初めて映画館を訪れて以来、映画に夢中になった少年サミー・フェイブルマンは、母親から8ミリカメラをプレゼントされる。家族や仲間たちと過ごす日々のなか、人生の一瞬一瞬を探求し、夢を追い求めていくサミー。母親はそんな彼の夢を支えてくれるが、父親はその夢を単なる趣味としか見なさない。サミーはそんな両親の間で葛藤しながら、様々な人々との出会いを通じて成長していく。 |
公開予定を見落としていた。S・スピルバーグ監督(以下「監督」)の自伝的作品とのこと。やはり見るでしょう。
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「Ready Player One」(’18-04-30)にも書いたことだが、このような内省的(?)作品を作られると、これで最後かなと不安になるものだ。
・・・違いました。
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「フェイブルマンズ」(原題「The Feblemans」)は主人公サミーのものがたりだが、同時に彼をはぐくんだ家族(the Feblemans,フェイブルマン一家)の歴史を語るものでもある。
本作はサミーの成長過程を追いつつ、サミーの視点で世の中の理不尽を見せる。家族、地域、学校。そこここで問題が起きる。ものがたりの始めから、いくら自伝的作品と心にブレーキをかけても、サミー=スピルバーグ少年である。
監督の人生は断片的ではあるが、ユダヤ人あること、ディスレクシア(学習障害の一種)のため、同級生より読み書きの修得が遅く、いじめも受けたこと等は知っていた。しかしそれらをスクリーンで見た。やはり息をのんだ。(サミーがディスクレシアの描写はない。)
監督の両親は離婚。これは知らないことだった。妹たちのこと、両親の離婚。これらのことが監督の作品に大きな影響を及ぼすことになる。
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サミー(監督)に影響をあたえた人たち。
お父さん
技術者。実利・有用なものを生み出すことにこだわりがある。映画作りには仕事としての価値がなかなか見いだせない。
お母さん
ピアニスト。サミーの思いを理解し、応援している。
2人はお互いを尊重し、家族を大切にしている。でも、この2人が離婚する。
ボリスおじさん
芸術を追い求めることと、家族を守ることの葛藤を伝えてくれる。
モニカ
コミュニケーションが下手で=映像で語らせる方が上手なサミーのガールフレンド(らしき人)である。モニカ(Cloe East)は熱心なクリスチャン。彼女との出会いでサミーは少しずつ変化していく。
サミーは彼女だと思っていたが、モニカの認識は違う。高校卒業時、サミーはふられる。
ジョン・フォード(実在の人物)
大学を中退したサミーは、TV業界につてが出来る。そこで彼はジョン・フォード監督と面会する。その時フォード監督がサミー言い放った言葉。しびれた。
Now, remember this. When the horizon's at the bottom, it's interesting. When the horizon's at the top, it's interesting. When the horizon's in the middle, it's boring as shit! Now, good luck to you... and get the fuck out of my office!
いいか、覚えておけよ。水平線が(画面の)下にある映画はいい。上にあるものもいい。だがな、真ん中にあるものは、どうしようもないもんだ。それじゃ、グッド・ラック。オレのオフィスから出てけ。
実際にスピルバーグ青年がフォード監督と面会したのは17歳のことだという。本作ではフォード監督をデイビッド・リンチが演じている。
フォード監督との面談の後で、サミーはスタジオを出る。たくさんのスタジオ。通路の向こうに、カリフォルニアの空が広がっていた。
何だか、温かい気持ちになった。
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現実世界での監督は、数年後、アメリカで認知される。
映像作家(監督)としてのプロデビューは、『四次元への招待』パイロット版の一編「アイズ」。これは日本では放映されていない。
1971年『刑事コロンボ』の3作目、「構想の死角」で監督。日本では1972年11月26日に放送されている。同年撮影のテレビ映画『激突!』は、日本では1973年劇場公開。 TV放映は1975年1月5日、『日曜洋画劇場』である。僕はこれをTVで見ている。
1975年12月6日に『ジョーズ』、1978年2月25日に『未知との遭遇』が日本公開。この2作品で、監督は間違いなく日本でも認知された。
本作『フェイブルマンズ』は、これらの前日譚でもある。プロ監督デビューまでを見たい気がした。