<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地



出発3日前、NHKのニュース番組で天気予報を見ていると、

「ベンガル湾から続いている帯のような雨雲がこのように日本列島に梅雨のような雨を降らせているのです。」

と予報官のオッサンは言った。

ベンガル湾?
どこやったかな?そこ。

私はヤンゴンへ向かう飛行機のシートに座って、前方に見えるビデオスクリーンを眺めていた。
そこにはナビゲーションシステムの地図が映し出され、現在の飛行機の位置、目的地、主要な都市が示されていた。
そのなかにBengal Gulfと書かれた文字が目に留まった。

Bengal Gulf。
ベンガル湾か......。

そう、ベンガル湾とはインド、バングラディッシュ、ミャンマーに囲まれたインド洋の一角だったのだ。
つまり、日本列島に雨を降らせていた雨雲はミャンマー沖のベンガル湾で発生し、ミャンマー中部、中国南部を通過し、台湾から日本列島にかかっていたのだった。
ということは、どういうことを意味しているのかというと、ミャンマーは雨だということだ。

雨。

私は急に憂鬱になってきた。

私はカンカン照りの紺碧の空が広がるミャンマーを夢想していた。それだけに、現地は雨なのかと思うと、すごく悔しくなってきてしまったのだった。
でも天気予報は3日前の情報だ。
今日あたりから、もしかすると雲が切れ、雨が止んで晴れてきているのではないかと、私は今飛行している地域を考慮してお釈迦様に祈った。
しかし、その祈りもむなしく、飛行機がタイ・ミャンマーの国境を越える頃には、雨雲の中を飛行しているであろう独特の揺れが始まったのである。
この揺れの中、果敢にも客室乗務員たちは機内食のサービスを行っていた。

国際線とはいえ、たった一時間少々のフライトで夕食が供されているのだ。
あっぱれと言えよう。
2時間を超える沖縄~大阪路線でさえ簡単な飲み物しか出さない暴利むさぼるショボイ日系航空会社とはえらい違いである。

それにしても、少々の揺れがあっても怪我を覚悟で料理を配っていかなければならないのはなぜか。
そうでもしないと短い飛行時間で、配る、食べる、回収する、のローテーションが全うできないのだろうか。
彼らはふらふら揺れながらもサービスを継続していた。
当然のことながらアテンダントは私のところへもやって来て夕食のトレイを差し出した。
一応受取ったものの、私はこの機内食は食べないつもりでいた。
なぜなら、私はミャンマーへ入国後、ヤンゴンのレストランでミャンマー料理を食べることになっていたからだ。
ただ、私が機内食に手をつけずにおこうと思ったのには、もう一つの理由があった。
出発前にミャンマー料理についての情報をあれこれ調査してみると、そこには「ミャンマー料理は脂っこく日本人の舌にはあいにくい」と一様に書かれていたからだ。
そこでミャンマーの人たちには失礼だとは思ったが、私は念のため空腹感を維持させて「舌に合いにくい料理」に備えることにした。
だから機内での食事は控えることにしたのだ。
しかし、いかにせん腹が空いていた。
最後の食事は正午前に関西空港を離陸してすぐにでてきた機内食だった。
それにたった半日前に大阪を出発したばかりで、体内時計は日本時間で動いている。
そういうわけで腕時計の針はミャンマー時間で午後6時過ぎであったとしても、私の生理的な時間は午後9時前であるから、腹が空いていても仕方がないのだった。

そしてさらにもう一つの試練があった。

タイ航空の機内食は他のエアラインと比べると総じて美味しい。
私はいつもこの機内食が美味いことを理由に大阪からバンコクまでの移動にタイ航空を利用している。他のエアラインより若干割高であることを承知の上でである。

エッヘン!

このバンコクからヤンゴンの便も軽い夕食とはいえ、とても美味そうなのであった。
アルミホイルのかかった長方形のお皿を見てみると、卵とチーズが使われた卵焼き風の料理がほこほこと湯気を上げて、いい香りを発している。
その隣には小さな透明のプラスチック容器にグリーンサラダが入れられ、その上にはチョコレートケーキが鎮座している。
私は誘惑に負けてナイフとフォークの包みを解いた。
卵料理風の塊をちょこっとつつき、破片を口に運んだ。

美味であった。

グリーンサラダにドレッシングをかけて、アスパラガスとレタスをフォークで突き刺し、口へ運んだ。

これも微妙に脂っこいが美味であった。

もう2口ほど卵料理を口に運び、私は勇気を振り絞って、皿のアルミホイルを閉じ、コーヒーを注いでもらったカップを手に取り、固形物を胃の腑に入れることを中止したのだ。
隣の席では上品なタイ人のおばさんが一心不乱に食事と格闘していた。
一方、中途半端に食べてしまった私の空腹感はいっそう増したのだった。
やがてトレイが慌ただしく回収されると、すぐにベルト着用のサインが点灯し、飛行機は高度を下げ始めた。
やはり天候がすぐれないのか、かなり揺れている。

そろそろヤンゴンの街並みが見えてきても良さそうな頃合いだ。
私は窓から下界を見下ろし、ヤンゴンの夜景が見えてくるのを待ち続けた。
しかし、天候が悪いので、地上の景色はなかなか見えてこない。
いや、飛行機は雲の中を飛んでいるのではない。
よくよく目を凝らして眺めると、点々と街灯の明かりが見える。
市街地はずっと空港から離れた場所にあるのか、飛行場近くは街灯は少なく、とても暗い。

やがて飛行機は大きく旋回した。
さらに高度が下がり、暫くして暗やみを流れるような鬱蒼と茂る木立のシルエットが現れると、私を乗せたエアバスA三〇〇型機はドスンとヤンゴン国際空港に着陸した。

つづく

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