人生を通じて、考えること
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学生時代はボランティアサークルに所属し、国内外で活動しながら、
ある出来事で心に深傷を負い、無気力な中年になったみのり。
不登校の甥とともに、戦争で片足を失った祖父の秘密や、
祖父と繋がるパラ陸上選手を追ううちに、
みのりの心は予想外の道へと走りはじめる。
あきらめた人生に使命〈タラント〉が宿る、慟哭の長篇小説。
解説・奈倉有里
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かなり厚みのある文庫本でしたが、読み始めてすぐに引き込まれて行きました。
40歳目前のみのりは夫と二人暮らし。
学生時代はボランティアサークルに所属し、国内外で活動していました。
ところがある出来事があって、今はそのような活動から身を引いています。
実家は香川のうどん屋さん。
そこには最近不登校になったという甥・陸や、戦争で片足を失った祖父・清美もいます。
口数少なく、戦争のことも語ろうとしない祖父のところに、ときおり来る女性からの手紙。
陸とみのりは密かにその女性のことを調べてみるのですが、
どうもパラリンピックに出場しようとしている人らしい。
一体祖父とどういう関係の人なのか・・・?
・・・というのは、本作の幾重にも重ねられたストーリーの1つ。
「タラント」というのはここでは「使命」というような意味に使われているのですが、
みのりが、「ボランティア」活動に対して思ってきたこと、思うことも重要なテーマです。
みのりは学生時代、他にやりたいこともないということで
なんとなくボランティアサークルに入るのですが、
必ずしも強い「正義感」に駆られて活動していたというわけではありません。
ボランティアの意味を常に考えながら、
自分の「ふつう」の日々と、自分とはぜんぜん違うだれかの「ふつう」の日々を
通じ合わせる方法を見つけたい・・・と思うようになっていったのです。
でも具体的に何をすれば良いのかは分らないまま・・・。
その頃からの友人・玲は今も国と国のはざまで困っている人々のために、海外を飛び回っている。
そして同じく当時からの友人・翔太は、そんな場所で写真を撮ることを仕事にしている。
「もし目の前に血を流して倒れている人がいたら、助けるか、写真を撮るか」
という、かねてからの命題にも、いまだ答えはありません。
そしてまたもうひとりの友人・ムーミンの暗い運命は、
理想と現実のギャップの大きさをみのりに見せつけたりもする。
またこうしたみのりの過去から今までの思いとはまた別に、
みのりの祖父・清美の戦前から戦後の話が語られて行きます。
出兵し、片足を失い・・・。
終戦となってようやく帰り着いた家は焼け落ち、家族も何も残っていない・・・。
その時のことが生々しく描写されています。
清美本人は、そのような体験のことを家族にも決して語ろうとはしなかったのですが。
元々は若き前途ある青年。
戦争が何もかもを変えてしまった・・・。
そんな祖父が、なぜパラリンピック、走り高跳びの競技に挑戦しようとする
若き女性と知り合うようになったのか。
色々考えさせられることが山盛り。
でも未来へ向けて滑り出す終盤の展開が、心地よいのです。
確かな読み応え。
文庫の解説が、我が敬愛する奈倉有里さんというのもポイント高い。
「タラント」角田光代 中公文庫
満足度★★★★★
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