映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「家族八景」筒井康隆

2020年07月01日 | 本(SF・ファンタジー)

超ブラックな「家族」の風景

 

 

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幸か不幸か生まれながらのテレパシーをもって、
目の前の人の心をすべて読みとってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬
――彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。
人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の裏面を、
コミカルな筆致で、ペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも哀しい本である。

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本作が刊行されたのは昭和47年。
50年近く前になるのですね。
筒井康隆さんは私くらいの年齢ならものすごーく身近な作家さんなのに、
これまであまり読んでいなかったのです・・・。
お恥ずかしい。
もっぱらミステリ路線だったもので。
でも「時をかける少女」は1967年ジュニアSFシリーズの本で読んで、
シビれてしまい、大ファンになったのです。
後にTVドラマや映画、アニメになるよりも前のこと。
それだけは自慢です!!

 

さて、本作の主人公は18歳の七瀬。お手伝い業。
お手伝いといえばつい「家政婦は見た」などを連想しますが、
そのものズバリ、彼女は仕事をしつつ、様々な家庭の実情を「見る」ことになるのです。
しかも、通常の人が見るよりももっと真相の真相、深~いところまで。
というのも、ここがやはり筒井康隆さんで、
何と七瀬は人の心を読むことができるエスパーなのです!!


しかし、人の心が読めるというのは便利なようでいて大変なことなのです。
先日読んだコニー・ウィリスの「クロストーク」にもありました。
人の心の奥底の、暗くて残酷な部分、醜い部分、身勝手で猥雑な欲望・・・、
知りたくもない薄汚いものがわかってしまうというのはつらいです。
そして個々のそんな心の中の声が、一斉に飛び込んで来るとしたら・・・!
だから彼女は普段はなるべく「掛け金を下ろす」という行為で
無用な人の心の声が聞こえてこないようにしているのです。
「クロストーク」の中でも、そうしたことが非常に大事であることが描かれています。


そしてまた、もし七瀬のテレパシーの能力が人に知られてしまったとしたら、
どんなことになるかわからない。
人からは奇異に思われ、嫌われるだろうし、研究者からは実験動物扱いされるかもしれない。
絶対にこの力を人に知られてはならない。
こうした事を心に誓いながら、彼女は住み込みのお手伝いとして、
様々な家庭を渡り歩きます。
住み込みのお手伝い、というところが時代を感じます。


ところが多くは平和で和やかな家庭を装いながらも、
その実それぞれの心は薄汚くバラバラ・・・。
多くの「夫」は七瀬を見れば襲いかかり犯したいと思うし、妻に魅力は感じず、外で浮気をしている。
「妻」はといえば、夫が疎ましく、夫同様に外で浮気をしたり、若い七瀬に嫉妬したり・・・。
一応まだうら若い乙女の七瀬が、男女のこうした感情を読めてしまったら、
結婚に希望を感じなくなってしまうでしょうね・・・。
結局イヤなものが見えすぎてしまうが故に、彼女は一つの家に長くはいられないのです。
しかし回りに振り回されているわけでもありません。
彼女にとってはそれは日常茶飯事でもあり、極力冷静に見定めているのです。
自分の身に危険が降りかからなければそれで良い。
超能力者である彼女は、ある意味「人間」を超越してもいて、
それが少女としての酷薄さとも相まって、若干残酷な結末になったりもする。
それで、かなりブラックな「家族」の物語となっています。

「家族八景」筒井康隆 新潮文庫
満足度★★★☆☆