映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

パフューム/ある人殺しの物語

2007年03月29日 | 映画(は行)

18世紀パリ。
この、多分にロマンチックな時代背景、スチール画像に反して、思い切りグロテスクな光景から、映画は始まります。
不衛生極まりない、悪臭漂う、パリの魚市場。
主人公のグルヌイユは、その屋台の下で産み落とされるのです。
彼は、数十キロ先の臭いも嗅ぎ分けられるという鋭い臭覚の持ち主。
不幸な生い立ちの中で、ありとあらゆる臭いを嗅ぎ、あるとき、彼にとっての究極の臭いを見つけます。
それは若い女性の体臭。
何とかその、芳しい香りをとどめておくことは出来ないものかと、研究を重ね、ついには女性の体臭を香水にする方法を見つけ出します。
そのためには女性の命をも奪わなければならないのですが、彼は少しもそんなことは躊躇しません。
いつも、女性は髪を刈り落とされ、全裸の死体として発見されます。
このあたりは、映像的にはなかなかきれいです。
一人、また1人と犠牲者が増えていきますが、12人の犠牲者を出し、それらのエキスを全て混ぜ合わせて、彼にとっての究極の香水が完成するのです。

さてしかし、そのとき、とうとう彼は連続殺人の罪で捕まり、
群衆の見守る中、処刑台へ引き立てられます。
そこで、彼はその、究極の香水を解き放つのですが、そこで起こったことは・・・!
一番の話題のシーンですが、正直、私はギャグとしか思えませんでした。
ここでは感動すべきなのでしょうか・・・。
これだけエキストラを集めて、このシーンの撮影はさぞ大変だったろう、と、妙にさめて、考えてしまいました。
まあ、それはともかく、彼が自信を持って作った究極の一瓶のはずなのですが、皮肉なことに、彼にだけは、その効果が現れないのですね。
ただ、このとき、彼は群集の中で、プラムの実が転がるのを見て(というよりは多分その香りをかいで)、彼が始めて殺めてしまった女性を思い出したのです。
あのときの陶然とした気持ち。
しかし、もう帰ってこないあの香り。
そこで初めて彼は人の死を哀しみ、後悔を感じ、そしてまた、おのれの孤独を悟ったのではないでしょうか。

結局、この作品はどうとらえればよいのか、ちょっと私の手に余るようでした。

けれど、その後、またちょっと気づいたことがあります。
彼を生んだ母親。
孤児院の女主人。
なめし皮職人の親方。
香水の調合師。
彼と深くかかわった人物はみな彼と別れた直後に命を落としています。
それはまるで、誰も彼のことを記憶にとどめておくことを禁じるかのようです。
また、これは終盤になってわかることですが、彼自身には全く体臭がなかった。
彼にとっては「臭い」だけが、唯一「存在」を感じられるものだった。
自分に臭いがないというのは、存在がないことと同じなのです。
つまり、他者にとっても、自分にとっても、「無」なんですね。
それだからこそ、あのようなラストになるのだなあ・・・と、
こう考えてみると、結構深いです。
そもそも、臭いというのは強烈にあるときはあるけれど、いつの間にか薄れてなくなってしまうものですよね。

この作品の中では、ダスティン・ホフマンが唯一人間味(よくも悪くも)が感じられて、なかなかよかったと思います。

パフューム スタンダード・エディション [DVD]
ベン・ウィショー.レイチェル・ハード=ウッド.アラン・リックマン.ダスティン・ホフマン
ギャガ・コミュニケーションズ
パフューム

2006年/ドイツ=フランス=スペイン/147分
監督:トム・ティクヴァ
出演:ベン・ウィショー、アラン・リックマン、レイチェル・ハード=ウッド、ダスティン・ホフマン