大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

漆黒のブリュンヒルデQ・034『琥珀浄瓶・1』

2022-06-23 06:02:13 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

034『琥珀浄瓶・1』 

 

 

 
 スクネ老人と共に東京の空を西北西に飛ぶ。

 
 スクネ老人は朽葉縅(くちばおどし)の胴丸鎧を身に着け、兜は被らずに顔を縁取るような半首(はっぷり)を着け、八人張りの大弓を携えている。箙(えびら)には八本ばかりの矢が収められているが、神矢のようで、いくら射ても減らないようになっている。おきながさんこと神功皇后の第一の臣とは思えぬ身軽な装備だ。

「ひるで殿は格別でござるな」

 飛翔する横顔のまま老人は笑った。

 老人の身軽さに比べると、我が漆黒の甲冑はいかにも大仰に過ぎる。

「仕方が無いだろう、元の世界に置いてきたものを持ってきたのはスクネ老人、あんたなんだからな」

「しかしお似合いではありますぞ。流石はヴァルキリアの主将、主神オーディンの姫騎士ではあられる。いかような敵が立ちはだかろうと、天晴れ鎧袖一触に撃砕されるかとお見受けいたしますぞ」

「からかうな、こんな戎装(じゅうそう)をしたくないから、この異世界に来たんだ。この漆黒の鎧は、元々は富士の冠雪のように白金の輝きであったが、幾万の戦を経るうちに黒曜石のような漆黒の輝きを放つようになったのだ」

「存じております。いずれ、オキナガ姫とともにお聞きすることにもなりましょう。しかし、漆黒はともかく、その金剛石のごとき輝きは、ひるで殿の姫騎士の誉れにしくはなし……さあ、敵は目前でござるぞ!」

「言うに及ばず! 眼前に敵を据えて臆するヒルデでは無いぞ、先駆けする!」

 
 馬腹を蹴って、敵の真ん前に躍り出る。

 敵は、世の中のありとあらゆるカビを混ぜて流動化させたようにおぞましく、不定形なものではあるが、何者かが統べる気配を感じる。気配は不定形の中をグルグルと経めぐり、隙あらば、その両翼を広げ、わたしを包み込もうとする。

 手綱をひき、カッカと輪乗りしながら、名乗りをあげる!

「聞け! 我こそは、主神オーディンの娘にしてヴァルキリアの主将、堕天使の宿命を負いし漆黒の姫騎士、我が名はブリュンヒルデなるぞ!」

 ザワザワザワ……

 不定形が身をよじるようにして形を変える、

「汝は、いずくの禍つ神か。討伐の前に我に名乗りを上げられよ!」

 ザワザワザワ……

「ん……この動きは?」

「ひるで殿、避けられよ!」

 ビュン!

 声と共に矢が飛んできて、不定形の巨体に刺さったところで炸裂した!

 不定形の中央に家一軒分ほどの窪みができる。窪みの向こう、不定形の中央あたりに何かを見たような気がしたが、雲を蹴って百ヤードほど斜めに避けねばならず見届けることは出来なかった。さらに、避ける僅かの間に窪みから無数の触手が伸びて、たった今まで占位していたところに蛙の舌のように空間を喰らってしまった。食われた空間は数秒闇になって、わたしが体勢を立て直すころに閉じた。

「ひるで殿、やつの中央には琥珀浄瓶(こはくのじょうへい)がござるぞ!」

 琥珀浄瓶(こはくのじょうへい)……?

「あ、あれか!?」

 記憶の底から、怖気と共にとんでもないものが浮かび上がってきた……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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くノ一その一今のうち・9『さすがにくたびれた』

2022-06-22 09:35:07 | 小説3

くノ一その一今のうち

9『さすがにくたびれた』 

 

 

 さすがにくたびれた。

 

 アルバイトなんて初めてだし、それも、ほとんど体育会系の芸能事務所の、それも入所テストがあったんだから。

 帰りの電車は空いていて、最初から座れたんだけど、それが仇になって寝てしまう。

 

 ビュン! ビュン! ブン! ビュビュン! ブン!

 

 うつらうつら見る夢の中で本が飛ぶ。

 あれも、力持ちさんたち、社員の仕業なのか、秘密の構成員(?)とかが居て投げてきたのか。

 さっき走った記憶が前身の筋肉に残っていて、ピクピクと体が動いてしまう。

 小さいときに犬を飼っていて、犬が夢を見てヒクヒク動いていたのを思い出す。

『あら、夢の中で走ってるよ』

 お祖母ちゃんが、面白そうに言っていた。かわいく思いながらも『バカだね、こいつ』とか思ってたよ。

 バカ半分、可愛い半分くらい。

 いま、電車の中にいる人たちは『バカだね、こいつ』とか思われてるよ(^_^;)。

 でも、わたしって可愛くないから、きっとバカ百パーセントだよ。

 前のシートのガキが寄ってきた。

 く、くそ……来んなよ。

「……面白い顔」

 声を潜めて言うんだけど、目の前だから聞こえてるっつ-の!

 くそ、体動かないから、せめて睨んでやろ……グヌヌヌ……

「わ、目むいた!」

「これ、見るんじゃありません!」

 母親が引き戻す……でも、今のニュアンスって、道端のウンコ見てる子に言うみたいだったよ。

 

 それでも、無事に家について、お祖母ちゃんに報告だけはする。

 

「次の日曜日から、本格的に仕事なんだって!」

 あ、声が弾んでる?

 ろくな芸能事務所じゃないけど、めちゃくちゃ弱小のボロだけど、やっぱ、嬉しいのかなあ。

 電車の中では、アレだったし。お祖母ちゃんには心配かけないようにとは思ってたけど。

 思いのほかというか、案に相違して、あたし、楽し気に話してるよ。

「よかったね、そのの性に合ってるようで」

 お祖母ちゃんも、喜んでくれてる……というか、ホッとしてくれてる。

 嬉しいよ、心から案じてくれてたから、こんなに喜んでくれるんだ。

 お祖母ちゃんは外面のいい人だから、本当に嬉しいとか喜んでるというのは、きっと、あたししか分からない。

 想像だけど、お母さんは、娘のくせして、お祖母ちゃんの表情は読めてなかったと思うよ。

 だからね、あんなことに……。

「魔石を出しな」

「う、うん」

 魔石を差し出すと、お祖母ちゃんは両手でくるむようにして耳元に持っていく。

「……うん、魔石もスイッチが入ったようだね……ちょっと汗臭い。まず、お風呂入っといで。上がったら、ささやかにお祝いしよう」

「う、うん」

 お祖母ちゃんは、魔石を神棚に供えて手を合わす。

「お仏壇じゃないの?」

「え? ああ、気分しだい」

 ああ、いいかげんだ。

 

 お風呂に入ると、電車の中でまどろんだせいか、寝てしまうようなことは無かった。

 でも……背中の方に凝りを感じる。

 やっぱ、疲れてんのかなあ……お風呂を追い炊きにして、お湯が出てくる方に背中を向ける。

 ア アアアア……

 オッサンみたいな声が出て、我ながらおかしいよ。

 

 あがって体を拭くと、やっぱ、凝りが残ってる。

「あれぇ?」

 洗面の鏡に映すと、肩甲骨の間の所が赤くなってる。

 気が付かなかったけど、テストの時に飛んできた本が当たったのかもしれない。

 

「お祖母ちゃん、ちょっと見てぇ」

 

 お祖母ちゃんに背中を見せる。

「あ……これは!?」

「え、なに!?」

「ちょっと、ジッとしてるんだよ」

「う、うん」

 なんか怖いよ。

「オン アビラウンケンソワカ……」

 小さく呟いて、お祖母ちゃんは……え? 背中からなにか引っ張り出したよ!

「え、なに? なんなの!?」

 子どもの頃、背中に虫が入ってパニクったのを思い出す。

「こんなのが、入ってたよ……」

「ええ?」

 

 お祖母ちゃんが取り出したのは、一冊の本だった。

「太閤記」と書かれた古い文庫本……飛んできた本の一冊? なんで? どうして? 

 ちょっと怖いよ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
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漆黒のブリュンヒルデQ・033『西の空』

2022-06-22 06:03:39 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

033『西の空』 

 

 

 
 自殺女を成仏させてやって気が付いた。

 
 ほら、『呪』と『祝』を間違えてたOL。

 呪うはずのところを祝ってしまって、死んでも死にきれないで、道端でヘバっていた。

 あの女を助けたあと、調子がいいのだ。

 一部始終を見ていたスクネ老人も、軽口を飛ばすくらいに機嫌が良かった。

 この異世界に来て、かなりの数の妖を名前を付けることで成仏させたり昇天させたりしたが、成仏、昇天させた後、いささか体調が悪くなることが多かった。弱音を吐くのは嫌だったから、祖父母や人に言ったことは無かったがな。

 あいつの名前聞かなかったなあ……。

 まあいい、調子がいいにこしたことは無い。

 

 学校から帰ると祖父母の機嫌が悪い。

 リビングのテレビを見ながら「不見識だ!」「場当たり的すぎる!」とか罪もないテレビにボヤいている。

「なに怒ってるの?」

 冷蔵庫のお茶を出しながら声をかけてみる。

「どうすんの、ひるでは!?」

「え?」

 矛先が向いてきて、思わずお茶をこぼしそうになる。

「安倍さんがね、またバカなことを!」

「三月二日から、日本中の学校を休みにするって言ってる」

 え?

 テレビの画面にはアナウンサーやコメンテイターが口角泡を飛ばして、祖父母と同じようなことを言い募っている。

 なるほど、新型コロナウイルス対策のため、安倍首相が全国の学校を休校にしてほしいと要請したのだ。

 学校では話題になっていなかったから、下校している間に発表されたんだ。

「議会にも掛けないで、横暴よ、思い付き丸出しじゃない」

「要請というのは他人任せに過ぎるだろう、ほんとに安倍晋三という男は」

 なんだかボロクソだ。

 面白いので、ソファーに座って祖父母とテレビの憤慨を聴いてみる。

 

 長期間休校にするには準備が要る! 子守は誰がするのか! 子守の為に休んだ親の給与保証は!

 卒業式が出来ない! 入試はどうする! 病院関係者の親は休めないぞ! 予算の裏付けがない!

 
 みんな好きなことを言っている。

 
 そもそも、この異世界の日本には緊急事態法が無い。

 首相として言えるのは『要請』が限度だ。「やるんなら、はっきり言え!」と祖母はまくしたてるが、首相に要請以上の権限が無い。ついこないだまでは『安倍独裁!』とか叫んでいた人が言うべきではないと思うぞ。

 しかし、義憤にかられて息巻くことで元気にしているのは、かりそめの孫としても嬉しい。

「あまり血圧上げないようにね」

 一声かけて、自分の部屋に向かう。

 東南の方角……霞が関のあたりだろうか、そこへ向かって芥子粒のようなものが集まってとぐろを巻き始めている。

 ……日本中から集まっている非難や不満だ。どうやら蟠って積層した黒雲になりそうだ。

 安倍首相も苦労なことだ。

『西の空も御覧じろ』

 スクネ老人の声がした。

 窓に顔を寄せると、電柱の上に老人の姿があった。天狗のように一本足で立って腕組みして西の空を仰いでいる。

 部屋の窓からは西の空は見えないので、部屋を出て廊下の窓から窺ってみる。

 
 ああ……

 
 西の彼方の空に禍々しいものが見えた。

 世の中のありとあらゆるカビを混ぜて、そいつに命が宿ったものが沸騰するように湧きたっている。

『ご加勢ねがえるか』

 え、ひょっとして、あれを退治しようというのか?

『オリャ--!』

 老人が跳躍した。直ぐに西の窓からも見えて、スクネ老人は気の早い五月人形のような出で立ちになり、その先に現れたおきながさんといっしょに西の空の彼方に駆け去っていった。

 ゾワゾワ…………一瞬体が震える。

 久しぶりの武者震いだ。

 並の妖退治ではないことが始まろうとしている。

 部屋に戻ると、祖母が門扉に『安倍政治を許さない!』のポスターを貼りなおしているのが見えた。

 とりあえず、我が家は平和だ。

 一肌脱がずばなるまいか……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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ピボット高校アーカイ部・13『たまにはこんな部活も でも事故には注意』

2022-06-21 10:27:01 | 小説6

高校部     

13『たまにはこんな部活も でも事故には注意』 

 

 

 部活以外で先輩に会ったことが無い。

 

 一年と三年では校舎が違う。

 昇降口は全学年共通だけど、三年生は、廊下を挟んだ向こう側の島だし、そもそも登校時間が違うのだから、意識的に待ち伏せでもしない限り会うことは無い。

「体の中を流れる赤血球みたいなもんだな」

 ポッペの新製品だというミニジャムパンを食べながら先輩が答える。

「赤血球ですか?」

 千切ったジャムパンを手に持て余したまま聞く。

「ああ、わたしと鋲は、学校という体を巡る赤血球だ。だが行き先が違う。わたしは脳みそで、鋲はお尻の方だ。だから出くわすのは、一巡して心臓に戻った時ぐらいだ。心臓にあたるのが、この旧校舎の部室だな」

「ああ、部室が心臓というのは、そうかもしれませんねぇ……」

 人づきあいが苦手な僕は、部活以外では、ちょっとドンヨリしている。

「そうだろ、部活で気持ちを洗い直して、お互い日々の学校生活を乗り越えてるんだ」

「アハハ……」

 おたがい赤血球というのはいいんだけど、どうして先輩が脳みそで、僕がお尻なんだ……は聞かない。

「人間の体は37兆個の細胞で出来ていて、赤血球もその細胞の一つだ」

「あ、そうですね。アニメで、そういうのありましたよね」

 僕は、あのアニメの擬人化された赤血球が好きだ。

「いや、わたしは赤血球というより、血球を育てて、外敵もやっつけるマクロファージかな?」

「ああ、あの保育所の先生って感じはいいですね」

「そうだぞ、その37兆分の1の確率で出会っているんだから、この縁は大事にしなければな……」

「そ、そうですね」

 ガブリ

 勢いよく二つ目のジャムパンに齧りつく先輩。

「ウ……」

 ジャムがはみ出して、先輩の口の横についてしまう。

 ちょっと無邪気な吸血鬼という感じになった。

「ヒ、ヒッヒユ、ヒッヒュ」

「ああ、ティッシュですね」

 ヒッヒュでティッシュが分かるんだから、僕も、だいぶ先輩慣れしてきたようだ。

「あ、もっらいない……」

 先輩は、ティッシュを受け取る前に、指でジャムを拭って、拭った指を舐める。

 あ……なんか、反則……。

「ポッペのジャムはドイツから輸入したもので、値段の2/3はジャム代なんだぞ。もったいないだろ」

「あ、あははは」

 先輩は、見かけと言動が、まるで違う。

 身のこなしが奔放で『さよなら三角』を『また来て四角』に直す時や、桃太郎の時など、ちょっと口では言えないようなところまで見えたりする。

 さっきも言ったけど、そんな先輩を部活以外で目にすることはほとんどない。

 その日は、けっきょく、魔法陣に足を踏み入れることも無く、先輩と喋っているだけで終わってしまった。

 

 ちなみに、僕は保健委員をやっている。

 

 保健委員はなり手が無い。

 高校生にもなると分かっている。保健委員と云うのは一学期が大変なんだ。

 発育測定では、記録を取ったり書類を整理したり、けっこう仕事が多い。検尿を集めて保健室に持っていくのも一学期。指定のビニール袋に回収するんだから汚いということはないんだけど。クラス全員のがリアルに入っているわけだから、ちょっとね。

 他にも、授業中体調不良の者が出たら、保健室まで付き添って行かなければならない。

 その日は、女子の保健委員が休みなのに、女子で体調不良の者が出た。

「保健委員、付いていってやれ」

 先生に言われて、仕方なくついて行く。肩を貸すのも大げさだし、まあ、無事に保健室に着くのを見届けて、保健室の先生に事情を説明する。

「ちょっと、廊下に出てて」

「はい」

 まあ、女生徒が体調不良で来たんだから、廊下に出されるよな。

 廊下の窓を開けると、すぐ目の前がプールの壁だということに気付いた。

 開けると、同時に水の音やら歓声が聞こえてくる。

 どうやら、三年女子の水泳の時間のようだ。

 なんだか、バツが悪くて、保健室前の掲示物に目を移す。

 いろいろ、健康に対する注意とかかいてあるんだけど、ろくに目に入ってこない。

 まあいい、こういう状況なら、バツが悪くて当たり前。

 視力検査表が貼ってあるので、片目を隠して一人でやってみる。

 あ、近すぎる。

 目いっぱい下がって、背中を向けたまま、窓から上半身を出すようにして検査表を見つめる。

 

 ドン! キャー!

 

 なにかぶつかるような音と悲鳴がして振り返る。

 

 あ……

 

 なんと、プールの外壁の一部が外側に外れてしまっている。

 ビックリして、外を見てる三年女子たち。

 その視線を追うと、眼下に水着のお尻が……。

「アイタタ……」

 スィミングキャップも外れてしまって、髪を振り乱して振り返った顔は、見慣れた先輩!

「す、すみません(;'∀')!」

 悪いはずもないんだけど、ペコリと謝ってしまうと、大急ぎで窓を閉める。

 あ、でも助けなくっちゃ!

 思って振り返ると、すでに体育の先生が救助を始めている。

 僕は、壁に背中を預けたまましゃがみ込む。

 先輩の白いお尻がフラッシュバックする。

 逃げ出したいんだけど、逃げると、こっちが悪いみたいだし、だいいち、保健室からクラスの女子は、まだ出てきていないし。

 ……え?

 ちょっと違和感。

 フラッシュバックしたお尻には、付け根のあたりに、ちょっと目立つ傷跡があった。

 部活中に、不可抗力で何度か目にしてしまったけど、先輩には、あんな傷跡は無かったんじゃないか……?

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・032『ま、間違えた!』

2022-06-21 06:01:42 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

032『ま、間違えた!』 

 

 

 
 楽勝だったニャあ!

 グビグビグビ……

 
 国語の試験のあと、ねね子は爽やかに言い放って、風呂上がりのオッサンのようにペットボトルのお茶を飲み干した。

「ほう、余裕だな」

 からかってやりたくなって空いている前の席に腰を下ろす。

「苦手な漢字をがんばったから完ぺきニャ!」

 近ごろの高校生はロクに漢字が読めないというので、漢字熟語の読みやら意味を問う問題が半分近くだったのだ。クラスのみんなが呻吟していた問題を言ってやる。

「『嬲』は分かったか? みんな苦労していたようだが」

「簡単、『三角関係』ニャ!」

「え……なるほど、男二人に女が一人だもんな。でも、二股とか両天秤とも読めないか?」

「え? そうニャのか?」

「まあいい、じゃ『湯湯婆』は?」

「『ユバーバ』にゃ! 『千と千尋の神隠し』に出てくる風呂屋の魔女ニャ!」

 間違いだが愉快だから笑って済ませる。正解は『ゆたんぽ』だがな。

「これはどうだ『美人局』」

「『びじんきょく』! 美人が多い郵便局のことニャ!」

「クッ(正解は『つつもたせ』だ)」

「ひるでも笑っちゃうくらい優しい問題だったニャ」

「『準備万端』は?」

「『じゅんびまんたん』ニャ!」

 アハハハハハハハハハハ!

 いつの間にかクラス中が耳を傾け、教室は笑いの渦になってしまった(^_^;)。

 
 その帰り道、駅の近くでヘバッているOL風を見かけた。

 
 目についたときは電柱に寄り掛かっているだけだったが、直ぐに腰が折れ、電柱を背にくず折れてしまう。

 ……妖か?

 数秒後には確信になった。

 通行人が彼女の存在に気づかずに、そのまま通っていく。通行人は彼女に躓くこともなく、CGのポリゴン抜けのように、何事もなく通過していく。

『おい、何をしている』

 人を待っているふりをして心で語りかける。

『見えるの? わたしが?』

『見えてる、こんなところでグズグズしていたら、他の妖に食われてしまうぞ。おまえ、見るからに弱弱しいからな……おまえ、死んで間もない霊体か?』

 そいつの胸の中には、魂の抜け殻が卵の薄皮のように、ヒラヒラと揺れている。上空を仰ぐと青白い魂がガス圧の足りない風船のように中空で漂っている。

 ただ、肉体と魂を繋ぐ緒は切れてしまっていて、凧の足のようにそよいでいる。元に戻ることは無いだろう。

『わたし、字を、字を間違えてしまった……』

『どういうことだ』

『男が憎くて自殺をしたのよ、ついさっき……男は、わたしの恋人だったけど、こともあろうに妹に手を出しやがって、わたしを捨てたのよ。もう、妹のお腹には男の赤ちゃんができているし……だから、だから、遺書に書いてやった「祝ってやる」って』

 プ(`艸´)

 爆笑するところだった。字は『祝』だが、心情は『呪』だ。爆発する気持ちのままに呪いの遺書を書いて、肝心の文字を間違えて、魂が抜けてから気が付いたという抜け作だ。

 強い想いで書かれた文字は力を持つ。正しく『呪』の字が使われていれば、相当霊力の強い、例えばおきながさんのような神さまか、能力者によらなければ解呪できない。

 しかし、真逆の『祝』を書いてしまっては、文字の力によって、強い祝福を与えてしまうことになる。

『これを見て観ろ』

 そいつの眼前にバーチャルモニターを出してやった。

『なに、これ?』

『ちょっと未来の映像が映る。まあ、見てろ』

 動画の画面を早回しにするようにカーソルを動かしてやる。

 そいつの妹は男と結ばれて、無事に家庭を持ち女の赤ちゃんを産む。

 すくすくと赤ちゃんは成長し、そいつと同じくらいの女性に成長する。そこで停止にしてやった。

『え……わたしにソックリだ』

 そう、赤ちゃんは妹の強い願いで亡くなった姉の名前を受け継いで、女にソックリの女性に成長するのだ。

 そして、巻き戻してやると、数か月前に、女は男にひどい仕打ちをしている。仕打ちをした本人は、それほどの事とは思わずにいたのだが。男を慰めてくれた妹と結ばれたと言うのが真相だ。

『そ、そうだったんだ……』

『字を間違えて良かったな』

『う、うん……でも、わたしは、どうしたら……』

『しかたがない……』

 そいつを抱き上げて、数十メートル上空に向かう。

 さっきまで魂が漂っていたところは、あの世への通路が出来ていて、魂を呑み込んだところだ。

『本当は自力で、ここに入らなきゃいけないんだがな……さ、向こうへ行け』

『あ、ありがとう……あなたは?』

『主神オーディンの娘にしてブァルキリアの主将 堕天使の宿命を背負いし漆黒の姫騎士 ブリュンヒルデ……という』

『ブリュンヒルデ……ごめんなさい、もう一度』

『二度は言わん。向こうの世界で祝福のあらんことを』

 通路は閉じて、わたしは地上に降りた。

 
「ごくろうでした」

 
 降り立った道路には、いつから居たのかおきながさんのところの武内宿禰(たけのうちのすくね)が笑顔で立っていた。

「スクネさんか」

「武内宿禰、しっかりと見届けましたぞ」

「な、なにを見届けたと言うのだ(;^_^A」

「今日は縞柄でござったな」

「ん…………こ、こらあ!」

 拳を上げようとしたら、カラカラと笑い声だけ残してスクネは消えていた。 

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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やくもあやかし物語・145『日曜の朝 突然のひとりぼっち』

2022-06-20 08:58:29 | ライトノベルセレクト

やく物語・145

『日曜の朝 突然のひとりぼっち

 

 

 目が覚めると、ちょこっとだけ体に力が入る。

 

 起きて学校に行かなきゃと思うんだ。

 あ

 そうだ、今日は日曜日……とたんに、少しだけ入れた力が抜ける。

 目玉を動かして机の上を見る。

 1/12サイズの六畳の上にはコタツがあって、御息所の脚が覗いている。

 いつもだったら、チカコと二人で首だけ出して寝てるんだけどね。

 チカコがいないもんだから、御息所は悶々として、まるでコタツ被ったみたいにして寝てる。

 

 オズの魔法使いにあったよね、こういうの。

 

 ドロシーが、竜巻に巻き込まれて家ごと吹き飛ばされて、ドスンと落ちたら、それが悪い魔法使いの真上。

「キャ、どうしよう、人を押しつぶしてしまった!」

 ところが、マンチキンの住人やら南の魔女のブリンダとかがやってきて教えてくれる。

「それは、みんなが困っていた西の悪い魔女ですよ。ドロシーがやっつけてくれたんでみんな喜んでるわ」

 それで、今度は東の悪い魔女をやっつけに行くってドラマが始まる

 そのとき、ドロシーの家に押しつぶされた西の悪い魔女みたいだ。

 

「だれが、魔女だってぇ?」

 

 御息所がぶちゃむくれの首を出して文句を言う。

「寝れなかったんだね」

「フン、お前こそ……」

 そう言うと、完全にコタツの中に潜ってしまった。

 

 コタツの向こうには、チカコが依り代にしていた『妹が憎たらしいのには訳がある』の幸子。

 命の灯が消えて、ほんとうにただのフィギュアに戻っている。

 

 プルルルル

 

 黒電話が鳴って、ビックリして受話器を取る。

「もしもし……」

『交換手です、やくもさん、お城の方に来ませんか?』

 そうだ、部屋の中の仲間は、みんな神保城に行ってるんだ。交換手さんも紺の制服で実体化していたんだ。

「うん、すぐに行く!」

 電話を切るとコタツを持ち上げて、本格的に御息所を起こす。

 あれ?

 御息所の姿が無い。

 ウ~~ン(*≧m≦*)

 コタツをひっくり返すと、コタツの脚に両手両足を突っ張らかして御息所が貼り付いている。

「お城に行くよ」

「わらわは、行かぬ」

「勝手にしなさい!」

 ドスン

 乱暴にコタツを置くと、メイデン勲章改・Ⅱを取り出す。

 

 ジィーーーーーーーーーーーーー

 

 あれ?

 いくら見つめても、お城に行ける兆しがない。

 なんで?

 

 ジッィーーーーーーーーーーーーー!

 

 穴のあくほど睨んでもダメだ。

 

「ねえ、ちょっと!」

 コタツの御息所に声を掛ける。

 え……?

 気配がしないので、もう一度コタツを持ち上げる。

 コタツの敷布団にも、ひっくり返したコタツの裏側にも、御息所の姿が無い。

 

 え……どうしよう……

 

 部屋のグッズたちは、みんな神保城の方に行ってしまってるよ。

 部屋は、まるで越してきた時みたいに寂しくなってしまった。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・031『ひるでの散歩・2』

2022-06-20 06:13:55 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

031『ひるでの散歩・2』 

 

 

 
 道を外れてみた。

 と言っても、人の道を外れて悪さをするわけではない。

 いつも豪徳寺の外塀に沿って学校に行くだけなので、道を変えてみようと思ったのだ。

 散歩なのだから気ままに歩くのがいい。

 
 通学路の反対方向に歩いてみる。

 
 しばらく歩くと二人の妖に出遭った。

 気づかなければすれ違うとか追い越すとかで済ませたのだが、怪しさ全開なので捨て置くことも出来ずに『須藤功(すどういさお)』と『中西絹子』と名付けて成仏させた。

 道を変えて、さらに進むと何十人という妖の気配。

 目を凝らすと、気配は国民服やらモンペ姿に実体化し、わたしに気づくやいなや、猛スピードで逃げ散っていった。

 スッテンコロリン

 学生服にゲートルを巻いた妖が転んだので近寄ってみる。

「どうして逃げる?」

「ひるでに捕まったら食い殺されると言う噂だ」

「どこでねじ曲がったんだ、わたしは妖を喰ったりはせん。本来の名前を付けてやって成仏させるだけだ」

「そんなこと信じられるか、おまえは人食いだ!」

「やれやれ、ならば、そう思っておけ。こっちも行く先々で妖に関わっていては身が持たんからな。一つ聞きたいんだが、ここいらへんで妖に出遭わずに済むところはないのか?」

「そ、それなら……」

 
 そいつは北東の方角を指さした。

 
 足を運んでみると、都立高校の塀が伸びているところに出た。

 旧制中学から発展したもので、校舎こそは今風だが、塀の基礎部分は戦前からの遺構のようだ。

 さらによく見ると、一部には度重なる空襲から免れた施設もあるようで、旧校舎の一部は昔の面影を留めている。

 おや?

 ゴミ収集のために塀の一部が丈の低いシャッターになったところがある。『駐停車禁止』の札が掛かったシャッターの内側で、なにやら話声が聞こえる。

 人の言葉ではないが、なにやら苦情や不満を言っているようだ。

 慣れてくると、その断片が人語に変換されて聞こえるようになる。

 
 月に二回だけ 一回だけよ 最初の一回だけ 処女なのに 童貞なんだぞ このまま せめて一回だけでも

 
 なんだか、すごい内容だ。

 少し深く透視してみる。

 ん? この学校の先生だろうか、数人の大人が寄ってきた。そして、処女と童貞を選んで戒めを解いてやっている。

 嬉しい! 助かった! 希望だ! 希望の光だあ!

 さらに透視を強くしてみる。

「便覧と辞書ぐらいはね」「地図だって買えば五倍くらいの値段だ」「真っ新だけで一クラス分くらいある」

 
 分かった。

 卒業する三年生が残していった教科書たちだ。

 昨日が登校日だったようで、ロッカーを空けさせるために、不用品を捨てさせたんだ。

 不用品の大半が教科書で、中には氏名も書かれず、一度も開かれることが無かったものもある。教科の先生たちが、そういうものを集めて、忘れた生徒の為に予備としてピックアップしているんだ。

「先生、あたしたちもいいですか?」

 真面目そうな女生徒が数人やってきて、不運な教科書の救済に参加した。文芸部と地歴研究部のようだ。部活としては絶滅危惧種だ。

 よかった、何十冊かは助かりそうだ。教科書もぞんざいに扱えば質の悪い付喪神(つくもがみ)になるからな。

 
 少しホッコリして、その場を離れた。

 明日あたりは、春一番が吹くかもしれない。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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せやさかい・315『さくら的民の竈』

2022-06-19 13:55:09 | ノベル

・315

『さくら的民の竈』さくら   

 

 

 この組み合わせは無いと思う。

 

 体育の後の数学とか英語。

 前も言うたけど、中間テストで、英語と数学が欠点やった(;'∀')。

 一学期の成績は、中間テストと期末テストの点を足して二で割る……だれでも知ってるよね。

 せやさかい、うちは、期末テストでは、数学と英語に関しては40点ではあかへんのです!

 最低でも42点くらいは取らんと、一学期の成績が欠点で確定してしまう!

 せやさかい、数学と英語は目ぇしっかり開けて見て、耳をかっぽじって聞いとかならあかんのです!

 

 それが……Z Z Z Z Z Z

 

 つい寝てしまうんです。

 今月の二週目から、体育はプール。

 終わった後は、めっちゃ眠たなってしまうんです……Z Z Z Z Z Z

 

 あ、あかん!

 

 いつもやったら、後ろの留美ちゃんがシャーペンの消しゴムのとこでツンツンしてくれんねんけど、今日は、それも無い。

 留美ちゃんは、プールの授業頑張り過ぎて、ちょっと保健室で寝てる。

 せやから、起こしてくれるもんも居らへんし……Z Z Z Z Z Z

 

 スーーーーースーーーーースーーーーー

 

 なんや、風が吹いてくる。

 教室にはエアコン入ってるけど、エアコンの風とはちがう……なんや、もっと優しい風や……

 

 がんばって目を開けると、教室のみんなも先生もおらんくて、どこかで見たことのある人が立ってる。

 歴史で習った厩戸皇子(うまやどのみこ)みたいな着物着て、腕組みして高欄の向こうの景色を見てる。

「厩戸皇子ではない、聖徳太子だよ」

「え、聖徳太子さんですか?」

「ごりょうさんだよ」

「え、ごりょうさん……仁徳天皇!?」

「そうだよ、いつだったか、お寺にお邪魔して以来かな?」

「え? あ、あ、その節は……」

 とりあえず、手を合わせて頭を下げる。

「ハハハ、わたしは阿弥陀さんじゃないから、手を合わせることはないさ」

「は、はひ、仁徳天皇さま!」

「さまは付けなくていいよ。天皇とつけるだけで、もう尊称だからね。堺のみんなが呼ぶ『ごりょうさん』でいいかな」

「は、はい、ごりょうさん!」

「さくらはいい子だ」

「あ、ありがとうございます!」

「それより、ここに来て景色を見てごらん」

「はい」

 高欄に手を添えて、下の景色を見る。

 生駒山の裾から、田んぼの間にいくつも家々が見える。みんな、将来は堺や平野や八尾やら、大阪の街に発展していく家々、村々や。

 あれ?

 見てると、あちこちの家々から、ささやかな煙が上がる。

 あ、これは、民の竈は潤いにけりや!

 前に見た時は、民の竈から上がる煙がまばらやったんで、ごりょうさんは「むこう三年、民の税を免除せよ」とかおっしゃって、宮殿の雨漏りも直さんとほっとかはった。

 三年たって、もっかい景色を見たら、民の竈は潤いにけりやったさかい、やっと税を復活しはったいう、ごりょうさん、ここ一番のエピソード。

 え?

 ところが、あちこち立ち上ってる煙は、ちょっと赤い。

 ちょっと前に、お祖父ちゃんが見てた黒澤明の『天国と地獄』いう白黒の映画を思い出した。

 誘拐犯に渡した身代金を入れたカバンに細工がしてあって、燃やしたら赤い煙が出るようにしてたんや!

 黒澤明監督は、スタッフに命じて、フィルムの一コマ一コマの煙を赤く塗って効果をだしたんや。

 めっちゃアイデアやし、めっちゃ労力かけてるし、スゴイと思た!

「よく見るんだよ、あれはね、あの竈の煙がたっているところには、中間テストで赤点をとった子たちがいるんだよ」

 え!?

「わたしの祈りが足りなかったんだねぇ、これも、大君たるわたしの徳が足りないからだ。わたしは、あの赤い煙が無くなるまで……なにも食べないことにするよ」

「そんな、畏れ多いことを(;'∀')」

 見ると、ごりょうさんは、ハラハラとご落涙されてはります。

 グ~~~~

 早くも、ごりょうさんのお腹の虫が鳴き始めます。

「そんな、そんな、うち、頑張りますよって、ごはんは食べてください! お願いです、ごりょうさん!」

 グ~~~~

「せ、せめて、その空腹の満分の一でもお引き受けしますよって!」

「そうかい、さくらは優しい子だ……それなら少しだけ……」

 グ~~~~

 今度は、うちのお腹が鳴った。

 え? え? めっちゃお腹が減ってきて……あかん、飢え死にしそうになってきた!

 

「もう、バカな夢見てないで、勉強しなさいよね!」

 

 保健室から帰ってきた留美ちゃんに怒られる。窓際では、メグリンが下敷きで仰いでくれながら笑ってるし!

「アハハハ、下敷きで煽ってあげたのは逆効果だったわね」

 さくらが、アホな夢見たいう話でした。ちゃんちゃん。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      頼子のガード
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
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鳴かぬなら 信長転生記 79『俺たち以外の紙飛行機』

2022-06-19 10:11:58 | ノベル2

ら 信長転生記

79『俺たち以外の紙飛行機』信長 

 

 

 天下三分の計……話だけなら眉唾だ。

 

 しかし、天下の諸葛茶孔明ならば信じていい。

 人物で判断しているんじゃない、孔明の履歴だ。孔明の行動は常に『防衛』に軸を置いている。

 仕掛けてきた敵の弱点を見抜き、そこを突いて、崩れが見えてくれば策を持って、完膚なきまでに敵を打ち砕く。

『赤壁』の戦いなどがいい例だ。

 曹操が、地を轟かすような大軍と、長江の水面を覆いつくすような水軍で攻めてきたからこその戦いだった。

 気象・戦術・呪術の三つで味方の心を収れんし、火攻めによって連環の計を打ち砕き、曹操の本軍が崩れるとみるや、これを果敢に攻め立て追い詰めて、自害させる寸前まで持って行った。曹操の追撃を関羽ではなく張飛にやらせていれば曹操の首は取れていた。関羽の強さは比類のないものだが、情や自他の行動の美しさに酔って大局を見誤るところがある。光秀をマッチョにしたような奴だ。

 光秀のことは、もっと……いや、そのことはいい。

 孔明は、防戦という局面からでしか攻勢には出ない。主の劉備玄徳と同様に義を重んずる、あるいは義の体裁が整はなければ仕掛けてはこない。

 その孔明が『天下三分の計』に膝を打ったのだ。当分……十年以上は扶桑(転生国)に攻めてくることはあるまい。

「シイ、このことを直ぐ、転生に伝えろ」

「うん、分かった!」

 シイ(市)は、懐から飛行神社のお御籤用紙を取り出して、手短に書くと、渡殿(渡り廊下)の窓から投げた。

「いつ見ても、忠八の紙飛行機はきれいに飛ぶなあ……」

 俺は、物事に正確さと効率を求めるが、その条件を満たしているのであれば、美しさを大事にする。

 紙飛行機は、二度ほど風を読むように頭を振って、ちょうどよい上昇気流を掴むと、一気に空に駆け上って視界没になった。

「さて、茶姫が待っているだろ」

「うん、そろそろ出発の準備だしね」

 近衛騎士の制服をビシッと決め、渡殿に吹きこむ朝の風を楽しみながら茶姫の坊に向かった。

 

 え?

 

 驚いた、俺たちのものではない紙飛行機が、庭の上を飛んでいる……いや、すぐに墜ちた。

「あーあ、うまくいかない」

 茶妃・大橋が、可愛く口をとがらせながら、次の紙飛行機を折っている。

「コウチャン、それ……」

 シイが指差すが、後の言葉が続かない。

「あ、おはよう、ニイチャン、シイチャン!」

「なにしてんの?」

「うん、ここに来て、紙の鳥が飛んでるのを見かけてね。わたしも真似してるの」

 こいつ……!?

「遠目だから、よく分からなかったけど、なにか字が書いてあってさ、ひょっとしたら思う人に気持ちが伝わるんじゃないかと思って……」

「へ、へえ、楽しいことやってるのねぇ!」

「なんて書いてるんだ?」

「大したことじゃないわよ、沢山書いたら、あんな風には飛ばないだろうから『おはよう』とか『おやすみなさい』とか。こんな些細なことでも、孫策さまは喜んでくださると思うのよ」

「「…………」」

「どう、あなたたちもやってみる?」

 

 ちょっとまずいことになってきたぞ……。

 

「茶姫、すぐにたとう、大橋の奴、かなりの事を知ってる!」

「なに、タメ口で。その制服着てる限りは、わたしの近衛騎兵でしょ」

「言ってられないのよ、孫策に紙飛行機まで飛ばしてるしぃ!」

「……そう……よし、大橋よりも先に建業(呉の都)に行こう!」

 

 俺たちは、劉備玄徳への挨拶もそこそこに、成都を出発した。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
  • 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹(三国志ではシイ)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  •  

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・030『ひるでの散歩・1』

2022-06-19 05:54:18 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

030『ひるでの散歩・1』 

 

 

 
 ヘクチ!

 可愛いクシャミで目が覚めた。

 といっても、わたしのベッドに誰かが潜り込んでいたわけではない。

 目が覚めたら、横に誰かが寝ていたというのはラノベかアニメの世界だろう。

 可愛いクシャミは自分自身のだ。

 元の世界ではヴァルハラの戦士だったわたしには可愛げというものに縁が無かった。この異世界では武笠ひるでという女子高生をやっているが、今でも女子高生としての必須属性である『可愛さ』とか『可愛げ』というものがよく分からない。

 話し言葉は男だし、妖などを相手に戦ったら、この異世界の女子、いや、どの人間よりも強いだろう。

 しかし、見かけはロングの黒髪が良く似合う美少女なのだ。

 この異世界の美少女に対する期待値は絶望的に大きい。

 制服を着崩してはいけないのはもちろんのこと、私服もセンスのいいものを着用しなければならない。髪の手入れも怠ってはいけないし、外股で歩くのもご法度だ。なにより、日ごろの立ち居振る舞いから言葉遣いまで外見に相応しい美しさや可愛さが無ければならない……と、項目的には分かっている。

「先輩は、ちょっと男っぽ過ぎる」

 芳子に言われたのは、ここに来て間もないころ、立て続けに犬と猫の妖を打ちのめした時だ。

「こういう育ち方をしたのだ、いまさら可愛くとかお淑やかにはできん」

 漆黒の鎧を身にまとい、主神オーディンから預かった荒くれたちを引き連れて、辺境の邪神や蛮族と渡り合い、性別を超えた統率力や指揮能力戦闘力を発揮していると、こうなってしまう。

「でも、ひるで先輩の目力だけで、いろいろ被害が出てるんですよ」

「被害? 聞き捨てならんなあ、言ってみろ」

「ちょっと待ってくださいね……」

 芳子が開いたスマホの画面には、ここ三か月の世田谷区内の交通事故と犯罪の統計が載っている。

「おお、犯罪は減少しているではないか」

「その分、事故が増えてる」

「え? これが、わたしのせいだと言うのか?」

「はい、先輩の姿を見た者、悪党なら犯罪を思いとどまります。気の弱いドライバーはハンドルを取られたりして接触事故を起こしています」

「おまえ、話盛ってないか?」

「じゃ、試しに、あのカラス見てください」

「ん、あれか……」

 こちらに向かってくる三羽のカラスに目をやると、先頭の一羽が墜落して、残りの二羽は逃げ去ってしまった。

 
 ……それ以来気を付けている。

 
 ほら、先日も屋上で梨本明子に出くわすきっかけになった時もガッツポーズに気を使っただろ。梨本明子が直ぐに姿を現さなかったのも、芳子に言わせると「先輩をビビっていたから」ということになる。

 ま、だから、朝一番のクシャミが可愛く出たのは、ちょっと嬉しかったりする。

 嬉しさついでに散歩に出る。建国記念の祝日でもあるしな。

 門を出て表に。

 向かいの二階、一瞬だけ啓介の気配。

 あいつの引きこもりは、ひょっとしてわたしのせいか?

 瞬間思って、打ち消すと、二月とは思えない陽気の中をブラブラと散歩に出たのであった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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銀河太平記・114『サーターアンダギー』

2022-06-18 15:15:34 | 小説4

・114

『サーターアンダギー』加藤恵 

 

 

 まあ、そうなるよね。

 

 電子ボードに780を781と書き換えるココちゃんの背中に呟いた。

 実は、サーターアンダギー中毒になりかけている。

 植樹祭のお土産にサーターアンダギーをもらってからツボにはまって、毎日二個ずつ食べている。

 サーターアンダギーは、沖縄のボール型のドーナツ。むやみに美味しいけど、カロリーが高い。

「レプリケーターなら、カロリーオフのも作れますよ」

 分かっていながら、ココちゃんは意地悪を言う。

 やっぱ、天然黒糖の手作りがいい! 

 レプリケーターでも、98%同質なのが作れるけど、全然違う!

「レプリケーターなら、一日6個食べても平気ですよ」

「ぜったい、本物がいいの!」

 言い張ると、ココちゃんは、ボードに食べた数を記録するようになった。

 まあ、半分ジョーク、半分は可愛いイヤミだと思って、放っておいたら、もう一年も続いている。

「でも、おかしくない? 今日で、ちょうど一年だから730個でしょ?」

「日に三つ食べた日があるんです」

「え、そんなの記憶にないよ!」

「都合よく記憶の改ざんをやってるんですよ。メグミさんも二十ン才なんですから、油断してると西之島の拡大よりも早くブタになりますよ」

「そうだ、わが西之島だよ! 北東区というのは妥当な線だと思うわよ」

「なんでしょうけどね……」

『EE計画』正式名称『西之島北東部新規総合開発計画』は、パルス鉱の輸出利益に後押しされて、飛躍的な発展を遂げた。

 そこで、新しく行政区として独立させて、さらなる発展を願って議会で決められた名前が『北東区』なんだ。

 議会では、東北区と北東区のどちらにするかというバカな論争をやっていたが、『東北というのは、本土の東北地方と被ります。東北というのは、単なる地方名ではなく、東北地方の人々の思い入れのある名前なので、控えたほうが良いであろうと思われます』という及川市長の意見で北東区に落ち着いた。

「なんか無機質な感じで、すこし残念です」

 ココちゃんは、天皇の姪という立場なので、それ以上に踏み込んだ不満は漏らさない。

 さる筋からは『火星に移るように進言してほしい』と言われているけど、わたし自身、相当のアマノジャクなので本人には言っていない。そううことは、皇族であっても――自分で決めなさい――だと思っている。

「あ、そろそろ時間だから、行ってくるね」

 午後は、市役所で開発評議会がる。ココちゃんが時間を確認している隙に、もう一個サーターアンダギーを摘まむ。

 パク……

 よしよし、敵は気づいていない(^▽^)/

 と思ったら、ガラスに映ったボードの数字は、しっかり782になっていた。

 

「メグミさんはバカな名称だと思っているでしょ?」

 早く着きすぎた会議室には、すでに及川市長が秘書も伴わずに、ひとり、完成度80%の開発地区を見下ろしている。

 前回も同様だった。時間にして、この三十分余りが、市長の短い休憩なんだろう。

 ドアを開けてから気づいたので、ちょっと申し訳なく思いつつも、横に並ぶ。

「お邪魔になりませんか?」

「いえ、話す相手があった方が、頭の中で整理できます。まあ、誰でもいいというわけではありませんが。『北東区』の名称に否定的だった人の方が話が面白いです」

 名称などどうでもいいと思っていたわたしは、つい曖昧な返事になる。

「ええ、まあ……」

「役所や役人は、平凡な方が安心するんですよ。希望や展望に満ちた名前だと警戒されます。ただでも、この島は『西之島開発特措法』によって、役所が口を出しにくい存在になっています。眼下に完成間近のオタカラ劇場が見えますが、規格も運営も、並みの市民ホールとは全然違います。歌劇やレビューに特化した大中小、三つのホール。大と中は運営の主体を孫大人の北大街に任せています。並の市民ホールでは、こうはいきません。ヒト、モノ、カネを柱に、世界をリードするカルチャー都市を目指すのには、本土からの援助は必要ですが、口は出させたくないですからね。なあに、事業がうまく行けば、自然発生的に別の名前が付きますよ。エデンとか、ニューアキバとか」

「ハハ、大昔のラブホかヘルスセンターの名前みたい」

「いや、そっちの文化的な能力はゼロですから、ま、そんな感じで通称名ができればいいんですよ」

 ホール以外にも、本土政府からの資金で作られている施設や開発地の説明をしてくれる。

 なるほど、こうやって説明することで、相手の反応で考えをフィードバックして、頭の中で、次のステップを考えていることが分かる。国交省の役人だったころは鼻持ちならない人だと思ったけど、市長としてはなかなかの采配ぶりだ。

 この及川軍平の能力と人となりを読んでいた社長たち、三人の島のリーダーは大したものだと思う。

 かくいうわたしも、元とは言え、天狗党の幹部の一人。それをラボの代表者にしているんだ。

 まあ、ゆっくりと島の変化を見せてもらおう。

 あと、数分で会議が始まるところで、秘書からとんでもないことを知らされた。

「ちょっと、面倒なことになるかもしれません」

「確かに……」

 

 なんと、西之島の核(二百年前の噴火の拡大期以前からあった元の西之島)から、漢明国の遺物が発掘されたというのだった。

 ちょっとややこしいことになりそう……無性にサーターアンダギーが食べたくなってきた。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
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漆黒のブリュンヒルデQ・029『受験生 福田るり子』

2022-06-18 06:29:39 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

029『受験生 福田るり子』 

 

 

 
 あ……起きなくていいんだっけ。

 
 いつもの時間に目覚めて思い直した。

 今日は週明けの第二月曜日、月に一度の休刊日だから新聞を取りに行かなくてもいい。

 でも、そのことではない。

 今日は学校の入試日で生徒は休みなのだ。

 普通の生徒なら儲けたとばかり二度寝をするんだろうが、女戦士の習い性、きっちりと目が覚めてしまう。

 
 祖母といっしょに庭の手入れをして、家族三人で朝食。

 表を掃きながら向かいの窓からチラ見している啓介を冷やかす。先月は家の前の道路で掃除の真似事をするくらいの事はしていたのだが、ここのところの寒さを理由に出てこようともしない。情けない幼なじみにジト目の一つもをかましてやろうと思ったが……。

 あれ?

 啓介の視線が微妙にズレている……視線の先を探ってみると、地面に落ちた電柱の影が太っている。わたしの位置からは見えないが、向かいの啓介のところからは影の本体が見えているのだ。

「なんの用だ、ねね子」

「み、見つかったニャー(^_^;)」

 私服のねね子が出てきた。メンズなのだろうか、大き目のブルゾンが可愛い。

「なんの用だ」

「あ、えと、学校について来て欲しいニャ」

「今日は入試で休みだぞ」

「いや、その、だからなのニャ(^_^;)」

「んん?」

 ねね子は二階の啓介が気になるようで、あまり込み入った話はできない様子だ。

「分かった、だけど、入試だから校内には入れないぞ」

「あ、それでいいニャ!」

 可愛くガッツポーズ、啓介が胸キュンになった気配。わたしにはまだまだ出来ないJKらしさだ。思いっきりのガンを飛ばしてから、ねね子と学校へ向かう。

 
 豪徳寺を周り切って踏切が近くなると、受験生たちが様々な中学の制服で学校を目指しているのに出くわす。

 
「あの子たちに比べると、ねね子でもお姉さんに見えるなあ」

「これでも、春からは三年生なのニャ!」

「ハハ、すまん。で、用事は、あの子たちの中か?」

「うん……あの子なのニャ」

「ん……」

 それは福田芳子に似た少女だった。少し小柄で、目尻に力があって、ねね子とは違ったタイプの猫顔が受験生の列に窺えた。

「ねね子の仲間か?」

 妖だろうことは見当がついたが、害意が無い。先日の梨本明子さんに似た空気を帯びているが、彼女よりは胡散臭い。

「芳子の妹ということになっているニャ、福田るり子ニャ」

「妖なら、真名を付け昇華してやらねばならないが」

「待って欲しいニャ、るり子はなにやらありそうなのニャ」

「具体的に言え」

「言えないから、実物を見に来てもらったニャ。るり子には手を出さないで欲しいのニャ」

「だから訳を言え!」

「く、苦しいニャ(≧Д≦)」

「すまん、つい首を絞めてしまった」

「ねね子の勘ニャ、ほら、雷が落ちるのが分かったような勘ニャ」

 ねね子の勘で井伊の殿様も命拾いしたし、わたしも無事にこの異世界に来られた。

「そうか、じゃ、しばらくの間だけな」

「よかった。ウンと言ってくれなかったら、今度は落雷するところに誘おうと思ってたニャ」

「やったら殺す」

 ゴツン!

「フニャ!」

 

 受験生たちを見送っていると、いい匂いがしてきた。

 神社の鳥居の向こうでおきながさんが焚火をしている。どうやら芋もいっしょに焼いているようだ。

 ねね子と一緒に焼き芋をごちそうになって家に帰った。

 朝からの焼き芋で、胸がもたれるかと思ったが、ちゃんと朝ご飯も食べられた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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魔法少女マヂカ・278『わたしたちの方向は決まった』

2022-06-17 09:52:00 | 小説

魔法少女マヂカ・278

『わたしたちの方向は決まった語り手:マヂカ 

 

 

 なんで関西弁!?

 

 二学期が始まって、学校の日常が戻ってくると、ノンコの関西弁は不思議がられた。

 大正時代にタイムリープしている間、ノンコは京都の野々村神社の娘だということになっていた。ご維新後に祖父の宮司が男爵に列せられ、孫娘であるノンコは女子学習院に入るために高坂公爵家にわたし(渡辺真智香)といっしょに下宿しているという設定だった。

 当面の目標は、精神を病み始めていた高坂家令嬢の霧子をサポートしていることだった。

 これは、特務の仕事ではなく、人知を超えた何者(神か悪魔か)かの意思、あるいは、千年の魔法少女でも理解不能の超常現象であるのかもしれない。

 それならば、ノンコは京都弁でなければおかしい……そう思い当たると、自然に京都弁になってしまったのだ。

「いやあ、なんや無理して東京弁喋ってたみたいで、京都弁に戻ったら、めっちゃ自然。もう、もとに戻らへんと思うわ(^▽^)/」

 まあ、ぶっ飛んだところのある奴だったので、調理研(特務隊員でもある)のメンバーだけでなく、クラスメートも自然に受け入れてくれた。

 なんと言っても、ノンコ自身、オタマジャクシがカエルになったぐらいの自然さで受け入れているのだから、ノープロブレムだ。

 

「ポチョキンも、あれ以来こーへんねぇ」

「ポチョムキンだ」

「ああ、そのポチョキン」

「うちも見たかったなあ、クマさん」

 ノンコは大塚駅組ではないので、ポチョムキンのブリッジに立っていたクマさんを見ていない。

 あれは、もうクマさんではない、クマさんの姿を借りた悪の提督だ。

「大正時代のことは分からないけど、いちど、関係者の間で共通理解というか、問題を共有しておく必要はない?」

 友里がまともな事を言う。

「うん、あんたたちは何カ月も大正時代で戦ってきたんだろうけど、友里やわたしは、昨日が今日になっただけだからね」

 清美が補強してくれて、わたしたちの方向は決まった。

「じゃあ、とりあえず、神田明神だ!」

 後ろから声がしたかと思うと、ブリンダが詰子といっしょに人数分のカフェオレを持っている。

「自販機の所で一緒になったから、持ってもらったワン」

「千駄木の短縮授業は終わってるだろ?」

 ブリンダは山手線の向こうの千駄木学園だ。

「おまえらが真剣に悩んでるってガーゴイルから聞いてな。早退してきた」

 カーカー

 見上げると、校舎に挟まれた中庭の上を人相の悪いカラスが舞っている。

「司令からの指示も神田明神からだ。いくぞ」

「脚はどうする?」

「飛んで行けば……ああ、飛べない奴がいるなあ」

 飛行石で飛べるのは正規魔法少女のわたしとブリンダだけだ。残りを電車で行かせては時間がかかり過ぎる。

 

「脚なら用意してあるよ♪」

 

 藤棚の陰からサムが顔を出す。サム=サマンサ・レーガンも準隊員だ。

「わたしは霊雁島(第七魔法艦隊司令部)に呼ばれてるけど、車はオートだよ。ほら、神さまの所に手ぶらというわけにもいかないだろうから、お供えにフライドチキンとフライドポテトも用意しておいたよ」

「ありがとう、サム!」

「あんたらの分も作っておいた。車の中で食べるといい。ほんとうはジャーマンポテトなんだろうけど、アメリカの田舎者だから、こういうのしか用意できなくてね。ごめん」

「いいよいいよ、車まで用意してもらって、こっちこそ……」

「帰還命令なのか?」

 ブリンダが優しい声を向ける。

「たぶん……アメリカもいろいろあるから。先輩みたいに嘱託だと自由もきくんですけどね」

「まあ、もう二百年もやれば、多少の自由はきくようになるさ」

 サムを見送って、校門を出ると車が小気味いいアイドリングの音をさせて待っていた。

 

「ちょっと、古くないか?」

 

 ブルン ブルブル……

 みんなを乗せて走り出したのは、大正時代でも見かけた、乗合自動車タイプのT型フォードだった。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔
  • サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女
  • ソーリャ         ロシアの魔法少女

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

 

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・028『お祖父ちゃんの激辛ラーメン・2』

2022-06-17 06:06:59 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

028『お祖父ちゃんの激辛ラーメン・2』 

 

 

 

 一晩考えた答えは豆乳だ。

 
 べつに本を読んだりネットで調べたわけではない。冷蔵庫の中身を思い浮かべて、一つ一つ想像してみたのだ。

 バター 味噌 蜂蜜 ガムシロップ ヨーグルト 牛乳 オレンジジュース 生姜 醤油 ソース

 そして豆乳

 根拠があったわけじゃない、なんとなくの勘だ。

 この異世界に来て、直感で結論を出せるほどの経験値は無い。

 戦いと同じだ、難敵に当った時、いちいち考えているわけではない。考えていたらやられてしまう。

 刃を交わした時、斬撃をからくも躱した時、敵の槍が鎧の胴をかすめた時、ふと衝動が湧いてくることがある。切ったり、突き上げたり、薙ぎ払ったり、いろいろだが、閃いたもので対応する。

 辺境の魔王を倒した時、一瞬風が吹いた。実際に吹いたわけではないだろうが、あれが閃きの瞬間だ。次の刹那、魔王は血しぶきを上げて倒れていった。

 あの時と同じ感覚なんだ。

 ラーメンが煮えて粉末スープを投入、一瞬で鍋の中が真っ赤に染まって泡立つ。湯気を被っただけで目に刺激がある。

 そこで、コップに1/3の豆乳を投入……べつにシャレているわけではない(^_^;)。

 とたんに蒸気が大人しくなる。

 仕上げに溶き卵を入れてひと煮立ち。

 
「おお、これなら食べられるよ!」

 
 お祖父ちゃんが喜んで、お祖母ちゃんが目を細める。

 これで、お祖父ちゃんは「ほんとうに美味しかった!」と正直に物産会の人たちに言えるだろう。

 わたしも祖父孝行ができて気分がいい。

 

 社会科準備室にノートを運んで行った帰り、階段に差し掛かったところで風を感じた。

 階段の上は踊り場を曲がって屋上に通じている。屋上に通じるドアは普段は締め切りになっていて、窓でも開いていない限り風が吹き込むことは無い。

 階段を上がってみると屋上へのドアが小さく開いている。なんだか誘われたようだが、まあいい、妖ならば相手にしてやる。

 少しだけ気負って屋上に足を踏み入れると案に相違して人影は無い。

 ちょっと気にしすぎかな……

 風は冷たいが、その分空気は澄んでいて、西の空には小さく富士の姿さえ見える。世田谷から富士山を拝める日がどれだけあるかは分からないが、かなり運が良くないと見られないことだと想像はつく。

 東京の空が澄んでいて。富士山のある静岡県まで雲一つないことが条件だ。

 ラッキー

 女子高生らしく小さくガッツポーズをとってみる。

 激辛ラーメンの時と同じくらいに嬉しくなる。

 
 真白き富士の気高さを~心の強い盾として~♪

 
 小さな歌声に振り返る……あいかわらず人影のない屋上。歌声も消えてしまう。

 でも、かすかな気配を感じて、死角になっている階段室の脇を覗いてみる……。

「「あ」」
 
 同時に声をあげてしまった。

 階段室の陰には李明子がいた。クラスメートの大人しい子だけど、ときどき機嫌よく鼻歌を口ずさんでいる。

「なんだ、李さんか」

「ハハ、見つかっちゃった(n*´ω`*n)」

「なんだか古い歌ね」

「アハ、富士山がきれいに見えるとね、つい。あ、ナイショよ、めったに歌わないから」

「うん、ごめん、じゃましちゃったわね」

 李さんは恥ずかしそうに笑って、わたしは小さく手を振っておしまい。階段室にもどると、又小さく歌声が始まる。

 そっとドアを閉めて、おしまい。

 エピソードとも言えない小さな出来事。

 これっきりならね。

 
 三日続いて、これが起きた。

 
 三日目は晴れてはいたが富士山は霞んで見えなかった。

「あ、たった今まで見えていたのよ(;'∀') その……その……」

 可愛くうろたえる李さん……気づいてしまった。

「李さん、影の向きが逆」

「え? え、あ、しまった!」

 西日を浴びているのに李さんの影は西に向かって伸びている。

「李さん……ひょっとして、妖?」

 妖なんだろうけど、ちょっと違う。探っても『李明子』という名前がしっかり浮かんでくる。李明子というのは彼女の本名だ。妖ならば名前を持たないはずだ。

「その名前は一度も使ったことが無いわ」

 李明子、りあきこ、むこうの読み方でリ・ミョンジャ。

「あ、そうか……梨本明子さんなんだ」

「そう そうよ、わたしは二つの名前が無いと落ち着かないの」

 李さんが微笑むと、影はきちんと東側に伸びるようになった。

 ありがとう

 そして、お礼の一言を残して李さんは消えてしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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くノ一その一今のうち・8『百地芸能事務所・3人の社員』

2022-06-16 09:15:16 | 小説3

くノ一その一今のうち

7『百地芸能事務所・3人の社員』 

 

 

 とっさに思いついてジャージの裾を引っ張ってみる。

 なんと、ジャージの裾が三十センチほども伸びた。

 店のショ-ウィンドウに映して見ると、ミニのワンピースになっている。

 これは、いざという時に、怪しげなジャージ姿から、ワンピース姿に化ける忍者のアイテム?

 胸にプリントされた『百』のロゴが伸びて、縦長の『白』のようになっている。上の横棒は、プリントが劣化して剥げ落ちて……単にぼろぎれ寸前になってただけ? 足元が地下足袋だから、ちょっと不思議なファッション。

 そうだ、ケモ耳とか付けたら、渋谷とかアキバなら通用するかもしれない。

 ウウ、しかし、ここは神田の古書店街だ。さっさと事務所に帰ることにする。

 

『さすがは風魔の二十一代目! 見事に躱したな!』

 

 事務所のドアノブに手を掛けるとカギがかかって、インタフォンから社長の声が響いた。

「早く開けてもらえませんか~」

 事務所に近づくにつれ、伸びたジャージが戻り始めている。

 カチャ

 もぉぉぉぉ

 小さくプータレながら社長室に入ると、頭だけ外した着ぐるみの姿の社長が汗を拭いている。

「あ、あれ、社長だったんですか!?」

「ああ、零細企業だからな、足りない分は社長がやる」

「じゃ、残りの着ぐるみと通行人も?」

「うん、狐とアベックはうちの社員だ」

 パサリ

「わっ!」

 目の前が暗くなったと思ったら、ジャージの下が頭に降ってきた。

「油断しちゃいけないなあ」

 振り向くと、もう一人の着ぐるみとアベックが立っている。

「あ、あなたたち!?」

「紹介しよう、狐の着ぐるみが『力持ち』だ」

 たしかに、着ぐるみの上からでも力はありそうだ。首の筋肉とかはプロレスラーみたい。

「あ、いまオレのこと男だと思っただろ」

「え?」

「うちで一番の古参だけど、立派なくノ一だ。化けることに関しては事務所でトップ。衣装・美術・特殊メイクが担当。仕事中は、みんな忍名で呼び合う。みんな『ち』で締める三文字から五文字でつけるのが習いだ。力持ち、なんか言ってやれ」

「四年遅れの覚醒だってな、モノになればいいが……まあ、励め」

「は、はい」

 なんかムカつくけど、取りあえず先輩だし、素直に返事しておく。

「その、男子高校生風の通行人が『嫁もち』」

 え、高校生で嫁もち!?

「あ、忍名。ちゃんと独身だよ。なんでもやるけど、マジックとかが得意かな? スタッフが落ち込んだりしたときには励ますとか、メンタル面でサポートすることもやってるから、困ったことがあったら、相談してね(^▽^)」

 なんだか、感じよさそう。

「ジャージの下を脱がそうって言いだしたのは、こいつだし『感じよさそう』なんて思わない方がいいわよ」

 女子高生が、可愛い唇をゆがめて言った。こいつも、見た目と違う(^_^;)。

「あれは、社長が『手っ取り早く結果を出せ』って言うから」

「嫁もち、今はお金持ちのタームだ」

「はい」

「ヨロ~あたし『お金持ち』。って、あたしが金持ちってわけじゃないからね。いちおう経理も担当。バイトのギャラとか、あたしの胸三寸だから、媚び売っといてね」

「お金持ちも一通りのことはこなすが、専門は情報だ。その、お前の忍名は……」

「『そのいち』でいきます!」

 変な忍名付けられちゃかなわないので宣言しておく。

「……まあいいだろう、風魔のそのいちだしな。まあ、遅咲きなんだ、今のうちに励め。じゃあ、テストの結果をもとにシフトと仕事内容を考えてやってくれ……あ、もうジャージの下履いていいからな」

「え、あ!?」

 気が付くと、上のジャージは、すっかり元の丈に戻っていた(#^△^#)。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち

 

 

 

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