映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「雪と珊瑚と」 梨木香歩

2012年09月18日 | 本(その他)
著者はどこまでも厳しい

雪と珊瑚と
梨木 香歩
角川書店(角川グループパブリッシング)


                      * * * * * * * * * 

珊瑚はシングルマザー。
雪という赤ちゃんを抱えていますが、
仕事をしないと生きてはいけないのに、保育園は見つからない。
これまで泣くなどということのほとんどなかった珊瑚も、
あまりの心細さに涙がこみあげてきます。
そんな矢先、一枚の張り紙を目にするのです。
「赤ちゃん、お預かりします。」
すがるように訪ねたその先に、
くららというおおらかな年配の女性がいて、すぐに話はまとまったのでした。


今作は珊瑚が多くの人に支えられながら、
子育てと仕事を通して様々な気づきを得て行く物語です。
珊瑚自身は母親に愛された記憶が全くありません。
育児放棄でほとんど家に居ない母親で、食べるものすらもなかったという子供時代。
そんな記憶を打ち消すように、彼女は愛情をわが子に注ぎ込みます。
母と子。
それは一体のようで、でもやっぱり独立した個々の人間。
珊瑚には母親としては今も受け入れられない相手なのですが、
弱点のある人間として、母を見ることができるようになっていくのです。


くららは海外生活が長く、そこで覚えた手軽で美味しい料理を珊瑚に振る舞います。
野菜の力を引き出し慈愛に満ちたこんな料理を
多くの人に食べてもらえたら・・・、
珊瑚はそんな思いが高じて、カフェとお惣菜の店を開く決心をします。
こんな素人の思いつきが次第に実現へ向けて具体化していく様が、
丁寧に描かれていまして、ここも見所です。
無農薬、有機栽培の安心できる野菜。
これらを使ったお惣菜の店。
店で食べてもいいし、お持ち帰りもできる。
おまけに店はこんもりと緑に囲まれた民家を改装したもの。
まあ、いかにも今時の女性が好きそうな感じ。
女性誌のグラビアにありそうな・・・。
でも確かに、こんなお店が近くにあったらいいなあ・・・と思います。
ファッションではなく、どこまでホンモノかが問題なんですけどね。


子育てしながら、仕事も自己の理想に向けて頑張っている。
しかし、そんな珊瑚に向けて、著者はなかなか厳しい。
以前パン屋に務めていたときの同僚に、
どうも珊瑚を嫌っているらしい女性がいたのです。
その女性から、ある日珊瑚に届いた手紙には・・・

・・・あなたみたいな、いい加減な生き方をしている人が、
『私こんなにもまじめに生きているのよ』
と体中で叫んでいるようなポーズを取るだけで、
実際に世間がころころ騙されていく、
私はそばで見ていて不愉快でたまりませんでした。


わざわざこんなことを手紙に書いてよこすとは、なんて嫌なやつ!!
と私などは思うのですが、
珊瑚はなんと真摯な性格なのでしょう、

「彼女が言わんとしていることは確かに自分が感じていた葛藤の核心をついている
・・・まさかここまで直截な言い方で、
自分というもののあり方を指摘されようとは思わなかった・・・」


と感じています。
うわ、そこまで責めるのか。
そんなにまでも完璧な人なんていないよ・・・と言いたくなりますが、
梨木香歩さんは本当に容赦がありません。
多分珊瑚には、肩肘を張って精一杯頑張って、いつか母を見返してやろうと、
意識しないまでも、そんな思いがあったのではないでしょうか。
世間に向けて、と言うよりも、むしろ母に向けていたのでしょうね。
だからこのひどい手紙は、そうしたことの気づきとなる。
いつもながら、根っこのところは深い、
油断のならない梨木作品。


それから雪ちゃんの成長ぶりが、実に微笑ましく感じてしまいます。
遠い昔のわが子の柔らかいほっぺの感触が蘇ります。
みずみずしい命の感触が
今作に光と希望を与えてくれています。

「雪と珊瑚と」梨木香歩 角川書店
満足度★★★★☆


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2 コメント

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はじめまして (ひでくんママ)
2012-12-04 08:04:56
すてきな作品ですよね。自分の涙に気づかなくて、夫に指摘されました。 笑

梨木さんは「家守奇譚」がユーモアにあふれて愉しく、繰り返し読みました。紀行文「エストニア紀行」も良かったと思います。

たんぽぽさんの本年度ベスト3はもうお決まりでしょうか。。。知りたいです。私の場合は、
 ① 松家仁之 「火山のふもとで」
 ② 梨木果歩 「雪と珊瑚と」
 ③ 原田マハ 「楽園のカンヴァス」

松家仁之(まさし)さんの作品は、日本文学史にのこる傑作だと思いました。
浅間山が舞台で、詩は立原道造が純粋な音楽性で輝いていますけれど、散文なら「火山のふもとで」が至高の作ではないでしょうか。堀辰雄のような清澄な雰囲気につつまれ、終わってほしくないと願わずにはいられませんでした。
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ありがとうございます (たんぽぽ)
2012-12-04 20:15:13
>ひでくんママさま
はじめまして。
コメントありがとうございます。
お名前からすると、小さなお子さんがいらっしゃるのかな?
きっと今作に、心の琴線が触れるところがおありだったのでしょうね。
梨木香歩さんは、確か「村田エフェンディ滞土録」を始めて読んで、すっかりハマってテしまい、それ以来のファンです。
今年のベスト3。・・・特に考えていませんが、そもそも人に言えるほど立派な作品を読んでいないような・・・。
ご紹介いただいた松家作品、原田作品は是非読んでみたいと思います。
こういうふうに、好きな作品を教えていただけると、私の読書も幅が広がるので、大歓迎です。
近頃は葉室麟作品に少しはまっています。
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