昭和40年代前半、M男は まだ就職したばかり、会社の独身寮に住んでいた。
寮は 2人部屋で 和室6畳1間、洗面所やトイレは 共同だった。
同居人については 1年毎に希望を取り 入替が可能だったり 話し合いにより部屋替えも可能だったが M男が 2~3年先輩のSさんと同居していた頃の話である。
向かい合った隣室には 同期入社のKS君がおり そのKS君と同居していた やはり先輩のYさんとは お互い いつもドア開けっ放しで 出入り自由、夜な夜な、あるいは 休日等 飲んだり、食べたり、喋ったり していたものである。
ある日、KS君が いつものように のこっと部屋に入ってきて 「これ、いいぞ!、シュパーッ!」と 見せたものがあった。
見た目 変哲もないコウモリ傘であったが それまでのコウモリ傘と違って 持ち手の部分のボタンを押すと KS君の表現通り 「シュパーッ!」と 傘が開くのである。
一同 「オオーッ!」と 声を上げ 目を見張った記憶が有る。画期的な商品だと 思ったのである。
車社会以前の時代、独身寮は 不便な田園地帯に有り バスの便もなく 通勤は 先ず 畑の道を 最寄駅まで 15分程歩き、電車で 15分程、勤務先へは また 駅から 15分程 歩かなければならず 風雨の強い日等は 大変だった。
片手にカバンを持って 濡れたコウモリ傘を 開けたり閉めたりする毎 なんともいやな感じがしていたものだが 「こりゃ 便利だ」と いうことになったのだ。
すでにコマーシャル等されていたはずであるが テレビも食堂で垣間見る程度、地方のこと、今のような情報キャッチが うまく出来ていなかったのだろう。
比較的 新し物好きだったKS君、どこかで 聞き付けて 早速 買ってきたようだった。
触発され 数日後、あるいは 数週間後 M男も Sさんも Yさんも 手に入れて、傘を開け閉めする毎 「シュパーッ!」と 声を上げ 悦に入っていた時期があった。
ただ それまでのコウモリ傘に比べ 結構 値段が高かったようで 薄給サラリーマンのM男等には 高い買い物をしてしまったなと思った記憶がある。
前後して 植木等のテレビコマーシャル 「なんである。アイデアル」のキャッチコピーで爆発的に売れた 株式会社 アイデアル社の 「スプリング式折りたたみ洋傘」を 知ることになったが M男達が 喜々として手に入れた コウモリ傘と同種の物だったのか、別の商品だったのか 今では はっきり分らず終いである。
時代は変わり そんな「シュパーッ!」コウモリ傘は 当たり前となり 外国製の安価な洋傘や ビニール傘が 台頭してきて 昔のような 傘は大事な物 感覚は薄れ 使い捨て感覚にさえ思われてしまっている気がする。
「なんである。アイデアル」で 大ブレークした 洋傘メーカー アイデアル社も 2006年には 事業停止となってしまったようで 昔の話になってしまった。
アイデアル1