大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『61式・4』

2021-06-26 06:16:39 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『61式・4』   

 



「突然だが、君は4月2日生まれだそうだな?」

 武藤進一は、突然自分の前で急停車した61式戦車から出てきた筋骨たくましいジイサンに聞かれた。

 ラノベ風に言うとこうなる。事実は以下の通り。

 啓子伯母さんのお店ヒトマルで会議の結果、61式(1961年生まれ)のお父さんに見合いをさせるために、お父さんが断る言い訳にしている条件を潰すことになった。照れくさいとか、亡くなったお母さんへの義理立てなどは、簡単にお祖父ちゃんが論破する。

 しかし、一人娘であるあたしが結婚するまでは……というのは説得力がある。

 そこで啓子伯母ちゃんと、勲(いさお)祖父ちゃんは、あたしを心身共に締め上げて好きな男の子を白状させてしまった。心身ともにというのは「お父さんを幸せにしてあげよう!」の繰り返しと、あたしがもっとも苦手とするクスグリの拷問で自白させられてしまったという意味。

「あ、あ、アハハ、キャハハ、死ぬう……武藤進一先輩!」

 泣き笑いの末に虚脱したようなあたしをホッタラカシにして、お祖父ちゃんと伯母ちゃんは、あたしの監視にバイトのチイちゃんを残し、61式戦車のレプリカに乗って、部活に登校中の武藤先輩を掴まえたわけ。

 なんで、戦車のレプリカが公道を堂々と走れるかと言うと、この戦車は特殊車両の登録がされていて、これまでも、地震や台風被害の復旧やら、不法駐車の自動車のレッカー移動に警察に協力してきた。で、隣が警察署なんで、一声掛けるだけで出動ができてしまう。

 武藤先輩は、砲手のシート(このレプリカ戦車には、実弾は出ないけど90ミリ砲がちゃんと付いている)に縛られて、喫茶ヒトマルに拉致られてきた。

「に、西住。これは、どういうことだよ!?」

 戦車から放り出されるようにして出てきた武藤先輩は、笑い死にしかけて、虚脱状態のあたしに聞いてきた。

「そ、その、二人に聞いれくらさい……」

 危うい呂律で、そう答えるのが精一杯だった。

「武藤君、わが孫の栞は、君のことが好きだ。君は栞のことをどう思っとる?」

 なんちゅう正面攻撃!

「は、はあ……」

「しっかりせんかい。日本男子だろうが!」

「四択にしましょう。大好き、好き、嫌い、大嫌い、以上4っつからえらんで!」

 伯母ちゃんもムチャを言う。

「嫌いなわけはないだろう。栞は、わが孫ながら、70年の人生で見ても、若い頃のうちの婆さんよりもかわいい。親思いで性格も良い」

「は、はあ、それは……」

 あいまいそうだが、こういう状況では先輩の答が真っ当だろう。そう思って言いかけると、チイちゃんが耳の後ろをくすぐってくる。あたしの最大の弱点を、この学生アルバイトのチイちゃんは、祖父ちゃんたちから聞かされて、よく知っている。

「その上、バージンだ。わしが保証する!」

 祖父ちゃんの、その一言で武藤先輩は鼻血を流してしまった。

「ハハ、その鼻血が答えじゃのう。啓子、書類を!」

「はい、これ!」

 なんと、啓子伯母ちゃんが出したのは婚姻届だった!

「あの、それは……キャハハ」

 チイちゃんがまたしても耳の後ろ攻撃。

 で、むりやり署名させられてしまった。

「だ、大丈夫、先輩。未成年の婚姻は親権者の同意が必要だから。こ、これはね……というわけで、お父さんを見合いさせるためのウソッコがから。キャハハ……」

 そう言うと、先輩は事情が分かったのか、サラリと署名した。

 こういうノリの良いイケメン半なところが、あたしは好き。

「で、承諾書は、どちらかの親権者でいいから、あたしとお祖父ちゃんで書いといた」

「あ、でも、これって公文書偽造になりませんか?」

 こういう土壇場で冷静なところも、あたしは好きだ。

「役所に届ければね。ただ、栞のお父さんに見せるだけだから」

 着々と、61式の見合い作戦は遂行されていった……。

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コッペリア・35『セラさん倒れる』

2021-06-26 06:03:21 | 小説6

・35

『セラさん倒れる』  




 お隣のセラさんは商売柄昼前まで寝ている。

 それに変わりはないんだけど、今朝は学校に行こうとしてドアを開けたとたんに、かすかに病気臭さをセラさんの部屋から感じた。

「セラさん……」

 声をかけようと思って、栞はためらった。どうやらセラさんは風邪で、ひっくりかえっているようだ。

 それだけなら隣人の気楽さでドアをノックした栞だが、一瞬ためらってしまう。

 風邪の原因が精神的なものだと分かったから。

 フウ兄ちゃんもそうだけど、人が心の奥にしまい込んだ問題に触れて解決してやるのはひどく難しい。

 咲月の問題はうまく解決してやれたけど、フウ兄ちゃんの封じ込んだ悲しみは解決の目途もたたない。

 おかげでフウ兄ちゃんには、いまだに栞のことがアナ雪のアナのような人形にしか見えていない。

――そっとしておこう――

 そう決心したとき、ベッドから起きだしたセラさんがつまづいた気配がした。

 ドテ

「セラさん、大丈夫!?」

 気が付いたら、部屋のドアを開けてセラさんの傍にいた。並の鍵なんて栞には無いも同然なことには気づいていない。

「あ、栞ちゃん……ちょっとふらついて足を……」

 足は軽い捻挫だと分かったので、すぐに湿布をしてあげた。セラさんの部屋は女性らしくきれいに片付いていたので、セラさんの記憶を読んで手当してあげるのは簡単だった。

 しかし、風邪は簡単には治せない。

「ごめん、今日は遅刻するってミッチャン(担任)に言っといて」

 そう颯太に頼んだ。

「オレから言うのは不自然だ。大家さんに頼んどく」

 颯太もセラさんが尋常ではないことに気付いて、そう手配した。

「セラさん、夕べお店で……」

「何もないわよ……ちょっと薄着でお酒のみ過ぎて、このザマ」

「ワイン二本に、ロックが三杯……よくないなあ」

「そうよね……でも、それが仕事だから……ありがとう、足の痛みは引いていったわ」

 瞬間、栞の頭に一人の男性の姿が浮かんだ。セラさんの風邪の元は、この男だ。

 栞はメモ帳に男の似顔絵を描いた。

「この男が原因ね……」

「田神俊一……そう、この男よ!」

 栞の不思議な能力には気が及ばず、セラさんは封じ込めていた思いが爆発した。

 不思議なことに、爆発したカケラにはきれいな女の人の姿があった。田神俊一という男にも、セラさんにも似たような激しい想いが、この女性にあることが分かった。

 いつも陽気なセラさんの心にもフウ兄ちゃんに負けない心の穴がある。

 崖っぷちから谷底を覗いたようなおぞましさを感じた……。

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魔法少女マヂカ・219『高坂侯爵の太っ腹』

2021-06-25 09:40:52 | 小説

魔法少女マヂカ・219

『高坂侯爵の太っ腹』語り手:マヂカ     

 

 

 復興大売出しに行っておいで。

 

 夕食の席、食前酒のグラスを置いて、霧子のお父さんが皆を見回した。

「ご存知だったの、お父さん!?」

 霧子が身を乗り出す。

 すかさず、ノンコがグラスを避ける。

 良くも悪くも身のこなしが速い霧子は、興味が湧くと、ズズイっと身を乗り出す癖がある。

 学校の昼食でも、よくやるので、リボンがお茶やらお弁当に触れてしまってシミになる。そのために、霧子はリボンだけは七本も持っている。

 夕食だから、制服は着ていないけど、勢いでグラスやらエッグカップ、時にはお椀をひっくり返したりする。

 そういうアクシデントに、クマさんを始め高坂家の使用人たちは気をもんできたのだが、霧子の後ろに控えていると、間に合わないことが時々起こる。

 度重なると、霧子もイラついてクマさんにきつい目をしたり、クマさんも肩を落としたり。

 そこで、震災救護のボランティアで気の回るようになったノンコが、食器たちの緊急避難係りになったわけ(^_^;)。

「ああ、銀座の経営者たちは頑張ってるからな」

 

 銀座は、近代日本の、いわばショーウィンドウとして、明治の初めから整備された。

 表の目抜き通りの店舗はレンガ造りか鉄筋コンクリート。通りの真ん中には市電が走り、バスが往来し、車道と歩道の区別もなされて、まさに、日本発展の象徴であった。

 その銀座も、震災では大きな被害を受けた。

 地震の揺れによる被害はそれほどでもなかったが、火事による被害は他と変わりない。

 なまじの耐火構造のため、内部が焼けて表のレンガ造りや鉄筋コンクリートが骸骨のように残ってしまった。

「それが、十一月には復興大売出しをやると言うんだよ」

「え、もう大売出し!?」

「ああ、そうだ。華族の家も、自分の足で出向いていいと思う」

 

 この時代、華族や財閥の者は、百貨店や店の方から営業の者をこさせて、屋敷の中で品物やカタログを見て買い物をするのが一般的だった。

 当主や、その家族の者が足を運んで買い物をするのは、ちょっと下品なことと思われていた時代なのだ。

 

「賑わいを取り戻すのが大事だと思う。銀座が賑わえば、その波が東京中、しいては関東一円に広がって、より早く復興が進むことになる」

 高坂侯爵とは、ほとんど口をきいたことがないが、なかなか勘所を掴んでいると見直す。

 人によっては『ブルジョアの自己満足』と嘲笑するかもしれないが、復興は『気』だ。いわば雰囲気。悪くない考えだ。

 銀座で売られるものは、商品にしろ包装紙にしろ店員のお仕着せにしろ、使用する電力にしろ、食材にしろ、銀座の外から供給される。銀座の消費が地方や、他の産業を刺激して、結局は日本の復興と発展の力になる。

 ただ、問題がある。

 お金がない。

 華族とは体裁の良いものだけど、案外お金がない。

 総勢五十人を超える使用人、二千坪はあろうかという敷地と屋敷の保守管理、日ごろの生活。

 かかる費用は、国からの手当だけでは賄いきれない。先代から二つほど会社を経営しているらしいけど、どれだけ高坂家の経済を潤しているかは、まだわたしの知るところではない。

「さいわい、屋敷の被害はそれほどでもないし、会社も地方にあるので、物的被害はゼロだ。いささかの貯えもあることだし、それを、今回は有効に使って、帝都復興の一助になればと思う。ついては、家族、使用人全てに一時金を支給して、交代で外出し、買い物や食事、あるは観劇で使ってきてほしい」

 クマさんが、前に座っていてさえはっきりわかるくらい喜んでいるのが分かる。

 むろん、霧子は目を輝かせている。

「いちおう銀座を勧めるが、上野や浅草、他の所でも構わない。使用人に関しては貯蓄や仕送りに使ってもらっても構わないが、半分、いや四半分は使っておくれ。みんなで帝都にお金を回そうというのが、わたしの願いだからね」

「はい、承知しました!」

「わ、わたしもどす」

 霧子とノンコの息が合い、この夜は、屋敷のあちこちで高坂家の人たちの笑い声が聞こえた。

 

 ただ、請願巡査の箕作君だけは、国の給与基準に基づかない支給金は受け取れないと固辞した。

 箕作君、まじめ~(^_^;)

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査

 

 

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ライトノベルベスト『61式・3』

2021-06-25 06:33:03 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『61式・3』   

 




「何遍言ってもダメなのよ」

 場所をお店の中に移して本格的な会議になった。

 バイトのチイちゃんが手回し良く「準備中」の札をかけてくれた。

「う~ん、わしは平和君に、イッチョマエの男の幸せを掴んでもらいたいだけなんだがな」
「今の50代の男はまだまだ現役。相手の幸子さんも74式で、かろうじて現役。なんとか共同戦線が張れるといいんだけどね」

「被防衛対象である栞も納得済みの話なのにな」

 お祖父ちゃんは、点けかけたタバコを箱に戻しながら言った。

 お祖父ちゃんは70歳にして、ようやく禁煙に成功しかけている。いっそタバコなんか持たなきゃいいんだけど。敵から逃げ回るようでイヤだと、妙な理屈をこねまわしてタバコを持ったまま禁煙している。お父さんと同種の変わり者。

「実戦経験無しに退役するのは戦車なら幸せだけど、イッチョマエの男には酷な話よね」

 話が見えにくい人のために解説。

 61式(1961年生まれ)のお父さんは、三歳のあたしを連れたお母さんと結婚してくれた。でも、お母さんは中期のガンを患っていて、半年余りで亡くなってしまった。その後は男手一つで、あたしを育ててくれた。その間、女気はまるでなし。つまり、男としての実戦経験は無い。

 そこで、高校二年になったあたしも納得の上でのお父さん再婚計画を練っているわけ。

 あたしとしても、お父さんには男として現役のうちに再婚してもらい、できることなら、血のつながりは無いけど弟か妹ができれば言うことなし。ま、歳なんで養育の問題があるけど、それは、お祖父ちゃんの誕生日にドーンと戦車のレプリカ買っちゃうぐらいお金持ちの啓子伯母ちゃんがいるから問題なし。

 要は本人の気持ち次第ってわけ。

 見合い相手の幸子さんという人は、伯母さんの亭主の同業で、戦場カメラマン。74式なんで、今年40歳。多少リスクはあるけど、女としては現役。二十年、主に戦場カメラマンとして働いてきて、人の不幸ばかり写して、自分が見えていなかった。そこを伯母ちゃんの亭主に指摘され、お父さんの人柄と写真による選考を経て、残すは面接……世間でいう「お見合い」というやつだけ。

 で、女子高生と大人ふたりが雁首揃えて頭を悩ましている。

「で、平和君が、この作戦を拒否しとる主原因はなんだ?」

「う~ん。娘のあたしが見てもはっきりしないんだけど。照れくさい……」

「照れてカワイラシイ歳じゃないでしょ」

「それと、お母さんへの義理立て」

「それも栞をここまでにしたんだから、義理は果たしたでしょう?」

「うん……」

「まだ何かあるな、うだうだ言い訳にしとることが」

「あたしが、結婚するまでは考えられないって……」

「そりゃ、まだ時間がかかるわね」

 チイちゃんまで加わり始めた。

「外堀から埋めるか……」

 そう言って、お祖父ちゃんは、あたしの顔を見た。

「え……なに?」

「栞、おまえ好きな男はおらんのか?」

 やぶ蛇だ(#'∀'#)。

 

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コッペリア・34『マドンナが来たわよ』

2021-06-25 06:20:51 | 小説6

・34

『マドンナが来たわよ』    




――うちにマドンナが来たわよ――

 そのメールが、伸子夫人から来たのは、颯太が栞の力をクロッキーやデッサンに例えてコントロールの必要があると言った帰り道だった。

「どうしてマドンナが伸子さんのところに?」

 待ち合わせのSコーヒーショップに着くと、挨拶もろくにしないで訊ねた。ちょっと不躾だが、50歳差の友情は、ここまで距離が近くなっている。

「栞ちゃんが、自分の気持ちをよく分かっていないからですよ」

「え……?」

 栞は、瞬きするのも忘れて固まってしまった。

「栞ちゃんは二人の颯太さんの想いが籠って人間らしくなった。二人の想いってとこがややこしいのよね」

「はあ……」

「一人の颯太さんは亡くなってるし。もう一人の颯太さんは、別の女の人への気持ちが断ち切れないまま、成り行きで栞ちゃんを人間のようにしちゃった」

「はい、フウ兄ちゃんには、あたしは、まだ人形のようにしか見えないみたいで……」

「そうね、だからマドンナは気持ちの有り場所が無くって、わたしのところにきた」

「それが分かりにくいんですけど」

「ちょっと、お散歩しながら話しましょう」

 二人は赤坂の街を歩いて紀伊の国坂にやってきた。

 春の紀伊の国坂は爽やかな風と日差しが綾織のようになって和ませてくれる。

「ここって、ラフカディオハーンの『紀伊の国坂』ですよね」

「そう、ノッペラボーが出てきて、男の人をたぶらかすの。あれはムジナってことになってるけど、人との縁を結びきれなかった精霊。江戸っ子の精霊は気が短いから、あんな形で現れるの。マドンナがあたしのところに来たのは、あなたの前に現れたらノッペラボーだから。それに明治時代の松山の人だから奥ゆかしいし」

「もう一つよくわからないんですけど……」

「これ、わたしのお母さん」

 伸子さんが見せたのは、セピア色になった日本人形の姿だった……。

「これ……」

「そう、わたしの母は、昭和の初めに作られた生き人形……日本版の蝋人形みたいなものね。戦時中も奇跡的に残ってね。進駐軍でやってきた父が一目ぼれ」

 

「え…………ええ!?」

 

「わたしも同類(^_^;)」

 息をするのも忘れてしまった。

 紀国坂を行く車も堀端にさんざめいていたスズメも、日差しや風さえも停まってしまった。

 世界が瞬きするのを忘れて固まってしまった。

 固まってしまって、静止した紀国坂の上で、栞と夫人だけが息づいている。

「それって……」

「そう、栞ちゃんに似た話ね。ただ、父の想いはピュアでストレートだったから、神さまも願いを叶えやすかったのね。それに母は人前で首を抜いて驚かすようなことはしなかったしね(16話)」

 夕陽が、栞の真っ赤な顔をごまかしてくれた。

「えへ」

 夫人が少女のように笑うと、紀国坂はバグが収まったように動き出した。

 

 今年の春は、まだまだこれから……いや、夏になってしまいそうな予感がした。

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銀河太平記・052『マス漢大使館前・1』

2021-06-24 13:25:27 | 小説4

・052

『マス漢大使館前・1』扶桑道隆   

 

 

 上様、速報です!

 

 兵二が小姓用ハンベを示すのと、情報局のエマージェンシーアラームが鳴るのが同時だった。

 火星カボチャを剪定する手を停めると、目の前にインタフェイスが現れてネット速報と情報局の緊急報告の両方が現れた。

―― マス漢大使館で爆発事件! 初代マス漢大統領像の首が吹き飛ぶ! 天狗党の報復か!? ―― ネット速報

―― マス漢大使館にて爆発事案発生 玄関付近に若干の被害 調査中 ―― 情報局

 ネット速報は、焼け焦げた大使館の壁を背景に、首が吹っ飛んだ大統領像が3D映像で出ているが、情報局のそれは、報告分だけで、むろん映像は添付されていない。

 将軍への報告は正確でなければならないのは分かるが、そっけなさすぎる。

「見舞いに行く、馬を出せ。北町奉行にも通報」

「承知!」

 兵二が駆けだそうとすると、温室の外に気配。

「上様、同行します」

 近習頭の胡蝶が自分の馬に乗りながらわたしの盛(さかり)を曳いている。

「参る!」

 将軍の乗り物はパルス車かパルスバイクに決まっているが、現場が城にほど近いマン漢大使館。

 駐車場に回ることを考えれば、この方が早い。

 

 現場に着くと人だかりを北町奉行所の警官たちが規制の真っ最中だ。

 兵二の連絡が届いていたのだろう、北町奉行の遠山が目ざとく敬礼をしている。

「現時点で分かっていることを教えてくれ」

「は、現時点では、被害……」

 要領よく一分足らずで報告してくれる。

 内容は、情報局の報告がネット速報のレベルになった程度のものだが、現場で将軍が報告を受けている姿を晒すことが重要なのだ。

「あ、上様だ」「こんなに早く」「馬で来られたんだ」とささやく声がチラホラ聞こえる。

 遠山奉行に大使館関係者や通行人など、周辺に被害が及んでいないことを重ねて確認。

「上様、爆発前後の映像を入手しました」

 胡蝶がハンベを見せる。

 あえて3Dホログラムにせずに、無音の2D画像にしてある。

 十秒余りの映像。

 ノイズが走った直後にバリアーが起動して、爆発の衝撃が、あらかた上空に逃げているのが分かる。

 バリアーが無ければ、もっと被害が出ていただろう。

「中を見よう」

「上様」

「なに、見舞いに行くだけだ」

 大使館の事故とはいえ、将軍が自ら出張ることは異例だ。

 試してみる価値はある。

 門まで行って、呼び鈴を押す。

『はい、マス漢国大使館受付ですが、ただいま閉鎖中でご対応できません』

「征夷大将軍の扶桑です。大使閣下にお見舞い申し上げたいのですが」

『せ、せ、征夷大将軍!?』

 大使館のあちこちの監視カメラが指向する気配がする。

 馬に乗ってきたので、パルス波の監視機能にはひっかからないんだろう。あるいは、混乱のあまり正常な判断ができないのかもしれない。

『申し訳ありません、大使館は大変混乱しておりますので、入館していただくことができません。大使はじめ、大使館員は無事でございます。後刻改めてご挨拶いたします。ご厚情ありがとうございます』

「承知しました、お困りのことがありましたら、なんなりとお申し付けください。それでは大使閣下によろしくお伝えください」

『ありがとうございました』

 

 まあいい、これでいろいろ伝わるだろう。

 こういうことは、とりあえずの行動をとることが重要なのだからな。

 踵を返して盛の方に向かうと、胡蝶の視線が動く。

 ん?

 振り返ると、大使館の屋根の上に大きなホログラム映像が浮かびだしていた。

「上様、あれは!?」

「あれは……」

 それは、先日、研修を兼ねて修学旅行の話を聞こうと、城中に呼んだ緒方未来……の偽者だ。

 呼んだ当初から偽者と分かっていたが、思うところがあって騙されたままでいたが、本物の緒方未来が帰って来ると分かって、姿をくらました。

「ヌケヌケと……」

「言うな、騙されてやれと言ったのはわたしだ」

「はい、それは……」

 天狗党の変装テクニックは非常に高度で、生体情報があれば、細胞レベルで擬態する。

 変装前に本人に接触していれば、本人の基本的な個性や記憶までコピーできる。

 見破れたのは、空賊のマーク船長からの秘密電だ。

 地球の周回軌道で未来たちを回収して火星に帰還中だと言う。

 マーク船長の秘密電が正しいと判断したのには理由があるが、それは、今は触れない。

 胡蝶は反対したが、わたしは偽者であることを承知で騙されてやろうと思った。

 害意を感じることがなかったし、どうも、わたしに関心を持っているような気がしたから。

 いや、私自身、将軍の身でありながら、ハラハラドキドキするのが好きだったせいかもしれない。

 

 ホログラムが右手でなにか掴んで回すような仕草をする。

 

 どこかで見た事がある仕草……ああ、大学の古典文化の講座で見た、パチンコを打つ仕草に似ている。

『どうかしら、これで後ろの人にも見えるわよね?』

 パチンコを打つ仕草を三回ほどすると、ホログラムの身長は四メートルほどになって、朝礼でマイクの感度を確認する放送部員のようなことを言った……。

 

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

 

 

 

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ライトノベルベスト『61式・2』

2021-06-24 06:30:22 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『61式・2』    


 親の姉を伯母さん、妹を叔母さんという。

 わたしには両方がいる。今は伯母さんの方のお店に向かっている。

 啓子伯母さん。

 喫茶ヒトマルを経営して45歳にして悠々自適。

 なんたってお金を持っている。ハンパじゃない。3億円もあった。

 この伯母は39歳で宝くじを当てて、それまでのおツボネOLを辞めて店を開いた。

 3億のわりにはこぢんまりした、でも、敷地だけは90坪と広い。

 ワケはあとで言います。

 角を曲がると、三年前にできたばかりの街の警察署がある。その横がヒトマル。あの……ヒノマルじゃなくて、ヒトマルですから。

 なんでヒトマルかと言うと、2010年に開業したので、下二桁をとってヒトマル。

 なんだか、名前の付け方が自衛隊っぽい。それもそのはず、伯母さんのお父さん。つまりわたしのお祖父ちゃんは元自衛隊員。生まれた子ども三人がみんな女の子だったので、ガックリ……と思っていたら英子叔母ちゃんが「自衛隊に入る!」と言ったので大喜び……したと思ったら音楽隊。

「まあ、あそこなら定年は将官並の60歳。まあ良しとするか」

 素直なようなひねくれているようなお祖父ちゃんではある。

 カランカラン(^^♪

「こんちは!」

 ドアのカウベルと同時に挨拶したら店内は誰もいない……と、思ったらカウンターからバイトのチイちゃんが顔を出した。

「いらっ……あ、ママさんだったら、お祖父ちゃんとお庭ですよ」

「どうも、ありがとう」

 お礼を言って庭に回る。

 庭といっても駐車場を兼ねた空き地。周囲に申し訳程度に草花が植えてあるだけ。60坪はあるから、悠々四台は車を停められるんだけど、伯母さんのボックスカーを除けば軽自動車が、なんとか三台。

 なぜかというと庭の真ん中に61式戦車があるから。

 正確に言うと戦車の実物大のレプリカ。

 映画会社が作ったのを、撮影後売りに出され、啓子叔母ちゃんは、お祖父ちゃんの誕生日に買っちゃった。

「細部が違う」

 お祖父ちゃんは、そう言って、ヒマさえあればネットオークションで買った部品に付け替え、今では本職が見てもパッと目には区別がつかない。

「おう、栞。どうだ、ペリスコープを本物にしたぞ!」

 ドライバーズハッチを開けて、お祖父ちゃんが顔を出した。

「なるほど……本物(だから、どうだってのよ)」

 ペリスコープは、ドライバーが外を見るための潜望鏡みたいなもの。レプリカは、ただのガラス張りで、外からドライバーの顔が見えてしまう。でも、そんなの、ほとんど分からない。

「掘り出し物だったのよ。こいつのモデルになったM47のペリスコープがアメリカのコレクターが売りに出しててさ、15万で落札した!」

 伯母ちゃんが、砲塔のハッチから出てきて、お祖父ちゃん並の笑顔で言った。

「今日は、うちの61式の話なのよ」

 ようやく話が本題に入りかけた。

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コッペリア・33『文芸部事始め……なんだけど』

2021-06-24 06:17:03 | 小説6

・33

『文芸部事始め……なんだけど』  

 



 栞は福原先生と約束……させられた通り文芸部の部活を一人で始めた。


 文芸部の特権は、図書室の閉架図書も自由に閲覧できることだ。

 初版本や、学術図書、高価な全集などが並んでいる。

 とりあえず手ごろな夏目漱石全集を取り出し、閲覧室の机にドッカと積んで読みだした。

 以前、颯太が教科書を与えて数十分で一二年の教科書を読破したことがあった。

 そんなに早く読んでは、みんなから怪しまられる。そこで栞は、少し熟読してみることにした。

 まず、漱石入門と言っていい『坊ちゃん』からである。

 

 三ページも読むと、明治時代の松山の世界に飛び込んでしまった。

 まるで3Dの映画を観るように、生き生きと町や学校の情景が浮かんでくる。

 文芸部の見本のような生徒になった……成りすぎた。

 読んだイメージが実体化してしまうのである。

 赤シャツの教頭や、野太鼓、山嵐、うらなり、などが職員室を出入りし。赤シャツは、教頭先生に「そこは僕の席だから空けなさい」と言い、野太鼓は居並ぶ先生にお愛想を振り、山嵐は廊下やグラウンドで態度の悪い生徒を見つけては叱っている。

 十数分後には、松山の旧制中学の生徒で学校が溢れかえり、あちこちで騒ぎが起こった。

「ここの女生徒は、スカートが短いぞななもし!」

 と言って女生徒を追い掛け回し、女生徒が図書館に逃げ込んできたことで、栞はやっと気づいて本を閉じた。

 坊ちゃんの登場人物たちは、一瞬で姿を消した。

「どうして、こうなっちゃうかなあ!」

 栞は、我ながら嫌気がさして、美術室の颯太のところに駆け込んだ。

「栞自身、人形が人間になっちまったもんだから、そのくらいのことはおこるかもな……」

「なんとかしてよ。これじゃ、一冊も読めないよ!」

「そうだな……」

 颯太は、三つの絵を並べた。

「いいか、これがクロッキー。デッサンのもっと簡単な奴、二三分で描き上げる。その隣がデッサン。基本的には鉛筆だけで色彩はない……で、これが本格的な油絵だ」

 かつて生徒が描いたサンプルのようだが、サンプルに残してあっただけあって、どれも高校生とは思えないような出来である。

「どういう意味?」

「クロッキーとデッサンと油絵じゃ、対象に対して入り方が違う。栞は物事に対して、このコントロールが効かないんだ。何事も深く入り込んでしまう。この三つの絵のようにコントロールが効くようになればいいさ」

「気楽に言ってくれるわね。こんな風にあたしを作ったのはフウ兄ちゃんなんだからね」

「それは、何かがオレの腕を使って造らせたんだ」

 颯太の言い方は、どこか意識的に無責任だった。

 そして、ようやく騒動も収まった放課後に思い出した。

「なんで、坊ちゃんとマドンナは現れなかったんだろう……?」

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やくもあやかし物語・85『俊徳丸から電話』

2021-06-23 09:20:33 | ライトノベルセレクト

やく物語・85

『俊徳丸から電話』    

 

 

 おばあちゃん、虫刺されの薬ないかなあ?

 

「あら、虫に刺されたの?」

「ううん、これから刺されるかもだから」

「フフ」

 ちょっと笑うと、薬箱から虫よけスプレーとかゆみ止めの薬をくれた。

「あまり、無茶しないでね」

「うん」

 ここに越してきてから、いろんな事があったんだけど、お爺ちゃんも、お婆ちゃんも、お母さんにも気づかれていない。

 それよりも、引っ込み思案だったわたしが、キチンと学校へ行けてるのが嬉しいんだ。

 わたしの周囲には、あやかしとかが一杯いて、けっこう危ないこともあったりすることには気づいていない。

 

 電話がかかってきたのは、お地蔵さんのところから帰ってきて三日目だった。

 

 ネットで、1/12サイズのフィギュア用のあれこれを見ていた。

 むろん、机の上には黒猫姿のチカコ。

 チカコは1/12サイズで、いつもは絨毯に見立てたマウスパッドの上に付属の椅子に座ったりしている。

 ネットというのは恐ろしいもので、どこで知ったか『1/12フィギュアのグッズをお探しですか?』なんてメールが入ったり、サイトの広告なんかに出てくる。

 見ていると、色々あるのでビックリ。

 生徒会室にあるようなゼミテーブル、パイプ椅子、教室の机、朝礼台……おトイレなんてのもある。

「お風呂のセットがあるよ、お湯を入れたら本当に使えそうだね」

 ユニットバス 洋式のバスタブ 檜ぶろ

「こんなむき出しのお風呂じゃ入れないわ」

 たしかに、映画のセットみたいで、壁は奥と左横にしかなくって、丸見え。

「自転車とかどう?」

「どれどれ……」

「ダイキャスト製で、ほんとにペダルでタイヤが回る!」

「うち広いから、廊下とか走ったら面白いかもね(^▽^)」

 本当に買う気持ちはないんだけど、ウィンドウショッピングみたいで面白い。

 サイドカー付きのバイクで盛り上がっている時に電話が鳴った。

 

『俊徳丸さんからお電話です』

 

 交換手さんが取り次いでくれて、俊徳丸が出てくる。

 チカコがひょいひょいと肩に乗って、いっしょに聞く。

 ちょっと緊張。

『もしもし、初めてお電話します。高安の俊徳丸です』

 アニメのハンサム声優みたいな声。

「は、初めまして! 小泉やくもです!」

 声が弾んでしまう。

『とりあえず、ご挨拶と思って。よかったら、ちょっとだけ、こっちにきませんか?』

「え、今からですか?」

『お地蔵イコカなら、あっという間です』

――いこいこ!――

 チカコが口の形だけで言う。

「分かりました、スグに行きます!」

 チカコを肩に載せたまま部屋のドアの前に立つ。

「靴、忘れないでね」

「うん」

 ドアの脇に用意してあったスニーカーを持つ。向こうに着いたら、いつでも履ける態勢!

 

「いくよ!」

「うん!」

 

 ノブを掴んでドアを開ける。

 自動改札機がある。

 自動改札の向こうは、ぼんやりと霧がかかったようになっていて見通せない。

 ゴクリ

 お地蔵イコカをかざすと、小さな音がしてバーが開く。

 どこにでもある自動改札なので、本能的に前に進む。

「「うわ……」」

 あっという間に霧っぽいものが晴れて、VRゴーグルをつけたみたいに世界が広がる。

 

 ちょびっと田舎の街角みたい。

 

 三メートルほどの道路がカギ型になってるみたいで、カギ型の角にお地蔵さんの祠。

『シラミ地蔵』

 立て札が目に入って、虫よけの入ったポシェットを思わず探る。

 すると、祠の向こうから、人影が現れて口をきいた。

 

 ようこそ、俊徳道へ(o^―^o)!

 

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ)

 

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ライトノベルベスト『61式・1』

2021-06-23 06:34:31 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『61式・1』  

  

   


 61式中戦車というのがあった。

 国産初の戦車で、1961年に制式採用されたので下二桁をとって61式(ろくいちしき)戦車という。装備や装甲などの諸元から中戦車にカテゴライズされ、39年間現役であり続けたが、2000年に全車退役になった。重量35トンと軽いが、61式52口径90ミリライフル砲を搭載。戦後の第一世代戦車としては、最優秀の部類に入る。

 で、世界中の戦車で、一度も実戦に使われることなく退役になった戦車は、世界中で、この戦車だけだ。

 女子高生のあたしが、なんでこんなガルパンオタクみたいに詳しいかと言うと、お父さんが陸上自衛隊の下士官だからだ。

 むろん機甲科で戦車に乗っている。

 で、あたしは、お父さんのことを「61式」と呼んでいる。理由は簡単。1961年生まれの中年オヤジだから。本人も長年乗り慣れた61式にちなんだあだ名なんで喜んでいる。

 ちなみに名前は西住平和(にしずみひらかず)年齢53歳体重61キロと覚えやすい。

「今夜は泊まりだから、戸締まり火の元に気を付けてな」

「これで三回目だよ。それに、いつものことだし」

「いつものことだからこそ、確認が必要なんだ。電車だって、運転手さんは、指さし確認、発声確認だろうが」

「いつもは二回。三回いうのは初めてだよ」

「そうか、二度目のつもりだったけどな」

「もう、まだ現役なんだから、ボケないでよね」

「了解。じゃ、そろそろいくか……」

「あ、肝心なこと忘れてる」

「え、なんだ?」

 上着を着ながらすっとぼける。

「啓子伯母さんが持ってきてくれたお見合いよ。61式と見合いしてやろうって74式はそんなにいないよ。これ逃したら、将来は絶対独居老人だからね」

「大いにけっこう。栞(しおり)に61式の面倒みさせようとは思ってないからな」

「来年は定年なんだからさ。ちょっとは真剣に考えなよ」

「考えてるよ。再就職先も二三あたってるしな」

「諸元の入力ミス。あたしが言ってるのは、仕事じゃなくて、お父さんの一生の問題なんだからね!」

「オレは、栞が何年か先に、無事にいい男の嫁さんになるのを見届けられれば、それでいいんだ」

「また決まり文句」

「専守防衛。自分のことは自分でなんとかするさ。掃除、洗濯、料理、生きていく上のことは、たいていできる。問題なし」

「愛情って諸元が抜けてる!」

 この真剣な訴えかけに、61式は、あろうことかオナラで答えた。

「ハハ、ほんとに抜けちまった。ガスも抜けたし、じゃ」

「あたしがお嫁さんになってあげるわけにはいかないんだからね、たとえ血が繋がってなくても!」

 お父さんが、靴を履きかけたままフリーズした。

「栞。オレは栞のこと本当の娘だと思って育ててきた。二度とそんな言い方するな」

 そういうと61式は、ドアを開けて、歩調を取るように出て行った。

 61式……お父さんは、あたしが三つの時に子連れのお母さんと結婚した。

 実のお父さんも自衛隊員だったけど、あたしが一歳のときに災害派遣で亡くなってしまった。

 同期だったお父さんは、突然夫を亡くしたお母さんの面倒をみてくれた。そして、その二年後に結婚した。お母さんが中期の癌だということを知りながら。

「人間というものの大事な諸元は、健康と愛情だ」

 自分で、そう言っていた。

 17歳のあたしには分かる。お父さんとお母さんに夫婦の営みが無かったこと。

「そういうことは、元気になってから」

 とかなんとか言ったんだろう。

 実戦に一度も出ることもなく退役、スクラップになった61式戦車は幸せだと思う。

 でも、あたしを育てることだけで退役する61式オヤジは……勝手にしろ!

 あたしは、満開の桜並木を抜けて、啓子伯母さんの、お店に向かった。

 

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コッペリア・32『十日遅れの離任式』

2021-06-23 06:09:56 | 小説6

・32

『十日遅れの離任式』  

 

 


 発育測定も内科検診も問題なかった。

 何もかもが普通の人間の状態を示していた。

 この世で栞が人間ではなく人形であることを知っているのは、名目上の保護者になっている大家のジイチャンと不動産屋のジイチャン。それに命を吹き込んでくれた颯太の三人だけ。

 そして、もしかしたらと思って家に帰って颯太に言ってみた。

「ねえ、あたしのスケッチしてくれる?」

 颯太は気安く二三分で仕上げた。

「ああ、やっぱしフー君には、こんな風に見えてるんだ……」

 描きあがったスケッチは、贔屓目に見てもアナ雪のアナがハンス王子に会った時の、生き生きしてはいるが、いかにも人形くさい姿だった。

「まあ、いいじゃん。人形みたいだけど、アナみたいに生き生きしてるところがオレは好きだよ」

 とりあえず、その言葉で満足しておくことにした。

――もし、あたしが人間みたいに見えたら、フー君は、どんな反応するんだろう?――

 一瞬頭によぎって、心臓(今度の検診で存在が分かった)がドッキンとした。

 あくる日の学校は、なぜか45分の短縮授業だった。一時間目の先生に聞いてみた。

「ああ、都合でノビノビになってた離任式を放課後やるらしいよ」

 そう言えば、始業式に付き物の離任式がなかった。

 こういうイレギュラーなことについては、生徒の耳は地獄耳だ。

「ハハ、なんだか教頭先生が転勤や退職した先生に連絡し忘れていたみたいだよ」

 昼休みに咲月が面白そうに伝えてくれた。咲月もAKPのことが上手くいったので、急速に学校に馴染み始めている。目出度いことだ。

 離任式は、先生によってまちまちだ。

 欠席した先生もいたし、気のない挨拶で済ます先生もいた。

 その中で福原という退職した先生は感動的だった。
「みなさん、こんにちは……」

 そこまで言って、福原先生は声がつまってしまった。生徒たちもシーンとした。

「38年間の教師生活を、ここで終えました。ちょっとした行き違いで、今日の離任式になりましたが、複雑な気持ちです……平気な顔でみなさんの前に出られる自信が無かったので、このままでいいと思う気持ちと、会ってけじめをつけたいという気持ちと両方です。わたしは、嘱託でいいから、もう5年学校に居ようと思いました。でも、あたしには介護しなければならない母が居ます。このまま続けては、どちらも中途半端になると思い、きっぱり退職の道をえらびました……」

 福原先生は、あてがわれた5分をきっちり中身の濃い話をして、転退職の先生の話の中で一番感動的だった。

「いやあ、水分さん、元気に来てるじゃない!」

 離任式が終わると、福原先生は生徒たちにもみくちゃにされた。

 先生は目の合った生徒一人一人に声を掛けている。

 なんと二三年生全員の顔と名前を憶えているのだ。

「あなたの留年を決める時は断腸の思いだった。でも、よく元気になってくれたわね」

「鈴木さんのお蔭なんです!」

 咲月は、栞を前に引き出して説明した。

「そう、念願のAKPに入ったの。学校と両立出来ているようね、安心したわ……鈴木さんは転校生ね」

 さすがである。自分の記憶にない生徒は転校生に違いないと確信を持って言える。なかなかできないことである。

「鈴木さん、なにかクラブには入った?」

「いいえ、なかなか縁が無くって」

「それなら、ぜひ文芸部に入って!」

 アもウンもなかった。福原先生の元気と好意の混じった目で見られれば嫌とは言えない。

 文芸部は、栞の担任のミッチャンがやっている。部員がいないので気楽に引き受けた顧問だが、福原先生のお声がかりで部員が出来ては放っておくわけにもいかない。

「よかったわね」

 そう言いながら、ミッチャンの顔は困惑していた。

「それから、出来る範囲でいいから、お掃除してね。神楽坂は良い学校だけど、ホコリが多いのが玉に瑕ね」

 福原先生は、さりげなく学校荒廃の兆しを指摘していった。

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鳴かぬなら 信長転生記 10『天下布部のお茶会』   

2021-06-22 14:50:44 | ノベル2

ら 信長転生記

10『天下布部のお茶会』   

 

 

 一つぐらいは同じ部活をやろうということで、天下布部の三人で茶道部に向かった。

 

「茶道部に行くのは初めてなのか?」

「ああ、前世ではさんざんやったからな」

「飲むものと言えばお酒よ。信玄の言う通り茶道は人付き合いの手段に過ぎないからね」

 二人とも茶道が確立する前に死んでいる、そろって酒豪でもあるから、興味が薄いんだろう。

 

 茶道部は校舎裏の竹林の中にある。

 

「寺の山門に似ているわね」

 山門は二層のこけら葺きで、軽やかな印象なのは女子高のせいか。

「恵林寺の山門に似ている」

 信玄が呟いて思い出した。

 俺の意に逆らって六角義弼をかくまったので、寺の坊主ごと焼き払ってやった。

 心頭滅却すれば火もまた涼し……強がりを言って焼け死んだのは何という坊主だったか。

 打ち水をした飛び石の向こうに茅葺の茶室。

 茶道部に足を向けることを決めたのは、ついさっきなのだが、準備が整った様子。

 信玄か謙信のどちらかが見越して連絡を入れていたのかもしれない。

 まあ、この二人なら、それくらいのことはするだろう。

 

「あら、珍しい人が来たわね」

 

 茶室の裏から回ってきたのは、ショートカットが似合う三年生だ。

「ああ、一つぐらいは同じ趣味を持とうということになってな。こちら、転校生の織田信長だ。信長、この三年生が千利休だ」

「千利休……」

「はい、待機時間が短かったので」

「待機時間?」

「ええ、一瞬に思えるけど、死んでからこちらに来るのは時間があって、人によって違うみたいよ。それで、織田君よりも先に、こっちにきたみたい」

「であるか……信長だ、よろしく」

「ん、茶室は閉まっているの?」

 謙信が変なことを言う。

「分かった?」

「炉に火が入っていれば、窓から微かにでも陰ろひが窺えるんだけど、それがないわ」

「今日は、お紅茶の日なの。それでよかったら、東屋の方にいらして」

 紅茶……ああ、伴天連の茶か。

 茶室のある竹藪を抜けると、芝生の庭になっていて、アイボリーと淡いピンクの東屋が見えてきた。

「お客様の分もご用意お願い」

 利休が声を掛けると、お下げの一年生が顔を出した。

「いらっしゃいませ、ちょうどお湯が沸いたところなので、すぐにご用意します」

「一年生の弟子です。自己紹介なさい」

「初めてお目にかかります、一年生の……古田(こだ)です」

「ふふ、じゃ、今日はあなたが亭主ね。こ・だ・さん」

「はい、どうぞ、こちらへ」

 東屋のテーブルに着くと、すでに伴天連の茶器が用意してある。

「お知らせ頂いていたら、マイセンとかご用意したんだけど、今日は茶道部の普段使い。ごめんなさいね」

「そのぶん、お茶の葉は届いたばかりのハイグローブです」

「ああ、プリンスオブウェールズブランドのお茶ですね」

 謙信は紅茶についても見識が深いようだ。信玄は、ただニコニコと座っている。

「新しいお茶を開ける時は、ワクワクしますね。それじゃ、開けてもらえます!」

 利休が子どもっぽく時めいている。

 知っている利休はこうではない。伴天連のお茶を開けてみると言うワクワク感を演出しているのだろうか。

「それでは……」

 パシュ

 小気味よく、一閃で封を解く。

 この鮮やかさ……ただの一年生ではないな。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で打ち取られて転生してきた
  •  熱田大神        信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生

 

 

 

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誤訳怪訳日本の神話・46『タケミカヅチ』

2021-06-22 09:08:04 | 評論

訳日本の神話・46
『タケミカヅチ』  

 

 

 イザナギ・イザナミのミトノマグワイ(男女でいたすこと)の最後に生まれたのが火の神(ホノヤギハヤヲ)であることは、5『イザナギ・イザナミの神生み』で触れました。

 イザナミを焼き殺したホノヤギハヤヲはイザナギによって切られてしまいますが、この時に使われた剣がイツノヲハバリで、このイツノヲハバリに着いた血から生まれたのがタケミカヅチです。

 アマテラスにすると、母の仇の火の神をやっつけた特別な剣で、その剣が神として神格化したものですね。

 

 アマテラスに命じらて出撃したのは息子に当るタケミカヅチです。

 

 タケミカヅチはアメノトリフネに乗って出雲の國の伊耶佐小濱(いぎさのおはま)に降り立ちます。

 この時の現れ方が、赤塚不二夫の漫画風なのです。

 最初に、このくだりを読んだ時は『天才バカボン』の一コマかと思いました。

 

 岩の上に突き刺さったトツカノツルギの上で胡座をかいています。

 ときどき、上下が逆さまになったりして、驚くオオクニヌシに凄いことを言います。

「オオクニヌシ、ここは豊蘆原の中国(トヨアシハラノナカツクニ)は天照大神のお子であるアメノオシホミミ(アマテラスの玉から生まれた)が治めることになった」

「え、初めて聞いたぞ」

「初めて言ったのだ」

「なんだ、それは!?」

「これまで、アマテラスさまは、三人の神を遣わされたが、ことごとく役に立たなかった」

「ワハハ、頼りない奴ばかりだったからだ」

「ちがうぞ、オオクニヌシ。アマテラスさまは、なるべく穏便に国譲りを果たそうとなさって、穏やかな神たちを遣わされたが、仏の顔も三度まで……神さまだけどな。もう、四の五の言わせねえぞ。俺は、イザナミノミコトを焼き殺した火の神をギッタギタにやっつけたイツノヲハバリの息子だ。でもって、親父よりも強いからな、逆らったらぶっ殺す!」

 バカボンパパのようなシュールな現れ方だけでも不気味なのに、その出自を聞いて、オオクニヌシはビビってしまいます。

「えと……わたしはね、根の国粗忽国の……」

「粗忽な国なのか?」

「いや、底つ国だ。いちいち変換ミスを言わんでもいい(^_^;)、で、粗忽国……うつってしまった」

「底つ国がどーした?」

「底つ国のスサノオノミコトから頂いた土地だ、簡単には渡せるか」

「アホか。スサノオなんて、とっくの昔にアマテラスさまに負けとるぞ。んなのは無効に決まっとるだろーが。粗忽国なんてめじゃねえ」

「あ、また変換ミス」

「変換ミスは、おまえがバカだからだ、さっさと譲れ。譲ったら、ちゃんと神社たてて祀ってやるぞ。嫌なら、ここで死刑だ!」

「わ、分かった(;'∀')」

 オオクニヌシは降参しますが、取り巻きの部下の神たちが剣を抜いたり、大岩を投げつけて抵抗しますが、タケミカヅチは特大の雷を落としてやっつけてしまいます。

 ガラガラ ピッシャーーーン!!

 タケミカヅチは剣の神でもありますが、雷神でもあります。

 オオクニヌシは出雲の多芸志(たきし)の小浜に神社を建ててもらって隠居することになります。

 こうやって、アマテラスは、改めて息子のアメノオシホミミを遣わすことにします。

 しかし、先にも書きましたが、このアメノオシホミミが、どうにも頼りない。

 一番最初に、中つ国遠征を命じられた時も、あれこれ理由を付けて断っていました。

 そのために、アメノホヒ → アメノワカヒコ → タケミカヅチ の三人が相次いで派遣され、その都度、アマテラスは気をもんで、皴の数を増やしてしまったのです。

 話は、まだまだ二転三転の気配です。

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ライトノベルベスト・〔予感〕

2021-06-22 06:38:30 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

予感』  




 気が早いけど、コスモスが咲く予感がした。

 と言って、ジュンはコスモスが好きなわけではない。

 コスモスが咲くころまでにはケリを付けなければならないのだ。

 去年は、暑い夏が続いたので油断していた。

 コスモスが咲いて、彼は逝ってしまった。

 今年は、死なせてはいけない。

 

 そう思って、もう三日もメールに返事もしていない。今朝からはブロックさえしている。

 もうメールを送ってきてもアンデリバリーになるはずだ。

 二学期に入ってからは学校に入る門も変えている。

 当たり前なら気づいていいはずだ。

 オレはジュンに嫌われている……って。

 ところが、今朝のあいつは、南門でジュンを待っていた。

「あはよう。帰り、ここで待ってっから」

 笑顔でそういうと、返事も聞かずにあいつは昇降口へ走っていった。

 直に本当のことを言えたら、どれだけいいだろう……。

 ジュンは裏の裏をかいて、その日は、南門から学校を出た。

 よかった、あいつはいない。

 きっと裏をかいたつもりで正門でジュンを待っているだろう。少し心が痛んだけど、ジュンはこれでいいと思った。

 念のため、駅一つ分先で電車に乗るため、大川の堤防の上を歩いた。

「おう、こんなことだと思ったぜ!」

 河川敷から陽気な声が駆け上がってきた。

「三加くん……」

「ちょっと暑いけど、歩くか!」

 三加は、シャツの袖をまくりながら歩き出した。気づくとジュンが付いてきていない。

「もう、あたし三加くんのこと嫌いなの」

「ジュン……」

「ウザイの。三日もメールに返事しなきゃ分かるでしょ」

「わかんね」

「毎日、学校に入る門変えて、三加くんに会わないようにしてたじゃん。もうストーカーみたく付きまとわらないでくれる!?」

「付きまとうっていうのは、相手が迷惑してる場合に相応しい言葉だ。ちがう?」

 

 三加は陽気に肩をすくめてみせた。

「迷惑なの!!」

 そう叫ぶと三加は、ノーとイエスを聞き違えたイタリア人のように軽々と近寄ってきた。目の前10センチまで。

「でも、ジュンの目は迷惑がっていないぜ」

 瞬間見つめあってしまった。

「わーい、アベックアベック!」

 河川敷の小学生たちがはやし立てる。

「うっせー! アベックだと思ったら冷やかすんじゃねえ!」

 三加の意外な迫力にガキどもは逃げて行った。

「ここで話そう」

「いいよ」

 三加は気を利かして、タオルハンカチを二枚出して、堤防の傾斜にしいた。

 上手い具合に雲がかかって、あたりに日陰をつくった。

「三加くんのことは好きだけど、コスモスが咲くまでに別れなきゃ、三加くん死んじゃう。嘘じゃないほんとよ」

「上等じゃん」

「あたし、あたしね……」

「ジュンは天使みたいだ……天使すぎて、ほとんど悪魔。悪魔なんだろ芽扶ジュン」

「んなこと……」

「あの雲が真上に来てるのは偶然じゃない、ジュンの力だ。優しさだ」

「あ……」

 雲が動き出した。

「大丈夫だよ。おれ、汗なんかかかないから」

「三加くん……」

「オレ、落ちこぼれだけど、天使だから」

「え……?」

「ジュンも落ちこぼれだろ? 修業が足りないとかで、人間界に落とされた。メフィストの娘だ。毎年春に恋をして、コスモスが咲くころまでに別れなきゃ、相手の男は死んでしまう。一年の秋からの転校って、そういう事情があるからなんだよな。オレも似たような事情」

 三加が指を動かすと、雲がラテン語でミカエルという字になった。

 ジュンは、地獄を追放されてから、初めて喜びが込み上げてきた。

 人生も捨てたもんじゃないよね。

 こうして、悪魔でも天使でもない存在が生まれ人の中に強い血が混じっていった。その吉凶は、もう少しすれば分かるだろう……。

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コッペリア・31『二つの安心 二つの驚き』

2021-06-22 06:22:47 | 小説6

・31

『二つの安心 二つの驚き』  

 



 なんか変だったんですよね、昨日は……休憩室で横になってたら、あたしの分身が現れて、その日の仕事を全部やってくれたんです。

 でもね、ちゃんと仕事の中身も自分がやったみたいに憶えてるんですよね。

 でも、なんか実感が乏しくて。

 でね、生まれて初めて心療内科って行ったんですよ。

 そしたら先生が疲れからくる離人症だって。あたしって直ぐに頷いちゃうんだけど、分かってないんですよね……でも、調べると半分寝てる状態で、やることはやっちゃうって、なんか心理的な自己防衛らしいんです。

 まあ、調子はともかくAKPの総監督ってのは、こんなに忙しいもんなんだってこと、分かってもらえるかなあ……?

 

 アハハハハハ

 仲間や後輩たちが笑う気配。

 どうやら、矢頭萌絵は、疲れた末に、なんだか夢のようなことをやったと思っているらしい。

 栞は安心してAKPのホームページを閉じた。

 萌絵と入れ替わったことは、本人も含め、夢のような話で終わったようだ。

 あとは、咲月の合否だ。

 大仏康と話はつけたが、最終決定権は大仏にある。以前も土壇場で合格者を変更している。

――受かった!――

 メールが夕べ遅くに咲月からやってきた。

 二つ目も安心。

 で、今日学校に行ったら、驚くことが二つあった。

 咲月の合格が、静かに広まっていたこと。

 AKPの合格者はネットで公表される。むろん住所や学校名なんかは出てないけど、咲月は、このAKPのために留年までしていて、半分くらいの生徒と先生の全員が知っている。

 みんなは、なぜ咲月がAKPにこだわったかを知らない。

 だから、十七にもなってAKPのオーディションを受け、そのために落第までしたことを半ばバカにして見ていた。それがコケの一念で合格すると評価は百八十度変化した。

――今回の十二期生は粒ぞろいですよ!――

 大仏康の講評も後押ししてくれて、咲月は一晩で、神楽坂高校のヒロインになってしまった。

 予想以上の反応に、栞も我が事のように嬉しかった。

 そして、朝のホームルームで驚いた。

 今日は身体測定と内科検診なのである。

 検診で裸になることは恥ずかしくない。

 そういう神経は颯太が命を吹き込んでくれた時から持ち合わせていない。

 問題は内科検診。

 見かけは人間そっくりだけど、元はビニールの外皮に塩ビの骨格である。

 レントゲンや心臓検診をやったら人間でないことが分かってしまうんじゃないか?

 心配だ……。

コメント
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