歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

風納土城・木塔址は 深さ4mの井戸だった  

2008年07月13日 | Weblog
 去る4月末に、ソウル市松坡区風納洞の風納土城で、百済時代の寺の木塔と推定される建物跡が発掘されたと報道された206号遺跡は、結局、井戸だったことが確定されたようだ。発掘調査を行っていた韓神大博物館は内部調査を完了したとしている。
206号遺跡出土状況
①井戸の形状など
 百済時代の地表面を基準として最下層底まで深さ4mであり、上から見下ろした平面は、上側は楕円形に近い方形であり、その下の方は各1辺の長さ1.2mの正方形であった。
 地表面から1mほど下の地点から、さらに下に2mほど続く井戸壁面は、川石か割石を使用して丈夫に積んで、またその下に高さ70㎝ほどの壁面は木板材を組んで築造した。
 土器は、木槨が位置する層の上(体積1.008㎥)だけできちんと、そしてぎっしりと全部で4重に積まれていたと。その上の石槨部分は大型石板で埋められた。
②出土土器
 漢城百済時代の井戸1ヶ所だけで計215点に達する完形土器が出土。
 種類では壷と瓶が圧倒的に多い。
 すべての土器は、口唇部をわざと割った跡が見える。
 土器が製作された中心年代は漢城百済末期の5世紀初期と考えられる。

この井戸に隣接する196号遺構について
 一辺の長さ10mほどになる方形倉庫建物である可能性が大きい。
 釉薬を塗ったいわゆる大型施釉陶器が何と約20点出土。
 その他保存用と考えられる土器が数え切れなく確認された。
[参考:聯合ニュース、前出]
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする