生涯忘れられない、その日
マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス) | |
真野 泰 | |
新潮社 |
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メイドに許された年に一度の里帰りの日、
ジェーンは生涯忘れられない悦びと喪失を味わった。
平易な言葉で巧緻に世界を描き出す、ブッカー賞作家の新たな代表作。
2017年ホーソーンデン賞受賞作。
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新聞に出ていた書評に心惹かれて読んでみました。
私には久しぶりの翻訳もの。
だがしかし、本の海の広大さ・深渊さを改めて思い知りました。
私の知らないところになんてすごいものがあるのでしょう。
そういう世界の広がりを知ると、なんだかクラクラしてしまいます・・・。
冒頭、お屋敷に住む若い男性の部屋で、昼日中、素っ裸で過ごす男女、
というところからストーリーは始まります。
まずここから意表を突くわけですが。
マザリング・サンデーというのは、年に一度だけメイドたちがお里帰りを許される日。
1924年3月30日。
3月というのに6月のように好天で暖かいその日がこの年のマザリング・サンデーでした。
メイドのジェーンは孤児で帰るところがなく、どうして過ごそうかと思っていたのですが、
かねてから懇ろな仲のお隣の屋敷の坊っちゃん・ポールから、
今日は屋敷に誰もいなくなるので、来るようにと電話を受けるのです。
これまでの密会は野外とか馬小屋などで、彼の屋敷になど入ったこともなかった。
でも、彼は正面玄関を開けて彼女を迎え入れたのです。
通常メイドが正面の玄関から出入りすることなどありません。
そしてポールは、自室に彼女を招き入れ、
ふたりとも一糸まとわぬ姿となって、性交後も、ぼんやりとそのまま時を過ごしていたのです。
しかし、ポールには婚約者がいて、二週間後に結婚式が予定されている。
この日もポールは婚約者と会うため、この後出かけなければならないことになっているのですが、
一向に急ぐ様子がない。
ジェーンは裸体のまま、のんびりと身支度するポールをじっと観察しています。
この素晴らしく印象的なシーンは、
実はジェーンにとって生涯忘れるとこのない重要な意味のある日になるのです。
こんなシーンは今ならどこにでもありそうな光景ではありますね。
でも1924年、というところが重要です。
まだ英国では身分差ががっしりと根付いていて、
メイドが屋敷の坊っちゃんの部屋で、ともに裸体で過ごすなどということはまず考えられなかった・・・。
ほんの100年ばかり前ですが、そういう時代。
二人がともに裸体というのは、その時、身分差はなかったということなんですね。
ただの男と女でいる時間。
ポールはいよいよ出かけてしまい、その後しばらくジェーンは裸体のまま屋敷の中を歩き回ったりします。
その時の彼女は素晴らしく自由。
自分の身の上もわすれ、何ものにも縛られない一人の「人」として彼女はそこにいた。
この体験が、その後のジェーンの人生に大きく影響するのです。
それは他の多くの女性達が社会へ出て行くようになることと重なり合うわけでもありますが、
ジェーンの道は抜きん出て特異なのであります。
この日がジェーンにとって忘れられない日となる理由は実はもう一つあるのですが、
そこのネタバラシはやめにしておきましょう。
ポールの心境に、本作はあえて触れていないわけですが、
想像するとコレはかなり切ない・・・。
いやいや、実はそんなロマンチックなものではないのかもしれないですけれど。
そこが明かされないところが、なんとも深い。
いい本でした。
図書館蔵書にて
「マザリング・サンデー」グレアム・スウィフト 新潮クレストブックス
満足度★★★★★
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