書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

パッチ

2020年11月15日 11時37分32秒 | 意識論関連

狩猟採集生活の時代にも紛争はあったと考える方が自然で 現代においても文明から隔絶された原住民の間では一定の部族間紛争は見られ 土地の所有を巡る争いもある

それが農耕社会になることで集団の大規模化や効率化によって生活に余裕が出たことにより いわば暇を潰す形で集団内部での序列を他者に過剰に押し付け差別がより酷くなった

ヒトという種の生物は 先天的にはそれほど大きな規模の集団において統率協調習性を満足させられるようには出来ておらず 大きな集団になると内部で不平等に対する不信感を募らせ 一方的な序列によるヒエラルキーによって封建的な統率を行うことによって「秩序」をでっちあげるようになった

 

ヘイトスピーチをやっているような者というのは 基本的に暇で 酒だのクソゲーだのパチンコやギャンブルといった自堕落な生活を送っている奴が 自分の境遇における不満を他人のせいにしておくことによって自己の自堕落を「なかったこと(意識から外す)」にするために差別排除に邁進するのである

忙しい人はヘイトスピーチなんぞやらない

 

狩猟採集生活の場合 集団内部の他者とは仲良くなければ協調的に狩りを行うことが出来ず これは個人的にも不利になるので 自分の所属する集団内部においては差別排除をしている余裕はない

差別排除という行動は 社会を破綻に陥らせる無責任で非合理な行動であり この無責任さというものは社会全体の余裕が生み出した「暇」によって統率協調習性の暴走によって生じたものである

大脳辺縁系の活動が活発な「連続殺人型」の人の場合 本能によって促される情動を抑える理性が働きづらく 感情と行動が直結し 自分が主観的に感じている不満の矛先を 気に入らない他者に全ての原因があるものだと決めつける形で「ストーリー」をでっちあげるのである

純粋行為として 自分の脳を自分で満足させることが出来ている人の場合には 不条理な差別排除などをしている暇はない

 

元々は狩猟採取生活に適応して進化してきたヒトが 農耕文化による集団の大規模化には適応できず また効率化による生活の余裕「暇」を持て余すことによって 社会存続にとって非合理な差別や排除を行うようになった

統率協調習性というものは 元々順位序列によって特定の「ボス」に服従することで発揮されるものであり ヒトは元々平等が嫌いなのである

ヒトは特定の「ボス」に対して盲目的に信頼し 服従しておくことによって 結果的に統率協調性を発揮し これが狩猟採集生活においては比較的正常に機能していたが ヒト自らが発見した効率化による集団大規模化には適応できていないのである

もし遺伝的に適応進化が起きるためには 適応できていない個体を片っ端から殺害し続けなければならず 遺伝的進化の構造を人間社会に導入した時点で合理性も人間性も吹き飛ぶことになる

狩猟採集生活の段階においても 土地所有を巡る部族間の争いはあり 「所有の概念が差別を生み出した」というのは辻褄が合わない

狩猟採集生活の段階においては 集団そのものがそれほど大規模ではなかったため 集団内部の個人が集団全体を把握することが出来ていたことで 気分的に安心して集団内部の他者との信頼関係が持てていたのだが 他の部族との間には不信感や猜疑心によって「一定の紛争」は起きていた

実際に 文明から隔絶された狩猟採集生活をしている未開の原住民の間では 紛争による死亡者は1%に達すると言われ 決して「狩猟採集民族の方が平和的だ」とは言えないのである

死亡率が1%であれば 種の存続にとっては影響を及ぼす程ではないため 進化的には何の影響も及ぼすことはなく むしろ一定の紛争によって個体数を環境適応させられているのであれば 遺伝的進化にとっては都合が良いことになる

農耕による効率化は集団の大規模化によって 「一定の紛争」までもが大規模化することになり より残虐性を増すことにもなり 効率化による「暇」は他の集団に対する不信感や猜疑心解消するために軍備拡大競争を促すことにもなった

効率化というものは 合理的に利用すれば本来生活に余裕をもたらすはずのものでありながら 先天的に狩猟採集生活に適応してしまっている「ヒト」は本能的には適応することが出来ないため 無駄な差別排除という暴走破綻への道に邁進してしまうのである

先天的 本能的に適応出来ていないとは言っても これは所詮動物的な習性や行動バイアスに過ぎず これらが無意識であることを理解認識して合理的な目的行動選択を行う「人間としての意識」が働けば 本能習性に無為に流され暴走破綻に陥ることを回避することは可能である

ヒトという種の生物の ハードウェア的な「人間性の欠陥」を 知識や知恵を用いたソフトウェア的な「パッチ」を充てることによって 欠陥をリカバリーすることは可能であり 生命科学の神に頼った「ヒトVer.2.0」などという根拠の乏しい妄想ファンタジーに過ぎぬ「ストーリー」をでっちあげる必要はない

ヒトの大脳新皮質は充分な容積があり その使い方を理解できれば先天的な「人間としての欠陥」は補うことは充分可能である

 

 

Ende;

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ユヴァル:ノア:ハラリ

2020年11月15日 00時26分59秒 | 意識論関連

⇨ヒトがヒエラルキーを正当化する「ストーリー」をでっち上げるのは ヒトという種の生物が先天的に順位序列を決定しておかないといられない習性があるためである

農業革命の時期と奴隷制度が始まった時期が重なるのは 狩猟採集生活においては先天的な統率協調習性が獲物を「敵」とみなせることによって仲間意識を満足させることができていたためであり 過剰なヒエラルキーを必要としなかったのだが

農業革命によって「敵」としてみなせる対象(獲物)を失うことによって 共通の「敵(獲物)」を攻撃する仲間意識を満足させることができなくなり これが進化過程に組み込まれた統率協調習性の暴走を招くことで ヒト同士の中に必要性のない過剰なヒエラルキーを生み出し 更には主観的に嫌いな相手を統率協調的に「狩る」ことによって 先天的統率協調習性が促す仲間意識を満足させる形で差別を生み出し これがヒエラルキーを正当化する「ストーリー」のでっち上げの原因になったのである

遺伝的進化によって組み込まれた行動習性というものは 環境の変化にはそんなに短期間に適応できるものではなく 農業革命による統率協調習性が促す仲間意識を満足させることができなくなったことによって 差別排除によるヒト同士の暴力で本能的満足を代替せざるを得なくなっているのである

 

こうした先天的本能習性に起因する暴走行為というものは 先天的本能習性というもの 行動バイアスを作り出す感情というものが「人間としての本質的な意識」ではなく 単なる機械条件反射的な無意識に過ぎないことを「理解」する論理客観性が必要である

差別排除というものが社会にとって合理性がないことを理解するためには 差別排除行動自体が先天的本能習性によって促されている「錯覚」に過ぎないことを認識する必要性がある

錯覚を錯覚だと認識できれば 錯覚によって促される間違った行動には陥らなくなるからである

暴走するのは無意識だからであり 目的意識による選択可能性によって暴走は止められるのである

 

イジメやアオリ運転 ヘイトスピーチに邁進している者たちは 自分がなぜ誰かを差別していなければならないのか その理由や構造原理を理解しておらず

自分が既に差別を行っていることを事後正当化することによって認知的な不協和を解消する形で差別対象に対する様々な根拠の乏しい誹謗中傷(ストーリー)をでっち上げるのである

差別には宗教や民族は実は関係がなく 主観的に嫌いな相手でありさえすれば差別攻撃の対象は「誰でも良い」のであって 差別主義者というのは差別をすること自体が目的であって 差別をしていないといられない差別中毒に過ぎない

 

 ◇

生命科学を用いてヒトを超えた「ヒト2.0」的なものを作り出すことで ヒトが抱える問題点を解消できるという話は あまりに論理的根拠が乏しく妄想ファンタジーの域を出ない

ヒトは既に充分な脳容積は先天的に持っており 問題解決能力も持っているのである

差別暴力を行う者も後を絶たないが 理性を持って人道的行動を採れる者もいるのであり 前者の「失敗」点を理解分析し 後者の「成功」例に倣えば差別暴力は駆逐できるのである

問題は その能力がありながら発揮することができない構造的原因を理解していないことにある

 

眠くなってきたので今日はここまでとします

おやすみなさい

 

 

Ende;

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