本当は何があったのか
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旗本・梶川与惣兵衛は、「あの日」もいつもどおり仕事をしていた。
赤穂浪士が討ち入りを果たした、世にいう「忠臣蔵」の発端となった
松の廊下刃傷事件が起きた日である。
目撃者、そして浅野内匠頭と吉良上野介の間に割って入った人物として、
彼はどんな想いを抱えていたのか。
江戸城という大組織に勤める一人の侍の悲哀を、軽妙な筆致で描いた物語。
第三回歴史文芸賞最優秀賞受賞作品。
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「松の廊下」と来れば「忠臣蔵」。
冒頭、浅野内匠頭が
「おどれぁ、何しとんじゃ。このボケカスがぁ」
と叫んで、吉良上野介に斬りかかるという描写がありまして、
そこでつい引き込まれてしまいました。
本作はちょうどその場に居合わせて、浅野内匠頭を「殿中でござる」といって引き留めた
梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)の視点で描かれています。
物語はその事件のおよそ3か月前から始まります。
京都から帝の使いの者が江戸へやってくる年に一度の「勅使奉答」の儀式の
饗応役についた浅野内匠頭。
その指導役が吉良上野介。
どちらも知る与惣兵衛は、
浅野内匠頭は親しみやすく柔軟で人情を重んじる懐の深い人、
吉良上野介は真面目一徹、私利私欲を捨てておのれの責務を果たそうとする高潔な人、
と思っていました。
しかるにあの事件後、世間は全く違う印象を2人に持つようになってしまっている。
浅野内匠頭は責任感が強く生真面目で、少し融通のきかない骨太の正義感。
吉良上野介は、自らの家柄を鼻にかけ、
賄賂をばらまいて幕府を裏で牛耳り、私腹を肥やす極悪人、と。
決してそうではない、ただ、双方の相性が悪く、
そしてまた様々なマイナス要因が重なってしまった・・・。
本作はそういうことの説明になっているわけです。
この儀式のことを熟知していて非常に頼りがいのある吉良上野介ですが、
この年、別件で京に赴くことになったのです。
それもほとんどこの饗応の準備期間中に。
江戸との連絡は書面にて、といっても早飛脚で片道4日。
質問を出しても返事が返ってくるのは最速でも8日後。
しかも、江戸に残されたメンバーというのが誰も彼も実務能力に欠ける・・・。
もちろん他にも指導的立場の人もいるのですが、皆プライドばかりが高いボンクラ。
そして身分の上下関係によって、直接的なことが言えない。
相手が気を悪くしないよう、常に気を遣う・・・。
所作の作法などはともかくとして、少なくとも以前の資料は必ずあるはずなのだから、
それをなぞればいいだけなのでは・・・と、
元事務方の私は相当イライラしながら読んでしまいましたが・・・。
ともあれ、組織や手順のマズさが根本にあって、
浅野内匠頭は心身共に疲労の極地にあったのは間違いないですね。
まあ、これとても想像の域を出ないわけではありますが。
いろいろなことを想像するのが歴史小説の醍醐味であります。
興味深く読みました。
「あの日、松の廊下で」白蔵盈太 文芸社文庫
満足度★★★★☆
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