20年前の思い出。(内容から「昔」ではなく「津軽(青森)」カテゴリーに入れておきます)
Windows95発売でマルチメディア時代へ入った1995(平成7)年の翌1996年は、事件としては大腸菌O157による相次ぐ食中毒や北海道の豊浜トンネル崩落事故が衝撃だった。
あとは、プリクラ、アムラー、ルーズソックスの流行、Window95発売に触発されたインターネットの普及、オウム真理教に端を発するTBSのワイドショー全廃に伴い「はなまるマーケット」が始まるなどした年。
その年の音楽は、小室ファミリー全盛期、それ以外の新旧多数のアーティストも入り乱れて活躍し、年間シングル売り上げが100万枚を越えたのは19作品。
当時の僕は、今以上に音楽への関心が低く、テレビで流れる歌のフレーズを断片的に耳にする程度で、曲名も歌手名もあまり知らなかった。また、多くの曲が似たり寄ったり(は言い過ぎかもしれないけれど)に聞こえてしまっていた。20年後の今なら、違いも分かって、それなりの感慨もあるけれど…
そんな中、際立って違う印象を受けた新人歌手がいた。
年間シングル売上では、デビュー作と2作目を15位と16位(ほぼ同枚数)にランクインさせた女性2人組「Puffy(パフィー)」である。
肩肘張らない「ユルい」独特のスタイルが支持を集めた。僕とほぼ同世代ということもあり、ファンというほどではないが、ちょっとして親近感のようなものは覚える。
1990年代前半のバブル崩壊直後の世の中とも、2000年以降の殺伐さが強まった世の中とも違う、“世紀末”ではああるが、今にして思えば(前年までと比べて)比較的穏やかな世の中だったとも言える1990年代後半の日本を象徴するような存在だったのかもしれない。パフィーより前にも後にも、同じような歌手は出ていないと思う。
「これが私の生きる道」は歌詞の内容がパフィーらしく、僕はこちらがデビュー曲ような気がしていたが、実際には2作目だった。ちょうど10月7日発売。
今回話題にするのは、5月13日発売のデビュー曲「アジアの純真」。
「アジアの純真」は不思議な歌詞と不思議なメロディー。
作曲はパフィーのプロデューサーである奥田民生、作詞は井上陽水。
歌詞は井上陽水らしい言葉遊び。(翌年の「渚にまつわるエトセトラ」なども作詞)
ダブリン、リベリア、ラザニアなどアジア以外の地名・物も歌いこまれていて、内容よりは韻や音を重視した詞。
「マウスだってキーになって」や「アクセス」は、マルチメディアブームに乗ったフレーズといえよう。1996年前半としては、最新の言葉だったかも。
それ以前も、施設への行き方としてアクセスを使うことはあるにはあったが、「インターネットサイトに接続する」という意味にも使われることで、アクセスという言葉が一般化したと思う。
そもそもどうして「アジア」なのかもよく分からないけど、1997年に香港がイギリスから中国へ返還されて、日本でも、その方面がちょっとしたブームになった。それ以外にも、2010年代とは逆のプラスの意味でアジア全体が注目されていた時、ある意味アジアブーム(韓流などより広範囲の)でもあったので、そんなこともあるのかもしれない。
曲はイギリスの「エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)」の1979年の「Shine A Little Love(邦題? シャイン・ラブ)」のオマージュだそう。
聞いてみると、「渚にまつわるエトセトラ」などにも通じる印象があるが、それほど似ているわけでもないような。
Puffyは後にバラエティ番組や世界へも進出し活躍の場を広げた。
どこかのグループのように、解散・再結成したり(事情はあるでしょうけど)、メンバーが選挙に立候補したりもせず、Puffyは今年20周年を迎えた。
4月19日にはNHK「うたコン」に出演し、「アジアの純真」を歌った。9月19日のミュージックステーションの特番では、これが私の生きる道とともに2曲歌ったとのこと。
というのが、全国どこでも通用するであろう「アジアの純真」の思い出。(最後にまた少々続き)
これは前置き。これを踏まえて、以下本題&青森ローカル。
弘前にいた時、日曜22時からTBS系「世界ウルルン滞在記」を青森テレビ(ATV)で見た後、チャンネルを青森放送(RAB。日テレ系)に変えると、「スーパーギャング深夜同盟」というローカルバラエティ番組をやっていた。
青森朝日放送「人間椅子倶楽部(この記事中ほど参照)」と並ぶ、名前だけでもインパクトがあるローカル番組。
余談だが、ウルルン滞在記の裏の日テレでは、「進め!電波少年」が放送されていたが、1997年春までのRABでは同時ネットせず、フジ系の番組(ハンマープライスなど?)を遅れて放送していたようだが、記憶にない。
「~深夜同盟」は熱心に見ていた(そもそもたまにしか見なかった)わけではなく、出演者も内容もほとんど覚えていない。
そんな中、唯一、記憶にあるのが「青森の純真」。
「青森の純真」も、ちらりと数度しか見ていないはずだけど、鮮烈な印象を受けた。
プロモーションビデオのような映像と音。
音は、「アジアの純真」そのものの伴奏に合わせて、パフィーではない女声で、アジアの純真ではない歌詞を歌う。
歌詞には、青森県内の市町村名や、ねぶた、リンゴ、イカなどの産物が歌いこまれる。
映像は、(歌詞と一致する?)青森県内各地で、パフィーのような格好(服装だけ。年齢や容姿は??)の女性2人が歌っているもの。
要するに、「アジアの純真」の青森版の替え歌。
歌っている女性2人組は「ガフィー」と呼ばれていた。
【7日追記】見た感想としては、パクりではあるし、歌詞や構成に関する疑問もあった(誤解を含む。以下で解説)けれど、青森ならではのものであり、全体的には好ましく感じられた。ガフィーの歌も下手ではなかったと思う。だから、青森の思い出の1つとなっている。
今、ネット上においては、「スーパーギャング深夜同盟」という番組自体は、1989年から2002年までの長期間、放送されただけに、Wikipediaをはじめとして多くの情報や思い出が記録されている。
しかし、「青森の純真」については、片手で数えられるほどしか見当たらず、分からない点も多い。それらも参考にさせていただいて、以下にまとめと考察。
まず、放送時期。
Wikipediaによればスーパーギャング深夜同盟が日曜夜に放送されたのは、1994年から1997年春までとのこと。僕は他の時間帯での放送を見たことはないはずで、本家「アジアの純真」の発表日も考慮すれば、1996年初夏以降~1997年春辺りに放送されていたことになる。
次に「ガフィー」について。名前からしてパフィーありきだから、この歌のために結成された(?)のだろう。
メンバーの名前や素性(元から番組に出ていた人たちだったのか、新たに呼ばれたのか等)は分からなかった。
この後、別の曲も歌ったのかどうかも分からない。「青森にまつわるエトセトラ」とかあっても良さそうだけど。【7日追記】CD発売などもしていないのだろう。
今まで知らなかったが、「ガフィー」は津軽弁が由来らしい。(下北弁や南部弁ではどうなんだろう?)
「がへー」とか「がふぇえ」という言葉があり、「格好悪い」「ダサイ」を意味するのだそう。
秋田弁だど「みだぐね/みだぐない」に相当しそうだけど、微妙にニュアンスが違うのかも。
つまり、謙虚というか自虐的なコンビ名だったようだ。
そして、歌詞。
いろいろ制限もあるから、全文掲載は差し控えます。
記憶では、アジアの純真ほど、韻や音は重視しておらず、単に市町村名を羅列したような歌詞。本家での「ラザニア」のように、地名の羅列の中に地名でないものが紛れこむことはなかった。かなりの市町村名が出てきたが、全市町村というわけでもなかった。したがって、例えば青森には三戸と五戸~八戸と5つの「~戸」で終わる自治体があるが、すべては出てこない。
参考にさせていただいたホームページ等によれば、歌詞に出た自治体は、順に、
平賀、黒石、木造、西目屋、車力、弘前、五所川原
三沢、階上、八戸、三戸、福地、南郷、百石
大間、大畑、川内、横浜、野辺地、六ヶ所、風間浦
であった。
何のことはない。歌詞のブロックごとに、津軽、県南(南部)、下北の青森県3エリアに振り分け、各エリアから7つずつ、メロディに乗る音数の自治体名を選んで並べただけみたいだ。
【7日追記】上で、羅列の中に地名以外が紛れることはないとしたが、それとは逆に、本家では地名でないフレーズの部分が、「青森~」では地名になっている箇所(熱帯夜→風間浦 等)もあった。各エリアとも7自治体ずつを歌いこむという“制約”があったからか。
平成の大合併開始前の当時では、青森県には67の市町村が存在した。
その3割ちょっとしか登場しないけど、その取捨選択は何か基準があったのだろうか。
「車力村(しゃりき、現・つがる市)」「百石町(ももいし、現・おいらせ町)」「川内町(かわうち、現・むつ市)」など、今の僕はその存在を忘れていた(というかほぼ記憶になかった)。
弘前と八戸が入る一方で、失礼ながらマイナーな町や村もいくつか歌いこまれている。
青森県には、その名に印象的な文字や響きを持つ自治体が(特に合併前の当時は)多く、個人的になんとなく好きだった。
歌詞に出てくる「木造(きづくり)」「階上(はしかみ)」「風間浦(かざまうら)」なんかもそうだけど、ほかにも「大鰐」「田舎館」「脇野沢」「碇ヶ関」「天間林」などがあった/ある。
文字数からしてメロディに収まりが良さそうだし、それらを歌いこんだら、より青森らしい替え歌になりそうなのにと、当時から思っていたのだけど、それは素人考え?
ほかには、「白のパンダをどれでも全部並べて」に相当する「陸奥湾のヘソにホタテを全部浮かべて」というフレーズがあり、「陸奥湾のへそ」の意味が理解できなかった。(っていうか、元歌からして意味が分からないけど)
これは今、調べたら、情報は少ないけれどなんとなく分かった。
津軽半島と下北半島に挟まれた海が「陸奥湾」。その南岸、青森市の東に「夏泊(なつどまり)半島」という小さい半島がある。これは知っていた。
その夏泊半島が、陸奥湾を囲む海岸線のちょうど真ん中に位置することから、ヘソと例えるようだ。
※秋田市河辺の“辺岨村”こと「へそ公園」のように、「中央、ど真ん中」の意味で比喩として「へそ」を用いることがある。陸奥湾のへそもそれに当たる。
下北半島を形状から「まさかり」に例えるのよりはマイナーな例えだろうか。
「溢れ出ても アジア」の部分は、そのまま「溢れ出ても 青森」だったようだ。
どうだったか記憶にないけれど、音数が合わなくて、ちょっと無理があったかも。
最後の「今 アクセス ラブ」は、「今 アスパム 前」。
(再掲)青森県観光物産館アスパム。ただしこの写真は「前」じゃなく裏
国際的な本家とは違い、青森に始まって青森に終わる歌なのだった。
やがてスーパーギャング深夜同盟の放送時間が変わり、僕は青森を離れ、パフィーブームも一段落する。
そんな頃、全国的に平成の大合併が進められ、青森県でも67あった市町村が2004~2006年にかけて40にまで減った。
69が25になった秋田県ほどではないが、聞き覚えのある自治体名のいくつかが消えた。
※合併前は秋田県のほうが多かったのか。青森県のほうがずっと多いような気がしていた。秋田県で合併前が進んだのは、当時のテラタ知事が半ば強引にやらせたため。
【7日追記】そして、いつの間にかガフィーも活動を終え、「青森の純真」も人々の記憶から消えていった(そもそもそんなに知られてなかった?)のだろう。
本家パフィーが20年を迎えたことだし、地方の衰退が激しい今、改めて「青森の純真」を聞いてみたい。
あるいは、当時の67全市町村もしくは現在の40市町村すべてを歌いこんだ「完全版・青森の純真」を作ったら、楽しいのではないだろうか。
ちなみに、テレビ静岡(関連記事)が1978年の開局10周年記念に「ごてんばあさんの歌」という歌を作り、その歌詞には当時の静岡県のほぼすべての市と郡(町村ではない)の名前が歌いこまれているそうだ。作詞は、作家になる前の伊集院静。【7日追記】平成の大合併に対応した新バージョンも存在するらしい。
以下、再び「アジアの純真」関連。
NHK「おかあさんといっしょ」に「ねこのひげ」という歌があった。はしもとかん 作詞、越部信義 作曲。同番組に多数の曲を提供した越部先生にとって、最末期の曲ではないだろうか。アニメーションはネコをよく題材にする堀口忠彦。
ネコのヒゲの機能について、幼児にも分かりやすく説明した歌。僕が弘前にいた頃に初めて聞いて、感心した記憶がある。
この歌には、「歌詞の一部を加工した音声(ヴォコーダーという機器を使うようだ)で繰り返す」という部分があり、「アジアの純真」を意識しているように感じたものだ。1998年2月にその月の歌として初放送されたようなので、実際にそうなのかも。
あと、「NHKのど自慢」で「アジアの純真」を歌う人がまれにいるが、そのヴォコーダーの部分が、ちょっと困る。その間、出場者は歌わないのだから、その分、歌える時間(=鐘の評価対象)が減るし、伴奏も対応できないし、間が持たない。
9月4日放送の高知県須崎市からの放送(編曲担当・宮下博次)で20年前を知らないであろう若い女性3人組が歌ったけど、ヴォコーダー部分はあまり違和感なくアレンジされて演奏され、出場者たちはその間踊っていて、とりあえずなんとかなっていた。
【7日追記】そういえば「青森の純真」で、ヴォコーダーで繰り返す部分はどう対処していたのだろう? 記憶にない。
【11月12日追記】11月6日放送の広島県福山市からのNHKのど自慢では、PUFFYがゲストとして初出演。
ゲストの歌コーナーでは「渚にまつわるエトセトラ」を短いバージョンで歌ったのだが、驚くことに、一般出場者と同じバックバンドによる生演奏だった。大昔は、ゲスト歌手もバックバンドの演奏で歌っていたが、近年はおそらくCDと同じ音源の録音済みのカラオケで歌うのが普通。まれに、自前のバンドやピアノ奏者を連れてきて生演奏で歌う人はいたが、出場者と同じバックバンドで歌ったのは、おそらく10年以上ぶりではないだろうか。
編曲・ピアノは西原悟、ピアノ以外は中国地方担当のバンド(広島を中心に活動するプロ奏者か?)。【11月19日追記・男声コーラスは録音したもの】もちろん、最後の鐘は鳴らない。
どういう理由でこうなったのかは分からないが、悪くなかった。
もう1人のゲストの鳥羽一郎は、いつも通りカラオケ。
Windows95発売でマルチメディア時代へ入った1995(平成7)年の翌1996年は、事件としては大腸菌O157による相次ぐ食中毒や北海道の豊浜トンネル崩落事故が衝撃だった。
あとは、プリクラ、アムラー、ルーズソックスの流行、Window95発売に触発されたインターネットの普及、オウム真理教に端を発するTBSのワイドショー全廃に伴い「はなまるマーケット」が始まるなどした年。
その年の音楽は、小室ファミリー全盛期、それ以外の新旧多数のアーティストも入り乱れて活躍し、年間シングル売り上げが100万枚を越えたのは19作品。
当時の僕は、今以上に音楽への関心が低く、テレビで流れる歌のフレーズを断片的に耳にする程度で、曲名も歌手名もあまり知らなかった。また、多くの曲が似たり寄ったり(は言い過ぎかもしれないけれど)に聞こえてしまっていた。20年後の今なら、違いも分かって、それなりの感慨もあるけれど…
そんな中、際立って違う印象を受けた新人歌手がいた。
年間シングル売上では、デビュー作と2作目を15位と16位(ほぼ同枚数)にランクインさせた女性2人組「Puffy(パフィー)」である。
肩肘張らない「ユルい」独特のスタイルが支持を集めた。僕とほぼ同世代ということもあり、ファンというほどではないが、ちょっとして親近感のようなものは覚える。
1990年代前半のバブル崩壊直後の世の中とも、2000年以降の殺伐さが強まった世の中とも違う、“世紀末”ではああるが、今にして思えば(前年までと比べて)比較的穏やかな世の中だったとも言える1990年代後半の日本を象徴するような存在だったのかもしれない。パフィーより前にも後にも、同じような歌手は出ていないと思う。
「これが私の生きる道」は歌詞の内容がパフィーらしく、僕はこちらがデビュー曲ような気がしていたが、実際には2作目だった。ちょうど10月7日発売。
今回話題にするのは、5月13日発売のデビュー曲「アジアの純真」。
「アジアの純真」は不思議な歌詞と不思議なメロディー。
作曲はパフィーのプロデューサーである奥田民生、作詞は井上陽水。
歌詞は井上陽水らしい言葉遊び。(翌年の「渚にまつわるエトセトラ」なども作詞)
ダブリン、リベリア、ラザニアなどアジア以外の地名・物も歌いこまれていて、内容よりは韻や音を重視した詞。
「マウスだってキーになって」や「アクセス」は、マルチメディアブームに乗ったフレーズといえよう。1996年前半としては、最新の言葉だったかも。
それ以前も、施設への行き方としてアクセスを使うことはあるにはあったが、「インターネットサイトに接続する」という意味にも使われることで、アクセスという言葉が一般化したと思う。
そもそもどうして「アジア」なのかもよく分からないけど、1997年に香港がイギリスから中国へ返還されて、日本でも、その方面がちょっとしたブームになった。それ以外にも、2010年代とは逆のプラスの意味でアジア全体が注目されていた時、ある意味アジアブーム(韓流などより広範囲の)でもあったので、そんなこともあるのかもしれない。
曲はイギリスの「エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)」の1979年の「Shine A Little Love(邦題? シャイン・ラブ)」のオマージュだそう。
聞いてみると、「渚にまつわるエトセトラ」などにも通じる印象があるが、それほど似ているわけでもないような。
Puffyは後にバラエティ番組や世界へも進出し活躍の場を広げた。
どこかのグループのように、解散・再結成したり(事情はあるでしょうけど)、メンバーが選挙に立候補したりもせず、Puffyは今年20周年を迎えた。
4月19日にはNHK「うたコン」に出演し、「アジアの純真」を歌った。9月19日のミュージックステーションの特番では、これが私の生きる道とともに2曲歌ったとのこと。
というのが、全国どこでも通用するであろう「アジアの純真」の思い出。(最後にまた少々続き)
これは前置き。これを踏まえて、以下本題&青森ローカル。
弘前にいた時、日曜22時からTBS系「世界ウルルン滞在記」を青森テレビ(ATV)で見た後、チャンネルを青森放送(RAB。日テレ系)に変えると、「スーパーギャング深夜同盟」というローカルバラエティ番組をやっていた。
青森朝日放送「人間椅子倶楽部(この記事中ほど参照)」と並ぶ、名前だけでもインパクトがあるローカル番組。
余談だが、ウルルン滞在記の裏の日テレでは、「進め!電波少年」が放送されていたが、1997年春までのRABでは同時ネットせず、フジ系の番組(ハンマープライスなど?)を遅れて放送していたようだが、記憶にない。
「~深夜同盟」は熱心に見ていた(そもそもたまにしか見なかった)わけではなく、出演者も内容もほとんど覚えていない。
そんな中、唯一、記憶にあるのが「青森の純真」。
「青森の純真」も、ちらりと数度しか見ていないはずだけど、鮮烈な印象を受けた。
プロモーションビデオのような映像と音。
音は、「アジアの純真」そのものの伴奏に合わせて、パフィーではない女声で、アジアの純真ではない歌詞を歌う。
歌詞には、青森県内の市町村名や、ねぶた、リンゴ、イカなどの産物が歌いこまれる。
映像は、(歌詞と一致する?)青森県内各地で、パフィーのような格好(服装だけ。年齢や容姿は??)の女性2人が歌っているもの。
要するに、「アジアの純真」の青森版の替え歌。
歌っている女性2人組は「ガフィー」と呼ばれていた。
【7日追記】見た感想としては、パクりではあるし、歌詞や構成に関する疑問もあった(誤解を含む。以下で解説)けれど、青森ならではのものであり、全体的には好ましく感じられた。ガフィーの歌も下手ではなかったと思う。だから、青森の思い出の1つとなっている。
今、ネット上においては、「スーパーギャング深夜同盟」という番組自体は、1989年から2002年までの長期間、放送されただけに、Wikipediaをはじめとして多くの情報や思い出が記録されている。
しかし、「青森の純真」については、片手で数えられるほどしか見当たらず、分からない点も多い。それらも参考にさせていただいて、以下にまとめと考察。
まず、放送時期。
Wikipediaによればスーパーギャング深夜同盟が日曜夜に放送されたのは、1994年から1997年春までとのこと。僕は他の時間帯での放送を見たことはないはずで、本家「アジアの純真」の発表日も考慮すれば、1996年初夏以降~1997年春辺りに放送されていたことになる。
次に「ガフィー」について。名前からしてパフィーありきだから、この歌のために結成された(?)のだろう。
メンバーの名前や素性(元から番組に出ていた人たちだったのか、新たに呼ばれたのか等)は分からなかった。
この後、別の曲も歌ったのかどうかも分からない。「青森にまつわるエトセトラ」とかあっても良さそうだけど。【7日追記】CD発売などもしていないのだろう。
今まで知らなかったが、「ガフィー」は津軽弁が由来らしい。(下北弁や南部弁ではどうなんだろう?)
「がへー」とか「がふぇえ」という言葉があり、「格好悪い」「ダサイ」を意味するのだそう。
秋田弁だど「みだぐね/みだぐない」に相当しそうだけど、微妙にニュアンスが違うのかも。
つまり、謙虚というか自虐的なコンビ名だったようだ。
そして、歌詞。
いろいろ制限もあるから、全文掲載は差し控えます。
記憶では、アジアの純真ほど、韻や音は重視しておらず、単に市町村名を羅列したような歌詞。本家での「ラザニア」のように、地名の羅列の中に地名でないものが紛れこむことはなかった。かなりの市町村名が出てきたが、全市町村というわけでもなかった。したがって、例えば青森には三戸と五戸~八戸と5つの「~戸」で終わる自治体があるが、すべては出てこない。
参考にさせていただいたホームページ等によれば、歌詞に出た自治体は、順に、
平賀、黒石、木造、西目屋、車力、弘前、五所川原
三沢、階上、八戸、三戸、福地、南郷、百石
大間、大畑、川内、横浜、野辺地、六ヶ所、風間浦
であった。
何のことはない。歌詞のブロックごとに、津軽、県南(南部)、下北の青森県3エリアに振り分け、各エリアから7つずつ、メロディに乗る音数の自治体名を選んで並べただけみたいだ。
【7日追記】上で、羅列の中に地名以外が紛れることはないとしたが、それとは逆に、本家では地名でないフレーズの部分が、「青森~」では地名になっている箇所(熱帯夜→風間浦 等)もあった。各エリアとも7自治体ずつを歌いこむという“制約”があったからか。
平成の大合併開始前の当時では、青森県には67の市町村が存在した。
その3割ちょっとしか登場しないけど、その取捨選択は何か基準があったのだろうか。
「車力村(しゃりき、現・つがる市)」「百石町(ももいし、現・おいらせ町)」「川内町(かわうち、現・むつ市)」など、今の僕はその存在を忘れていた(というかほぼ記憶になかった)。
弘前と八戸が入る一方で、失礼ながらマイナーな町や村もいくつか歌いこまれている。
青森県には、その名に印象的な文字や響きを持つ自治体が(特に合併前の当時は)多く、個人的になんとなく好きだった。
歌詞に出てくる「木造(きづくり)」「階上(はしかみ)」「風間浦(かざまうら)」なんかもそうだけど、ほかにも「大鰐」「田舎館」「脇野沢」「碇ヶ関」「天間林」などがあった/ある。
文字数からしてメロディに収まりが良さそうだし、それらを歌いこんだら、より青森らしい替え歌になりそうなのにと、当時から思っていたのだけど、それは素人考え?
ほかには、「白のパンダをどれでも全部並べて」に相当する「陸奥湾のヘソにホタテを全部浮かべて」というフレーズがあり、「陸奥湾のへそ」の意味が理解できなかった。(っていうか、元歌からして意味が分からないけど)
これは今、調べたら、情報は少ないけれどなんとなく分かった。
津軽半島と下北半島に挟まれた海が「陸奥湾」。その南岸、青森市の東に「夏泊(なつどまり)半島」という小さい半島がある。これは知っていた。
その夏泊半島が、陸奥湾を囲む海岸線のちょうど真ん中に位置することから、ヘソと例えるようだ。
※秋田市河辺の“辺岨村”こと「へそ公園」のように、「中央、ど真ん中」の意味で比喩として「へそ」を用いることがある。陸奥湾のへそもそれに当たる。
下北半島を形状から「まさかり」に例えるのよりはマイナーな例えだろうか。
「溢れ出ても アジア」の部分は、そのまま「溢れ出ても 青森」だったようだ。
どうだったか記憶にないけれど、音数が合わなくて、ちょっと無理があったかも。
最後の「今 アクセス ラブ」は、「今 アスパム 前」。
(再掲)青森県観光物産館アスパム。ただしこの写真は「前」じゃなく裏
国際的な本家とは違い、青森に始まって青森に終わる歌なのだった。
やがてスーパーギャング深夜同盟の放送時間が変わり、僕は青森を離れ、パフィーブームも一段落する。
そんな頃、全国的に平成の大合併が進められ、青森県でも67あった市町村が2004~2006年にかけて40にまで減った。
69が25になった秋田県ほどではないが、聞き覚えのある自治体名のいくつかが消えた。
※合併前は秋田県のほうが多かったのか。青森県のほうがずっと多いような気がしていた。秋田県で合併前が進んだのは、当時のテラタ知事が半ば強引にやらせたため。
【7日追記】そして、いつの間にかガフィーも活動を終え、「青森の純真」も人々の記憶から消えていった(そもそもそんなに知られてなかった?)のだろう。
本家パフィーが20年を迎えたことだし、地方の衰退が激しい今、改めて「青森の純真」を聞いてみたい。
あるいは、当時の67全市町村もしくは現在の40市町村すべてを歌いこんだ「完全版・青森の純真」を作ったら、楽しいのではないだろうか。
ちなみに、テレビ静岡(関連記事)が1978年の開局10周年記念に「ごてんばあさんの歌」という歌を作り、その歌詞には当時の静岡県のほぼすべての市と郡(町村ではない)の名前が歌いこまれているそうだ。作詞は、作家になる前の伊集院静。【7日追記】平成の大合併に対応した新バージョンも存在するらしい。
以下、再び「アジアの純真」関連。
NHK「おかあさんといっしょ」に「ねこのひげ」という歌があった。はしもとかん 作詞、越部信義 作曲。同番組に多数の曲を提供した越部先生にとって、最末期の曲ではないだろうか。アニメーションはネコをよく題材にする堀口忠彦。
ネコのヒゲの機能について、幼児にも分かりやすく説明した歌。僕が弘前にいた頃に初めて聞いて、感心した記憶がある。
この歌には、「歌詞の一部を加工した音声(ヴォコーダーという機器を使うようだ)で繰り返す」という部分があり、「アジアの純真」を意識しているように感じたものだ。1998年2月にその月の歌として初放送されたようなので、実際にそうなのかも。
あと、「NHKのど自慢」で「アジアの純真」を歌う人がまれにいるが、そのヴォコーダーの部分が、ちょっと困る。その間、出場者は歌わないのだから、その分、歌える時間(=鐘の評価対象)が減るし、伴奏も対応できないし、間が持たない。
9月4日放送の高知県須崎市からの放送(編曲担当・宮下博次)で20年前を知らないであろう若い女性3人組が歌ったけど、ヴォコーダー部分はあまり違和感なくアレンジされて演奏され、出場者たちはその間踊っていて、とりあえずなんとかなっていた。
【7日追記】そういえば「青森の純真」で、ヴォコーダーで繰り返す部分はどう対処していたのだろう? 記憶にない。
【11月12日追記】11月6日放送の広島県福山市からのNHKのど自慢では、PUFFYがゲストとして初出演。
ゲストの歌コーナーでは「渚にまつわるエトセトラ」を短いバージョンで歌ったのだが、驚くことに、一般出場者と同じバックバンドによる生演奏だった。大昔は、ゲスト歌手もバックバンドの演奏で歌っていたが、近年はおそらくCDと同じ音源の録音済みのカラオケで歌うのが普通。まれに、自前のバンドやピアノ奏者を連れてきて生演奏で歌う人はいたが、出場者と同じバックバンドで歌ったのは、おそらく10年以上ぶりではないだろうか。
編曲・ピアノは西原悟、ピアノ以外は中国地方担当のバンド(広島を中心に活動するプロ奏者か?)。【11月19日追記・男声コーラスは録音したもの】もちろん、最後の鐘は鳴らない。
どういう理由でこうなったのかは分からないが、悪くなかった。
もう1人のゲストの鳥羽一郎は、いつも通りカラオケ。