新宿酒場 ロン 10・30。
島、絵美、銀さん、洋子ママが、深刻な顔で話し込んでいる。絵美が北海道、別海町の取材から新宿に帰って来た。しかし新しい展開になれば、また北の大地へ飛ぶ。別海町の朝の気温はマイナス3℃であったという。
「今や噂の女、34歳、無職の女というのは、のりピーと押尾学に続く大事件になってきた」
「もしかして戦後最大の女性による連続殺人事件になるかも」
「埼玉県警と桜田門は緊張している。担当デカはピリピリよ」
「連続男殺しの結婚詐欺か。結婚詐欺だけなら笑い話だが、完全犯罪を目論んだ計画的かつ連続殺人とは背筋が凍るな」
「あの女、9月25日に埼玉県警に詐欺で逮捕されたが、女の周辺では6人の男が不審な死を遂げている。それが判明するにつれ、桜田門捜査一課は慎重になった。名前も顔写真もストップした。ちょうど足利冤罪事件があったばかりだからな」
「ただ、桜田門のリークでは、女は詐欺も殺しも否認している。だから桜田門は今、物証を固めている。その証拠を突きつけて女を一気に落す」
「さて、絵美の別海取材を聞かせてくれ」
「女は、北海道東部の別海町生まれ、アクセスは羽田から中標津空港へ全日空で1時間40分、そこからレンタカーで40分、これが一番早い。地元では大変な騒ぎになっていた。皆、とまどいと迷惑な顔だったけど」
「祖父は地元の名士、司法書士、町会議員で議長経験者、祖母も健在。だけど、父は大学職員だったが4年ほど前に交通事故死、自殺の噂が流れている。母は事故後に別居、噂の女は長女で、妹が2人、弟が1人、次女と弟は結婚している。次女には4歳の女児と1歳の男児がいる。3女は27歳」
「名士の祖父と父親の不審死、訳あり家族だな」
「地元の別海高校を出て、東京の私立大学に入学したが学費未納で1年で除籍になった。大学名も分かっているけど・・」
「高校卒業時の顔写真をコピーしてきたけど見る?」
「どれどれ、何これ」
「非常にアグリーね。唇が大きく、眉毛がゲジゲジ、目はドングリ系、身体はがっしり。敢えていえばアイヌ系といえば分かるかしら、但し、最近の顔写真は知らないけど」
「それが東京に染まって、どのように今は変身したのか。セレブ願望が強かったらしいけど」
「今年の8月にJR池袋駅の近くの14階建て高級マンション2LDKに引っ越した。家賃が23万円と駐車場が4万円、合計27万円だから、普通のサラリーマンでは住めない」
「それにワインレッドの新車ベンツEクラスをローンで購入している。犬も飼っていた」
「ところで、別海というのは聞いたことがないけど」
「人口1万6千人の小さな田舎町。牛の数が人間より多い牧場の町というか原野を開拓した町、朝はもうマイナス気温だから完全に冬よ」
「(かなえキッチン)という料理ブログを毎日やっていたのか」
「そのサイトは既に削除されたけど、一部のブログキャッシュは残っている。それを見ると最後の更新は9月9日、ブログの休みを宣言している」
「周辺捜査が身に迫って逮捕されることに気がついたということかな」
「9月25日に埼玉県警に御用」
「しかし絵美は、肝心の事はまだ言っていない」
「どういうこと?」
「女のナマエさ」
「そうだった。名前は木嶋佳苗。そして犯罪データファイルを桜田門で調べたら、6年前の2003年、彼女が28歳の時にネット詐欺で逮捕されている。ヤフーオークションでパソコンを出品したかのように見せかけ、10万円の代金を銀行に振り込ませトンズラした。その時は9件の詐欺事件を起こし、120万円を搾取した罪で逮捕されている」
「えッ、そうすると、詐欺で逮捕されて、その後に父親が事故死(自殺)と繋がっていく、家庭崩壊」
「それはありえる」
「女の犯行は、80歳の老人に取り入って、最後は放火して殺し、キャッシュカードを盗んで、現金180万円を引き出した。殺された男は分かっているだけで6人、被害額は1億円という巨額詐欺。睡眠薬を飲ませ、練炭で一酸化炭素中毒死で自殺に見せかける完全犯罪。恐ろしい悪魔だ」
★現代社会に住む悪魔の顔、形はどのようなものだろう。テレビが思わせぶりに斜を入れる顔写真。隠されれば見たくなるのが人の気持ちだが、近く公表されるだろう。一方、女性による結婚詐欺は実は多いのだという。男は騙されても社会的対面があり、また男自身に問題があったかのように詐欺師の女性からリードされるのだという。女性を求める男性の心理を突いて男を罠にかける。だから100万円、200万円の金額なら諦めて、表の事件にならないケースがほとんどだ。しかし、これに殺人がつくと様相が変わって来る。心の闇という得体の知れぬ魔物が現れてくる。おどろおどろしい悪魔は、どのような顔を持っているのだろうか。新宿の路上を木の葉が風に舞う木洩れ日の秋。
(ムラマサ、鋭く斬る)