「目を澄ませて」見えてきたもの
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元プロボクサー、小笠原恵子さんの自伝「負けないで!」を原案としています。
生まれつきの聴覚障害で、両耳とも聞こえないケイコ(岸井ゆきの)。
下町の小さなボクシングジムでトレーニングを重ね、
プロボクサーとしてリングに立つようになっています。
まあまあの成績を収めてはいるものの、いつしか言葉にできない悩みがたまり、
ボクシングもしばらく休みたいと思うようになってきました。
そんな中、ジムを閉めることになると知らされます。
よくあるボクシングの物語とは違って、
本作は最後のファイトシーンを劇的に盛り上げることをしません。
早朝のランニング。
ホテルでの客室清掃の仕事。
ジムでのひたすらのトレーニング。
そんな毎日の生活を淡々と描いていきます。
ケイコはろう者であるからというわけではなくて、
ほとんど自分の思いを口にしないのです。
手話や手記でも語ることはありません。
ただ、会長宛に「ボクシングを休みたい」と手紙を書くのですが、
それすらも結局渡せないのです。
ですけれど、彼女の思いはビシビシと私たちに伝わってきます。
口にできない心の奥の思いを抱え込んでいるのは、
彼女に限らず、私たちにも多くあること。
ケイコにはろう者であることの困難や悩みはもちろんあるのですが、
作中彼女が抱えているのはそういうことではないように思うのです。
なかなか人とわかり合えない孤独。
いつまでボクシングを続けるのかという漠然とした不安。
人と戦い、殴られる恐怖。
誰が持っていてもおかしくない懊悩を突いているからこそ、本作は際立っているのです。
もちろん、それを体現できる女優さんの力があってこそ。
本当に、セリフなしですからね。
そして彼女を取り巻く人たちは、皆さりげなく優しい。
特にこのボクシングジムの会長(三浦友和)は、
彼の親の代からのこのジムをとても大事に思っていて、
できればこのまま続けていたかった。
けれど、病で体調最悪、コロナでめっきり会員も減ってやりくりが苦しい・・・。
実に、やむを得ずたたむことになってしまった。
そんな彼が、また人並み以上にケイコのことを気にかけているのです。
しみじみ来ますねえ・・・。
そんな思いを知ったケイコガ、
またボクシングを続けてみようと、前向きな気持ちを取り戻していきます。
さりげなく姉を気遣う弟くんもよし。
手話を覚えてまで、ケイコを新たに迎えようとする他ジムの会長さんの心意気もよし。
ケイコガ目を澄ませて見えてきたのは、
何も試合中の光景ばかりではなくて
周囲の人々のさりげない温かさなのかもしれません。
殺伐とした世の中ではあるけれど、そう悪くもないですよね。
<シアターキノにて>
「ケイコ目を澄ませて」
2022年/日本/99分
監督:三宅唱
原案:小笠原恵子
出演:岸井ゆきの、三浦誠己、松浦慎一郎、佐藤緋美、三浦友和、仙道敦子
満足度★★★★★
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