大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・16『これは間違いだ!』

2019-01-22 07:15:21 | ノベル2

 🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!

16『これは間違いだ!』  

 階段下の旧演劇部の部室は、軽のワンボックスカーほどの広さしかない。

 隠れ家にして二週間余り、自分に適うように整理してみようと思った。
 部室は、発見した時のままで、床には古い衣装やら台本やらがグチャグチャになっていて、元々の床も見えない。
 なにより、持久走で三好紀香を救けたあとに、ひっくり返って、思わず手に触れた縞柄のショーツが気になっていた。

 こんなものを放置していたら、万一見つかった時に、あらぬ疑いがかけられる。

「ゲ……こんなにあるのか!?」
 グチャグチャの上には、舞台に使う幕の切れ端みたいなのが掛けられていたが、それを取り払うと、いくつか段ボールの箱が潰れていて、中身がはみ出ている。雑多な中味の半分ほどが女物の下着だった。以前オレが手に握ったのは、そこからはみ出した、ほんの一部のようだ。
 とにかく、まとめて袋にでも詰めよう。

 ところが、まとめて入れるべき袋が見当たらない。

 教室の教卓の中にゴミ袋があることを思い出す。ようし、こういうことはサッサとやったほうがいい。
 放課後で人気のない階段を上がって、右に折れると教室。
「あった、あった」
 黒いゴミ袋を掴んで教室を出ると、腰のところに違和感。なんだか、ポケットが外れたような感じがした。
「……え、どうして?」
 足許には、薄桃色のブラが落ちている。ブラのカップにはガムテープの切れ端……どうやら、潰れた段ボール箱のガムテープがブラに貼りつき、その上に乗っけた尻に付いてきたもののようだ。オレは、直ぐに掴んでゴミ袋に入れようとした。
「ゲ、桃斗……!」
 憶えのある声が目の前でした。なんというタイミングの悪さ……階段を上って来た桜子が、廊下に足を踏み出したところで出くわしてしまったのだ! その距離、わずかに2メートル足らず。

 パシーン!

「ちょっと見直したら、桃斗ってデブの上に変態だったんだ!」
 そう言うと、桜子は踵を返して階段を駆け下りた。
「ち、違うんだって、桜子!」
 この誤解は解いておかなければ取り返しがつかない。張り倒された頬の痛みもどこへやら、オレは桜子を追いかけた。
「寄るな、触るな、変態デブ!」
「違う、これは!」
「キャ!!」
 一階の廊下を10メートルほど走ったところで、桜子が転倒した。
「う、うわ!」
 オレもつんのめって、桜子に覆いかぶさるように転倒!

 勢いとは恐ろしいもので、桜子に激突することを避けようとした右手が、桜子のスカートを派手に捲り上げてしまった。
 おまけに、右手には、さっきのブラが握られたまま。
「す、すまん。こんなつもりじゃ!」
「イヤー!!!!」
「お、おまえら!?」
 不幸は重なるもので、廊下の向こうに聞きなれた声。
「や、八瀬、これは間違いだ!」

 バレンタイン明けのオレは、とっても不幸なところから始まった。


🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ・第三章 遍路歴程・10『「け」の町行進曲』

2019-01-22 06:55:13 | ノベル

堕天使マヤ・第三章 遍路歴程・10
『「け」の町行進曲』
        


 パレードの行進曲で目が覚めた。

「あれ……?」
 マヤは混乱して時計を見た。腕時計は七月三十日午前八時過ぎを指している。
「やっぱり一晩たってる……恵美起きなよ」
 自分の肩に頭を寄せて眠っている恵美を起こした。
「う~ん……」
 恵美は思い切り腕を伸ばして大あくび。
「このお祭り騒ぎの中でよく眠れるわね」
「ちょっと居眠りしただけでしょ、だってパレードはまだ続いてるもの」
「ちがう、また一晩たってしまったのよ」
「え……だって、広場の時計は五時半……この町に着いて、まだ二時間ほどだよ」

 そう、記憶は二日前の七月二十八日。

 時空のゲートを超えて「け」の町に入ると、ちょうどパレードが出てお祭り騒ぎだった。珍しさもあって、ほんの三十分ほど見ているつもりだった。パレードはディズニーランドのそれの三倍くらい楽しいもので思わず時間が過ぎるのも忘れてのめりこんでしまった。
 途中で二回眠くなった。
 一度目は恵美のように居ねむりだと思った。パレードは続いていたし、見物客の顔ぶれもほとんど変わっていない、日差しも変わらないし、なによりも時計の時間が進んでいなかった。

 昨日(恵美は、ついさっき)眠りに落ちる寸前に「起きたら自分の腕時計で時間を確認」と自分自身に魔法をかけておいた。

「恵美、行くよ」
「もうちょっと……」
「あっちに、もっと楽しいものがあるから」

 二人は、人目をさけ町はずれの時空ゲートの丘までたどり着いた。白魔法でゲートを開けようとすると声がした。

「わたしも連れて行ってください」
 振り向くと、パレードの衣装を着た女の子が、すがり付くような目で二人を見ている。
「あなたは?」
「「け」の町のパレードガールです。この町はおかしいんで逃げ出したいんです」
「……やっぱり」
 風がかわったのか、パレードのさんざめきが聞こえなくなった。
「「け」の町の「け」は普段通りという意味なんです」
「ハレとケね。それにしても賑やかな「け」だこと」
「ここは賑やかなのが「け」なんです、一年中パレードなんですから」
「一年中パレード……いけないの?」
 恵美が素朴な質問をする。
「この町では時間がたちません。いつまでたっても七月二十八日、見物客の人たちは一日一回眠ってはいるんですけど、ほんの居眠りにしか感じません。時計は進みませんし、目覚めた時にはパレードが始まっていますから」
「で、あなたはどうして逃げ出したいの?」
「お気づきになったでしょ。目覚めると、まわりの見物客の何人かが消えているのを」
 マヤは思い当たった。目覚めた時、まわりの見物客のほとんどは替わっていなかったけど、わずかに新旧の入れ替わりがあった。
「その人たちは?」
「原子分解されて食糧や町を動かすエネルギーに使われます……パレードは賑やかで楽しいですけど、パレードだけでは人も町も生きてはいけませんから」
「ハレをケにしてしまったツケね」

 そのとき襲いかかるようなパレードの行進曲がすぐそばでおこった。

「見つかった、すぐそばにパレードが!」
「早くこっちに!」
 マヤと恵美は、パレードガールをかばうようにして時空のゲートに飛び込んだ。

 気づくと懐かしい列車の中にいた、どうやら間一髪のところで間に合ったようだ。

「時間が早く過ぎていく……」
 車内の時計を見て、恵美がホッとしたように言った。トンネルに入ると時計の回転は、さらに速くなった。
「あ、あの子!?」

 トンネルを抜けると、向かいの席に座っていたパレードガールはミイラになっていた。

「この子の時間を考えていなかった……名前もまだ聞いてなかったのに」
 マヤは、ギロチン式の窓を開けてやった。
 すると、風が吹き込んできて、パレードガールを一握りのダストに変え、窓の外に連れ去っていく。

 列車が弔うように汽笛を鳴らした……。

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高校ライトノベル・🍑MOMOTO🍑デブだって彼女が欲しい!・15『デブのバレンタインデー』

2019-01-21 06:58:24 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!

15『デブのバレンタインデー』  


 去年のバレンタインデーは充実していた。

 たくさんもらった訳ではない。成果は二つだった。
 一つはお袋から。神戸に本店がある洋菓子屋のエコノミークラス。
「はい、いちおう縁起物だから」
 と、デパートの紙袋から出して、登校前の俺を呼び止めて玄関先でくれた。
 紙袋の中には、同じ洋菓子屋のデラックスが覗いていた。親父にプレゼントするものであることは簡単に分かった。
 我が家でバレンタインにチョコをプレゼントするのは桃の役割であり、桃の最大の楽しみでもあった。
 桃が亡くなってからは、お袋がやっている。
 五十過ぎの母親が娘の跡を継いでバレンタイン……ちょっと引いてしまうところもあるけど、桃が亡くなったあとの我が家の絆を維持するために、親父もお袋も「子供じみている」ぐらいに懸命なんだ。
 もう一つは桜子からで手の込んだ手作りだった。
 ハートマークのチョコケーキの上に体重計が乗っていた。むろん、そのころ90キロを超えようとしていたオレへの警告の意味と、いらだちに替わりつつあった桜子の気持ちが現れている。
 二つとも、切羽詰った愛情が籠っている。

 今朝は起きると、テーブルの上にグリコのチョコとメモが置いてあった。

――グリコでごめん、お父さんの会社に行ってきます――
 
 大きな事件を抱えて動きがとれない親父のために捜査本部までチョコを届けに行ったようだ。それにしても、オレにはグリコとは……いっそ、何もない方が清々しい。

 パジャマのまま、冷凍ナポリタン大盛りをレンジにぶち込む。チンと音がして、レンジから取り出し、お皿にあける。フォークで巻き上げ、大口開けてパスタをガバガバ食べる。
 ポルコロッソだな……そう思って咀嚼していると声がかかる。
「千と千尋の、ブタになったお父さんだよ」
 テーブルの向こうで頬杖ついた桃がいる。
「敢闘精神と美意識はあるぞ」
「行動が伴わなきゃね」
「おまえさ、いいかげん成仏とかしないわけ?」
「兄ちゃんも、いいかげんダイエットとかは?」
「考えてる」
「考えてる人が、朝から大盛りナポリタン食べる? それに今日は日曜だよ?」
「だから、焼きおにぎりは止めてる」
 ウソだ、ナポリタンを平らげたら、食べるつもりでいた。
「それより、今年はチョコとか無しか?」
「夢の中のチョコなんかいらないって、去年、言ったじゃんか」
「だけど、気は心って言うじゃないか。幻のチョコならダイエットにもなるし」
「ああ言えばこう言う」
 その一言を残して桃は消えた。同時にスマホが鳴った。
「お、桜子から……」
――ハッピーバレンタイン♥心ばかりのチョコだよ♥――
 そうコメントがあって、下にスクロールすると、お袋のよりも立派なチョコの映像があった。
「お、これをくれるってか!?」
 その下に、待ち合わせ場所や時間がある……と思ったら、何もない。
 すると、間合いよく第二信! 
――リアルが欲しかったら、元の61キロに戻ってみろ!――
「くそ、桜子のやつ!」
「ハハハ、今さっき、気は心って言ったじゃんか!」
 と、桃の声がした。

 験直しに駅前のラーメン屋にでも行こうと着替えてスニーカーを履くと、ドアホンが鳴った。

 桜子がドッキリを気取って現れたか!

 勇んでドアを開けると、野呂と沙紀を真ん中に「デブの会」の諸君が立っている。

「「「「先輩、ハッピーバレンタインです!!」」」」」

 野呂は、その手に桜子の映像と同じ、でもリアルチョコが載っている。

 やっぱ、リアルに誰から頂くかということは重要だ……。 
 

🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ・第三章 遍路歴程・9『「く」ちびる議会・2』 

2019-01-21 06:44:44 | ノベル

堕天使マヤ・第三章 遍路歴程・9
『「く」ちびる議会・2』
         

 ドローンなら通報されるがチョウチョはだれも気づかない。

 アメリカなどでは昆虫型のスパイロボットも実現の段階とか、「く」ちびる議会の警備は、ちょっと心もとない。
 AP法案は下院を通過し上院での審議に入っている。
「AP法案は戦争法案だ!」
「徴兵制復活に道を付ける危険な火遊びだ!」
「いったい、どこの国が我が国を攻めるというのか!」
「世界中どこへでもGA隊を出すなんて軍国主義だ!」
「総理と与党の被害妄想!」
「ファシズム復活に反対!」
 野党はレッテル貼りレベルのボキャ貧で「そうだ、そうだ!」「廃案、廃案!」のヤジは議会構内の蝉しぐれのように耳につくが、中身が無い。
「この法案は戦争抑止が第一の狙いであります。徴兵制復活の論は妄想です、高度に専門化した現代のGA隊は徴兵という士気においても能力においても時間と金のかかる方法はとりません。また、具体的な脅威はC国であります。C国は南C海、東C海への進出は我が国の脅威……」
 総理は、一歩踏み込んで具体的な脅威について述べ始めた。
「そういう考えこそ危険だ!」
「C国をますます頑なにするだけだ!」
「外交でやれ!」
「話し合いだ!」
 野党はあいかわらずやじりたおすだけだ。

「野党は、完全に聞く耳ないのね」
 傍聴席で人間の姿にもどって恵美がイラついたように言った。
「下院じゃ、野党の質問に八割の時間を割いたらしいけど、幼稚で感情的だよね」
 マヤが額の汗をぬぐいながらため息まじりで呟く。
「議会の中って暑いのね」
 恵美もブラウスの第二ボタンまで外して胸に風を入れた。すぐそばの記者が二人の方を向いた。向いた顔は左目が大きかったが、恵美を見ると鼻が大きくなり、目一回り大きくなった。
「……やな感じ」
 恵美は胸元を押え、スカートの裾を伸ばした。
「A新聞のエッチ!」
 マヤがそう言うと、記者は元のチグハグな顔になり、議場の演壇に目を戻した。見まわすと傍聴席の大半のマスコミ関係者がいびつな顔になっていた。
「ちょっと、マヤ!」
 恵美が指した議場を見ると、議員たちもメタモルフォーゼし始めていた。
「みんなくちびるだけになっていく……」
 議員たちのほとんどが大きなくちびるになりつつあり、それが答弁したり質問したりヤジったりしている。
「あ、こけた」
 体がリカちゃん人形ほどに小さくなり、大きなくちびるを支えきれず倒れる議員が出始めた。それでもくちびるたちはヤジることを止めなかった。

 自分たちまでおかしくなりそうなので、二人は再びチョウチョになって議会の外に出た。

「あ、デモ隊が……」
 デモ隊のみんなは全員くちびるになってしまっていた。大きなくちびるたちは汗の代わりによだれを垂らし、照り付ける日差しにカサカサになるのを防いでいた。そしてつばきを飛ばしながら歌い続けている。
「寄り添い始めてる……」
「融合して巨大な一つのくちびるになっていく……恵美、もう行こう」

 二人はチョウチョのまま「き」の街のはずれまで飛んだ。照り付ける太陽は小さなチョウチョの二人の水分を奪っていく。

「……もうだめ」
「がんばって、このままこの街にいたら、あたしたちまで変になる」
 マヤは、くじけそうな恵美を励ましながら街はずれまで飛んだ。しばらく飛ぶと眼下に神社が見えた。水の匂い、境内に泉があるようだ。
「ああ、生き返った!」
 人間の姿にもどり、備え付けの柄杓で気のすむまで水を飲んだ。
「この神社を抜けたら国境、「け」の町だよ」
「よし、行こうか!」

 国境にはアリス兎の着ぐるみが落ちていた。脱ぎ捨てて間が無い、中は汗で湿っていた。不思議に汗臭くはない。
「ファブリーズしてある」
「行儀のいい兎ね」
「ちがう、臭いで見つからないため……いや、その割にはすぐに目の付くところにある」
 マヤも着ぐるみの中身の意図は測りかねた。
「マヤ、国境で音がする」
「あ、国境が閉じる。急ぐよ!」

 着ぐるみの細工は足止めのためだったのかもしれない。
 二人は、ギリギリ国境の時空のゲートをくぐることができた。夏は盛りに向かおうとしていた。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト:『The Exchange Vacation』

2019-01-20 16:58:31 | ライトノベルベスト

ライトノベルセレクト
『The Exchange Vacation』
    


 わたしは、三つある内の「休み」で春休みが一番好きだ。

 それも、一二年生のそれに限る!

 夏休み・冬休み、それに対する春休みは全然違う。そうは思わない?
 だってさ、夏休みと冬休みっていうのは、単なる休み。
 休みが終わると、また同じ教室で、同じクラスメートで、時間割とか先生とか完全にいっしょで変化がない。せいぜい席替えがあるくらい。基本的に同じ事が始まるだけ。

 でしょ?

 だけど、春休みは違う。

 だってそうでしょ。学年が一個上がって、クラスも教室も先生もクラスメートもほとんど変わっちゃう。教科書だって、最初手にしたときは、なんだか新鮮。
「今年こそ、がんばるぞ!」って気持ちになる。もっともこの気持ちは連休ごろには無くなってしまうけど。年に一度の身体測定なんかもあって、背が伸びた、体重がどうなったとか、なんかウキウキじゃん。それでいて、学校はいっしょ。勝手知ったる校舎、四時間目のチャイムのどの瞬間までにいけば食堂は並ばずに済むか。合点承知之助!

 三年生は事情が違う。だって、完全に環境が変わってしまう。でしょ?
 中学にいく前の春休みは、それほどじゃなかった。だって公立の中学だから、半分は同じ学校の仲間。学校そのものも、ガキンチョのころから、よく側を通っていたし、お姉ちゃんが三年生でいたから心強くもあった。
 高校にいく前の春休みは、最初は開放感。でもって、入学式が近づくにしたがって、つのる緊張感。二年生になろうとしている今、思い返せば、良い思い出になっている。
 だけど、高三になったら、きっと緊張はハンパじゃないんだろうなあ。だって大学だよ、大学。でもって十八歳。アルコール以外は大人といっしょ。アルコールだって、十八を超えてしまえば飲酒運転でもしないかぎり、大目に見てくれる。そう、車の免許だって取れちゃう! 恋の免許も、なんちゃって……これは、こないだお姉ちゃんに言ったら、怖い顔して睨まれた。
 お姉ちゃんは、この四月から大学生だ。最初は地方の大学を受け独立するとか言ってたけど、お父さんもお母さんも大反対。で、結局、地元の四大で、自宅通学。ここんとこの緊張したお姉ちゃんをみていると、正解だったと思う。

「ねえ、お姉ちゃん、ま~だ!?」
 あまりの長風呂にわたしはシビレを切らし、脱衣所のカーテンをハラリと開けた。
「なにすんのよ!」
 乱暴にカーテンを閉め直した拍子に、カーテン越しに右のコメカミをぶん殴られた。
 お姉ちゃんの裸を見たのは、スキー旅行で、いっしょに温泉に入って以来だ。湯上がりに、肌が桜色。出るところは出て、引っ込むところは、キチンとくびれて、同性のわたしが見てもどっきりした。
「高校最後の、お風呂だからね、いろいろ考え事してたの」
「卒業式、とうに終わってんのに……案外……」
「案外、なによ!?」
「いやはや、大人に近づくというのは、大変なもんだなあって。同情よ、同情」
「余計なお世話。さっさと入っといで」

 そんなに長風呂した訳じゃないのに、お風呂から上がって、少しグラリときて、脱衣場でへたり込んでしまった。一瞬頭の線が切れたのかと思った。
 時間にすれば、ほんの二三秒なんだろうけど、わたしの頭の中で十七年間の人生が流れていった。そして小学校の終わり頃に、なにかスパークするような思い出があったんだけど、言葉では表現できない。
「どうかした?」
「ううん、ちょっと立ちくらみ」
 お母さんの心配を軽くいなして、リビングへ行った。
 テレビが、どこかの春スキー帰りに高速で事故が起こったニュースを流していた。
「あ~あ、二人亡くなったって……」
 お姉ちゃんが、ドライヤーで髪を乾かしながら言った。

 お父さんは、仕事の都合で、会社のワゴン車で帰ってきた。かわりに自分の車は会社の駐車場。
 代わりに残業がお流れになったので、夜食用のフライドチキンを一杯持って帰ってきてくれた。
「また歯の磨き直しだ」
 そう言いながら、わたしも、お姉ちゃんもたらふく頂いた。
「わたしね、春休みは『 Exchange Vacation』だと思ってるの」
「なに、ヴアケーション交換て?」
 お姉ちゃんが、紙ナプキンで、口を拭きながら聞いてきた。
「なんか、全てが新しくなるようで、夏休みとか冬休みとかじゃない、特別な印象」
「それなら、Vacation for Exchangeでしょうが」
「イメージよ、イメージ!」
「ハハ、美保、英語はしっかりやらないと、大学はきびしいぞ」
「もう、うるさいなあ」

 
 その夜、わたしは寝付けなかった……正確に言えば意識は冴えているのに、体が動かない。金縛り……いや、それ以上。目も動かせなければ、呼吸さえしていない。でも意識だけは、どんどん冴えてくる。お父さんが、何かをしょって部屋に入ってきた。お母さんが、大容量のハードディスクみたいなのを持って続いてくる。
 お父さんは、しょっていた物を横のベッドで寝ているお姉ちゃんの横に寝かした……それは、もう一人のお姉ちゃんだった。
「いつも辛いわね、この作業……」
「真保は、これで終わりだ。あとは義体の調整でなんとかなる」
 お母さんは、ハードディスクみたいなのを中継にして、二人のお姉ちゃんの右耳の後ろをコードで繋いだ。古い方のお姉ちゃんの目が開いて、赤く光った。それは、しだいに黄色くなり、五分ほどで緑に変わると、光を失った。
「起動は五時間後ね」
「ああ、それで熟睡していたことになる。着替えさせるのは、お母さん、頼むよ」
「年頃の女の子ですもんね」
 お母さんは、古いお姉さんを裸にして、新しいお姉さんに着替えさせた。
「じゃ、美保の番だな……」
「真保、きれいに体を洗ってますよ。分かってたんじゃないかしら?」
「まさか、そんなことは……」
「そうですよね。ただ、三月の末日と重なっただけ……明日は入学式ですもんね」
 お父さんは、右耳の後ろとハードディスクみたいなのをケーブルに繋いで、いろいろ数値を入力していった。
「右の記憶野に……」
「なにか、異常ですか!?」
「いや……単純なバグだ。回復したよ」
「来年は、美保の義体も交換ですねえ……あの事故さえ無ければ」
「それは、もう言うな。スキーに行こうと言ったのは、オレなんだから」
「せめて、母星のメカニックにでも来てもらっていたなら……」
「言うなって。もう、真保はシュラフに入れたか」
「はい……」
 お父さんが、シュラフに入った古いお姉さんを担ぎ、お母さんが、跡を確認して出て行った。

 わたしは、全てを理解した……お姉ちゃんが、わたしの右のこめかみを叩いたのは、無意識の意思があった。それは、自分の境遇を知った上での感謝の気持ちだった。
 そして、目が覚めると、夕べの事は全て忘れていた。
「もう、どうして早く起きないかな。入学式でしょうが」
 歯ブラシを加えながら、お姉ちゃんが何か言った。
「訳分かんないよ!」
「美保は春休みなんだから、時間関係無いでしょうが!」
「あ、そか……」

 わたしは大事なものが頭に詰まっているようで、半分ぼけていた。でも、今の遣り取りで飛んでしまった。

 でも、このことは人生の大事な時に思い出しそうな予感もしていた……。

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高校ライトノベル・堕天使マヤ・第三章 遍路歴程・8『「く」ちびる議会・1』

2019-01-20 06:57:38 | ノベル

堕天使マヤ・第三章 遍路歴程・8
『「く」ちびる議会・1』
        
   

 デモ隊の若者たちは大汗をかきながら「く」ちびる議会をめざした。

 ひとりひとりがかく汗はしれているが、千人も集まるとけっこうな量になる。デモ隊が通ったあとの道にはてんてんと黒いしみがアスファルトに染みついていく。
 しかし、アスファルトの表面温度は六十度を超えており、汗のしみは二十秒ほどで消えていく。
「なんだか暗示的だな……」
「え、なにが?」
 恵美の質問には答えず、マヤは別のことを言った。
「何人か子連れの人がいる、気を付けてあげて」
「うん。あ、なんだか景色の見え方が変だ」
「温度変化が見えるように白魔法をかけたの、白く光って見えるところが一番温度が高い。あとは黄色、赤、緑、青の順。しっかり見ていて」
 若い親たちは、子どもの変化に気づかず、マヤと恵美に言われて初めて分かり、六人ほど熱中症の子どもが救われた。

 デモ隊のシュプレヒコールは、子どもたちが暑さにやられる前にネタ切れになっていた。
「戦争法案反対!」
「AP法案をつぶせ!」
「人に殺されたくない! 人を殺したくない!」
「徴兵制反対!」
 信号三ついくころには、この四つの言葉のくりかえしになり、七ついくころには、その単調さに飽きてしまった。
「歌を唄おう!」
 にわかリーダーの青年が場違いの提案をしたが、シュプレヒコールに飽きたデモ隊には、すんなり受け入れられた。

「今日の日はさようなら」「FLY ME TO THE MOON」「 翼をください」「Beautiful World」「THANATOS(タナトス)-IF I CAN'T BE YOURS」まできて恵美がピンときた。
「これって、エヴァンゲリオンに出てくる歌ばっかだ」
「え、まさか」
 まさかはほんとだった。リーダーの歌は、エヴァの挿入歌のベストテンを十位からなぞっている。歌は続く。

「魂のルフラン」「残酷な天使のテーゼ」「桜流し」と続き「Komm, süsser Tod~甘き死よ、来たれ」で議会前に着いた。

「AP法案の反対デモで、甘き死よ、来たれってのは、どうかなあ」
 マヤは違和感を感じたが、恵美は抵抗がないようだ。
「エヴァならOKよ」
 しかし、次の歌からおかしくなった。
「あ、ビギナーだ……」
「え、AKBの?」
 歌は「ビギナー」から「リバー」に替わったが、デモ隊自身には違和感はないようだった。
「まあ、プロテストの心が籠っていりゃOKか……」
 AKBの歌になってからは、最初にメールを回した女の子がのってきた。
「I want you! I need you! I love you!……」
 と、やり出し「ヘビーローテーション」で、一同は歌って踊るデモ隊になってしまった。
「プロテストの心が籠っていればいいんだよね」
「……」
 マヤは、それには答えず、新しい白魔法をかける。

 二人は蝉しぐれとAKBの歌の会に別れを告げ、チョウチョになって議会に潜入した……。

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・14『努力なあ……』

2019-01-20 06:43:36 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!

14『努力なあ……』  

 

 ネットオークションで買いました♪(*^^)v

 女の子みたいな絵文字付きで返事が来た。
 野呂がオレの古いブレザーを着ていたので――なんで、オレの古いブレザーを?――とメールを打っておいたのだ。

 では、なぜ着古して捨てたブレザーがネットオークションなんかに出てるのか? 

 女子高生が制服をブルセラショップに売ることは知っている。
 ネットで検索するとゾロゾロ出てくる。まさかと思ったけど、うちの国富高校のも出ていた。

 女子冬服一式で……なんと7万円もする!

 クリーニング済で、名前の刺繍などは取られている。で、当然のことながら男子の制服は、どこのネット通販にも無かった。
 いったいどこのネットオークションなんだ!?
 聞いてみたかったが、なんだか恐ろしい気もして止した。

――百戸さんのものを身に着けるのは、デブのステータスシンボルなんです!――

 ダメ押しに、気持ちの悪いメールが野呂から返って来た。
 オレを「デブの希望の星」と崇めること自体が気持ち悪い。沙紀がデブの危機と弊害について色々教えてもくれた。だけど、オレを「希望の星」にしているという一点で同調することはできない。
 オレは、蔑まれたり、シカトされるべき存在なのだ。癪だけど、90キロを超えた時点で絶交を申し渡した桜子の態度こそが健全だ。

 でも、ただの友だちでいいから、桜子とヨリを戻したいと思うのは本音。デブ……いや、青春というのは矛盾に満ちたものだ。

「桃斗、もう起きなさいよ……」
 その一言で起きてしまった。
 寝床の中で春の兆しを感じる昨日今日、生半可なことでは目覚めることは無い。それがLEDの照明が点くように目覚めたのは、夢の中で見たあいつの声だったからだ。
「ん……桜子?」
「こんな風に、目覚めたかったのよね」
 スプリングセーターにエプロンという新婚の嫁のスタイルで、なんとニ十センチほどの近さに顔を寄せているではないか!
 ホンワリと良い匂いがする。シャンプーと微かな香水、それに桜子自身から発するフェロモン。これを嗅いで目覚めない男はいない。
「おはよ、ダーリン」
「桜子……!」
 瞬間的に欲情して、腕を伸ばし、桜子を抱きしめようとした。
 とたんに、スッと桜子が天井まで飛び上がってしまった。
「え……?」
「リビドー高すぎ」
 天井にへばり付いたまま、桜子は別人の声。
「え、ええ?」
「あたしよ」
 髪をなびかせ、フワリと降りた姿は妹の桃だった。
「声で、あたしだって分からなかったの?」
「そりゃ無理だ、姿かたちに匂いまで桜子なんだからな!」
「あのね……」
「幽霊だからって、桜子に化けてイタズラすることはないだろ」
「化けてないわよ、声だけ桜子さんぽくやってみただけ」
「うそだ、完全に桜子そのものだったぞ!」
「あのね、お兄ちゃんは、それだけ桜子さんのことが好きだってことだよ。でしょ?」
「うう……それは認める」
「だったら、桜子さんが、もう一度振り向いてくれるように努力しなさいよ。お友だちぐらいには戻ってもいいって言ってくれてるんでしょ?」
「う、うん……」
「デブの希望の星……なんだよね」
「野呂とか沙紀が言ってるだけだ」
「うん、あの子たちはデブを否定しすぎる。けど、お兄ちゃんはデブの上に胡坐をかきすぎ。少しは努力しなよ」
「努力なあ……」

 想いを巡らしているうちに二度寝をしてしまった……。 

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・7『「き」の街をデモがいく』

2019-01-19 07:06:16 | ノベル

堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・7
『「き」の街をデモがいく』
         



 「か」の山を後ろに背負いながら、マヤと恵美は「き」の街を目指した。

「あ、あそこ!」
 「き」の街はずれまで下ると麦畑の中にトランプ模様のハングライダーが落ちていた。
「兎のハングライダーよ」
「え、アリス兎なら不思議の国に行くんじゃないの~?」
 恵美がのどかに言う。
「「き」の街が不思議の国かもね。なんだか妙な気がただよっているような」
「どんな気?」
「曰く言い難し、「き」広場に行ってデモに参加すれば分かるかもね」
「スマホをナビにしてみるね」
 恵美は兎にもらった赤いスマホをONにした。
「ちょっと距離がある……十時には間に合いそうもない。どうしようマヤ?」
「あれを使おう」
 マヤは、トランプ模様のハングライダーを指さした。

「すごい、まるで『魔女の宅急便』だ!」

 二人は近くの川の堤防からハングライダーを飛ばした。マヤが白魔法で川の上を吹く風と上昇気流の力を倍増させたのだ。
「「き」の街って果てが見えない、それに、この空気……」飛んでみたものの、少し心配げなマヤ。
「涼しい! すごい、すごい!」と、ただ無邪気に喜ぶ恵美。

「ここで降りるよ」
「え、ここ?」
 マヤは「き」広場の二キロ手前にハングライダーを降ろした。
「どうして公園に? 広場までは、まだだいぶあるわよ」
「ちょっと悪い予感。広場までは歩くよ」
「この暑い中を?」
「先々涼しくいられるようにね」

 公園を抜けると住宅街、そして都心のビル街へと続いていた。三十分ほど汗を流しながら歩くと、広場に向かう人たちが、あちこちの道やら地下鉄の出口から滲み出てくる。
 思ったほど多くはない。
「一万人ほどいるかな!?」
「そんなには居ない。千ちょっとよ」
 ふだん街中で、これほど人が集まったところを見たことがない恵美には一桁多く感じられた。

「わたしは、殺されたくないし、殺したくない。だから居ても立っても居られなくなって、議会まで、その意志を表明しながら歩くことにしました。そしてスマホで呼びかけました。すると、こんなに人が集まりました。ありがとうございます。戦争をするための、人を殺すためのAP法案に、わたしは反対します。物言わぬ世代と言われたゆとり世代、そんな私たちにも骨があるところを見せてやりましょう!」
 メールの発信元と思われる女子大生風が上気しながらハンドマイクを握り、涙ながらに語り続けている。
「彼女かわいいけど、リーダーになるには、ちょっと荷が重いな……」
 マヤがそう思っていると、ビルの谷間を縫うようにしてトランプのハングライダーに乗った青年が飛んできて、群衆の真ん中に降り立った。
「あ、我々のリーダーだ!」
「指導者だ!」
 そんな声が上がり、彼は瞬くうちにビールケースの演台に押し上げられてしまった。
「なんなの、あの人? あのハングライダー、あたしたちが乗ってたやつだよね」
「あれに乗って飛んできたら、リーダーにさせられるように出来ていたんだ……」
 青年は、戸惑いつつも数分喋ると、みんなの喝采や熱気で自他ともに真の指導者のような気がしてきた。
「それでは!」と、女子大生風。
「「く」ちびる議会目指してしゅっぱーつ!」

 にわかリーダーの青年が、蝉しぐれの中、先頭に立った。
 

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・13『古いブレザー?』

2019-01-19 06:53:28 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!

13『古いブレザー?』  

「どっこいしょ」

 爺さんみたいな掛け声をあげてしまった。思いのほか大きな声だったのでクラスのみんなが笑っている。
 三好紀香など――黙れデブ!――のオーラを背中で発している。持久走で救けられたことが屈辱になっているのだから仕方がない。
 でも、授業の終わりの起立礼で「どっこいしょ」が出たぐらいで、クラス中から蔑んだような注目を浴びるのは……。

 イヤダ!!

「百戸、バレてないと思ってるだろ?」
 八瀬が顔を寄せてくる。
「なにがだよ?」
「授業中、こっそりとジャガリコ食ってるだろ」
「食ってないよ!」
 これまた声が大きく、移動の遅れたクラスメートに笑われる。
「机の中を見てみろ」
「食って……ああ!」
 昼のおやつに買っておいたジャガリコの蓋が開いていて、八割がた中身が減っていた。
「ひょっとして、無意識に食ってたのか?」
「…………」
「しっかりしろよ、戦友」
 背中を叩かれて、体育の授業のため移動する。

 階段の踊り場まで来ると、桜子に出くわす。

「桃斗、何かした?」
「え、どうして?」
「クラスの子たちが、移動しながら『百戸くんが……』とか『百戸ったら……』とか言ってたから」
「あ~、今は話したくない」
「ん……?」
 桜子を背にして階段を下りる。
「うっそー! やだー!」
 桜子のビックリ声がして、八瀬がニヤニヤと駆け下りてくる。
「桜子に言うことないだろが!」
「ほっときゃ、あちこち聞きまわって、ややこしくなる」
 さもありなんなので、大人しくピロティーを通って更衣室に向かう。

 前の時間が体育だったんだろう、一年の野呂たちが更衣室から出てきて一年生の教室が並んでいる南館に向かっている。

「ん……?」
 きつめだった野呂のブレザーが、余裕でフィットしている。
 沙紀が後ろから野呂の背中を叩き、振り向いたはずみでブレザーの裏が見えた。
「え……?」
 
 野呂のブレザーの裏には『百戸』の刺繍が……あれは、廃品回収に出した、オレの古いブレザー?

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・12『メゾンくにとみ』

2019-01-18 06:55:14 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!

12『メゾンくにとみ』  


 家を出て角を三つ曲がると、それがある。

 一見どこにでもある中級のマンションに見える。
――メゾンくにとみ――と看板にあって、看板の下に小さく「特別養護老人ホーム」とある。
 持参したスリッパに履き替え、靴をビニール袋に入れてエレべ-ターのボタンを押す。

 ズィーンと音がして、エレベーターのドアが開く。

「お、久しぶり百戸君」
 エレベーターには所長の野中さんが乗っていて、至近距離の挨拶になった。
「お早うございます」
 悪気はないのだろうけど、所長は苦手だ。歩いて三分の近さなのに、メゾンくにとみに来るのは間遠になりつつある。久しぶりと言われると、なんだか咎められているような気になる。

「これくらいで、ちょうどいいのよ」

 ゆっくりとベッドに腰かけて婆ちゃんが微笑みかける。
 婆ちゃん、百戸信子は親父のお母さん。親は再婚同士だから信子婆ちゃんとオレは血の繋がりは無い。
 そのせいか、婆ちゃんは、桃が亡くなった年に、このメゾンくにとみに引っ越した。洗濯ものや身の回りのものの補充などで、主にオレと母さんが足を運ぶ。オレは年末に来て以来だ。いろいろ言い訳を考えていたけど、婆ちゃんの一言が、その必要をなくした。婆ちゃんの声には、表現のしようのない温もりがあって、時に一言で和ませてくれる。オフクロが親父との再婚を決めたのも、この婆ちゃんの存在が大きいらしい。

「フフフ、ちょっと太ったわね」

 オレの部屋でエロ本を見つけた時と同じ調子で言われた。
「110キロで停まってるよ」
「ホホ、4キロ増えたんだ」
 そう言うと、婆ちゃんは、メモ帳を出して、なにやら書きつけた。
「なに書いてんの?」
「え……ああ、あたしったら!」
 めずらしく、婆ちゃんがうろたえて両手をわたわたさせる。こういう時の婆ちゃんは少女のように可愛くなる。
「だめねえ、桃君には秘密にしてたんだけど、ボケちゃったのかしら、本人の目の前で出すなんて」
 婆ちゃんは、オレの事を「桃君」 妹を「桃ちゃん」と呼ぶ。
 婆ちゃんは、あっさりと手帳を見せてくれた。
「この数字は……オレの体重?」
「そうよ、体重の変化の裏にはドラマがあるわ。それを想像するのは楽しいのよ」
 こういうことを言っても、婆ちゃんは嫌味にならない。現役の国語教師であったときも、きっといい先生だったんだろう。
「えーと、110-61は……ダメねえ、こんな暗算もできない」
 婆ちゃんは、手帳の隅で筆算を始めた。尖った口が、うっすら開いて、小学生が覚えたての算数をやってるみたいだ。
「49だ!」
「あんまり計算してほしくないなあ」
「二年足らずで49キロ……」
「だから、この二週間ほどは増えてないから」
「咎めてんじゃないのよ、この数字の意味……」
「数字に意味なんてあるの?」
「うん……48の次、50の前、約数は1と7と49、約数の合計は57……」
 婆ちゃんが冴えてきた。
「四十九日……そうだ、あたしが生まれたのが1949年、なんか因縁……信長が本能寺で死んだのが49歳、アメリカの49番目の州がアラスカ、アメリカってばフォーティーナイナーズ……遠くなっちゃった」
 こんなことで無邪気になれる婆ちゃんに、介護付き老人ホームは似合わない。婆ちゃんがここに入居したのは、婆ちゃんなりの想いがある……それを斟酌できないのは、やっぱ血の繋がりが無いからだろうか。
「血の繋がり……」
 心が読めるんだろうか、婆ちゃんの呟きには、時々ドキッとされる。
「どうでもいいんだけどね……信二は、もう半年も音沙汰なしだし」
「え、そうなんだ?」
 親父は、オレとオフクロには細々と気を配ってくれている。こないだも忙しい中、家族三人で食事の機会を作ってくれたところだ。
「ま、息子って、そんなもんだけど……えと、なにしてたんだっけ?」
「ハハ、忘れたんなら、それでいいよ」
 いつまでも体重の計算をされてはたまらない。
「桜子ちゃんは、どうしてんの?」
「え……?」
 どうして桜子のこと知ってんだ?
「いい子よ、桜子ちゃんは」
 そう言って、婆ちゃんは、オレの膝をホタホタと叩いた。
「そうだ、これあげよう」
 婆ちゃんは、戸棚の引き出しから、なにやら取り出した。
「国富駅前のレストランの食事券。お隣りさんの息子さんがオーナーで、もらっちゃった。婆ちゃんには猫に小判だから」
「あ、ありがとう」

 それから、着替えと日用品を補充してよもやま話。

「じゃ、そろそろ帰るよ」
「そうね、今日はどうもありがとう」
「佐江さんによろしくね、じゃ……」
「うん、またね、婆ちゃん」
 で、ドアを開けた時。
「思い出した、49!」
「え……?」

「……桃ちゃんの体重よ!」

 婆ちゃんのどや顔は、妹の桃に似ていた。


🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・6『「か」の山 兎追いし』

2019-01-18 06:41:57 | ノベル

堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・6
『「か」の山 兎追いし』
        


 昭和の権化のようなディーゼルカーは「か」の山駅に躊躇うように着いた。

 高原なのだろう、涼しい風が短い制服スカートの脚をヒヤヒヤと弄っていく。ふもとの町だか村だかは濃い朝靄の中に沈んでいる。
「なにも見えないね……」
 マヤが独り言のように言う。恵美は、かわいく「クシュン」と身震いした。
「ちょっと、おトイレ行ってくる」
「トイレ、あっち!」
 駅舎の中に入りかけていた恵美は改札から引き返し、マヤが示したホームの外れの「便所」に向かった。しいかし「キャ!」と声をあげると、すぐに戻って来た。
「わ、わ、和式! それも汲み取り式!」
「でも、あそこしかないわよ」
「もう……ティッシュ貸して」
「はい」
 恵美はふんだくるようにティッシュを取ると再び「便所」に突進した。
 二分ほど過ぎても恵美は出てこなかった。
「……大きいほうかな」
 そう呟くと、マヤは指を一振りした。
「間に合うといいけど……お、ああ」
 ふもとの朝靄が急速に晴れていき、素晴らしい景色が広がっていく。

 そして、完全に靄が晴れたころに恵美が爽やかな顔で戻って来た。天使の目で見ると、体重が五百グラムほど減っているのが分かった。
「おつり、大丈夫だった?」
「おつり?」
「その様子なら大丈夫だったんだ。見てごらん、靄がきれいに晴れたから」
「え……うわー、すごい、CGみたい!」
 そう感動しながら恵美はお尻をボリボリ掻きはじめた。
「あ、蚊に食われた?」
「え、あ、ほんとだ」
 マヤは、おつり除けの白魔法はかけたが、虫除けのをしなかったのを済まなく、かつ面白く思った。
「ムヒあるけど、塗る?」
「いい、それよりふもとに行ってみようよ!」
「あそこに行くのは、まだ早い」
「じゃ、いつになったら行けるのよ」
「いつの日にかね。こっち行くよ」
 マヤはさっさと歩きだしたが、恵美はふもとの景色に見とれていた。
「恵美!」
「あ、待って!」

 二人は『トトロ』の世界のような故郷に背を向けて「か」の山の峠を目指した。

「……やっぱり痒い!」
 山道を三本杉のあたりまで来て、恵美はボリボリやりながらボヤいた。
「やっぱムヒ?」
「う、うん貸して」
「塗ったげようか」
「いいよ、自分でやるから!」
 そう言って恵美は道を外れた薮の中に入って行った。そしてスカートに手を掛けたところで気配に気づいた。
「あ、兎……なんで服着て二本足で走ってる?」
 走っているだけでは無かった「忙しい、遅刻する!」と言っては立ち止まってスマホで時間を見ている。そのスマホは初々しいもぎたてイチゴみたいな赤色だった。
「兎さーん、待って、そのスマホ!」
 恵美は痒いのも忘れて兎を追いはじめた。
「あ、恵美のやつ!」
 マヤも、薮に入って追いかける。薮は森へと続き、やがて「か」の山の峰が見えてきた。

「捕まえた!」

 恵美はジャンプして兎の尻尾を掴んだ。
「あたしのスマホ、返して!」
「こ、これは、わたしのだ!」
「違う、あたしの……」
 兎の手を掴んで、スマホを見ると銀色のそれに代わっていた。
「あれえ……」
「ね、君のじゃないだろう?」
「うん……」
「初々しいもぎたてイチゴみたいな赤色のスマホを無くしたのかい?」
「うん」
「それは可哀そうに……ジャーン!」

 兎は、そう言うと上着をサッと広げた。上着の裏には沢山ポケットが付いていて、ポケット一つ一つに赤いスマホが入っている。

「うわー!」
「初々しいもぎたてイチゴみたいな赤色じゃないけど、この赤もいいだろ。よかったら一つあげるよ!」
「ほんと!?」

 恵美は、どれにしようか迷った。その迷っているところをマヤは発見した。
「ヤバイ!」
 兎はスマホを一つ恵美に渡すと、一目散に逃げ出した。
「待てえ!」
 マヤが追いかけると、兎は峰に隠していたハングライダーにつかまって山の向こうの空に飛び去ってしまった。
「くそ、ただのアリス兎じゃないな」
「ねえ、マヤ、メールがきた!」
 下の方から、恵美が嬉しそうにスマホを振りながら駆け上がってきた。
「もう蚊に食われたとこはいいの?」
「うん」
 恵美はムヒを渡しながら言った。
「スマホに比べりゃ、蚊のかゆみなんてメじゃないよ!」
 そのスマホには、こんなメールが入っていた。

――十時から、AP法案反対のデモします。いっしょに歩いてくれる人は十時に「き」広場に。拡散希望――

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・11『沙紀のデブ考察』

2019-01-17 07:12:44 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!

11『沙紀のデブ考察』  


「太っ……!」

 野呂と沙紀が情報教室にしようと言った訳が分かった。思わず声が出てしまうのだ。
 パソコンの画面には、沙紀たちが集めた映像資料が映っている。
 何気ない登校風景や校内風景、駅や街角の風景もある。お喋りしている三人の女生徒、ツインテールにポニーテールにボブ。見た感じは、どこにでもいる女生徒だ。なにか面白いことがあったのか、弾けたように笑い出す。ツインテールは手を叩きながらお腹を抱えている。ポニーテールはエビのように体を折り曲げて。ボブはしゃがみ込んで痙攣するように笑っている。
 微笑ましい高校生のスナップ動画、と思いきや、カメラは俯いて、三人の下半身を映し出す。

 で、思わず「太っ……!」と口走ってしまう。

 我を忘れて笑っているので、スカートがヒラヒラして太ももがチラチラする。そのたくましさが可憐な上半身とそぐわない。
 やがて、カメラに気づいて、三人は凍ったようにカメラを睨む。
「見たなあ~」
 なんだか天使が悪魔になったような衝撃だ。
 他の映像も、男女を問わず太ももやお腹、頷いた時の首など、こんなところに部分的デブが! というような映像だ。

「こういう隠れデブを含めると、高校生の半分近くがデブなんです。事態は深刻です」

 沙紀は、ため息をつきながらパソコンからUSBを引き抜いた。
「デブはものを考えません。進んで行動しようともしません。これを見てください」
 ディスプレーに二つの脳みそが現れた。
「小さい方が8歳、大きい方が16歳です。違いが分かりますか?」
「……うん、8歳の方が赤くなっている領域が広い。活発に働いているんだなあ」
「そうです。他のサンプルも見てください……」
 コマ落としのように、何百という脳みそが映し出される。ほとんど小さい方が活発だ。
「大きいのは、みんなデブ?」
「はい、因果関係は分からないけど、現実です」
「……このデータはどうしたの?」
「父が、大学の先生で、こういうことを研究してるんです」
「そうなんだ」
「ずっと他人事だと思ってました……でも、野呂君があんなだから……」
 沙紀の目に光るものがあった。デブだけど、沙紀は野呂のことが好きなんだと感じた。
「で、オレにどうしろと?」
「先輩は、そのままでいいんです」
「ん……?」
「デブの希望の星で居続けてください」
「オレは、そんなに偉くないよ」
「そんなことありません。先輩は捻挫した外村桜子さんを、そして持久走では三好紀香さんを救けました」
「それは偶然だよ。だれでも、あの状況なら……それに純粋でもない。三好を救けたのは持久走をサボりたかったからだし」
「最初から狙ったわけじゃないでしょ? たとえサボりたかったとしてもいいんです、結果的には救けたんですから。100パーセントの善意なんて神さまでもなければ、ありえません。それに、人を救けたのは三回ですよ」
「え……?」
「昨日、野呂君を……で、こうしてあたしの話を真剣に聞いてくれています」
「あ、そうなのか……」
「そういう無意識なところが素敵だと思います! ごめんなさい、長い時間。じゃ、これからもよろしくお願いします!」

 情報教室のある特別棟を出ると厳しい北風だった。

「キャ!」
 風にあおられて、沙紀のスカートが翻って、瞬間、太ももが露わになった。女と言うのは、こういう瞬間の男の視線に敏感だ。
「あ、見えちゃいましたね」
「あ、いや……」
「……あたしも隠れデブでしょ?」
「見えてないから分からない」
「先輩、優しい」
 沙紀は隠れデブではなかった。桜子はどうなんだろう……こんな妄想をうかべるデブいいのかい?

 校庭の向こう、ゆっくりと冬の太陽が沈みはじめた。


🍑・主な登場人物

  百戸  桃斗……体重110キロの高校生

  百戸  佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚

  百戸  信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い

  百戸  桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる

  百戸  信子……桃斗の祖母 信二の母

  八瀬  竜馬……桃斗の親友

  外村  桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・5『「お」の道駅に降りる』

2019-01-17 06:57:29 | ノベル

堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・5
『「お」の道駅に降りる』
      


「スマホが無い!」

「え」の電が支線を二度目に折り返したところで恵美がうろたえはじめ、電車が揺れ始めた。
 網棚やシートの下を探したが見当たらない。
「向こうの車両かな……」
「恵美、向こうの車両には行ってないでしょ」
「うん、でも……」
 恵美は、そう言いながら向こうの車両まで探しに行こうとした。揺れが激しくなってきた。
「次元のポケットに落ちたのかもしれないわよ」
 手すりにつかまりながらマヤは指摘した。
「次元のポケット?」
「うん、遍路道ではよくあること。支線を抜けて本線に入ろう、きっととんでもないところに落ちている」
「……本線には行きたくない」
「あたしが付いているから、このままじゃスマホどころか、脱線転覆しちゃうよ!」
「だって!」
「ア、アア……」
「キャー!」
 車両の連結が外れ、後ろの車両は脱線して線路を塞いでしまった。
「もう、ここには戻れない。本線に入るよ!」
 恵美はマヤにしがみついたままコックリした。

「今だ!」
 一両だけになった電車は転覆寸前のところで本線に入った……。

 電車は「お」の道駅で停まった。

「お」の道は海に面した坂の多い町だ。起伏に富んでいるわりに風も日差しも穏やかで、アイドル映画の三本ぐらいは、すぐに撮れそうだ。
「あ、あたしのカバン!」
 駅を出てすぐのバス停のベンチで恵美の通学カバンが見つかった。
「ね、次元のポケットに落ちたんだよ」
「やだ、カバン空っぽ……」
「あそこに何かあるよ」
 マヤが指差した。駅前のロータリーに停まっているバスの前に教科書が落ちている。道をまたいで教科書を拾おうとしたら、バスが動き出した。
「あ……」
「ああ……」
 バスは教科書を轢いて行ってしまった。でも、タイヤの跡は付いたけど教科書は無事だった。
「スマホでなくて良かった……」
「向こうに」
 町中に入る狭い登り道の手前にノートが落ちていた。カバンの中身は二人を誘導するように道の曲がり角や神社の鳥居の下、ポストの上などにあった。一つ一つ拾ってカバンがいっぱいになったころ、道は行き止まりになった。
 ただ、この行き止まりは腰の高さに柵があるだけで、町と、その向こうの海に島々、青い空と白い雲が一望だった。
「風が爽やか……嫌なもの全部……」
「その先言っちゃだめ!」
 マヤの忠告は遅かった。恵美は小さな声で「飛んでけ」とやってしまった。カバンがその中身をまき散らしながら風にさらわれ、着ていたセーラー服も糸が抜けてバラバラになって風に持っていかれてしまった。二人は一瞬裸になった。
「仕方ないなあ……」
 マヤが指をクルリと回すと、風が反対方向から布きれを運んできた。そして二人の体を取り巻いたかと思うと、体にまといつき、あっという間に二人を今風なブレザーの制服姿にした。

「すごい……でも、やっぱ制服?」
「お遍路だもの」
「……ま、セーラーよりましか」
 恵美が第一ボタンを外して、リボンを緩めると後ろから声がかかった。
「きみたち、スマホを探してるんじゃないのか」
 振り返ると中年の映画監督のようなオジサンが立っていた。
「はい、スマホ探してます。あたしのです」
「初々しいもぎたてイチゴみたいな赤色のスマホだね?」
「はい、そうです!」
「それなら、若い男が持って、すぐ下の道に下りていったよ。ミスマッチなんで変だと思ったんだ」
「ほんとですか!?」
「ああ、たった今だよ」
 二人はすぐ下の道に下りてみた、確かにたった今まで人がいたような気配がした。
「こっちだ、マヤさん!」
「待って、この道……」
「どうした、早くしないと逃げられるぞ!」
 上の行き止まりの柵からオジサンが身を乗り出して叫んだ。
「この道怪しい……」
 マヤは、すぐに道路標識に気づいた。

「お」の道、至……至の下はスプレーで消されていた。

「風よ、この下の文字を見せて!」
 マヤがそう言うと、風が生乾きのペンキを吹き飛ばした。

――至 おわり経由地獄――

「オッサン!」
 マヤが振り返ると、オッサンは足音だけを残して消えていた。
「くそ!」
「だめ、追いかけちゃ。この町の道はラビリンスよ、戻れなくなる!」

 二人はなんとか記憶を頼りに駅まで戻り、次の電車を待った。
 

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高校ライトノベル・🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・10『百戸先輩!』

2019-01-16 06:56:26 | ノベル2

🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!

10『百戸先輩!』  


 うっかり眠ってしまった。

 放課後は、たいてい真っ直ぐに下校している。
 しかし、体重が増えるに従って、満員電車が億劫になってきて、この頃は時間を潰してから校門を出る。
 今日は、階段下の旧演劇部の部室で横になっているうちに上と下の目蓋が講和条約を結んでしまった。

「殺すぞ、デブ!」

 びっくりして目が覚めた。
 桜子などから眉をひそめられることはあったが、デブが原因で「殺すぞ!」と言われたことは無い。続く「デブはキモイんだ!」というフレーズで、罵倒がガラスの向こうから聞こえてくるのが分かった。どうやらオレにかけられた言葉じゃない。
 ガラスの向こうには、どうやらアベックが居る。アベックは当然うちの生徒で、男がデブ(オレほどじゃないけど)、女は、ちょっと目には可愛いが、どうも人柄はイマイチ。

 バシッ!

 デブが張り倒される音がした。自分が張り倒されたような気になって、思わず目をつぶる。

 女の気配が消えてから、外に出てみた。オレほどではないデブが悄然と立ち尽くしていた。
「ほら、ティッシュ。唇切れてっから」
 オレほどではないデブは、ティッシュを渡されて初めて怪我に気が付いた。
「すみません……」
 オレほどではないデブは、ノロノロと唇を拭くと、少し迷ってからティッシュをポケットに詰め込んだ。

「デブ同士のヨシミだ、話を聞かせろよ」

 昼休みでもないのに一人で食堂に行くのは躊躇われるが、デブ二人になると平気になり、ソバの大盛りをトレーに載せて席に着いた。
「あんなDV別れちまいなよ、ズルズル……」
「はあ、ズルズル……ぼく一年B組の野呂っていいます。ズルズル……」
 オレほどではないデブ、いや野呂は、開口一番のアドバイスには反応しないで、自己紹介を始めた。むろんデブらしくソバを啜りながら。
「沙紀は悪くないんです。ズルズル……」
 野呂の食べ方は勢いがありすぎ、ソバの汁が盛んに飛び散る。
「もうちょっと穏やかに食えよ。ズルズル……ズー……」
「デブになったぼくが悪いんです。デブは犯罪ですよ。ズルズル……ズー……」
 ソバを食べるペースは同じで、いっしょに出汁を飲み干す。二人の啜る音が食堂一杯にこだまする。
「デブは感心しないけど、うまくいかないことを、全部デブのせいにするのは間違ってるぞ」
「沙紀はいい娘なんです。ああやって、ぼくを励ましてくれているんです」
「それは違うぞ」
「百戸先輩。先輩は希望の星です」
 話がかみ合わない。で、二つびっくりした。オレの名前を知っていることとオレを希望の星などと言うことだ。
「先輩は有名人です。デブでありながら気後れしたところがありません。沙紀も百戸さんのデブは別格だと言っています」
「そんなことはない。デブはオレ自身気にしてるし、周りの人間からも、いろいろ言われてる」
「先週も、持久走で倒れた女子を救けていたでしょ。その前は市役所で放送部の外村さんを救けていたし」
「そんなことまで知ってんのか?」
「百戸さんをデブ会の会長にしようって話もあったんですけど、ぼくらは、とても先輩の真似はできませんから、先輩を希望の星に仰いで、ダイエットに励みます! で、ぼくを弟子にしてください!」
「で、弟子!?」
「お願いします!」
「弟子ってのは……」
「じゃ、とりあえず身近な後輩……それではどうでしょう?」
「あ、ま、それくらいなら」
「よかった!」
 そう言うと、野呂は大きく手を振った。なんぞやと振り返ると、先ほどの沙紀が三人の女生徒を引き連れて食堂の入り口に立っていた。
「沙紀、百戸さんとお近づきになれたよ!」
「よかった、体張っただけのことはあったね!」
 野呂は、沙紀と取り巻きがキャーキャー言う中に加わって、合格発表のようになった。
「それじゃあ、これからもよろしく!」
 沙紀が音頭をとると、みんなの声が揃った。

「「「「「「「「百戸先輩!」」」」」」」」

 いったい何が起こっているんだ!!?? 

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・4『「え」の電に乗って』

2019-01-16 06:36:17 | ノベル

堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・4
『「え」の電に乗って』
            


 海の駅からは支線の「え」の電に乗った。

 「え」の電は昔の江ノ電に似た緑と薄緑のツートンカラーの二両連結、ゆっくり海沿いを走っていたかと思うと、すぐにトンネルに入る。車内が一瞬暗くなり、チカチカと車内灯が点滅しながら点いた。

――江ノ電なら極楽寺のトンネルだな、抜けたら長谷かな……――

 極楽寺のトンネルなら、ほんの数十秒で抜けてしまう。しかし、そのトンネルは一向に抜ける気配が無かった。

 微かに人のため息が聞こえる。

 車両の前の方にマヤと同じセーラー服を着たセミロングの子が座っている。
――この子は……――
 思った時には目が合っていた。電車の揺れがひどくなったが、マヤは立ち上がって車両の前の方に行った。
「あたしマヤ、あなたは?」
「あたしは…………あたし」
 少し面倒な子のようだ。電車の揺れがさらにひどくなった。
「同じセーラー服、あなたもお遍路さんなんだ」
「同じ……胸のワッペンが少し違う」
「あなたは人間、あたしは天使だもの」
「天使?」
 揺れが少し収まった。
「堕天使だけどね」
「そうなんだ……」
 収まった揺れが戻ってきて、マヤは、揺れにことよせて向かいの席に座った。
「分かっていると思うけど、このトンネルは、あなたの心のトンネル。あなたが決心しなきゃ永遠に抜けられないわよ」
「わたしのトンネル?」
「怖がっていないで、トンネルの外に出よう。あたしが付いていてあげるから、ね、恵美ちゃん」
「……どうして、あたし、まだ名前言ってないのに」
「堕が付いても天使だから……あ!」
「キャ!」
 電車が大きくカーブを切ったので、マヤは振り飛ばされて恵美に抱き付く形になってしまった。
「ご、ごめんね」
「ううん、いいの……しばらくこうしていて」
「う、うん」
「マヤさん温かい……」
「恵美ちゃん、こんなに冷たくなっていたんだね……」

 いつの間にか、車内は不用意に開けた冷凍庫のように凍り付いて、吐く息が蒸気のように白い。
 マヤは恵美を抱きしめてやった。マヤも手を伸ばしてくる……揺れが収まってきた。

「これでいい……トンネル出よう、駅には停まらなくていいから」
「うん……マヤさん」
「うん?」
「胸、大きいんですね」
「ど、どこ触ってんのよ(*ノωノ)!」
「ウフフ……」
「アハハ……」
 二人は抱き合ったまま笑う。そして、直後トンネルを抜けた……。
 

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