映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

パリの調香師 しあわせの香りを探して

2022年08月13日 | 映画(は行)

人と人とのハーモニー

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本作、調香師の女性が主人公かと思えば、まあそうではあるのですが、
でも彼女と関わる男性が主人公でもある、という面白い構成になっています。

離婚して娘の親権が奪われそうになっているギョーム(グレゴリー・モンテル)。
それだけでなく運転手の仕事も失いかけて崖っぷちにいます。
そんな彼が、とある女性の運転手を担当することに。
彼女・アンヌ(エマニュエル・ドゥボス)はプライドが高く、わがまま。
妙に匂いに敏感な彼女の正体をギョームははじめ知らなかったのですが、
後に「調香師」という、香りに関係する仕事に就いていることを知ります。

アンヌは天才調香師として、多くの有名ブランドの香水の調香に関わったのですが、
4年前、仕事へのプレッシャーと多忙から嗅覚障害となり、
地位も名誉も失ってしまったのです。
今はなじみのエージェントから紹介される地味な仕事を引き受け、
ひっそりと暮らしています。
元々人と接することが得意ではなく、プライドの高さもあって、
孤独に暮らしているアンヌ。
ギョームはそんな彼女の心を少しずつ開いていくのです。

始めからアンヌの生活のみを描くのではなく、
この一見さえないギョーム目線で見ているところがいいですね。

ギョームも、これまで考えたこともなかった「香り」に興味を持つようになり、
彼の発想がアンヌにヒントを与えたりもします。

調香は様々な香りの組み合わせの妙であるとすれば、
人と人との組み合わせも、当たり前でないところで思わぬ効果が発揮されて、
かぐわしい香りのハーモニーが生まれるのかも知れませんね。

<WOWOW視聴にて>

「パリの調香師 しあわせの香りを探して」

2019年/フランス/101分

監督・脚本:グレゴリー・マーニュ

出演:エマニュエル・ドゥボス、グレゴリー・モンテル、セルジ・ロペス、ギュスタブ・ケルベン

 

人と人の化学反応度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


志乃ちゃんは自分の名前が言えない

2022年08月12日 | 映画(さ行)

言葉じゃなくても伝えたい

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漫画家押見修造さんが実体験を元に描いた、同名コミックの映画化。

吃音症があるために周囲とうまくなじめない高1の志乃(南沙良)。
そんな彼女が、いつも不機嫌そうな顔をして1人でいる同級生、加代(蒔田彩珠)と親しくなります。
音楽が好きで、いつかミュージシャンになりたいという加代は、
実は音痴で歌がうまく歌えない。
そこで、加代がギター、志乃がボーカルで、バンドを組もうと加代が言い出します。
志乃は歌ならすんなりと言葉が出るのです。

志乃は加代となら少しリラックスして言葉が話せるようになり、
文化祭で歌おうということになります。
そんな時、以前志乃をからかった同級生男子、菊地(萩原利久)が
バンドに加わることになり・・・。

 

加代は以前音痴であることを同級生たちに笑われて以来、
級友たちとは親しくしないようになっていたのです。

そしてまた、菊地は以前いじめに遭っていたことがあって、今は逆にハイテンション。
うるさくてウザくて、クラスの中で浮いてしまっています。

 

こんな3人はそれぞれにコンプレックスの塊。
だから本作は単に「障害を持つ少女」の物語ではなく、
誰もが持つコンプレックスと、そんな人々の意思疎通の難しさ、
そしてそれを乗り越え、心と心が通じたときの喜びを描く作品なのでした。

この3人であれば、うまくいきそうと思えるのですが、
志乃は加代と菊地の気があって盛り上がるのをみて、疎外感を持ってしまうのです。
そんな中では言葉も、歌さえもうまく声が出なくなってしまいます。

なんだか見ている私は、すっかり保護者のような気持ちになり、
がんばれ、がんばれ、歯を食いしばってもここを乗り越えろ・・・と祈ってしまいました。

えーと、2017年作品。
南沙良さんも蒔田彩珠さんも、最近テレビなどでよく見かけるようになっていますね。
今だからこその、記念碑的作品。

 

<Amazon prime videoにて>

「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」

原作:押見修造

出演:南沙良、蒔田彩珠、萩原利久

 

コンプレックス度★★★★★

友情度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「熱源」川越宗一

2022年08月11日 | 本(その他)

マイノリティの矜持

 

 

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樺太(サハリン)で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフ。
開拓使たちに故郷を奪われ、集団移住を強いられたのち、
天然痘やコレラの流行で妻や多くの友人たちを亡くした彼は、
やがて山辺安之助と名前を変え、ふたたび樺太に戻ることを志す。

一方、ブロニスワフ・ピウスツキは、リトアニアに生まれた。
ロシアの強烈な同化政策により母語であるポーランド語を話すことも許されなかった彼は、
皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、苦役囚として樺太に送られる。

日本人にされそうになったアイヌと、ロシア人にされそうになったポーランド人。
文明を押し付けられ、それによってアイデンティティを揺るがされた経験を持つ二人が、
樺太で出会い、自らが守り継ぎたいものの正体に辿り着く。

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直木賞受賞作です。
興味はあったのですが、やっと文庫化されて読むことができました。

 

本作、主役は樺太の地というべきかもしれません。
大地は昔も今も変わらず、そこに住みついた者たちがひたすら自分たちの生をつないできた・・・。
そういう土地であるはずなのですが、
周囲の国の状況で“持ち主”が変わり、人々は翻弄されていく・・・。
その代表となるのが、本作の主な主人公の2人です。

 

樺太(ロシアで言うサハリン)で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフ。
明治初期、樺太アイヌたちは集団移住を強いられて、北海道に渡り村を築きます。
そこで彼は「日本人」として教育を受けて、成長。
しかしその後コレラと天然痘で妻や多くの友人たちを亡くし、村は壊滅状態。
再び樺太に戻ります。
樺太は日本領となったりロシア領となったり・・・。
いずれにしてもアイヌたちは、支配国に言われるまま、
その法や制度に従うのみ。

 

一方ポーランドを母国とする、ブロニスワス・ビウツキ。
ポーランドはロシアに併合されており、
強烈な同化政策によってポーランド語を話すことすら禁止されています。
そんな彼が、皇帝の暗殺計画に加担したとして、
拷問の末、サハリンに流刑となってしまいます。
劣悪な環境、重労働の続く中、
ビウツキは、この地の先住者たちの文化に興味を持ち、研究を始めます。

 

日本人にされそうになったアイヌと、ロシア人にされそうになったポーランド人。
巨大な文明に飲み込まれそうになりながら、
しかしなお自らのアイデンティティを守り抜こうとする「熱い」思いを持った人々の物語。
弱小民族は、消えゆく運命なのか・・・。

否!!

それは声を大きくして言いたいと思います。

 

 

今、クライナの人々も同じ思いを抱えながら、闘っているわけです。
ロシアは昔も今もかなりヤバいです。
今さらですが。

 

そのほか登場する人々も皆魅力的で、
ヤヨマネクフはついに南極まで行くという、ドキドキするような物語的展開。

読書の楽しみを広げてくれる本です。

 

「熱源」川越宗一 文春文庫

満足度★★★★★


ムーンフォール

2022年08月09日 | 映画(ま行)

いや、もうこれ、一巻の終わりでしょ

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Amazon prime video 独占配信中のSF超大作。

 

原因不明の力によって、月が本来の軌道からそれ、
あと数週間で地球に激突するという恐るべき事実が判明します。

地球と月を救うため、NASA副長官ジョー・ファウラー(ハル・ベリー)、
かつて一流の宇宙飛行士だったブライアン・ハーパー(パトリック・ウィルソン)、
天文学博士を自称するKC・ハウスマン(ジョン・ブラッドリー)の3名が宇宙船に乗り込み、月へ向けて出発しますが・・・。

月が地球上に落ちてきて衝突!! 
なんとも衝撃的なストーリー。
月の重力の影響で、大津波が発生、地殻変動が活発化し、しまいには空気も薄くなってくる・・・!?
大災害の映像もなかなか壮大に描写されていて、迫力がありました。

そもそも実際にこんなことがあったら、人類は滅亡するに違いない・・・。
だって、地球に激突した巨大隕石で恐竜さえ絶滅したわけなのだから。
軍隊は、核ミサイルで月を破壊し粉々にしてしまおうと計画を練りますが、
それとは別にジョーらの行動があるわけです。

 

この3人というのがユニーク。

ジョー・ファウラーはまさにエリートです。
かつてブライアンとも組んで宇宙飛行をしたこともありますが、
その時に事故で一名が亡くなっています。

ブライアンは、実はその時月面に不審なものを目撃したのですが、
誰も信じてくれず、仲間をみすみす死なせてしまったことに責任を感じて仕事を退いたのでした。



そして、ハウスマンは、宇宙飛行士になるのが子どもの頃の夢ではありました。
しかし、ごく初歩段階から挫折。
頭は良くて月の軌道がずれていることにいち早く気づいたりはするのですが、
実のところは単なるフリーターで、ほとんど宇宙オタク的な人物でしかないのです。

このちょっとへんてこな3人トリオが、月の内部、奥深くに侵入していく。
そこで見たものとは・・・!!

 

彼らが宇宙へ赴くのは、今はもう使われていないスペースシャトルのエンデバー号。
その機体は落書きだらけというのも、なんだかシャレているのです。

一方地球上では、今にもぶつかりそうに接近している月の影響による危機から
なんとか生き延びようとするジョーとブライアンの家族たちの物語が展開しています。

ガチガチのSFというのではなくて、ちょっとユーモアが漂っている辺りもステキでした。
ローランド・エメリッヒ監督のこんな壮大な作品が、
Amazon prime video独占だなんて、もったいない・・・。
劇場の大画面で見たかった気もします。

 

<Amazon prime videoにて>

「ムーンフォール」

2022年/アメリカ・イギリス/130分

監督:ローランド・エメリッヒ

出演:ハル・ベリー、パトリック・ウィルソン、ジョン・ブラッドリー、マイケル・ペーニャ、チャーリー・プラマー

 

地球の危機度★★★★★

迫力描写度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


Summer of 85

2022年08月08日 | 映画(さ行)

少年たちのひと夏の恋

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16歳と18歳の少年の人生を変えたひと夏の恋を描きます。

ヨットで1人沖に出た16歳アレックス(フェリックス・ルフェーブル)。
突然の強風で転覆してしまいます。
そこを、18歳ダヴィド(バンジャマン・ボワザン)に救出されます。
やがて2人の友情は深まり、恋愛感情に発展。
アレックスには初めての恋でした。

ダヴィドは「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上でダンスを踊る」と言い、
2人で約束を交わします。
ある夜、移り気なダヴィドに腹を立てたアレックスは
けんか別れするのですが、その後ある事件が・・・。

 

原作はエイダン・チェンバーズ「俺の墓で踊れ」。

フランソワ・オゾン監督が17歳で原作に出会い、心動かされ、
それから35年を経て映画化されたものです。
舞台は仏・ノルマンディーの海辺の町。
題名の通り1985年。
ノスタルジックです。


この時代だと同性愛はもっとセンセーショナルなのでは?と思うところもありますが、
この2人は特にそういうことにこだわりを持っていないように見えます。
自分はちょっとおかしいのではないか?などと言う方向の悩みはなくて、
ひたすら相手を欲するそのまっすぐさが、むしろ心地よい。
ま、双方美少年なので絵になりますし・・・。

でもそうであれば、ひたすら心はまっしぐらになるはずなのに、
ちょっとした遊び心とか気の迷いとかは、異性間の恋愛同様にあるワケですね。
ダヴィドは強がってみても、所詮まだ18歳。

青く震える心が、しみじみ来ます・・・。
美しく、哀しい物語。

<WOWOW視聴にて>

「Summer of 85」

2020年/フランス/100分

監督・脚本:フランソワ・オゾン

原作:エイダン・チェンバーズ

出演:フェリックス・ルフェーブル、バンジャマン・ボワザン、
   フィリッピーヌ・ベルジュ、バレリア・ブルーニ・テデスキ

 

同性愛度★★★★★

衝撃度★★★☆☆

満足度★★★★☆

 

 


「短歌と俳句の五十番勝負」穂村弘 堀本裕樹

2022年08月07日 | 本(その他)

こんな「お題」もアリなのか

 

 

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荒木経惟、北村薫、谷川俊太郎、壇蜜、又吉直樹、中江有里、柳家喬太郎……。
作家、詩人はもちろん、写真家、女優、タレント、落語家、芸人から、
出版社社長、編集者、書店員、運送業者、牧師、大学生、小学生まで。
様々な職業の五十人から寄せられたお題で、歌人の穂村弘と俳人の堀本裕樹が真っ向勝負!
気鋭の二人は多彩なお題をどう詠むか。
それぞれの短歌と俳句を自由に読み解く愉しみを綴るエッセイを各編に収録。

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様々な人から寄せられたお題で、
歌人の穂村弘さんと俳人の堀本裕樹さんが対決、と言う本です。

私、これは俳句の方がすごく不利だと思ったのですよね。
お題の他に季語も読み込まなくてはならない。
17文字という制限は、お題についての「物語」を説明するのに
あまりにも少ないのではないか・・・。

しかるに、さすがプロ。
まあ対決とは言え、甲乙つけるべきようなものでもないと思うのですが、
短歌と俳句の特性を生かして、どれもステキなのでした。

 

そもそもここに寄せられた「お題」は、
通常短歌や俳句で連想するような語句とは
ちょっとイメージが重ならないようなものが多いのです。
というのも、このお題を寄せた人々というのが、
一般の方もいらっしゃいますが、著名なタレントやら作家やら詩人やら・・・。
まるで「どうだ、これでできるかい?」と挑戦状をたたきつけるような感じなのです。

 

例えば、「唾(つば)」。
これを出題したのは又吉直樹さん。

 

それに対して、穂村弘さんは

文字に唾たらしてこするなんとなくこれでも消えるような気がして

 

一方堀本裕樹さんは

青き踏む唾棄すべきことこなごなに

 

 

ノートに書いた鉛筆の文字。
消しゴムが見当たらなくて、唾をつけてちょっとこすってみたりして・・・って、
なんか私も子どもの頃やってみたことがあるような気がします。
さすがに今はやりません。
今時の子どももやらないかもですが。
穂村さんらしいユーモアにあふれています。

 

一方、「青き踏む」は春の季語ですね。
新芽の出てきた心地よい野山を散歩すると、
ちょっとわだかまっていたイヤな思いも霧散していくようだ・・・。
う~ん、さわやか。

 

こんなふうに、同じお題から双方全く別の発想で、それぞれの個性的世界が広がっていきます。
面白いですねえ・・・、短歌。俳句。

 

豪華、出題者陣とそのお題は・・・

「挿入」荒木経惟

「ゆとり」朝井りょう

「ぴたぴた」谷川俊太郎

「部長」長嶋有

「舞台」柳家喬太郎」

「安普請」壇蜜

などなど・・・。

関連があるようなないような・・・というのも、面白い所です。

 

「短歌と俳句の五十番勝負」穂村弘 堀本裕樹

満足度★★★★☆

 


パーフェクト・ケア

2022年08月06日 | 映画(は行)

鉄の女

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有能な法定後見人のマーラ(ロザムンド・パイク)。
判断力の衰えた高齢者を法制度において守り、ケアします。
多くの顧客を抱え、裁判所の信頼も厚いのです。

・・・というのは表向き。
実は彼女は医師や介護施設と結託し、
高齢者の資産をかすめ取る悪徳後見人なのです。

ある時、新たに資産家の老女ジェニファー(ダイアン・ウィースト)に狙いを定めたことから、
歯車が狂い始めます。
ジェニファーは孤独な老女のはずが、裏にロシアンマフィアの存在があったのです・・・。

何しろ、このポスターのキャッチフレーズを見てください。
「100%共感不能! なのに爽快!」
いや、爽快かどうかは疑問ですが、妙に魅入られてしまう感じはあります。

 

マーラはまず狙った老人の主治医から、
自立できないので保護が必要と言う趣旨の診断を得ます。
実は、その老人は元気で判断力もバッチリであったとしても。
そこで裁判所からこの老人の法定後見人のお墨付きをもらい、
強引に老人を施設に入れてしまうのです。
施設では面会謝絶、外出禁止として、ほとんど囚人状態にします。
脱走したり暴れたりする場合には、薬を使って意識をぼんやりさせてしまう。
そしてマーラは施設の入所費用のためとして老人の土地・家などを処分。
手数料をバッチリ稼ぐ、と言った次第。
医師にも施設にも見返りが行くようにして結託しているのです。

もしこの老人に家族がいたとしても、
「しばしば家族は遺産目当てに施設にも入れず介護もしないで老人を見殺しにする」
・・・などと言って裁判所を味方につけ、
家族を老人と面会さえできないようにしてしまう。

 

う~む、なんと恐ろしいシステムではありませんか。
なんの罪悪感も持たずに平然と「仕事」として事を進めてしまう、
この恐ろしき鉄の女、マーラ。

ロザムンド・パイクはすっかりこうした悪女役が身についてしまったようです。

本作は、このジェニファーが実はロシアンマフィア、
ローマン(ピーター・ディンクレイジ)の母であり、
突然施設に入れられて会うこともできなくってしまったことに怒り、
猛然とマーラに攻撃を仕掛けてくるのです。

まさしく命がけ。
しかし脅されようがなんだろうが、ひるむ様子のないマーラ。
強くてカッコイイ、と言いたいけど、
私はやっぱり好きにはなれませんけどね・・・。

ここまでの鉄面皮になった彼女の過去にいったい何があったのか・・・? 
私はそれが知りたい気がします。

<WOWOW視聴にて>

「パーフェクト・ケア」

2020年/アメリカ/118分

監督・脚本:J・ブレイクソン

出演:ロザムンド・パイク、ピーター・ディンクレイジ、エイザ・ゴンザレス、ダイアン・ウィースト

 

悪女度★★★★★

空恐ろしさ★★★★☆

満足度★★★☆☆

 


ジョー・ベル 心の旅

2022年08月05日 | 映画(さ行)

息子の心を知る旅

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日本未公開作品。
実話に基づいています。

オレゴン州に住むジョー・ベル(マーク・ウォールバーグ)。
高校生の息子ジェイディン(リード・ミラー)がゲイであり、
そのことにより学校でいじめにあっていると聞きます。
ジョーは、いじめの恐ろしさ、悲惨さを訴えるため、
徒歩でアメリカを横断する旅に出ることに・・・。

 

本作を見ていて、驚いてしまうところが二カ所あります。

まず、ジョーは息子ジェイディンと共にアメリカ横断の旅をしていると思っていたのですが、
実はそうではなかった・・・。

そして、いよいよ終盤の出来事。
「実話に基づく」と言うことの重さを、ずっしりと感じます。

ゲイであることというのは、アメリカではもうほとんど市民権を得ていて、
多くの人が理解を示しているくらいのように思っていたのですが、
それはニューヨークのような大都市でのこと。
ほとんどの田舎町はまだまだ保守的で、
ゲイに対して嫌悪感を示す人が大多数であるようです。

本作では、ジェイディンは自らがゲイであることをカミングアウトし、
チア部に入って他の女子たちと共にダンスを踊ったりしています。
そんなだから、徹底的に嫌い、いやがらせや暴力までもを振るう男子もいる。
学校側に相談しても地域の意識がそうだから仕方がない・・・と、
解決に向けた積極的な動きをしてくれません。
そして、父親のジョーもまた、実はゲイを異常だと思っているのです。
表向きは息子を認める発言をしておきながら・・・。

 

そんなだから、旅の始めの頃のジョーの発言は薄っぺらなのです。
オレゴンからニューヨークというのは本当にアメリカの西端から東端まで、劇的な横断の旅。
ヒッチハイクくらいなら良く聞きますが、徒歩というのは珍しい。
ジョーは行く先々で人々にゲイの差別やいじめのことを訴え、
テントで野営しながらゆっくりゆっくりと歩んでいきます。
この旅のことを知った人々に歓迎されることも多い。

でも、実のところ彼は自分のことや人々の思惑ばかりが気になって、
ジェイディンの本当の気持ちを知ろうとはしていなかったのです。
そんな彼が、長い旅の道のりを経て、少しずつジェイディンの真実を理解してゆく。
ジェイディンをジェイディンのまま、愛することが大事なのだと気づいていくわけです。

・・・それにしても、ラストはショッキングなのでした!!

<Amazon prime videoにて>

「ジョー・ベル 心の旅」

2020年/アメリカ/94分

監督:レイナルド・マーカス・グリーン

出演:マーク・ウォールバーグ、リード・ミラー、コニー・ブリットン、ゲイリー・シニーズ

 

現実の厳しさ★★★★★

満足度★★★.5

 


「ミステリと言う勿れ 7」田村由美

2022年08月03日 | コミックス

ぼっちえのき

 

 

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いつの間にか謎も悩みも解きほぐす、解読解決青年・久能整。

大学教官の天達(あまたつ)にバイトに誘われて山荘を訪れるも、
思わぬ事件に巻き込まれて…!?

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さて、整くんの第7巻。

天達先生に請われて、バイトとして、とある山荘を訪れた整くん。
ここに集まった人々でちょっとした謎解きイベントをするというのです。
その雑用係としてやって来た整くん。
しかし、天達先生から頼まれたのであれば、単なる雑用係が目的とは思えませんね。
イベントの謎をついうっかりすらすらと解き明かしてしまう整くんですが、
実は本当の謎は別にあった・・・。

このエピソードもTVドラマ化されているのですが、
大きく違うのはドラマでは刑事の風呂光さんも一緒に来ているところ。
う~む、さすがにそこは必要ない気がしますが。

 

この原作で注目すべきは、同じく天達先生にスカウトされた整くんと同期のレンくん。
彼がまたユニークなのです。
ぐいぐいと人に迫って来るタイプ。
気が利いてくるくると動く働き者。
思っていることはズバズバ言う。
整くんとは真逆のタイプで、多分整くんには苦手なタイプ。
けれど、彼もまたなかなか鋭いところがあって、
本作では2人の推理がものをいいます。

レンくんは、整くんはウザいと言われるくらい色々余計なことまで良くしゃべるけれど、
実は自分の身の上については、ほとんど話さないことに気がついています。
整くんが「トマトのサンドイッチはべしゃべしゃしてイヤだ」と、
自分の好みを話したことだけで、
心を開いてくれたように思って、嬉しく思うレンくん。
いい感じです。

ちなみに、私も整くん同様の理由で、トマトのサンドイッチは苦手。
しかるに、忘れられないのは、「あしたのジョー」の矢吹丈が
トマトのサンドイッチが好きだというシーンがあるのですよ。
そこは私、うそ~と思って、ショックでした・・・。

話がそれました。
このレンくんは人の見た目から連想する密かな呼び名をつける名人。
それで、整くんのことを「ぼっちえのき」と言うのです。
なるほど~!

 

あえてこの2人を呼び入れたのは、おそらく天達先生の計算なのでしょう。
整くんにとっては、初めての「いなくならない」友だちができた
と言っていいのではないでしょうか。

どっさり作ったカレーを、結局誰も食べられなかったのは残念・・・。

 

「ミステリと言う勿れ 7」田村由美 フラワーコミックスα

満足度★★★★☆

 


ひらいて

2022年08月02日 | 映画(は行)

苦い青春の一ページ

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明るく成績優秀な愛(山田杏奈)は、同じクラスのたとえ(作間龍斗)に片思いをしています。
教室でいつもひっそりと、人と関わりを持つことを避けているように見えるたとえ。
簡単には話しかけにくい雰囲気なのです。
ある日愛は、そんな彼が誰かからの手紙を大事そうに読んでいる姿を見てしまいます。
密かにさぐった愛。
それは糖尿病の持病がある内気そうな少女、美雪(芋生悠)からのものでした。

目立たない美雪とたとえが密かに交際していることを知り、動揺する愛。
その気持ちを隠して、愛は美雪に接近します。

なるべく目立たないように、ひっそりと過ごしているたとえと美雪。
それはそれでとてもお似合いでいい感じなのです。
だからそっとしておいてやればいいのに、
愛は自分がおじゃま虫と知りつつ、二人にそれぞれ接近していきます。

愛は、なんとかたとえに自分の方を向かせようとする。
そして美雪にも、たとえよりも愛を好きになるように誘導。

全くうぶで純粋培養のような美雪は戸惑いつつも、
愛の思いに応えようとするのです。
一方たとえは、厚かましい愛の誘惑に乗ろうとはしません。

愛自身、2人の中を引き裂こうとすることを当然のようには思っていないのです。
というのも、次第に愛はやる気をなくし、授業も上の空で、
途中でふらふらと教室を出て行ってしまったりするように。
愛のよこしまな心は、ふたりの純な絆に打ちのめされていくのです。

それは青春のほんの一ページ。
けれどこうした出来事にすべてを没頭させることができるこうした年代、
うらやましくもあります。

一見か弱くて頼りなさそうな美雪ちゃんの、芯のしっかりしたところがステキでした。
でも、愛の生きるにたくましそうでパワフルなところもいいな。

<WOWOW視聴にて>

「ひらいて」

2021年/日本/121分

監督・脚本:首藤凜

原作:綿矢りさ

出演:山田杏奈、作間龍斗、芋生悠、板谷由夏、萩原聖人

 

おじゃま虫度★★★★★

満足度★★★.5

 


TOVE トーベ

2022年08月01日 | 映画(た行)

独自の生き様を貫く

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ムーミンの原作者として知られるフィンランドの作家、
トーベ・ヤンソンの半生をつづる作品です。

 

1944年、ヘルシンキ。
戦時中、防空壕の中ですでに生まれていたムーミン世界。
やがて戦争は終わり、フィンランドはソ連の脅威からも一応解放されます。
トーベの父親は著名な彫刻家で、娘が芸術家として芽が出ないことに業を煮やしています。
そんな父を苦々しく思うトーべ。

彼女はやがて家を出て自活しはじめますが、
絵は売れず、生活は厳しい。
そんな彼女ですが、父親からの重圧を断ち切るように行動は自由奔放。
妻子ある男と恋をし、やがて舞台演出家のヴィヴィカと言う女性との恋にのめり込んでいきます。
そして様々な活動の合間に、ムーミン世界の物語やイラストを描きためていきます。

トーベ・ヤンソンのことはほとんど名前くらいしか知らなかった私。
思慮深いおばさま?くらいの想像しかなかったのですが、
実はこんなに奔放な方だとは思ってもいませんでした。
彼女は本当は画家として大成し、父親に認められたかったのだと思います。
しかしそちらでは成功せず、
芸術とも呼べないような“漫画”で成功することは不本意だったのでしょう。

そして愛するヴィヴィカは、気が多くて移り気。
結局彼女はトーベだけのものにはなり得ない、と決別を決めたときから、
いよいよトーベはムーミンの物語を本気でつづり始めます。

ムーミン世界のキャラクターに、トーベの身の回りの人物が投影されていることがあるそうで、
スナフキンは、トーベの不倫の愛人アトス。
不可解な言葉で話をするトフランとビフスランが、トーベとヴィヴィカらしいです。

何が成功で、何が成功ではないのか。
愛の形も様々。
すべて人の物差しで測る必要はない。

そんな独自の生き様を貫くトーベの傍らに、
ムーミンたちが寄り添っていたのかも知れません。

<WOWOW視聴にて>

「TOVE トーベ」

2020年/フィンランド・スウェーデン/103分

監督:ザイダ・バリルート

出演:アルマ・ポウスティ、クリスタ・コソネン、シャンティ・ルネイ、カイサ・エルンスト

自由恋愛度★★★★☆

満足度★★★.5