恐るべき近未来のサバイバル
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「私は肝の据わった人間だ。そうでなければやっていけない」
―極限の孤絶から、酷寒の迷宮へ。
私の行く手に待ち受けるものは。
最初の一ページを読み始めたら、決して後戻りはできない。
あらゆる予断をゆさぶる圧倒的な小説世界。
この危機は、人類の未来図なのか。
目を逸らすことのできない現実を照射し、
痛々しいまでの共感を呼ぶ、美しく強靱なサバイバルの物語。
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村上春樹さん訳というのに惹かれて手に取りました。
そう遠くはなさそうな未来、文明の消滅した世界が舞台です。
地球温暖化による気候変動。
干ばつや洪水。
山火事。
飢餓。
疫病。
戦争。
放射能・・・・。
直接の原因は明記されないものの、
今世界が抱えている問題が膨らめばきっとこうなる、
と言う未来のことのように思えます。
主人公は“メイクピース”と言う女性。
作中では当初、男性のように書かれていたのですが、
実は女性だったと言うのが第一の驚き。
彼女の一家は、まだ文明が破滅しきらない時代に、
温暖化の影響でむしろ住みやすいシベリアの地にアメリカから入植してきたのです。
そこには近代文明を厭う人々が集まり、小さな町を作って平和に暮らしていました。
おそらくアーミッシュのような生活かな?と想像するのですが。
ところがそれから少し時が過ぎて、世界の文明がいよいよ崩壊。
都市に住めなくなった人々がこの北の地の果てにも、どっと押し寄せてきます。
飢えて痩せ細り疲れ果てた人々を町の人々は気の毒に思い、受け入れますが、
間もなくそういう人々が多すぎて受け入れきれなくなってきます。
そうなると略奪も始まり、町の人々も対立。
ついに血で血を洗う争いが起こり、町も崩壊。
そんな町で唯一人の生き残りとなっていたのが、彼女なのです。
そんな彼女が、どこからか迷い込み隠れ住んでいた一人の少女を発見。
ところがこの子もあっけなく死んでしまいます。
これまで以上に孤独と絶望を味わう彼女。
生きる意欲もなくしたところに、空に飛行機が飛んでいるのを見る。
まだどこかに文明のかけらが細々と残っているのかもしれない・・・、
そんな希望にすがって彼女は長い旅に出るのです・・・。
・・・と、物語の始まりだけご紹介しました。
なにしろ、当初に登場した少女(しかも妊娠している)があっけなく死んでしまう下りで、
なんと非情な物語なのかと驚かされました。
しかし、旅に出たメイクピースの苦難はそんなモノじゃありません。
人々はすっかり獣性こそが本性のようになってしまっており、誰も信用はできない。
生きていくのが極めて困難なこの世界では、仕方のないことなのかも・・・。
常に生と死は隣り合わせ。
作中に、都市は水と電気がなくなれば崩壊する、というような一文がありました。
確かに、北海道でのあのブラック・アウト。
たった1日か2日電気が止まっただけで、
マンションの水も止まり、コンビニやスーパーから食料品が消えました。
輝かしい文明のなんと脆弱なこと。
私たちは生きていくのに必要以上のものを手に入れ、
さらに増やそうとしすぎているのかもしれません。
冒険小説としても、文明を考えるにしても、
そして又人類への警鐘としても、興味深い本なのでした。
「極北」マーセル・セロー 村上春樹訳 中公文庫
満足度★★★★☆