奇妙で残酷な歴史
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物語は、大人になった志摩が1992年ソ連崩壊直後のモスクワで、
少女時代からずっと抱いていた疑問を解くべく、
かつての同級生や関係者に会いながら、
ついに真相にたどり着くまでがミステリータッチで描かれている。
話が進むにつれて明らかにされていくのは、
ひとりの天才ダンサーの数奇な運命だけではない。
ソ連という国家の為政者たちの奇妙で残酷な人間性、
そして彼らによって形作られたこれまた奇妙で残酷なソ連現代史、
そしてその歴史の影で犠牲となった民衆の悲劇などが次々に明らかにされていく。
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本作、2002年に出たものですが、
先日読んだ斎藤美奈子さんの「うしろ読み」の中で紹介されていたのに興味を持ちました。
以前から米原万里さんのファンでもありましたので。
米原万里さんはロシア語通訳の第一人者者でありエッセイスト。
本作はその彼女のたった一つの長編小説です。
ですが、初めての小説というのが信じられないくらい、
素晴らしい筆力で、訴えるところの大きい作品となっています。
主人公志摩は少女時代1960年代をチェコ、プラハのソビエト学校で過ごします。
彼女はそこでオリガ・モリソヴナという舞踏教師と出会う。
年齢は自称50歳。
しかしどう見ても70か80くらいのようではある。
派手な化粧と服装。
それが又、とんでもないオールドファッション。
しかしその舞踏技術は卓越したものがあり、
そして又さらに彼女を特徴付けているのが、ダミ声の「反語法」。
というのはつまり、大袈裟に誉めるのは罵倒の裏返し、けなすのは誉め言葉の代わり。
例えば、へまをした子にかける言葉がこんな風。
「ああ、神様!これぞ神様が与えてくださった天分でなくてなんだろう。
長生きはしてみるもんだ。
こんな才能ははじめてお目にかかるよ!
あたしゃ嬉しくて嬉しくて嬉しくて狂い死にしそうだね!」
厳しいけれども、こんな彼女がみんな大好きなのでした。
そして彼女と親しいフランス語教師、
彼女たちを「お母さん」と呼ぶ転校生ジーナ。
志摩の学校生活を彩る人々ですが、何もかもが謎めいているのです。
そして物語はこの志摩が大人になった1992年、
ソ連崩壊直後のモスクワを訪れるところからはじまります。
志摩は少女時代の親友カーチャの協力を得て、
かつての教師、オリガ・モリソヴナとエレオノーラ・ミハイロヴナの秘密を探ります。
少しずつ紐解けてゆくオリガとエレオノーラの人生。
それはつまり奇妙で残酷なソ連現代史なのでした・・・。
志摩は、ほとんど米原万里さんをそのまま投影しているようです。
スターリン時代の、なんとも悲惨な粛清の真実。
本作はフィクションの形をとりながら、
様々な資料により正しく出来事を描写しています。
まさに、米原万里さんだからこそ描けたもの。
そして登場人物がイキイキと魅力的なので、ぐいぐいと引き込まれます。
素晴らしい本でした!!
あ、いやちがう。
「なんてこった、こんなとんでもないお馬鹿な本を読んだことがない。
こんなものを読んだことを私しゃ一生後悔するね!!」
と、反語法で。
図書館蔵書にて (単行本にて)
「オリガ・モリソヴナの反語法」米原万里 集英社
満足度★★★★★