<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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元産経新聞の記者で現在は週刊新潮などにコラムを連載されている高山正之氏の著書によると、かつてヤンゴン国際空港は東南アジア随一の栄華を誇り、タイのバンコク国際空港などまったく相手にならないほど賑わっていという。
多くの国際線がヤンゴン国際空港をハブ空港とし、極東線、欧州線を飛びまわっていたというのだ。

それが長い政治的、経済的な停滞で、今では完全なド田舎にある一地方空港のような姿になってしまった。

飛行機の窓からの眺めは空港の周りに広がるジャングルだけ。
暗い空港だ。
滑走路からタクシングウェイに進入したが照明が乏しくよく見えない。
寂しいところである。

やがてターミナルビルが見えてきたが、空港の名前を示す看板のライトアップでさえ薄暗い。
駐機されている飛行機はミャンマーの国内線の1、2機ぐらい。それも真っ暗に近いので、シルエット程度しか見えない。
外国の航空会社の機体はまったく見当たらない。

私の乗っていたタイ国際航空のA300型旅客機はその薄暗いターミナルビルに機首を向けるとゆっくりと停止した。
エンジンの音が弱まると乗客たちが我先と立ち上がり、天井のボックスから荷物を下ろし始めた。
その物音に景色をじっと見ていた私は我に返った。そして重い気持ちが甦ってきた。
アライバルビザの件を思いだしたのだ。
ついに入国審査だ。
ここでもし入国審査官から、

「アライバルビザってな~に?」

と言われたりするとどうすればいいのだろうか?
私は使い方がよくわからないであろうミャンマーの公衆電話に駆け寄り、現地の旅行社になんとかコンタクトを取って助けを求めなければならないだろう。
インターネットのメールで届いていた旅行社からの連絡によると、入国審査場前にガイドさんが私のネームプレートを掲げて待ってくれていることになっている。
しかし、ここでずっと疑問に思っていたが、わざと触れなかったことがある。
それは入国審査のゲートの内側にどうやってガイドさんが入って来るのか、ということである。
入国審査からこちら側、つまり飛行機の搭乗口ないし降りてくる方は、その国であってその国でない。
それはヤンゴン国際空港だけではなく、関空や成田、羽田も同じ。
いわば無国籍地帯。
資格のあるものしか入れないはずだ。

ガイドさんが客を迎えるだけのためにそんなエリアに入ってこれるのか。
私にはここへ来るまでそれが心の奥底でずっと引っ掛かっていたのだが、思いだすとアライバルビザの件が心配になってくるので考えないことにしていた。

飛行機から出てタラップの階段を降りると暗がりに2台のバスが止まっていた。
この空港にボーディングブリッジはない。
エプロンの路上は雨上がりか濡れていた。
リュックを背負い、ほぼ満員のバスに乗り込んだ。
乗客の中に日本人は見当たらない。
というよりもどいつが日本人なのかミャンマー人なのかタイ人なのかインド人なのかわからない。
ともかく異国の雰囲気たっぷりのバスだった。

しかしこの異国情緒溢れるバスが、実は飛んでもない純和風のバスであったことはすぐがすぐに判明した。

バスに乗ったばかりの私はつり革に捉まり車内を見回していた。
やっぱり薄暗いが、それはバスのこと。
仕方がない。
ふと窓際を見ると、緑色の押しボタンの下に日本語で注意書きが書かれていた。

「バスを降りる時はこのボタンを押してください。」と。

「ふーん、バスを降りる時、あのボタンを押すのか。」

私は何も疑問を抱かずにぼんやりと日本語表示を眺めてた。
普通の感覚であれば、
「これはおかしい」
と思う筈だが、私は疲れていたのか、それともアライバルビザの件が頭をもたげていたのか無感覚になっていたのだ。
そして、今私が乗り込んできた入り口近くに目を移せば弁当箱ぐらいの赤いボックスが壁に掛かりその上に、

「非常時はこのなかのレバーを引いて扉を開けてください。」

とこれまた日本語で書かれていた。

「親切なバスだな~」

と思い、さらにその扉のガラス戸を見ると丸ゴチック体の漢字で、

「非常口」

と書かれている。

「?」

どこかで聞き覚えのあるブザーが鳴り、ドアが閉まるとバスはターミナルビルに向かって走り始めた。

空腹とアライバルビザへの不安感で鈍くなっている私の頭も、ここにきて、ある事実に気づくのであった。
なんじゃこりゃ。日本の乗り合いバスやないか、と。
車内をよく見ると、運転席のすぐ後ろには「つぎとまります」の表示がある。
窓を見ると「東京なんとか交通」のシールが貼られている。
ヤンゴン到着早々に日本のバスに乗るとは思わなかった。
まさか、ここは羽田ではないだろうな。
頬をつねりたい心境で窓の外を見ると、今降りてきたばかりのタイ国際航空エアバスA300型機のでっかい機体がどっしりと座っている。
ここは間違いなくヤンゴンだ。

ショックで真っ白になった頭のまま、バスは到着ゲート前で停止した。
ふらふらとバスを降りるとターミナルビル入り口の柵の向こう側に出迎えの人たちがいる。
日本人の名前を明記したプレートを持つ人が三人ほどいた。
その中に、私の名前が書かれたプレートを持つガイドのTさんがいた。
私は小柄な彼女に近付き、柵越しに言った。

「ガイドのTさんですか?」
「そうです。Kさんですか?」
「はあ、あのー、日本のバスです。」
「は?」
「ヤンゴンの空港。日本のバスが走ってるんですね。」

つづく

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