大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・9『新しい制服』

2019-01-15 06:49:22 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・9
『新しい制服』
 

 今日から新しい制服だ。

 新しいと言っても、新入生だとか転校生というわけじゃない。
 このデブ物語を最初から読んでくれている人には分かると思うんだけど、先週、部屋から出ようとしてブレザーのボタンが吹っ飛んだ。
 ブレザーが小さくなった……へいへい、正直に言うと、増える体重が110キロの大台に突入した。
「横綱はれる貫録だわね」
 オフクロがデリカシーのない誉め方をしながら写真を撮る。
「せめて、ラグビーの日本代表ぐらいにならない?」
「相撲は日本の国技よ」
 フォローになっていない。
「あ、ハンカチ……」
 ハンカチを忘れたふりをして桃の部屋に行く。姿見で自分のナリを確認するためだとは言えない。

 桃の部屋は桃が生きていたころのままにしてある。

 淡いアイボリーをベースにした部屋は、ちょっと大人びていると言っていい落ち着きがある。中学の入学祝に、桃が買ってもらった姿見のカバーを取る。二歩下がって、姿がおさまらないので、もう一歩下がる。
「う~ん……ラグビーの日本代表には見えないか」
 腹を引っ込めて胸を張ってみる。
「これならいいか……」
 ヌフフ、ちょっと目の垂れたところなんか五郎丸に似ていなくもない。目方が増えたといっても、滲み出る男の魅力ではある。

「どうかなあ……」

 姿見に映った桃が、ため息とともに言う。
「そんな息吸ったままじゃ、いられないでしょ」
「そんなことないぞ」
 言葉とともに息が漏れると、もとの横綱にもどってしまう。
「アハハ、でしょ?」
「笑うな!」
 振り返ると、桃の姿がない。
「あたし、ここ」
「なんで鏡の中にいるんだよ」
「だって、兄ちゃん邪魔なんだもん」
 なるほど、六畳の部屋に二人はきつそうだ。
「普通の二人なら、いけるんだよ。でも、その体格じゃね」
「幽霊なら、なんとかしろよ」
「無茶言わないで、幽霊でも部屋を広げたりはできないよ。自分のデブをなんとかしなさいよ」
「殺すぞ」
「ハハ、もう死んでるもん!」
「…………」

 返す言葉も無く、ハンカチを持ってリビングに下りる。

「お父さんから写メだわよ」
 オフクロがスマホを見せる。画面にはデブの警官が写っていた。
――警視総監賞五回の堂本巡査部長!――と書いてある。警察にも優秀なデブがいるという慰めなんだろう。
 親父は捜査一課長という大変忙しい職務についている。けれど、こまめにオフクロとオレとの時間を作ってくれたり、折に触れてメールをくれたりする。
 でも、この堂本巡査部長はいただけない。

 これはドラマに出てきたデブタレントだ。堂本という優秀なデブ警官は実在するんだろうけど、急には画像が見つからなかったんだろう、適当にデブ警官で検索して送ってきたようだ。

 ちょっとフレッシュな気持ちで学校に行ったが、新しいブレザーに気づいたのは八瀬竜馬だけだった。
 廊下で桜子に出会ったので声を掛けてみた。
「桜子!」
「なに?」
「あ……特に用はないんだけどな」
「用が無きゃ、声かけないで。これから体育なんだから」
 迷惑そうに言うと、プイと顔を背けて行ってしまった。

 どうにも凹んでしまう月曜日だった。 
 

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・3『「う」の海から』

2019-01-15 06:35:59 | ノベル

堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・3
『「う」の海から』
        



 気が付いたら海の駅のホームに立っていた。

 電車に乗っていた間の記憶が無い。堕の字が付いても天使、これではいけないと思い記憶をたどるが、前の駅で電車に乗った時から今までの記憶が抜けている。

「どうしたんだろ、あたし……」

 思い出そうとすると、圧倒的な海の圧力に気おされた。圧力は潮風であり、磯臭さであり、潮騒である。
 そして、それを超えて迫ってくる圧倒的な海の存在感。
 それは、視覚や嗅覚、聴覚以外の魂に直接響いてくる圧であった。
 駅は海に面して建っているので、首を九十度捻れば、その圧倒的な海を全身で感じられるのだが、あまりの「圧」の強さに、マヤは一瞥しただけで、海に背を向けて、陸の町を目指した。

 昼前というハンパな時間のせいだろうか、町にはほとんど人影が無かった。

 家の窓ガラスに映る自分を見て、いつの間にか最初に擬態した摩耶のセーラー服姿になっていることに気づいた。
「いつから、この姿に……」
 遍歴が始まった時からか、この窓ガラスに映る寸前か、はっきりしない。

 不意に潮風が強くなり、セーラーの襟がセミロングの髪といっしょに翻った。
 襟をもどす寸前に、人の声がした。襟をもどすと聞こえなくなったので、もう一度襟を立てて耳を澄ませてみた……もう声は聞こえなかったが、海岸通りの向こうの町はずれに声の残響がしていた。
 左半身に海の圧を受けながら海岸通りを歩き、そこを目指した。途中から数人の町の人とすれ違ったが、マヤには無関心だ。

 小さな岬の向こう側に、それはあった。

 それは平屋の貧しい漁師の家なのだが、偏屈者の老人の孤独の家のようにも、小さな漁師町の鎮守のようにも見えた。
 海側のバルコニーに回ると、その老人がいる。天使のマヤには分かっている。
 躊躇したが、一つ深呼吸してバルコニーに回った。
「こんにちは」
 返事が無いのは分かっていながら、マヤは挨拶した。老人はロッキングチェアーに揺られながら眠っている。

 ライオンの夢……みてるんだ

 一瞬目をつぶった。

 夢の深さと大きさに圧倒されたからだ。

 しばらくすると人の気配がした。中年の男がナースを連れてやってきた。

「あのう」
 声を掛けたが、途中で止めた。男にもナースにも自分のことが見えていないと分かったから。
「今日も起きている姿は見られないな」
「お爺ちゃんが起きているところを見た人っていないんでしょ」
「ああ、脈と血圧を測って……おれが子どものころは、まだ起きていることもあったんだけどな」
「日に何時間かは起きてるはず、でなきゃ、この健康は保てないもの……」
「そうだよな。飯も食うだろうしトイレにも行かなきゃならんだろうし、それに、この体は今朝まで漁に行ってたように壮健だ」
「血圧も脈拍も正常、でも、もう放置できないんですね」
「ああ、こう寝たきりじゃな……福祉課に連絡しよう」
 男はスマホを取り出したが繋がらない様子だった。
「繋がりませんか……あらいやだ、あたしのも」
「いつも、こんなことはないんだけど……すまん、通じるとこまで出て福祉課に連絡してくれないか」
「はい」

 ナースが出ていくと、男は老人の足許に座った。

「……昔は漁から帰って、こんな風にして海を見ていたもんだよな……ん、キミは?」
 男はマヤの姿に気が付いた。
「さっきから、ずっと居るわ。あたし、お爺ちゃんの曾孫」
 マヤも不思議だったが、とぼけて上から言った。
「そう、だったら……」
 男は、言葉を言い切る前に少年の姿になっていた。
「お爺ちゃんの言うこと、少しは分かる?」
「うん、漁に行っているときは良く分かる。まあ、漁の話しかしないけど。陸に上がったら、こんな調子で、ほとんど寝言だけどね」
「どんな寝言?」
「戦争のことや若い日のこと……おいらにゃ、よく分からないけどね」
「そうなんだ……もう何十年かすると、夢はライオンの姿になっちゃうけどね」
「ライオン?」
「うん、ライオン……」
 少年は、どう受け止めていいか分からずに、老人の方を見た。
「あ……!」

 なんと老人の姿は急速に薄くなり、一瞬光ったかと思うと、無数の光の粒になって消えてしまった。
 同時に、マヤの姿も少年には見えなくなり、少年は元の男の姿にもどっていった。

 マヤは人気(ひとけ)がしない町にもどり、電車に乗った。
 漁師町の人たちは、廃線になった駅で電車の音がするので、びっくりして駅の方を見ていた……。

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・8『桃のママチャリ』

2019-01-14 07:02:18 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・8
『桃のママチャリ』
          


 冷蔵庫が申し訳なさそうに警告音を発した。

「チ、わかったよ」
 オレは諦めて冷蔵庫を閉じた。うちの冷蔵庫は一分開けているとアラームが鳴る。一分も開けていた自覚は無いんだけど、機械は正直、いじましくマヨネーズを探していたんだろう。
「一分じゃない、二分だよ」
 頬杖ついた桃が訂正する。
「一分だよ」
「ううん、アラームは二回鳴ったでしょ。一分は一回だよ……あ、最初に鳴ったの気づいてないんだ、そのマヨネーズへの執着心、病気だよ」
「うっせー!」
 そう言って、二階へ上がる。財布を取ってマヨネーズを買いに行くためだ。

 休みの朝はナポリタンの大盛りは食べない。いくらデブでも気にはかけている。

 休みの朝は、食パンにマヨネーズをかけてトーストする。マヨトーストにはベーコンと目玉焼きを載っけ、もう一枚マヨトーストを載せてホットサンドイッチ。ナポリタンの大盛りよりはカロリーオフだ。
「四つ切トーストに厚切りベーコンじゃねえ」
 桃は蔑むが、オレは、これでいいと思っている。デブは、何を食べても非難される。いちいち気にはしていられない。

 桃の形見のオレンジ色のママチャリに打ち跨る。自分の自転車は100キロの時に壊れた。中国製の安物だったから仕方ない。

「……自転車って案外キツイ。けっこう運動になるかもな」
 朝から運動したので、コンビニではカロリーオフではないほうの濃厚マヨをカゴに入れる。
「痩せる気ないんだ」
「う……」
 振り向くと、スポーツドリンクを手にした桜子が、ジョギングの出で立ちで立っている。
「……というぐあいに、日曜はカロリー控えめにしてるんだぞ」
 休日の朝食メニューを言うと、桜子は「フーン」とだけ言った。ただ目つきは、桃と同じジト目。

「じゃあな……」

 レジをすますと会話が続かず、レジ袋ぶら下げてママチャリに跨る。3メートルほどいくと段差。

 グシャ! と音がして、尻に衝撃が来た。
「アハハハ……!」桜子の爆笑が背中でした。
「信じらんない! 自転車乗りつぶす!?」
 桃子のママチャリは、シートポストがくの字に折れ曲がっていた。

 自転車屋に行く道すがら、桜子は付いて来てくれた。

「桜子……」
「うん?」
「学校には復帰したみたいだけど、その……お父さんとのことは、ケリついたのか?」
「つくわけないじゃん」
「……じゃあ?」
「桃斗見て思ったのよ。グズグズ言ってたら、いっしょになっちゃうって」
「桜子もデブに?」
「まさか。でも、精神的にね……嫌だとか憎いとかだけ思っていたら醜くなるだけ。お父さんのこと許したわけじゃないけどね、逃げてばかりじゃね」
「そうなんだ」
 桜子はエライと思った。同時にシャクに触って、足元の小石を蹴る。
 フギャー!
 横丁から飛び出してきた猫にヒットする。
「ドジな猫」
「ほんと、桃斗に似てる」
 言い返そうとしたけど、100倍返ってきそうなので、口をつぐむ。

「おじさん、これ、中国製のパチモンだよね」
 シートポストを取り換えている自転車屋の親父に確認する。桃は国産と言っていたけど、こんな簡単にクラッシュする国産はないだろう。
「いや、日本製だよ」
「やっぱ、乗る人間が重すぎるんですよね?」
 桜子が言わずもがなのツッコミをする。親父は手を休めて、オレを見る。
「はずみってこともあるんだろうけど、まあ……お相撲さん用のシートポストに……」
 親父は手にしたシートポストを交換した。

 桜子は、何度目かの爆笑になった。

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・2『「い」の里より』

2019-01-14 06:45:05 | ノベル

堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・2
『「い」の里より』



 「あ」の町から各停に乗って「い」の里駅に着いた。

 駅は平凡なアイランド型のホームで跨道橋から見える風景は一面の竹林だった。その先は跨道橋からは見えない。思えば「あ」の町を出てからは、ずっと竹林であったような気がした。
 駅前に案内板があったが、竹林の向こうに矢印があって「里に続く」とあるだけで、里そのものは描かれていなかった。

「しかたない、とりあえず歩くか……」

 竹林の道は、人がやっとすれ違えるほどの幅しかなく、道以外は大仏さんの背丈ほどに伸びた竹林が、どこまでも続いている。
 道は緩やかなカーブが不規則に続いて先も見通せない。鳥の声や小動物の気配はするが人がいるような気配はしない。
 やがて水の匂いがした、もう少しいくと、かすかに水の流れる音もしだした。

 堕天使どの、少し寄っていかれんか。

 後ろから声がしたので、マヤはびっくりした。
 振り返ると、通り過ぎた道に小さな枝道があり、声は、その枝道の向こうからしている。枝道の奥に小さな庵があった。
「こんにちは……」
 開けっ放しの縁からマヤは声をかけた「あれ?」っと思った。庵の中は六畳ほどの部屋で、真ん中に囲炉裏がある。自在鍵にかかった鉄瓶からは、ゆっくり湯気が上っていて、今まで人がいた気配がする。
「こっちじゃよ」

 振り向くと、無精ひげに渋柿色の衣、手には髑髏がカシラに付いた杖の坊主が立っていた。

「一休和尚……」
「まあ、お上がんなさい、茶など進ぜよう」
 一休和尚に促されて庵に入って炉辺に座ると、軽い目眩がし、マヤは一瞬目をつぶった。
 目を開けると、庵は果てしも無い広さになってしまい、開け放しだった障子さえおぼろの彼方になっている。ただ竹林の気配だけは変わらない。
「どうぞ」
「いただきます」
 無骨な手が差し出したお茶は、とても美味しかった。
「水がいいんじゃよ「い」の里で湧いた清水じゃでな」
「それが、この竹林に……」
「ああ、それが途方もない竹林を育てておる。あまりに途方もない竹林なんで、水は川になることもなく竹林の中で消え果てしまうがの。まあ、こうして堕天使どのに誉めていただければ冥加じゃな」
 それからマヤは、今までのあれこれを一休和尚と語り合った。
 日が中天に差し掛かった。
「あら、もうこんな時間。お邪魔しました……」
 マヤは失礼しようと思ったが、庵が広大無辺になってしまったので出口が分からなくなった。
「造作もない、立ち上がればよろしい」
 言われた通り立ち上がると、すぐ目の前が縁側だった。
「なるほど」
 納得して振り返ると、もうそこには一休和尚の姿も庵も無く、ただ竹林の中の空き地になっていた。

 竹林の道に戻り、一時間ほど行くと「い」の里にたどり着いた。

「おお、これは珍しい客人じゃ」
 里人たちは喜んでマヤを里長のところに連れていってくれた。里長は、マヤを「い」の泉に連れて行ってくれた。
「これが、この里の命の泉です」
「ああ、命の「い」の字なんですか」
「もう少し深い意味があります「い」はアルファベットでは「I」です「I」は変換すれば「愛」になります。わが里の清水は、竹林を通って川となり、それを世界中に流しているのです。この里と世界が平和なのは、この「い」の泉のお蔭だと、誇りに思っています」

 マヤは一瞬口を開きかけたが、あまりに平和そうで楽しげな里長の顔に言う意欲を失った。
 

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・7『百戸くんだけ』

2019-01-13 06:49:45 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・7
『百戸くんだけ』



「昨日は、どうもありがとう」

 ここまではよかった。


「目の前で倒れた人間放っておけないよ、当然のことだから、礼なんていいよ」
 オレは、笑顔で返した。デブは、こういう時、貫禄があって格好がつく。
「でも、この次こんなことがあったら、放っといて。一緒に走ってる女子もいるから、百戸くんに救けてもらわなくても……ね」

 そう言うと、三好は教室に入って行った。明らかに後の言葉にアクセントがある。
 教室に入ると、三好は女子の輪の中に入って、キャピキャピと笑っている。

「お礼言うことなんか……」
「ちがうよ……」
「ハハハ、なるほど……」
「デブって……キモ……」

 どうやらオレの事を笑っている。昨日の持久走で三好を救けたことが裏目に出ているようだ。
 ま、仕方ない。オレも、持久走抜けられてラッキーと思っていたんだからな。
 デブになって後悔していないと言えば嘘になるけど、落ち込むほどじゃない。落ち込んでデブ鬱なんかになると、格好の弄りの対象になる。でも、弄られないために明るくふるまっているわけじゃない。どうも根っからの性格のようだ。
 ただ、桜子に見放されてしまったことは堪える。

――100キロ以下になれ、友だちぐらいには戻ってやる――

 桜子は、そう言ってくれているけど、100キロを切るのは至難の業だ。それに、100を切っても、ただの友だち、もとのカレとカノジョの関係に戻れるわけじゃない。

 A定食ライス大盛りを平らげたところで、お昼の放送が始まった。
――みなさん今日は。ビタースマイルの時間です――
「お、桜子復活してる!」
 八瀬が、最後まで残していた唐揚げをつまみながら驚いている。
「桜子……」
 桜子とはクラスが違う。気にはなっているので、登校した時、桜子のクラスの前を通る。今朝も桜子は席に居なかった。だから欠席だと思っていた。桜子は遅刻で登校してきたんだろう。
 親父さんとのことは解決したんだろうか……プロ級と言っていい桜子のアナウンスからは、気持ちまでは分からない。オレは食器を載せたトレーを持ったままシートに座りなおした。
――お昼の陽だまりに、少し早い春を感じますね。三年生のみなさんは今日でテストも終わりました。一二年のわたしたちも三週間後には学年末テストです。二学期の期末テストからは、そんなにたっていませんが、クリスマスやお正月を挟んでいるので、頭も体も、どこかバケーションモードから抜けていないかもしれません。体に着いた贅肉は直ぐに分かりますが、心に着いた贅肉には気が付かないものですね。え、体の方も気が付かない? そうかもしれませんね。そこのあなた、冬太りにはくれぐれもご用心を、三桁の体重は赤信号! では、今週の曲です……――
「おい、百戸、デザートのラーメンは?」八瀬がラーメン乗っけたトレーを持って聞いてきた。
「え、あ……今日は止めとくわ」

 保健室の春奈先生にも言われている。我が国富高校で三桁の体重は「百戸くんだけ」なのだ。


🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・1『「あ」の町から』

2019-01-13 06:36:56 | ノベル

堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・1
『「あ」の町から』



 マヤの乗った電車は特急だった。

 特急だから、いくつも駅を通過すると思ったが、途中通過した駅は無く、二十分ほどで「あ」の町駅についてしまった。
「あ」の町は、とても特急が停まりそうな駅には見えなかった。ホームに接した線路は本線からの待避線になっており、ホーム自体も長さが百メートルほどしか無く。特急列車の後ろ二両はホームからはみ出していた。駅舎も木造の平屋建て、改札は二つしかない。

「やあ、ようこそ」

 どこか見覚えのあるオジサンが気楽に声をかけてきた。
「あのう……」
「あ、君には少し若く見えるかもしれんね」
 そう言うと、オジサンは白髪混じりのウィッグを被り、舌を目いっぱいだして、アッカンベーの顔になった。
「ああ、アインシュタイン博士!?」
「ハハハ、ようこそ「あ」の町へ。君は光速を超えてやってきたんで、まだ街になる前の町にやってきたんだろう。ここへは、どのくらいで着いた?」
「はい、二十分ほどです」
「それはまた急いだもんだ、二十光年ほどはあるよ。途中の駅なんか目に入らなかっただろう」
「え、途中に駅があったんですか?」
「光速を超えたから見えなかったんだよ。まあ、町を一回りしたら、また戻っておいで」
「ハイ」

 ハイもなにも、この「あ」の町を出るには、また駅に出てこざるえをえない。マヤはとりあえず町を歩いてみた。

 お腹が空いたので、この町に一つしかない食堂に入ることにした。
 食堂は和風の造りで『あじさい亭』の看板が出ている。見ると店のエントランスに至る小道には紫陽花が満開になっていた。
「もう紫陽花の盛りは過ぎたはず……あ、光速を超えたんで、季節がもどったんだ……感じのいいお店だな。庭も素敵だし……お店の中も落ち着いてる。美味しいものが食べられそう」
 厨房からのいい匂いにつられ、一番デラックスな「あじさい御膳」を注文した。

 待つこと十分。

「はい、お待ちどおさま」御亭主が自ら御膳を運んできてくれた。
 作務衣に前掛けの良く似合った、いかにも和食の名人という感じの御亭主だった。
「いただきまーす」
 まずは、お汁から頂いた……京風とでもいうのだろうか、淡白な味付け……そう思いながら他のお皿に手を付ける。が、どうにも味気なく、はっきり言ってまずかった。
 町に一つしかない食堂、見かけはとても美味しそうな構えだし、厨房からもいい匂い。
「なんで……」
 そう思って、割りばしの袋をよく見た。あじさい亭ときれいな字で書かれていた。

 あじさい亭……あじさいてい……味最低。

 それでも、なんとか完食して駅前に戻った。
 駅前に戻ると、おおきな釣鐘堂が出来ていた。
「なんですか、こんなところに釣鐘堂?」
「君を待っていた。いま出来たところだよ。釣鐘の真ん中に首をつっこんでごらん」
 アインシュタインは、そう言うと、鐘木をゆっくりと大きく振りかぶった。
「やだ、大きな音がするんじゃないですか?」
「まあ、やってみてのお楽しみだ」

 鐘木が鐘に当たった瞬間マヤは目をつぶってしまった……が、音がまるでしなかった。

「え、ええ……?」
「驚いたかね」
「はい、驚いた鐘です」
「君も、この町になじんできたかな……」
 そう言われて、マヤは自分のダジャレに気が付いた。
「鐘の真ん中じゃ音は聞こえないんだよ。これ、物理的な法則」

 物理的な法則なんだろうけど、マヤには意味深に聞こえる。考えをめぐらしながら次の電車を待つマヤであった。

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・6『4274は死になよ』

2019-01-12 06:43:54 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・6
『4274は死になよ』



「ちょっと、百戸くんも休んでいきなさい!」

 春奈先生の声を聞こえないふりして保健室を飛び出した。
 真っ直ぐ階段下の旧演劇部の部室に向かう。シリンダー錠はあらかじめ外してある。
「ドワアッ、ゼイ、ゼイ、ゼイ、ゼイ……」
 衣装の山にドッと倒れこみ、正直に荒い息を吐く……いかん、視野の縁が霞んできた……こんなとこで死ぬのかなあ……。
 嘔吐したら窒息する……なけなしの力を振り絞って横向きになる。
 苦し紛れに、手に触ったものを掴む……この感触?
 視界の端、右手の中にあったものは……ボーダー柄のショーツ!
 そのショックで気絶することを免れた。こんなものを握って死ぬわけにはいかない。

 体育の持久走で、前を走っていた女子が倒れた。で、ラッキーと思った。

 この女子を救けてやれば、持久走をパスできる。そんな浅ましい考えだけで、三好という女子をお姫様抱っこして保健室に駆け込んだ。
 駆け込む途中で自分の具合も悪くなってきた。110キロの体重で人並みに走ることも無謀だが、女子とはいえ、人一人担いで保健室までの100メートル余りを小走りに走ることは自殺行為だ。
 で、三好をベッドに横たえると、ほとんど限界。でも、みっともなくへたれこむことはできない。

 デブにも矜持というものがある。

 太っていても、平均的な男子がやれることはやらなくちゃ。
 で、見栄を張って、階段下の旧演劇部の部室までたどりついた。なんで演劇部の部室かというと、大掃除の時に階段下の掃除があたり、古びたシリンダー錠で閉めきられていた部室を発見。ダメもとで数字を合わせていたら三回目でヒットした。番号は4274だった。それを暗記して部室を閉めた。で、体育の授業の前に開けておいて、持久走を中抜けするのに使っていた。

 4274……死になよ……これは悪魔の罠だったか!?

「ハハハ、お兄ちゃん、見栄の張りすぎ! あーおっかしい! ( ̄∇ ̄;)ハッハッハ……」
 桃は仰向けになり、脚をバタバタさせながら笑っている。
「パンツが見えるぞ」
「お兄ちゃんのエッチ!」
 一言はっきり言うと、桃は再び笑い転げる。桃は一定以上の笑いのレベルになると、しばらく止まらない。オレはたこ焼きを頬張りながら、妹の発作が止むのを待つ。
「ヒー、ヒー、ヒー……お腹痛い……あ、あたしの分ないよ~ヽ(`Д´)ノプンプン!」
「桃が、いつまでも笑っているからだろ」
「笑わせるお兄が悪い、もっかいチンしてきてよ」
「もう、しかたねえなあ」
 そう言いながら、オレはキッチンに向かう。
 冷凍庫の中に冷凍たこ焼きの大袋が入っている。
「10個……いや、20個にしよ」
 コロコロと、凍ったたこ焼きを皿に移す。
「多すぎ! また太るよ!」
 いきなり桃が現れる。慣れてはいるが反則だ。
「壁とか床を素通しで来るんじゃないよ」
「お兄ちゃんをブタにしないため」
 オレの手から皿は浮かび上がり、たこ焼きの半分は冷凍パックに戻り、残りがレンジの中に収まった。
「そういう手ぇつかうか?」
 桃はどこ吹く風。テーブルに頬杖ついて、たこ焼きが温まるのを待っている。

 えと、言い遅れたけど、桃は幽霊なんだよな……。
 


🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第二章・クオバディス ドミネ・5『沖縄戦終結とマヤ②』 

2019-01-12 06:28:59 | ノベル

堕天使マヤ 第二章・クオバディス ドミネ・5
『沖縄戦終結とマヤ②』
        


 アメリカ軍は沖縄を去ることになった。

 五十四万の兵力を投入し、十五万を失い、戦闘艦艇は壊滅。残ったのは十三万の陸上兵力を収容する輸送船団だけであった。
「この戦争を続ける意味が無い」
 スプルーアンスとバックナーの海陸の米軍司令官は、今次の戦いを、そう表現した。事実上の敗北宣言であった。
「米軍の速やかな撤収を若干の条件を付けて希望します」
 海軍の伊藤長官は、陸軍の牛島中将の目を見てから発言した
「条件とは?」
「油送船の半分の接収、むろん積載している重油・ガソリンともども」
「いいでしょう」
「撤収までの期間は一か月後の五月八日とする」
「おお、それだけあれば計画的に秩序だった撤収ができる」
「それから、これは希望……というよりは、ご協力願いたいのだが」
「協力……?」
 米軍の二人の司令官は身を乗り出した。
「協力とは?」
「この対日戦争そのものの停止にご尽力いただけないだろうか」
「それは、わたし達に与えられた権限を越えることになる。約束はできかねる」
「われわれは、これからテニアンと硫黄島の奪還を目指します。今回と同様の兵器と攻撃方法で」
「日本には、まだ特攻機が残っているのか?」
「マヤ中佐、あれを」
 伊藤中将が言うと、マヤはゼロ戦を一機垂直に着陸させた。
「おお、こんなこともできるのか……」
「よおくご覧いただきたい。あのゼロ戦にはパイロットは乗っていません」
「なんと、無人機!?」
 米軍の参謀が、マヤの許可を得てコックピットを点検、無人機であることを確認し、次に促されて車輪の格納庫を見てみると、意外なものを発見した。
「何を見つけた?」
「長官、星条旗です」
「なに……」
 参謀は、その星条旗を二人の司令官に手渡した。

「これは……!?」
 
「お気づきですか、ホワイトハウスの掲揚旗です」
 マヤはシラっと言いのけた。
「なぜ、こんなものが?」
「二日前に、単機でアメリカまで飛ばしました。このゼロ戦はレーダーには映りません。ホワイトハウスの上空で脚を出して、引っかけて格納してきたものです」
「そんな……」

 スプルーアンスは、輸送船経由で、ホワイトハウスに問い合わせた。すると、前夜レーダーに映らないままホワイトハウスに接近した単発機があり、朝になって掲揚していた星条旗が無くなっていることに気づいた。ということであった。

 あくる日、千機あまりのゼロ戦が沖縄の米軍船隊の上空に現れ、数々のアクロバット飛行を披露した。スプルーアンス、バックナー以下四十万近い米兵たちはあっけに呑まれた。

 こうして、沖縄の米軍は五月八日、ドイツの降伏と日を同じくして撤退を完了した。その一か月間米軍は日本への攻撃を停止している。

 歴史が変わろうとしていた……。        

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・5『一家三人水入らず』

2019-01-11 06:58:40 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・5
『一家三人水入らず』



 職場の事を会社と呼ぶ、普通なら当たり前だ。

 親父が言うと違和感がある。
 親父の仕事は県警捜査一課の刑事だ。警察の隠語で警察の事を会社と呼ぶ。
 親父が言うと、なぜ違和感なのか。親父は、職場の事なんか話す人間じゃなかった。こうやって家族そろって外食することもなかった。
「会社の方はいかがですか?」円卓上の中華風刺身を取り分けながらオフクロが聞く。
「この刺身って、鯛なんだよね?」
「ああ、普通の刺身よりも味付けは濃くなるけど、鯛そのものの味はしっかりしている。プロの仕事だな」
「そうだね……うん、美味いよ、いけるなあ!」
 中華料理は好きだけど、刺身は、やっぱり普通のがいい。でも、こういう場では「美味しい」と言っておく。家族でも、それが礼儀だと思うから。
「こんどのお取引の目途はついたんですか?」
「うん、営業の若いのに送り状を書かせてる」
 取引とは事件の事で、送り状とは検察に送付する書類の事だ。刑事の仕事はドラマでやってるほどの派手さはない、ほとんどが調書なんかのデスクワーク。今までの親父との会話で、その程度の知識はある。むろんデスクワークの中心はパソコンで、エクセルにしろパワーポイントにしろ、親父は、オレの何倍も早くて上手だ。
「送り状は、いつも、お父さんが書いていたんじゃないの?」
 鶏肉の胡麻味噌かけを取り分けながらオフクロ。目の前には、もうショウロンポウが鎮座している。オフクロは手際がいい……というか、クリニックでときめいた桜子の顎から喉にかけての線が蘇る。――100キロ以下になれ、友だちぐらいには戻ってやる――のメールが目の前を右から左に流れていく。まるでニコ動のコメントみたいに。
「若い者にも慣れてもらわなきゃなあ、むろん後で点検はするけどな」
「たいへんなんだ」オレの合いの手は、バラエティーのオーディエンスみたいにシラこい。
「お父さんの会社は……」

 気が付いた。親父が会社会社というのは、オフクロが聞くからだ。親父は丁寧に説明するんで、つい親父が言ったと勘違いしているんだ。それほど、親子三人揃うのは稀であり、揃った時は肩がこるほど密度が濃い。

「あ、そうそう。桃斗ったら、制服三着目なんですよ」
 お袋はバランスをとっている。今度はオレの話題だ。
「ハハハ、また太ったか。この一年九カ月で……48キロか」
「もう、高校生で成人病なんて、やですよ」
「成人病なんてならないよ」
 そう言いながら、エビチリを平らげる。
「……ま、そういう時期もあるさ。いずれ落ち着くだろ」
 親父の本音は、そうじゃない。以前、部下の刑事が5キロ増えた時には真剣に叱っていた。今だって、反応が遅れている。

「ももとさま……」

 フカヒレスープが出てきたところで声が掛かった。
「「はい」」親父とオレが同時に返事する。
「西野様からお電話です」蝶ネクタイのフロアマネージャが親父の耳元で囁く。
「どうも」
 親父は事務所に向かった。
「……うちの家庭に不満はないけど、苗字と名前が同じ音というのは慣れないなあ」
「そう、一度聞いたら忘れないからいいんじゃない」
 オフクロは、リバーシブルのブルゾンが便利だというような気楽さで聞き流す。

 オレとオフクロの苗字は「百戸」ではなかった。オレが、まだ赤ん坊のころ、オフクロは離婚して、今の親父と再婚した。
 で、親父の苗字が「百戸」だったので、おれは百戸桃斗という冗談みたいな姓名になってしまった。もう慣れているんだけど、この程度の不満は言っておいたほうがいい、オフクロが、オレの三着目の制服に文句を言うくらいには。

「すまん、お得意さんの用事だ。勘定は済ませておくから、これでな」

 事務所から戻った親父は、そう言うと会計を済ませ、足早に店を出て行った。
 自動ドアが開いた時、思いのほか冷たい風が吹き込んで、小さく身震いした。オフクロは我関せずと、スープを啜っている。  


🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第二章・クオバディス ドミネ・4『沖縄戦終結とマヤ①』

2019-01-11 06:44:04 | ノベル

堕天使マヤ 第二章・クオバディス ドミネ・4
『沖縄戦終結とマヤ①』
        


「ちょっと大きめと普通の紙飛行機を十機折ってくれる」

 女学生たちは、慣れた手つきでそれを折ると、マヤの指示で滑走路に並べた。マヤが十字をきって右手を大きく回すと、紙飛行機たちは、たちまち十機のゼロ戦と一機の一式陸攻に変わった。

 大和を旗艦とする第二艦隊は、敵の攻撃をうけることなく沖縄北海上に進出した。

「長官、敵は輸送船などの非戦闘艦艇ばかりです。これはいったい……」
 その時、電測室から十機あまりの編隊が接近しつつありとの報告が入った。同時に伝声管に対空見張り員からの声。
「北北東の方角に十機あまりの編隊接近、我に近づきつつあり!」
「北北東……味方か?」

 機影はみるみる接近し、十機のゼロ戦と一式陸攻であることが分かった。

 そして、一本の電信が大和に届いたあと、信じられないことに一式陸攻が空中で大和の速度といっしょになったかと思うと大和の乾舷と同じ高度になり、横滑りするように後部の飛行デッキに着艦した。

「軍令部から派遣されました、マヤ中佐です。及川軍令部長の添え状です」
 一式陸攻の魔法のような動きには驚いたが、マヤの姿には驚かなかった。当たり前の海軍中佐のナリをした男で、伊藤長官も有賀艦長も見覚えがある……ようにマヤは、二人の記憶に刷り込んだ。

「君たちが、陸上攻撃の支援をしてくれるんだね」
「はい、十機のゼロ戦で敵の状況を探りながらの砲撃になります」
「それは、効果的な砲撃ができます」
 砲術長が喜んだ。

 第二艦隊は、大和と雪風の二隻と、矢矧以下の六隻に分かれ、沖縄本島を東西から挟み込むようにしながら南下し、ゼロ戦からの索敵報告を受けながら、アメリカ上陸軍を効果的に砲撃した。五時間後、沖縄の南海上に達した時には、米軍は五万人の死傷者を出し、弾薬、大型火器のほとんどを失ってしまっていた。

「米軍のスプールアンス長官から、伊藤長官宛てに電文が届きました」
「スプル-アンス? 長官はニミッツじゃなかったのか」
「ニミッツは、我々が来る前の特攻で戦死したようです」

 マヤは、施錠鞄を開け、一通の封緘命令書を伊藤に渡した。

「米軍と停戦交渉に入るべしか……スプルーアンスの電文は?」
「は、停戦交渉の申し入れであります」

 千五百隻の戦闘艦艇と、陸海合わせて十五万以上の戦死傷者を出し、米軍は実質的な戦力と交戦意欲を失った。

――主よ、ここまで殺戮しなければ、目的は果たせないのですか――

 マヤは、そう思ったが、主からの答えはなかった……。

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・4『桜子・3』

2019-01-10 07:05:38 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・4
『桜子・3』



「定年を前に、欲が出たんだよ」

 クリニックの待合で、桜子はポツリと言った。
 診察の結果は捻挫だった。歩いては帰れないので、桜子は、ためらった末に父親に電話した。「多分ダメ」と言いながら電話すると、意外に「直ぐ迎えに行く」との返事だった。

 桜子は待合で父親の話をし始めた。

「いまさら転勤しても退職金が増えるわけでも給料が上がるわけでもないの……肩書が課長になるだけ。そんな見栄の為に、高三を目前に転校、やってらんないわよ」
「それで、ちょっと変だったんだな……」
 桜子の唇がわなないた。取り返しのつかない毒を吐きそうなので、ロビーの自販機に向かう。
「ビターあるかなあ……」
 うまい具合に、B社のビターコーヒーがあった。桜子の定番だ。
「……ありがと……こういう気配りはできるのにね」
 ビターコーヒーを受け取りながら横目でオレを見る。別の毒を吐かれそうだ。
「無理かもしれないけど、体重落としなよ。そんなんじゃ、彼女なんかできないわよ」
 缶コーヒーを飲みだすと、マフラーに隠れていた喉があらわになる。桜子のチャームポイントの一つ。
「なに見惚れてんのよ」
「見惚れてなんかねーよ……」
「そんなグビグビ飲まないでよ。桃斗の喉って変態ブタみたいだよ」
 変態ブタはないだろ。
「さっきオンブしてた時は、そんなにヤラシクなかったのに、今のヤラシ過ぎ。彼女だけじゃなくて友だちとかも無くすよ」
「うっせ。八瀬とかちゃんと友だちだし」
「八瀬も変態だし……」
 桜子は、マフラーをずり上げて、コーヒーを飲む。横目で睨みながら。
「こんどの学校、女子高なんだよね……」
「なんで女子高?」
「あたしって、成績いいから。絞ると、そうなっちゃうの。県で二番目の進学校。一番は共学だけど下宿しなきゃいけないから」
「……そうなんだ」
 それっきり、二人とも黙った。

 待合の鳩時計が5時を知らせはじめた。

「あ、鳩時計なんだ」
「ちょっと太り過ぎの鳩ね」
 鳩は、5つ目のパッポを鳴いて、ポロッっと落ちた。
「「あ……」」
 二人の声が揃って、看護師さんが出てきた。
「院長先生、また鳩が落ちました……やっぱ、この代用品のブタ鳩だめです、ちゃんと修理に出さないと……」
 あろうことか、看護師のオネエサンは、鳩をごみ箱に捨てた。
「可哀そう……!」
 そう言う割には、桜子の目は笑っている。女って無慈悲だ。
「ブタでもさ、紅の豚のポルコロッソみたいなのもいるぞ」
「開き直るんだ……すみませーん、このブタ鳩もらってもいいですか?」
――どーぞ――
「そんなもん、どーすんだよ?」
「今日の記念」
「記念?」
「捻挫したの初めてだから。戒めよ」
 桜子がポーチにブタ鳩を入れたところで自動ドアが開いた。

「あ、お父さん」

 桜子のお父さんは、オレに礼を言って、こう続けた。
「今日はありがとう。よかったら車で家まで送るけど?」
「あ、どうも……」
「いいよ、桃斗とは、そういう付き合いじゃないから」
「桜子、救けてもらっておいて……」
「いいですお父さん、ボクこれから行くとこありますから」
「そう、じゃまた。ほんとうにありがとう。桜子、肩に掴まりなさい」
「あ、うん、ありがと」
 父娘は、玄関のドアから出て行った。

 一呼吸おいてクリニックを出る。これから行くとこなんかないのに……。

 ブレザーの襟を立てて駅に向かう。

 スマホが鳴った……親父からだ。

――仕事が早く終わった、駅前まで出てこい。お母さんと3人で飯を喰おう――
 少し気が重いけど――了解――と、返事を打つ。

 信号を渡ったところで、またスマホ。桜子からだ!

――100キロ以下になれ、友だちぐらいには戻ってやるぞ――


 

🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第二章・クオバディス ドミネ・3『海軍鹿屋航空基地・3』

2019-01-10 06:45:09 | ノベル

堕天使マヤ 第二章・クオバディス ドミネ・3
『海軍鹿屋航空基地・3』
          


 一万機の紙飛行機のゼロ戦は、三十分ほどで九州沖を西へ欺瞞進路をとっている戦艦大和らに追いついた。

「どこに、あれだけのゼロ戦があったんだ……!?」
 有賀艦長以下三千名の乗組員たちは、頼もしくも、夢をみるような思いだった。
 一万機のゼロ戦は、さすがに壮観で、まるで雲の塊のように見えた。
「長官、艦長、あのゼロ戦の編隊は電探に映っていません……」
 電測室から報告をうけた参謀が不思議そうに言った。
「発光信号で質してみましょうか」
 通信参謀が、ため息交じりに意見具申した。
「あれは、神が我々を励ますために見せてくださっている幻だろう。ありがたく拝見していれば、それでいい」

 一万機のゼロ戦は、あっという間に南南東方向に消えていった。その十分後には米軍の哨戒機に大和は第二艦隊もろともに発見された。大和は三式対空弾で対抗したが、二機の哨戒機は主砲の動きを察知して、悠然とかわしていった。
「発見されたな。欺瞞進路を止め、真っ直ぐ沖縄を目指そう。艦長、進路を南へ」
「進路を沖縄に向けます。各艦に連絡、進路南南東、取り舵八十!」
「昼前には米軍の攻撃を受けるだろう……」
「はい……」
 艦橋での会話は、伊藤長官と有賀艦長の諦観した会話でしめくくられた。

 ニミッツ太平洋艦隊長官は、大和との戦闘が最後の日本艦隊との戦闘になることと絶対的な勝利を確信していた。
「勝利は確実だろうが、極力攻撃隊の損失を押えるように、各攻撃隊に伝達」
 ニミッツの落ち着いた命令は、余裕からではなかった。沖縄を包囲してからの神風攻撃による被害がバカにならないので、抑制的ではあるが、真剣であった。

「敵編隊、直上!」

 空母エセックスの見張り員が発見した時は手遅れだった。
 一万機の爆装ゼロ戦はレーダーに映らないので、千五百隻に及ぶ米英艦隊は、ほとんどの艦艇が自分が攻撃に晒されるまで気が付かなかった。
 ゼロ戦隊は、空母や戦艦などの大型艦には九機、駆逐艦や揚陸艦などの小型艦艇には一機ずつが同時に、突入角八十という迎撃不能な角度で突っ込んできた。

 沖縄の海が燃えたように見えた。

 特に大和を始めとする日本艦隊への攻撃のため甲板上に攻撃隊の準備をしていた空母たちは三十分余りで小型艦艇らとともに全艦撃沈された。
 一時間後、海に浮いていた戦闘艦艇は十隻に満たない大破した戦艦だけだった。
 ニミッツは戦死。スプルーアンスは辛うじて輸送船に移り指揮を継承した。継承はしたものの戦闘艦艇は完全にやられてしまった。残った千機あまりのゼロ戦が、大破漂流している戦艦にとどめを刺し、海に浮いているのは戦闘力のない輸送船五百隻あまりに過ぎなかった。

「敵の海上戦闘力は壊滅しました。これで大和以下第二艦隊は無傷で沖縄に到達できます」
 マヤは鹿屋基地司令に天気予報が的中した程度の気楽さで言った。
「君たちは、いったい……」
 基地司令は、あとの言葉が続かなかった。
「わたしたちは、この戦争を終わらせるために来たんです」

 この半日に満たない戦闘で、米英海軍は十万人以上の戦死傷者を出していた。
 だが、マヤの仕事は、まだ、ほんの入り口に差し掛かっただけであった……。

 

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・3『桜子・2』

2019-01-09 06:46:28 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・3
『桜子・2』



 電柱によっかかった桜子は歯を食いしばっていた。

「大丈夫か、桜子?」
 絶交されていることなど忘れて、声を掛けてしまった。
「……放っといてよ!」
「強気なのはいいけど、足首腫れてんじゃん」
「あんたには関係ない」
「怪我してる時に強がんなよ」
「うっさい、デブは関わってくんな!」
「……分かったよ」
 完璧に嫌われている。市役所の周りを一周して、もう一度だけ声を掛けようと決めた。
 電柱一本分行ったところで胸騒ぎがして振り返る。どうやらオッサンに絡まれているようだ。
「大丈夫です、休んだら歩けますから、ほんと、大丈夫ですから」
「早く診てもらったほうがいいよ。わたしが病院まで、車とってくるからさ」
「いえ、ほんとうに……」
 親切ごかしのオッサンに、桜子は困り果てている様子。
「桜子! あ、どうもすみません。ぼく、こいつの兄です、電話かかってきたんで迎えに来たところです。さ、兄ちゃんがおんぶしてやるから」
 笑顔で、でも目は怒らして、オッサンを睨みつける。
「な、なんだ、お兄さんが来るんなら……そうだよね、じゃ、じゃあね」
 オッサンは、ポケットに手を突っ込んで行ってしまった。市役所の喫煙室から好奇心むき出しの幾つもの視線を感じる。
「さ、ほんとにおぶされよ」
「う、うん……」

 今度は素直におぶさってきた。

「駅前のクリニック、親父の知り合いだから」
「ちょ、ちょっとあるね」
「車に乗るほどじゃない……どうしてビッコなんだ?」
「くじいた……で、喫煙室で休んでた」
「なんで喫煙室なんだ? 市役所の中に入ればベンチもソファーもあるだろう?」
「そこまで足がもたなかった……でも、喫煙室煙いし、オッサンばっかりだし……」
「でも、なんで……」
「…………」
 学校に来ないんだと聞きたかったけど、そこまで桜子はほぐれていないようなので口をつぐんだ。
「……どうして兄なんて言ったの?」
「フラレた元カレですなんて言えるか」
 そう答えながら、自分でも違和感があった。オッサンをビビらすだけなら、桜子との関係は言わなくてもいい。それに、オレには実物の妹が……。
「とりあえず、いちおうお礼は言っとく」
「元には戻れないか?」
「無理、デブはきらい」
「そっか……でもさ、腕でツッパラかるのはよさないか。不安定で重い」
「降りようか? 前の信号赤だし」
「降りなくていい、おんぶのし直しの方が堪える……それに、青になった」
「……じゃ」
 桜子は背中に上半身を預けた。背中に桜子の胸のふくらみを感じる。瞬間ドッキリ。
「あたし……この三月に引っ越すんだ」

 もっとドッキリした。 


🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第二章・クオバディス ドミネ・2『海軍鹿屋航空基地・2』

2019-01-09 06:35:54 | ノベル

堕天使マヤ 第二章・クオバディス ドミネ・2
『海軍鹿屋航空基地・2』



 食事が終わると、マヤは100人の女学生を引率して鹿屋航空基地に向かった。

「菊水作戦援護作業のために、空技廠技官マヤ、百名の女子学徒勤労隊を引率してまいりました。命令書と宇垣第五航空艦隊長官の添え状です。基地司令にご伝達ください」
 門衛の兵は事前に何も聞いていなかったので慌てたが、書類は揃っているので、基地司令に取り次いだ。
 基地といっても鉄条網が一重取り巻いているだけで、基地の内からも外からも素通しだった。

「おい、女学生がいっぱい来てるぞ!」

 非番の兵たちが集まり始めた。相互にコチコチだった空気が和やかになりはじめたころ、マヤたちは基地の仮設講堂に集められた。
「仮設で申し訳ない、空襲で既設のものは破壊されたんで、これで辛抱してくれ」
 マヤは中佐相当の技官だったので、司令みずからがやってきて、基地の説明をした。
「これで十分です、ありがとうございます」
「しかし、こんなところで何の作業をやるのかね?」
「今日、天一号作戦が実施されます。その援護が任務です」
「それなら、うちの基地隊にも援護命令がきている。もっとも沖縄まで護衛できるわけじゃないが。で、君たちの任務は具体的にはなんだね?」
「紙飛行機を折ることです」
「え……」
 基地司令はあっけにとられた。

「いい、折り目の誤差は0・2ミリ以下、居り方は黒板に示した通り単純なもの。明日の朝までに、一人当たり百機の紙飛行機を折ります。大したことはないようだけど、飛ばして十秒以内に落下するものは不合格です。飛べる紙飛行機を百機折ってもらいます。夜になるまでは外で試験飛行、夜はこの講堂内で試験飛行を行います。紙は三万枚用意したけど、極力無駄を出さないように。不合格になったものも無駄にせず、伸ばして折直します。では、かかれ!」
 百人の女学生が、一斉にサワサワと紙の折る音をさせて紙飛行機を折りだした。

 紙飛行機というのは案外難しいもので、最初のうちは十機折って、一機も合格の出ない者ばかりだった。
 夕方になると見かねたパイロットや整備兵がやってきて、折り方や飛ばし方を伝授し始めた。紙飛行機とはいえ、空中を飛ぶ理屈は本物の飛行機と同じである。ちょっとした重心の位置や翼のひねりが大きく飛距離や滞空時間に影響する。

 夜明けになって、やっと一万機の紙飛行機を折り終えた。

「それでは、滑走路に出て、九十機ずつ十秒間隔で飛ばします。総員滑走路北端へ!」
 滑走路では、沖縄特攻に向かう戦艦大和以下八隻の艦隊護衛のために、七個編隊二十一機が順じ発進していくところだった。
「見送りみたいな護衛です。二時間ほどで返ってきますよ」
 飛行長が自嘲的に言った。
「あとは、わたしに任せてください」
「ん、あの紙飛行機にかい?」
「ええ、最初の九十機用意!」
 女学生たちが、三列三十人ずつの横隊に並んだ。
「構えて……三、二、一、放て!」

 九十機の紙飛行機が一斉に飛んだ。五秒もたつと、紙飛行機は本物のゼロ戦に変わり、三機ずつ三十の編隊になって南の空に飛んでいった。基地司令も飛行長も息をのんだ。まるで夢を見ているようだ。マヤは、落ち着いた声で次々に紙飛行機を飛ばさせ、一時間後、自分自身で最後の一機を飛ばした。
「あれが、編隊長機です」

 一万機の紙飛行機が変じてゼロ戦になり、大和以下の第二艦隊を追い越して、沖縄を目指した。

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・2『桜子・1』

2019-01-08 06:58:25 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・2
『桜子・1』


 この二日、桜子は学校を休んでいる。

 一昨日は、登校途中に追い越され「お、久々の桜子じゃん!」と八瀬が声をかけて、怖い顔で睨まれた。
 あの時は制服を着ていたけど、学校には来ていない。
 昨日は私服で、学校に行くのとは反対のホームに居たのを目撃されている。

 正直気になる。

 桜子は真っ当な奴だ。保守的って言ってもいい。小学校からアナウンサーになりたいという夢を持ち続け、所属している放送部のコンテストでは、二年連続県大会で個人優勝している。もちろん、それなりの大学に進む準備もしていて、成績はトップクラスだ。
 よく似合っているツインテールも、オシャレという感覚じゃなくて、子どもの時のスタイルを変えられないでいると言った方がいい。
 桜子の欠席は昼には分かる。この一年、昼休みの放送は、桜子がアナウンスしているからだ。

「お、今日も桜子のアナウンスじゃないぞ」

 八瀬がデザートのラーメンをすすりながら言う。
「一年生を訓練のためにやらせてるのかもな」
 デザートの大盛りラーメンのスープをすすりながら答える。
「いいのか、ずっと付き合ってたのに?」
 八瀬はスープは飲まない。程々ということをよく分かっている。
「元カノって、思っただけで目が三角なんだぜ」
「でも、お前の気持ちは……」
「男の値打ちを目方で測る奴は、オレから願い下げだ」

 去年の夏、体重が90キロを超えた時に、桜子には絶好宣言をされている。

「自分の健康管理もできない男なんてサイテー」
 ニベも無かった。
 もっとも、いきなりの絶好宣言だったわけじゃない。3キロ増えた時に気づかれ、2キロごとに注意され、10キロ増えたときには、いっしょにジョギングまでしてくれた。ライザップのパンフを渡されたのが最後通牒だった。
「でもさ、体力とか運動能力に衰えはないんだぜ」
「なによ、開き直って。ジムで計測したわけでもないでしょ! 気休めとか誤魔化しとかは言わないで! 90超えたら絶交だからね!」 で、二学期の始業式にオレの姿を見て、桜子に保健室に連れていかれ、体重計に載せられ、針が90を超えた時に宣告された。
「自分の健康管理もできない男なんてサイテー……絶交ね」

 あれから20キロも増えたんだ、何をかいわんやだ。

 終礼のチャイムが鳴るのを待って教室を飛び出した。
 世界史の授業で手をあげたら、バツッ! と音がしてブレザーの脇が破れた。オフクロも修復を諦めたので、入学以来4着目の制服を買いに行く。
「いやあ……百戸君は3着目ね」
「いえ、4着目です」
 制服屋の小母さんの記憶を正直に正してしまう。正直という美点も、時にはみじめだ。
 採寸を終わって駅に向かう。
 昨日よりはましだけど、寒いので、市役所の構内をショートカット。玄関わきの喫煙コーナーが目に入る。
「あれ……?」
 腰から上をスモークされたガラスの下、見覚えのあるハイカットスニーカーが目に留まった。
「桜子のスニーカー……」
 そう気が付くと、ドアが開き、桜子がビッコを引きながら煙と一緒に出てきた……。 
 

🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の腹違いの妹

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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