からくり出張所

様々なからくりを徒然なるままに書くつもりです。
明るく楽しい趣味Blogが目標。
毎日ほっこりと。(^0^)

何かボンヤリ

2007年01月12日 10時34分21秒 | 健康・病気

 昨日は家の仕事に追われて、昼過ぎまで外に出ることが出来ませんでした。 やっと予定を終えると体が固まったようでいけません。やっぱりぶらりと歩きたくなりますが、日暮れまでもう時間がありません。急いで郵便局へ出かけて用を終え、裏町を歩いてちょっとだけ満足して帰宅。毎日少しでもあるくようにしているのですが、この時期になると仕事が湧きだして動きが取れない日が多いようです。もともと動くよりもじっとして何かを作ることが好きなので自戒せねばと思う最近です。

まだ仕事が少々残っているのでその事を考えると気が重くなります。が、峠を登らなければ次の視野は広がりません。ととりとめもないことを考えている今朝です。さて、そろそろ出かけなければ・・・・(汗)


走り初め

2007年01月08日 17時53分24秒 | ライブスチーム

 今日は吉祥寺北裏鉄道の運転会でした。 正真正銘の走り初めなので気合いを入れたかったのですが、正月で治療がお休みのせいか手首の調子がよくありません。という次第でやや軽量級の国鉄9600を持っていきました。 結果は見映えはまずまずの走りでしたが、今一つ納得できない結果でした。 Aさんから超重量級客車3両を拝借し空転することもなく走ったのですが、いつもなら安全弁を吹いて走行するはずなのに圧力が低下したままの走りとなりました。 ローギアで走るという雰囲気なのでそれはそれで良いのですけど力強さが感じられません。(汗)  午後の部は、昼食もそこそこに火を入れ、同じ客車を2両に軽くしてみました。 しかしながら午前中と同じです。 送風弁を軽く開いたままで走らせるとじわりじわりと圧力を上げていくのですが、やはり安全弁は吹きません。 どうやら4年前に作って以来交換していないバーナー芯に問題ありと睨んでおります。 ギャラリーとしてお越しの某大のI先生から「ホルムアルデヒド臭がする。不完全燃焼である。」と宣言されてしまいましたので間違いありません。次回までには新品の芯に交換しておくことにします。 I さん遠路はるばる見学ありがとうございました。(汗)

いつも快調とは限らないのがライブスチームです。まるでだだっ子ですが、それが楽しくて止められません。(笑) 今日は新年とあって皆さん気合いが入っていました。私は自分の機関車を動かすのに懸命で写真を撮れませんでした。 また例によって事務局長・新堀氏の写真を拝借するつもりです。あとで追加することにいたします。

Jnr9600_3 九州の人には見覚えのある機関車だと思います。アメリカ型の風貌を持つ9600にアメリカ型客車を引かせても違和感がありませんでした。

動輪径が小さく、重量が動輪にかかっているため粘着力は小型ながら大きいので空転は意外に起きませんでした。

追記

新堀さんの写真を自分の機関車だけまたもや拝借しました。(ペコリ) この機関車は筑豊地方で走り回っていましたが、我が故郷では唐津線、今はない佐賀線で使われていたと思います。佐賀駅を出ると転車台があり、ここに9600がいつもいたような記憶があります。しかしながら蒸気機関車が溢れかえっていた時代なので型式を全く覚えようとしませんでした。そのころは機関車に興味を覚えないただの少年だったと思います。(汗) ちなみに「佐賀のがばいばあちゃん」のロケ地となった佐世保線・武雄(温泉)驛には西側佐世保に向かう急勾配の西谷(にしだん)峠を駆け上がるためにC11というタンク蒸気機関車が補機として駐機しており、客車、貨物列車の後押しをしていました。 現代であれば名所になったと思いますが、覚えている人も少なくなったことと思います。 随分前にこの機関車のことを書いてみましたが、このC11の現在は知るよしもありません。静態保存されているとおもっているのですが、さてどうなっているのでしょうか?

 


火入れ始め

2007年01月06日 11時33分24秒 | ライブスチーム

フジテレビの「佐賀のがばいばあちゃん」が武雄市樋渡市長のブログによれば19.2%(関東) 21.0%(関西)という高視聴率だったとのことです。 私が云うのも変なのですが、ご覧いただいた皆様にお礼申し上げます。 それとともに武雄市民の皆さん、樋渡市長始め関係者の方々の努力のたまものだとと思います。新年早々嬉しい話です。 このドラマの反響については、地元で頑張られた皆さんのブログを是非ご覧下さい。  樋渡市長はじめ、がばい課の森さんかいぼーさん牟田さんnaoさんタケタクさん、もっといらっしゃるかも知れませんが、この間ドラマのことで発信されていた方々です。改めてお祝い申し上げますとともにこれからの展開を期待しております。

さて、このブログも本題から外しっぱなしでした。(汗) がばいばあちゃんも放送が終わったことなのでからくり路線に復帰いたします。お待たせしました。(待っている人は僅かですけど)

ということで昨日からくり模型の火入れ始めをやりました。 まだ手首が心配なので蒸気機関車ではなく、一年前にKさんから到来した定置型蒸気機関です。運転と後片付けが簡単なのでこれを選びました。

Steam1_2

しかしながら一年近く飾りものとしていたので運転要領を忘れていました。前回は水を満タン近くにして苦労したので2/3にしましたが、それでも多すぎたようです。大きいボイラーなので燃料一回につき1/2が適量ですね。燃料は固形燃料仕様だったのをメチルアルコールで動かすようにKさんが改造していたので便利です。 さて、圧力が規定値1.5kg/cm2に上がり、加減弁を開くと動くはずなのですが、動きません。 そうだ、このエンジンは熱容量が大きくて暖まるまでが大変なんです。潤滑油給油口を開いて暖機した方が良いと云うことをあとで思い出しました。とはいえしばらく空回しをしていると排気口から凝結水が排出され動き出しました。

 模型としては異様に大きい弾み車がカラカラと回っている様に産業革命の原動力の蒸気機関に思いを馳せ、更にはこのような地味な模型をいまだ販売している欧州に物作りの底力を感じました。 蒸気プラント模型が工芸作品として扱われ、実物の蒸気機関車がさりげなく走っている欧米を見ると彼我の差は顕著です。 日本ではこの手のリアルなものでなくバーチャルなゲームや遊びに人気があるのもこの先が気になります。 蒸気機関車を作ったり、真空管アンプを楽しんだり、カメラの修理をやってみたりの手仕事趣味に光が当たり始めてやっと物作り日本の再出発ではないだろうか。とあらぬ事を考えておりました。

Steam2_1

ダミーですが、金属球を使った調速機も気持ちよく回ります。この形式のものは蓄音機の中に入っていることをご存じの方も多いと思いますが、このメカニズムはまさにからくり仕掛けの真骨頂であります。風が吹いて桶屋が儲かる的な動きに興味を覚えます。 でも最近目にすることも少なくなりました。 実は子供の頃蓄音機を分解しこの球を取り出したのですが、もちろん元に戻せずに親からこっぴどく叱られたという思い出があります。(汗)

 このようなプリミティブな模型は小学生の科学教育に有益かも知れないなと思いましたけど、さていかがなものでしょうか? 火入れ始めであり、新年の夢でもありました。


気になる「佐賀のがばいばあちゃん」

2007年01月04日 10時10分55秒 | 佐賀のこと

 仕事始めの方々も多いことと思います。 私も今日から家のことに着手しますが、まだお屠蘇気分が抜けません。 そんなところへ出勤前のブログ市長から電撃連絡があり、今夜の8CHフジテレビ「佐賀のがばいばあちゃん」をよろしくとのことです。 今夜は佐賀県武雄市でロケがあったこのドラマの放送日です。「見て、明日は必ずフジテレビに感想を送って下さい。」とのだめ押しをされました。 任せて下さい。(笑)

Takeo_gate

 (重文の武雄温泉楼門と温泉の建物 東洋館より撮影)

という次第で、ここをご覧の方は少ないと思いますが、是非ともチャンネルをフジテレビ系に回して(古語)いただき古い貧乏な日本を生きた佐賀人の姿の感想を放送局に伝えていただきたいと思います。 映画も見ました。さてテレビの感想はどうなるか、ばあさん子だった自分自身が楽しみです。

さてこれから仕事を始めましょう。何からやるんでしたっけ(汗)


謹賀新年

2007年01月01日 00時15分18秒 | 偶成

明けましておめでとうございます。

 世間様並に新年と同時に書いてみました。 月並みですけど本年もどうぞよろしくお願いします。

今年こそ安穏とした一年でありますように。 といってもなかなか時代がそうさせてくれそうにありません。 還暦の年、マイペース、健康第一で今年を送りたいと思っています。

Fuji_oosezaki ホームページと同じ写真で恐縮ですが、いつ見ても清々しい光景なので掲載いたしました。

このブログを今年もご支援いただきますようお願いいたします。

(以下追記です)

本日は、自宅の神棚、仏壇へお参りしおせちを食べてから近所の天祖神社へ初詣、更に駅近くの経堂山福昌寺へご挨拶と墓参という恒例のお手近なコースをのんびり回りました。風も無くいいお正月でした。 子供の頃と違うのは日の丸が殆ど出ていないこと、我が家も出しておりませんが、高橋の街並みにずらり並んだ日の丸に正月だなぁーと思ったことを懐かしく思い出しました。 帰宅後古い写真をひっくり返して4年ほど前の12/23に静岡県由比町の旧東海道を歩いた際写した光景を探し出しました。正月ではありませんが、子供の頃の原風景が残っていて驚いた次第です。

Yui_jpn

帰路は息子と自転車を押しながら商店街を遠回りしましたが、さすがに開いている商店はコンビニとケーキ屋だけです。「一昔前の一人暮らしの正月は食べ物にありつくのが大変だったよ。」と爺臭い懐旧談を物珍しく聞いてくれたのも時代の違いでしょうか。 「昭和は遠くなりにけり」ですね。 祖母達が「明治は遠くなりにけり」といっていた気持ちがちょっぴり分かりました。連想ゲームのように突然思い出したうたです。(汗)

   降る雪や明治は遠くなりにけり   中村草田男