
峠の上り道の途中で、自転車に乗った外国の青年が、すれ違いざま
「コンニチワ」と挨拶をくれた。
俯いて喘ぎながらの登坂中で、思わぬ声に咄嗟に返す言葉が見つから
ず「気を付けて」等と気の利かぬ挨拶を返すと、日本語が解るのか、
軽く左手をあげて勢いよく駆け下りて行った。

近頃は外国でも浮世絵が知られているらしい。
その為、広重の描く「東海道五十三次」の画と、現実の風景の対比を
楽しみに街道を訪れる外国人も少なくないと聞いていたが、実際に出
会ったのは是が初めての事であった。

薩田峠を下り、次の興津宿に向かうが、ここからは一転して切り通
した地道や、階段道で下っていく。
峠に置かれていた杖を借りてきて正解であった。
あの青年はこの階段道を、坂道を、自転車を担ぎながら上って来たので
あろうか、などと同情したくなるほど厳しい下り坂が延々と続いている。
(峠には自動車道もあるので、それを上ってきたのかも知れないが・・。)

やがて前方に民家などが見え始めると峠道は、墓地の中に入り込む
ように長山平と呼ばれる地に降りていく。
東海道本線に沿って進み、右に大きく迂回して興津川に突き当たる。
かつて「至って美味也」と言われた鮎が、初夏から中秋にかけてこの
川では取れたという。

この辺りで左折し、川に沿って海に向かう。
正面に東海道線のガードが見える辺りが「川越し」の跡だ。
当時興津川は厳冬期には仮橋が架けられるものの、通常は橋や渡し舟は
無く、人足による徒歩渡しをしていた。(続)



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