ハリックの診断即治療&虹彩と、Kenさんの経済学&スケッチ

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論語と鍼灸 (46) ケタタマシイ声での歓迎と礼

2011-06-20 13:45:51 | 論語と鍼灸
【子貢(しこう)、告朔(こくさく)の餼羊(きよう)を去(さ)らんと欲(ほっ)す。子曰(しいわ)く、賜(し)や、汝(なんじ)は其(そ)の羊(ひつじ)を愛(お)しむも、我(われ)は其(そ)の礼(れい)を愛(お)しむ】
(子貢が、毎月1日に行なう祭りで、宗廟に羊を供えるのをやめたいと思いました。孔子は言いました。子貢よ、あなたは羊を惜しみますが、私は礼を惜しみます)


正直言ってこの論語は悩みます。
羊を供えるほうがいいのか、伝統を重んじるほうがいいのか、でです。

供えられた羊のことを考えると、新しいものを取り入れたほうがいいように思います。
しかし、新しいものを取り入れることは、伝統を失ってしまうことにもなるので、もっといい方法はないものかと考えてしまうのです。

中国のチチハルに巨針を習いに行ったときのこと、朝に、病院の食道でお茶をご馳走になっていました。
その時、ケタタマシイ叫び声がしました。
ヴィーツ、ヴィーッッ・・ヴィーッッ
すぐに動物が絞め殺されたとわかりました。

お昼に豚肉が出てきました。
彼等は嬉しそうに言いました。
「新鮮ですよ。食べて、食べて」

先ほどのケタタマシイ声がまだ耳に残っていましたので、そんなに食べられませんでした。
後で聞いた話ですが、めったにしない振る舞いだったそうで、それが遠方から来た友を、精一杯歓迎する礼だそうです。

この論語を読むと、その時の光景が浮かんでくるのです。
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