闇夜に月、その光一条に
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/e6/3465ad6b3b8f767d78eb0e76ded5bf87.jpg)
第66話 光芒act.5―side story「陽はまた昇る」
夕食を周太と並べたテーブルの向こう、今朝も見た顔2つが並ぶ。
片方は今朝と同じに気さくな笑顔、もう片方は今朝よりも幾らか堅い。
この変化に相手の心を見つめながらも英二はお構いなしに笑いかけた。
「箭野さんと黒木さんは七機の配属が同じ時だったそうですね?」
「うん、俺たち七機では同期なんだ。警察学校は大卒と高卒で別の教場だし、期も黒木の方が1個上だけどね、」
明朗に答えてくれるトーンは気さくで、瞳からの笑顔は温かい。
あわい日焼の顔は涼しげな端正に明るい、そんな容貌からも箭野は引力が強い。
―…銃器対策レンジャーの実質トップでエースは箭野って男だよ、で、周太のこと弟みたいに可愛がってるね、
そんなふう光一が評した通り、この男が銃器対策のカリスマだと解かる。
それは箭野へ向けられる会釈たちの明るい笑顔が裏付け、そして黒木の態度からも明白だろう。
昨日から見続ける黒木という男の本質はやはり周太の過去に類似して、頑なにプライドが高い分だけ規律に厳しい。
たぶん本音では自信が無いから依怙地、そんな男が一期下の相手に呼び捨てを許すのは「特別」と認める証だろう。
―黒木さんにとっても特別なんだ、でも、そういう箭野さんの進路は多分、
まだ話すのは2回目、それでも箭野が警察組織に立つ道は解かる気がする。
その道は自分にとっても援けになる、だからこそ今も話してみたくて英二は訊いてみた。
「箭野さんは今、大学にも通われていると伺いました。何を専攻されてるんですか?」
「宇宙物理学です、星とか好きなんだ、」
箸を動かしながら楽しそうに笑ってくれる。
その笑顔の言葉に扉を見つけて英二は笑いかけた。
「星が好きなら山での天体観測も良いですよ?湯原も山で星見るの好きだから、同期とも一緒に山小屋泊まったことあって、」
星から山の話題に移す、その流れに黒木の瞳がこちらを見た。
山の話題になれば黒木の口火を切りやすくなるだろう、そしてもう1つの意図を思う前で箭野が笑った。
「山の星って楽しそうだな、でも山小屋に泊まるなんてホント仲良い同期なんだ?」
いちばん狙いたい言葉を惹きだせた、意図に載って貰えた。
想定通りが嬉しい、そして箭野の空気も嬉しくて英二は笑って答えた。
「はい、同じ班だったんです、青梅署の同期も一緒に山岳訓練も兼ねて一泊しました、」
自主訓練も共にするほど親しい同じ教場で同じ班だった相手、それなら職場でも親しくて当然だろう。
そんなふうに事実の理由づけを先に提示しておけば「親しい同期」以上の関係性を勘繰られる種は減る。
―関係の一部を先に見せておけば良い、それが固定観念になれば真実を探らなくなるから、
親しい相手である、その裏付けを都合がいい部分だけ見せておく。
そうすることで「目的」に動きだした時には逆に、容疑者から自分は外される。
そんな意図と笑いかけた斜向かい、精悍な瞳ひとつ瞬かせると黒木が口を開いた。
「今の話、鷹ノ巣山避難小屋のことか?強盗犯の被害者を援けて似顔絵も作ったっていう、」
「はい、」
短い返答と頷いた向こう、精悍な眼差しが少し思案するよう英二を見つめてくる。
初任総合の時に関根と瀬尾と、光一と藤岡も一緒に6人で鷹ノ巣山避難小屋に泊まった。
あの話を黒木なら知っているだろう、そう思っていた通りに先輩は少しだけ微笑んでくれた。
「国村さんと初任総合中の新人だって聴いてたけど、あんたなのか、」
あんた、
そんな呼び方はぞんざいだろう。
けれど初めて黒木は自分のことを呼んでくれた、それは大きな一歩だと自分には解る。
周太も最初は自分を似たようなトーンで「おまえ」と呼んでいた、その記憶から英二は綺麗に笑った。
「はい、湯原は応急処置を手伝ってくれました。あのとき途中で訓練を切り上げたので仕切り直そうって話してます、」
答えた向こう黒木の瞳が周太の方を見、ふっと和んだ。
言葉は無い視線だけ、けれど黒木の好意は周太にも向かい始めていると解る。
この反応に笑いかけながら隣に振り向いて、けれど黒目がちの瞳は思案に沈んでいた。
―周太?
心で名前を呼んで見つめた先、どこか違和感がある。
朝の食事ではこんな貌じゃなかった、けれど12時間を過ぎた今もう違う。
そんな違いの理由が影のよう鼓動を絞めそうで、それでも英二はいつも通り笑いかけた。
「周太、今度はどこの山で星を見たい?」
「…え、」
見上げてくれた顔が、小さな声に吐息こぼす。
その反応は微かで解かり難い、けれど見逃せないまま予兆が鼓動を引っ叩いた。
―まさか、もう今日に?
今日は9月2日、まだ予測より早い。
それなのに周太の貌にはもう覚悟が思案する、そんな容子に理由が見えてしまう。
さっき周太の部屋に迎えに行った、その時ノックの向こう抽斗を開け閉める音が鳴った、その理由は何なのか?
『 La chronique de la maison 』
周太の祖父が遺した小説は周太のデスクには並んでいない、だから鍵付抽斗にあるだろう。
それを周太はさっきまで読んでいた、そして自分の来訪に抽斗へ仕舞い込んだ、そんな行動がいぶかしい。
今までの周太なら祖父の小説を喜んで自分に見せるはず、それなのに「仕舞い込んだ」理由を見つめた隣は笑ってくれた。
「ん、星を見るなら北岳と、穂高に行ってみたいな?」
考えごとしていたはず、それなのにキーワードをくれる。
これは無意識なようでも前もって考えてくれた、その気遣いが嬉しくて英二は笑った。
「北岳なら、黒木さん詳しいですよね?」
黒木要巡査部長 30歳 第七機動隊第2小隊所属
山梨県甲府市出身、卒業配置の五日市署で1年勤務後に現職へ異動。
明治大学山岳部OBで甲府高校山岳部の時インターハイ出場し上位入賞、北岳バットレスが得意。
冬富士・一ノ倉沢三スラ・穂高滝谷など国内の高難度は経験済み、海外もマッターホルンとグランドジョラスは研修で踏破。
そんなプロフィールを想い笑いかけた先、精悍な瞳が英二を見つめてくる。
狷介に頑なの眼差しは用心深く小心、けれど一旦認めれば情が深いだろう。
そんな相手に微笑んだ先、尖鋭な目は和らいで周太に微笑んだ。
「北岳に行くなら声かけてくれ、良いポイントを教えるから、」
「はい、ありがとうございます、」
穏やかな声と素直な黒目がちの瞳に、つい黒木の貌もほころぶ。
こんなふう周太の笑顔は相手のガードを下げてしまう、この素顔は去年の春には消えていた。
それでも今はもう素顔のままに笑ってくれる、それが嬉しくて笑った隣で穏やかな笑顔は訊いた。
「黒木さん、大学の山岳部には他のクラブと掛持ちする人もいますか?」
なぜ、そんなことを訊く?
そう訊きたくて、けれど今は訊けない壁が顕われだす。
それでも質問の意図を知りたい、そう願いながら丼飯を箸に運ぶ斜向かい黒木が答えた。
「割といるんじゃないかな、山に行くのは週末や長期休暇の時だから平日は暇があるし、」
平日は暇がある、そんな言葉に周太の睫がゆっくり瞬いた。
その横顔を汁椀の間から観察してしまう、そんな視界で周太は微笑んだ。
「黒木さんは掛持ちしていましたか?」
「俺は山岳部だけだったよ、ウチはトレーニングとミーティングが週3回あったから、」
必要事項だけ答えてくれる、そんな所にも黒木の性格が量られる。
やはり原が教えてくれた通りなのだろう、そう見当つけながらも周太の様子が喉を絞める。
なぜ周太は山岳部が他部と掛持ちするのか、気にするのだろう?
―やっぱり気づいたのか、周太?
問いかける心裡はもう、泣きたい。
もしも「気づいた」のなら周太の想いは今、どれだけ傷が深くなる?
そんな危惧が迫り上げて吐きそうになる、それでも笑って英二は夕食ごと全てを呑みこんだ。
(to be continued)
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第66話 光芒act.5―side story「陽はまた昇る」
夕食を周太と並べたテーブルの向こう、今朝も見た顔2つが並ぶ。
片方は今朝と同じに気さくな笑顔、もう片方は今朝よりも幾らか堅い。
この変化に相手の心を見つめながらも英二はお構いなしに笑いかけた。
「箭野さんと黒木さんは七機の配属が同じ時だったそうですね?」
「うん、俺たち七機では同期なんだ。警察学校は大卒と高卒で別の教場だし、期も黒木の方が1個上だけどね、」
明朗に答えてくれるトーンは気さくで、瞳からの笑顔は温かい。
あわい日焼の顔は涼しげな端正に明るい、そんな容貌からも箭野は引力が強い。
―…銃器対策レンジャーの実質トップでエースは箭野って男だよ、で、周太のこと弟みたいに可愛がってるね、
そんなふう光一が評した通り、この男が銃器対策のカリスマだと解かる。
それは箭野へ向けられる会釈たちの明るい笑顔が裏付け、そして黒木の態度からも明白だろう。
昨日から見続ける黒木という男の本質はやはり周太の過去に類似して、頑なにプライドが高い分だけ規律に厳しい。
たぶん本音では自信が無いから依怙地、そんな男が一期下の相手に呼び捨てを許すのは「特別」と認める証だろう。
―黒木さんにとっても特別なんだ、でも、そういう箭野さんの進路は多分、
まだ話すのは2回目、それでも箭野が警察組織に立つ道は解かる気がする。
その道は自分にとっても援けになる、だからこそ今も話してみたくて英二は訊いてみた。
「箭野さんは今、大学にも通われていると伺いました。何を専攻されてるんですか?」
「宇宙物理学です、星とか好きなんだ、」
箸を動かしながら楽しそうに笑ってくれる。
その笑顔の言葉に扉を見つけて英二は笑いかけた。
「星が好きなら山での天体観測も良いですよ?湯原も山で星見るの好きだから、同期とも一緒に山小屋泊まったことあって、」
星から山の話題に移す、その流れに黒木の瞳がこちらを見た。
山の話題になれば黒木の口火を切りやすくなるだろう、そしてもう1つの意図を思う前で箭野が笑った。
「山の星って楽しそうだな、でも山小屋に泊まるなんてホント仲良い同期なんだ?」
いちばん狙いたい言葉を惹きだせた、意図に載って貰えた。
想定通りが嬉しい、そして箭野の空気も嬉しくて英二は笑って答えた。
「はい、同じ班だったんです、青梅署の同期も一緒に山岳訓練も兼ねて一泊しました、」
自主訓練も共にするほど親しい同じ教場で同じ班だった相手、それなら職場でも親しくて当然だろう。
そんなふうに事実の理由づけを先に提示しておけば「親しい同期」以上の関係性を勘繰られる種は減る。
―関係の一部を先に見せておけば良い、それが固定観念になれば真実を探らなくなるから、
親しい相手である、その裏付けを都合がいい部分だけ見せておく。
そうすることで「目的」に動きだした時には逆に、容疑者から自分は外される。
そんな意図と笑いかけた斜向かい、精悍な瞳ひとつ瞬かせると黒木が口を開いた。
「今の話、鷹ノ巣山避難小屋のことか?強盗犯の被害者を援けて似顔絵も作ったっていう、」
「はい、」
短い返答と頷いた向こう、精悍な眼差しが少し思案するよう英二を見つめてくる。
初任総合の時に関根と瀬尾と、光一と藤岡も一緒に6人で鷹ノ巣山避難小屋に泊まった。
あの話を黒木なら知っているだろう、そう思っていた通りに先輩は少しだけ微笑んでくれた。
「国村さんと初任総合中の新人だって聴いてたけど、あんたなのか、」
あんた、
そんな呼び方はぞんざいだろう。
けれど初めて黒木は自分のことを呼んでくれた、それは大きな一歩だと自分には解る。
周太も最初は自分を似たようなトーンで「おまえ」と呼んでいた、その記憶から英二は綺麗に笑った。
「はい、湯原は応急処置を手伝ってくれました。あのとき途中で訓練を切り上げたので仕切り直そうって話してます、」
答えた向こう黒木の瞳が周太の方を見、ふっと和んだ。
言葉は無い視線だけ、けれど黒木の好意は周太にも向かい始めていると解る。
この反応に笑いかけながら隣に振り向いて、けれど黒目がちの瞳は思案に沈んでいた。
―周太?
心で名前を呼んで見つめた先、どこか違和感がある。
朝の食事ではこんな貌じゃなかった、けれど12時間を過ぎた今もう違う。
そんな違いの理由が影のよう鼓動を絞めそうで、それでも英二はいつも通り笑いかけた。
「周太、今度はどこの山で星を見たい?」
「…え、」
見上げてくれた顔が、小さな声に吐息こぼす。
その反応は微かで解かり難い、けれど見逃せないまま予兆が鼓動を引っ叩いた。
―まさか、もう今日に?
今日は9月2日、まだ予測より早い。
それなのに周太の貌にはもう覚悟が思案する、そんな容子に理由が見えてしまう。
さっき周太の部屋に迎えに行った、その時ノックの向こう抽斗を開け閉める音が鳴った、その理由は何なのか?
『 La chronique de la maison 』
周太の祖父が遺した小説は周太のデスクには並んでいない、だから鍵付抽斗にあるだろう。
それを周太はさっきまで読んでいた、そして自分の来訪に抽斗へ仕舞い込んだ、そんな行動がいぶかしい。
今までの周太なら祖父の小説を喜んで自分に見せるはず、それなのに「仕舞い込んだ」理由を見つめた隣は笑ってくれた。
「ん、星を見るなら北岳と、穂高に行ってみたいな?」
考えごとしていたはず、それなのにキーワードをくれる。
これは無意識なようでも前もって考えてくれた、その気遣いが嬉しくて英二は笑った。
「北岳なら、黒木さん詳しいですよね?」
黒木要巡査部長 30歳 第七機動隊第2小隊所属
山梨県甲府市出身、卒業配置の五日市署で1年勤務後に現職へ異動。
明治大学山岳部OBで甲府高校山岳部の時インターハイ出場し上位入賞、北岳バットレスが得意。
冬富士・一ノ倉沢三スラ・穂高滝谷など国内の高難度は経験済み、海外もマッターホルンとグランドジョラスは研修で踏破。
そんなプロフィールを想い笑いかけた先、精悍な瞳が英二を見つめてくる。
狷介に頑なの眼差しは用心深く小心、けれど一旦認めれば情が深いだろう。
そんな相手に微笑んだ先、尖鋭な目は和らいで周太に微笑んだ。
「北岳に行くなら声かけてくれ、良いポイントを教えるから、」
「はい、ありがとうございます、」
穏やかな声と素直な黒目がちの瞳に、つい黒木の貌もほころぶ。
こんなふう周太の笑顔は相手のガードを下げてしまう、この素顔は去年の春には消えていた。
それでも今はもう素顔のままに笑ってくれる、それが嬉しくて笑った隣で穏やかな笑顔は訊いた。
「黒木さん、大学の山岳部には他のクラブと掛持ちする人もいますか?」
なぜ、そんなことを訊く?
そう訊きたくて、けれど今は訊けない壁が顕われだす。
それでも質問の意図を知りたい、そう願いながら丼飯を箸に運ぶ斜向かい黒木が答えた。
「割といるんじゃないかな、山に行くのは週末や長期休暇の時だから平日は暇があるし、」
平日は暇がある、そんな言葉に周太の睫がゆっくり瞬いた。
その横顔を汁椀の間から観察してしまう、そんな視界で周太は微笑んだ。
「黒木さんは掛持ちしていましたか?」
「俺は山岳部だけだったよ、ウチはトレーニングとミーティングが週3回あったから、」
必要事項だけ答えてくれる、そんな所にも黒木の性格が量られる。
やはり原が教えてくれた通りなのだろう、そう見当つけながらも周太の様子が喉を絞める。
なぜ周太は山岳部が他部と掛持ちするのか、気にするのだろう?
―やっぱり気づいたのか、周太?
問いかける心裡はもう、泣きたい。
もしも「気づいた」のなら周太の想いは今、どれだけ傷が深くなる?
そんな危惧が迫り上げて吐きそうになる、それでも笑って英二は夕食ごと全てを呑みこんだ。
(to be continued)
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