説4

秋物語り・23
『目黒のサンマン・2』
        

 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)

 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名


 AKG48の第一巻『目黒のさんま』の売り上げは好調だった、話が面白い。


 ある日殿様が目黒まで遠乗りに出た際に、供の家来が弁当を忘れてしまった。
 殿様以下腹をすかせているところに、今まで嗅いだことのない旨そうな匂いが漂ってくる。そこで殿様が何の匂いかと尋ねる、家来は「この匂いは下衆庶民の食べる下衆魚、さんまというものを焼く匂いです。決して殿のお口に合う物ではございません」と答える。
 殿様は「こんなときにそんなことを言うておられるか」と家来にさんまを持ってこさせた。それはサンマを直接炭火に突っ込んで焼かれた「隠亡焼き」と呼ばれるもので、殿様の口に入れるようなものであるはずがない。と……食べてみると非常に美味しい。殿様はさんまという魚の存在を初めて知り、そして大好きになった。

 それからというもの、殿様はさんまを食べたいと御所望である。ある日、殿様の親族の集まりで好きなものが食べられるというので、殿様は「余はさんまを所望する」と言う。だが庶民の魚であるさんまなど置いていない。家来は急いでさんまを買ってくる。

 さんまを焼くと脂が、いっぱい出る。これでは体に悪いということで脂をしっかり抜き、骨がのどに刺さるといけないと骨を一本一本抜くと、さんまはグズグズになってしまった。こんな形では出せないので、椀の中に入れて出す。魚河岸から取り寄せた新鮮なさんまが、家来のいらぬ世話により醍醐味を台なしにして出され、これはかえって不味くなってしまった。殿様はそのさんまがまずいので、家来に問いただす。
「いずれで求めたさんまだ」
「はい、日本橋魚河岸で求めてまいりました」
「ううむ。それはいかん。さんまは目黒に限る」

 家でDVDを見た、コロコロと笑った。枕の話しもナルホドだった。最近は、さんまが不漁で、高級魚並み。これは、海流の流れが変わったせいらしく。こんなことが、もう十年も続いたら落語にならない。
 また、落語の中には季節ものというのがあり『目黒のさんま』は秋ものになることなど勉強になる。
 一瞬、学校の勉強も、こんな具合ならいいのにと思った。

 で、もう一つの目黒。

 目黒のガールズバーは、渋谷ほどの競争もなく、一見穏やかで素人っぽく。客あしらいに慣れた麗には、余裕というか、物足りなささえ感じた。
 バイトの数が多く。店全部で二十五六人。シフトがややこしく、まだ顔を見たことも無い子が何人もいるらしい。そして、客の中にAKG48の第一巻『目黒のさんま』を持ってくる男がチラホラいることに気づいた。女の子がカクテルを渡すときに、ナニゲにとりあげて、「おもしろそう」「あたし知ってる」などと言っている。

 そして一週間ほどで見てしまった。

 自分より、ほんの少し早く上がった子が、駅前でタクシーではない自動車に乗り込むのを。
 麗はピンと来た。お持ち帰りだ……。
 で、その子がさっきお店で『目黒のさんま』を見て、客となにやら言葉を交わしているところも見た。
 それ以来、目黒の店に出ることを止めた。

「なんだ、麗ちゃん。目黒の店は?」
「店長、あの店、お持ち帰りやってる」
 その時の店長の顔色で、渋谷の店長は知らないことが分かった。
「あいつ、客あしらいのイイ子が欲しいって言うから……」
「あたし、そういう仕事はやらないから」

 数日後、目黒の店に警察のガサイレが入った。どうやら『目黒のさんま』を手に取ることがOKのサインだったようだ。それ以前は「コースター替えてくれる」が符丁だった。「はい」と言って違うコースターを出せばOK、同じ種類のコースターならNGあるいは、お持ち帰り不可のサインだった。相場は九十分三万。店には一万のキックバック。客あしらいの下手な子が、沢山いるのもうなづける。明くる日の新聞には「目黒のサンマン」と出ていた。

 麗は美花も誘って、渋谷のその店もやめた。

 しばらく様子を見て、真っ当な店を探すつもりらしい。

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