ペーパー・写・楽

ペーパークラフト、京都の写真、カブ、自転車、軽自動車で楽しんでいます。

令和1年11月1日に首途(かどで)八幡宮さんにお参り

2019-11-01 16:37:25 | 京(今日)のとことこ街歩き
 アルトワークス5AGSの車検前無料点検の案内が9月頃に来ましたけど、仕事が忙しく行けない状況だった。
やっと点検に出せる日がきたと思ったら、もう11月になってしまった。
まあ、無料なので行ってみますかと、西陣のスズキに持っていった。


高野のスズキさんは耐震工事中で点検整備は西陣さん。
点検時間は40分ほどと聞いて西陣周りを散策することにした。


地図を見るとスズキさんの裏手に観世稲荷社があるのを発見。
大宮通りを探すと入り口がありました。
ただ、小学校の敷地内にあるようで、セキュリティのため門には鍵が掛かっていて入れなかった。
向こうに見える鳥居を見ながら、このあたりから手を合わせた。

kanze.netさんより↓
この土地はもと観世家の屋敷地で、伝えによれば室町幕府の三代将軍足利義満から大和猿楽の観世(結崎)三郎清次こと観阿弥(世阿弥の父)が拝領したものと言われ、九世観世大夫黒雪まで住んでいた。
現在も観世町という地名もあり、西陣中央小学校の隣接地にある。
観世稲荷社は往時観世家の鎮守社として祀られ、祭神は一足稲荷大明神と観世龍王である。


帯屋さんの暖簾。


染め物工場の煙突。


首途(かどで)八幡宮さんにとうちゃこ。


左側の鳥居が八幡宮さん、右側は弁財天さんの鳥居。


手水舎でお清め。


本殿。
nishijin.netさんより↓
大内裏の北東に位置するため王城鎮護の神とされ、もとの名を「内野八幡宮」という。
宇佐八幡宮を勧請したのが始まり伝えられ、誉田別尊(応神天皇)・比賣大神・息長帯姫命(神功皇后)をまつる。
かつてこの地に金売吉次の屋敷があったと伝えられ、源義経が奥州平泉に赴くに際し、道中の安全を祈願して出立したといわれる。
「首途(かどで)」とは、「出発」の意味で、以来この由緒により「首途八幡宮」と呼ばれるようになった。この故事により、特に旅立ち、旅行の安全の信仰を集める。


御朱印をいただこうとすると、御朱印やお守りが入れてある箱には、「御初穂料300円は賽銭箱に入れてください」と書いてあった。
300円を賽銭箱に入れて御朱印をいただいた。


日付は家に帰ってから筆で書くことにした。


絵馬。


弁財天様。

時間がまだあったため、周辺を散策。

珍しく模型屋さんがあった。
ただ、療養中で当分休ませていただきますと貼札があった。


上立売通りを歩いた。


古い町名看板があった。
町名の下には消えかかった「ナショナル ラヂオ」と書いてある。


古い長屋のところもある。


紅殻格子の家もある。


やっぱりありましたよ仁丹看板。


不思議な店もある。


ほぼかすれて読めない町名看板。
フジイダイマルさん。

今度、街なかで町名看板探しでも始めますか。


こういった町の米屋さんはカブが基本みたい。
似合います。


また古い長屋発見。




路地を通りながら今出川通りに出て鶴屋吉信さん。
伝統の味「京観世」には以下のように書いてあった。

鶴屋吉信本店からほど近いところに、
能楽の家元・観世家の鎮守である観世稲荷が祀られています。
その神社の井戸「観世井」にはこんな言い伝えが。
「天から龍が舞い降りて以来、井戸の水が常に揺れ動いて美しい波紋を描くようになった」。
菓子の意匠は、その優美な伝説を今に伝えています。

なるほど、入ることはできなかったけど、最初にお参りしようとしていた観世稲荷さんと繋がっていたんだ。

お土産を買って、車を受け取りに行って帰宅。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする