心臓が動いてさえいればいいのか
* * * * * * * * * * * *
生きることと死んでいることはどう違う?
現役医師が描く高齢者医療のリアル
美琴は松本市郊外の梓川病院に勤めて3年目の看護師。
風変わりな研修医・桂と、地域医療ならではの患者との関わりを通じて、
悩みながらも進む毎日だ。
口から物が食べられなくなったら寿命という常識を変えた「胃瘻」の登場、
「できることは全部やってほしい」という患者の家族……
老人医療とは何か、生きることと死んでいることの差は何か?
真摯に向き合う姿に涙必至、現役医師が描く高齢者医療のリアル!
* * * * * * * * * * * *
夏川草介さんの医療小説といえば「神様のカルテ」があります。
同じく若き医師を主人公として、なぜまた別の作品が必要なのか、
ということについて巻末解説で佐藤賢一氏も述べていますが、
つまり「神様のカルテ」は医療を駆使して患者を治す物語。
でもこちらは高齢者医療をテーマとしていて
高齢者がいかに死と向き合うのかということが問題となっているのです。
地方の病院のほとんどは高齢者医療を行っているという実態。
本作で研修医・桂正太郎の勤務する安曇野にある病院も、
自宅や施設ですでに寝たきりであるとか、かなり痴呆が進んでいる
という高齢者が体調を崩して運び込まれてくる、というようなことがほとんど。
このような場合に、難しい手術や胃瘻などの処置が必要なのか・・・?
という大きな問題が立ち塞がります。
人が生きるとはどういうことなのか。
歩けることが大事なのか。
寝たきりでも会話さえできれば満足なのか。
会話もできなくても心臓さえ動いていれば良いのか・・・。
いまの社会は、死や病を日常から完全に切り離し、
病院や施設に投げ込んで、考えることそのものを放棄している。
まさしく、その通り。
常々、自分は体も動かず、ほとんど何も考えられないような状態で、
胃瘻で栄養だけ流し込まれて生き続けるのだけはイヤだ、
などと思っている私には、非常に考えさせられる物語なのでした。
このシリーズも、ぜひもう少し続いて欲しいと思います。
「勿忘草の咲く町で」夏川草介 角川文庫
満足度★★★★☆
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます