スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

人間における自由&シュトラウスの疑問

2022-05-30 19:18:02 | 哲学
 『スピノザ〈触発の思考〉』の第1章で取り上げられているフロムErich Seligmann Frommの『人間における自由Man for Himself』を詳しく紹介しておきましょう。
                                   
 原題から分かるように,『人間における自由』というのは意訳です。フロムの最も有名な著書はおそらく『自由からの逃走Escape from Freedom』であって,その関連からこのような題名に訳されたものと思います。『自由からの逃走』が出版されたのは1941年で,この『人間における自由』は1947年。そしてフロム自身が,『人間における自由』は『自由からの逃走』の続編であるといっていますので,そんなにひどい意訳がされているというわけでもありません。
 『自由からの逃走』は,人間が,とくにフロムにとっての同時代人が,自由から逃避しようとしていることを分析しています。それに対して続編の『人間における自由』では,人間の自己実現のための規範と価値の問題が分析されています。そのために原題はそうなっているということでしょう。フロムはこの規範と価値を,人道主義的倫理といっています。
 この説明から理解できると思いますが,この書物は伝統的な社会心理学と,倫理学とを結びつけるような内容になっています。フロムは冒頭で5人のことばを引用しているのですが,その5人とは,仏陀,老子,プラトンPlato,旧約聖書の預言者のひとりであるホセアHosea,スピノザです。これらの人物は一般的には社会心理学という学問の対象となるわけではありません。あえてそうした先人のことばを冒頭に引用することで,フロムはこの著書でどのようなことをなそうとしているのかを示そうとしているといえるでしょうし,また自身の学究的な意欲がおおよそどのような方向にあるのかということを示しているともいえるでしょう。
 『自由からの逃走』の続編ですから,読むなら先に『自由からの逃走』を読んでおいた方がいいです。ただ,『自由からの逃走』でなされている探求が繰り返されている部分もありますので,倫理的側面だけに関心があるという場合は,こちらだけを読んでも十分に理解することはできるでしょう。

 健康であったとしても,たとえば暴飲暴食を繰り返すような人は,自己の有を維持することに努めているとはいわれ得ず,自己の有を維持することを放棄しているといわれなければなりません。ですからこのような人は,有徳的であるどころか,無力impotentiaで不徳の人であるといわれなければなりません。なので,第四部定理二〇は,身体的に健康な人間は有徳的であり,病人は無力であるといっているわけではありません。
 現実的に存在するある人間が,何らかの病原菌に感染して体調を崩すということ,つまり健康な身体corpusから病気の身体になるということは受動passioであって,それが無力であることは否定できません。ただこのような意味でいえば,第四部定理四系により,現実的に存在する人間はだれでも無力であるということの一部分でしかありません。他面からいえば,常に有徳的であるという人間は現実的に存在しないのです。このために,健康な人間には健康な人間のvirtusと無力があるのと同じように,病人には病人の徳と無力があるのであって,病人であるがゆえに無力であり,健康であるがゆえに有徳的であるということはありません。このことは,健康な人間であるAと,病人であるBを比較した場合にだけ成立するわけではなく,同一人物の間でも成立します。つまりある人間は,健康な状態であるときには有徳的であり,病気に罹患しているときには無力であるというわけではないのです。
 第四部定理二〇がなぜ成立するのかということと,スピノザがこの定理Propositioでどのようなことをいわんとしていたのかということは,これで理解することができたと思います。とはいえこれだけでは,おそらくシュトラウスLeo Straussが感じたのであろう疑問については,何も解消されないでしょう。なぜなら,たとえスピノザがいわんとしたことが上述したようなことであったとしても,これでは有徳的であるか無力であるかということは個人の資質に帰せられることになり,だれもが有徳であることを目指すことはできないかもしれませんし,仮にそれがだれにでも目指せるものであったとしても,各人が自己の有を維持することに努めるconariだけでは,社会的融和は達成できないかもしれないからです。
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