簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
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樟葉の町へ(東海道五十七次歩き旅・山城国)

2025-03-14 | Weblog


 嘗てこの橋本地区の東側は、石清水八幡宮の鎮座する男山(鳩ケ峰)
から続く山系で、山中には僅かに八幡宮に続く獣道しかなく、鬱蒼とし
た森や竹林が広がっていたという。特に竹林は美しく、「竹取物語」の
モデルはこの地では・・・とも言われているくらいだ。



 発明王として知られるトーマス・エジソンも、白熱電球のフィラメン
トに世界各地から取り寄せた竹を試したが、最後に八幡の竹を使用し実
験に成功したとの話は有名だ。

 八幡の駅前にはエジソン通りが有り、胸像が立ち、男山や町中にも関
連の記念碑が多く見られる。



 ここ木津川、宇治川、桂川の三川合流地帯は低湿地帯で、昔から水害
の多い所で有る。そんな八幡に隣接した橋本の古い町並は、その山裾と
淀川に挟まれた狭隘の地で、水難を避けたやや高い地に、街道に沿って
細長く伸びていた。街道筋には、背丈ほどの石垣を組んだ上に屋敷を構
える民家が何軒も見受けられた。



 堤防を降りた道は、奥の町から大谷川を越え、北の町に入り、橋本郵
便局前を暫く進むと突き当る。街道は右に曲がり50m程で直ぐに左に折
れるが、左に曲がれば京阪橋本の駅だ。

 その前に浄土宗の普現山・西遊寺が有るが、市内最古の仏像の一つ、
平安時代に造られた木造天部形立像(伝帝釈天像)が有名らしい。



 華やかで艶やかな中ノ町の町並、「橋本遊廓街跡」は、この先どうな
ってしまうのか、そんな事を考えながら小金川の町を抜け府道の手前で
左に折れ、京阪線の線路を越えると、左奥が橋本駅だ。



 東海道は道なりに進みその先で、何時しか山城国から摂津国の楠葉へ
と入ってきた。(東海道五十七次歩き旅・山城国・完 摂津国編に続く)

 次週から「玉野市電廃線跡を歩く」が始まります。
『国鉄の華やかなりし頃、四国連絡の拠点「宇野」を起点とする新しい
鉄道が誕生した。』




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