古い写真から蘇る思い出の山旅・その71
「初めての苗場山」(再)
かれこれ25年前の1999年6月に、当時、一時所属していた山の会の仲間と、「苗場山」を訪れたことが有った。それまで、上信越地域の山には、ほとんど訪れたことが無くて、当然、「苗場山」も初めて訪れる山、不安と期待を抱きながら参加したような気がしている。
当時はまだ、バカチョンカメラ(ポケットサイズのフィルムカメラ)しか持っていなかった頃で、ピンボケ、拙劣写真ばかりだが、撮った写真は、プリントして、アルバムに貼ってあり、「OCNブログ人」でブログを始めてまもなくの頃、スキャナーで取り込んで、ブログ・カテゴリー「山歩記」に書き留め置いたことが有ったが、その写真が、外付けHDに残っており、久し振りに引っ張り出して、改めて「古い写真から蘇る思い出の山旅」の一つに加えることにした。
昔のことを懐かしがるのは、老人の最も老人たるところだ等と自嘲しながら・・・。
深田久弥著 「日本百名山」
「苗場山(なえばさん)」
(一部転載)
わが国には郷土人がそれぞれ自慢にする山を持っていて、校歌や市町村歌はもちろん、民謡にまでその山の名が取り入れられる。駿河の富士山、越中の立山、加賀の白山、といった風に、たいていの国にはその代表的な名山がある。
ところが、信州や越後のように面積が広くて、しかも山が多い国では、その代表をきめるのはむつかしい。越後ではどこだろう。米山や弥彦山はさておいても、北越には飯豊山、中越(魚沼)には、八海山、南越(頸城)には妙高山、などの立派な山がある。
「苗場山は越後第一の高山なり」で始まる鈴木牧之(すずきぼくし)の「苗場山」によって、この山もまた越後の名山であることが広く知られた。もっとも越後で最高ではない。妙高、火打の方がずっと高い。
大たい昔から名山と称せられているものは、平野からよく見える山である。ところが苗場山は奥山で,街道筋からは見えない。そんな隠れた山に、どうして古くから社が祀られたり参拝者が登ったりするほど、あがめられたのであろうか。
鈴木牧之の住んだ塩沢町のある魚野川の谷からも、苗場山は見えない。終戦後私は越後湯沢に住んだことがあって、その裏の大峰へ幾度か登ったが、たしかこの頂上からも神楽ヶ峰(かぐらがみね)が邪魔して、苗場山は見えなかった。大峰から高津倉山の方へ進むと、初めてあの厖大(ぼうだい)な背を持った苗場山が現れてきた。
おそらく魚沼の住人も、朝夕苗場山を仰ぐというわけにはいかないが、時たま高いところへ登った時、前山の彼方にこの山を見つけて、それを言い伝え、おのずから信仰の山となったのであろう。
(中略)
この奥山が東京から見えると言ったら、おどろく人があるかもしれない。小暮理太郎氏がそれを証明した。山岳展望に熱心だった小暮さんはいろいろ検討の末ついにそれを認めた。東京から見える山の中では、一番遠く、直径にして約百六十キロあるという。もっとも見える日は一年を通じて四、五日に過ぎないそうだから、普通の東京人には無縁である。
(中略)
私が登ったのは、もう四十年前の大正十四年(1925年)の五月で、まだ上越線も沼田までしか通じていなかったから、そこから歩いて三国峠を越え、清津川を遡って赤湯へ入った。無人の赤湯で一晩泊まって、翌日熊ノ沢から登ろうとしたがどうしても道がわからず、断念して清津川を引き返す途中、温泉宿の人の上ってくるのに出会った。再び赤湯に戻り、翌日宿の人から聞いた道で、難なく頂上に登った。曇っていて眺めは利かず、あのだだっ広い頂で、五月半ばだというのに吹雪に出あった。それ以後私はスキーで神楽ヶ峰までは二度登ったが、その上から苗場を眺めただけで、まだ再遊を果たさずにいる。
山行コース・歩程等
1日目、かぐらみつまたスキー場第2リフト町営駐車場→和田小屋→下の芝→中の芝→
上の芝→神楽ヶ峰→雷清水→苗場山山頂・苗場山頂ヒュッテ(泊)
(標準歩行所要時間=約4時間30分)、
2日目、苗場山頂(苗場山頂ヒュッテ)→苗場山頂湿原南東端→(昌次新道)→
フクベノ平→赤湯→見返りの松→鷹ノ巣峠→(赤湯林道)→元橋、
(標準歩行所要時間=約7時間)、
(昭文社の「山と高原地図」から拝借)
1日目、
各自、上越新幹線や在来線や他の交通手段により、
午前9時に、JR越後湯沢駅改札口に集合。
JR越後湯沢駅からは、2台のジャンボタクシーに分乗、
苗場山登山口・かぐらみつまたスキー場に向かったようだ。
午前10時頃、町営駐車場を出発、
梅雨の真っ只中、雨覚悟の山行でしたが、
出発時点では、時々青空も見え、気分は弾んでいたようだが、
高度を上げるにつれ、すっぽり雲に覆われてしまい、
展望全く無し、
10時30分頃、「和田小屋(標高1,380m)」に到着、
冬季はゲレンデになる斜面を登り、次第に樹林帯になり、
急登の連続、ひたすら、ベテランの山仲間のペースに合わせて、
歩むのみだった気がする。
11時30分頃、「下の芝(標高1,703m)」に到着、
周辺はお花畑、昼食、休憩、
当時はまだ、高山植物にも疎く、珍紛漢紛だったが、
草花に詳しい女性達から
あれは◯◯、これは◯◯、
花名を教えられながら・・・、
「中の芝」、「上の芝」、「小松原への分岐」を辿り、
足元に咲いていた、ショウジョウバカマ(猩猩袴)、
教えてもらい、その時、初めて知った花名だった。
コイワカガミ
イワイチョウ(岩銀杏)? ギンリョウソウ?
チングルマ?
ワタスゲ(綿菅)、
ハクサンチドリ(白山千鳥)
ベニサラサ?
シラネアオイ(白根葵)、 ウラジロヨウラク?
13時30分頃、「神楽ヶ峰(標高2029.6m)」からは、
いったん急下降し、「雷清水」を経て、
「雷鳥坂」の急登を登り返すと、
苗場山山頂湿原北東端に・・・、
残雪と池塘の風景が広がるが、ガスが掛かり、視界10数メートル、
14時45分頃、「苗場山山頂(標高2,145.3m)」に到着したようだ。
時々、ガスが切れ、
期待していた、湿原、池塘風景が広がり、
早速、周辺散策、
ところが、再び、天候急変、悪化、
濃いガスが掛かり出し、展望、全く叶わずになってしまい・・、
宿泊先の山小屋「苗場山頂ヒュッテ」に戻り、
食堂に集合、懇親会となったような気がする。
夕食は、18時30分からだったが、
21時の消灯時間まで、仲間と交歓したのだった。
2日目、
5時に起床したが、風雨共激しく、最悪の状況。
しかし、リーダーの判断で、予定通りのコースを辿ることになり、
6時30分頃、「苗場山頂ヒュッテ」を出発、
濡れた木道を辿ると、
池塘のほとりには、チングルマ、イワカガミ、ショウジョウバカマ、ヒメシャクナゲ、イワイチョウ、ワタスゲ、が激しい風雨に揺れており、
女性達の歓声も聞こえ、立ち止まるも、
カメラ等、取り出せる状況でなく、ひたすら前進するのみ、
7時頃、苗場山頂湿原東端地点(標高2,088m)に着き、
急下降が始り、「昌次新道」へ。
岩、泥、根っこ、の悪路、
9時頃、「フクベノ平」を経て、
「赤湯」直前の鉄橋、渡渉箇所では、増水しており危険な状況だった気がする。
ギリギリセーフで通過。
11時頃、「赤湯」・山口館前に到着、
雨は降り続いていて、ぐっしょり濡れた状態だったが、
軒先を拝借して、昼食タイム。
僅かな休憩時間に、ベテランの女性数人が、
雨中、露天風呂に入浴したようで、アッパレだった、
秘湯、赤湯を、二度と訪れること等叶わなくなった後年になってからのこと
あの時、赤湯で一浴出来なかったこと(一浴しなかったこと)を、
悔やんだものだった。
14時頃、全員無事、「赤湯林道ゲート」に到着、
「元橋」までの予定を省略し、
予約していたタクシーに分乗し、
JR越後湯沢駅に、帰還したのだった。
2日目の写真は、1枚も無い。
最悪の天候の中、写真どころではなく、
高山植物数多有りだったが、余裕が無かったということだ。
初めて、山の仲間と訪れた「苗場山」は、
自然の厳しさを教えてくれた山だった。
その17年後の2016年には、「苗場山は、どうしても、もう一度訪ねたい山」の一念が有って、妻と二人で訪れたものだが、足、腰、痛!、痛!、の今となっては、「苗場山」もまた、遠い思い出の山となってしまった。それにしても、よくもまあ、2度も「苗場山」を訪ねることが出来たものよと、我ながら信じがたい気もしている。
平地には見かけない物ばかりに、うっとりします。
井の中の蛙大海を知らず、山に棲んで居ますと案外気づかぬことが多いです。
有難うございます。
山歩きの楽しさには、もちろん、登頂の達成感、満足感、大ですが、高山植物との出会いが 記憶に残りますね。若い頃は、珍紛漢紛でしたが、教わったり、調べたりで、少しづつ、分かるようになってきました。
コメントいただき有難うございます。
せっかくいただいたコメント、下記に、コピペさせていただくことにします。
お忙しい中、お眼をお通し戴き有難う御座います。
この地方もようやく冬らしい寒さになって来ました。
それでもやはり紅葉の美しさは見られません。
我が家の木々も紅葉は無く黄葉のまま散ってしまいました。
何れにしても身体的には楽な冬です。
シャコバサボテン見事です。
でも、何故、マンボ ?
心の裡のなんとはない踊りだしたい気持ち ?
理解出来る気もします。
ピラカンサ、サザンカ、そんな季節ですね。
赤が眼に染みます。
ハクサイ、自家製梅酒、この贅沢、羨ましいです。
わたくしなどはもっぱら安物ウイスキーです。
それにしても鳥の胃袋、どうなっているのでしょう。
大きな獲物をまる飲み、人間ならひとたまりもありません。
野生に生きるものの強さでしょうか。
スイミング終わり、歩く事に頼るのみ ?
でも、身体は動かさないとーー、
川柳のちょっと斜に構えた視点、何時読んでも楽しいです。
三ケ日ミカン、我が家にも今は物が入って空箱があります。
有難う御座いました。