明るい場所

第67話 陽向act.2―another,side story「陽はまた昇る」
賑やかな朝の食堂はいつもと同じ空気、けれど自分だけが違う。
箸ひとくち運ぶごと唇が気になって玉子焼きの味も解らない、そんな原因は解かっている。
―やっぱり緊張しちゃう、ね…英二のばか、
そっと心独り呟いて隣を責めたくなる。
こんなに唇を気にさせる相手が恨めしくて、愛しい分だけ困ってしまう。
きっと何も想い無ければ気にならない、けれど恋する相手だから隣に食事するだけで今朝のキスが今も熱い。
それなのに隣はいつも通り穏やかに快活に笑って皆と会話する、そんな相手に小さく零れた溜息に綺麗な低い声が笑いかけた。
「周太、醤油とってくれる?」
ほら、隣は素知らぬ笑顔でいつもの声のまま。
こんな態度にすこし途惑ってしまう、自分の動揺と相手の平静に鼓動が詰まってくる。
―ほら、英二は平気なんだよね…きすしたまんま他の誰かと顔合わせても平気、
心呟いて小さな吐息を独りそっと飲む。
気にする自分が変かもしれないけれど?そんな想い小さく微笑んで周太は醤油さしを取った。
「はい、」
「ありがと、」
短い会話にも綺麗な笑顔を見せて、長い指の手は醤油さしを受けとってくれる。
その指にすら今朝の記憶が気恥ずかしくて目を逸らす、そんな自分に困る前で醤油一滴、小鉢に垂らされた。
「おひたしは周太、醤油一滴で良かったよな?」
綺麗な深い声が言う通り自分の好みはそれで良い。
こんな気遣いは嬉しいけど今ここでは恥ずかしくて、もう背すじ熱くなる。
―こんなのほんとにふうふみたいなのに、みんなみてるのに、
心の声すらトーンが変になる、そして熱が首すじ昇りだす。
けれど黙っているのも申し訳なくて、周太は声を押し出した。
「ん、ありがとう、」
「どういたしまして、周太、」
機嫌良く綺麗な声が笑って名前を呼ぶ、その声に見上げた白皙の貌は端正に笑う。
何げない綺麗な笑顔は動揺ひとつ無い、ただ自然体に穏かな容子で食事し笑っている。
けれど、2時間前にあの唇が自分にしたキスたちを思い出して、こんなに自分は困るのに?
―ばか、えいじのばか、こういう温度差とかも嫌だからだめっていったのに…ばか、
心裡に文句を言いながら少し腹立って、けれど本当は愛しくて哀しい。
あのキスたちは英二の愛情と別離の涙、それが解かるから責めながらも愛おしい。
こんな全ては二人きりの朝ならただ嬉しくて、でも、今ここは職場の付属食堂で先輩たちに囲まれている。
―こんなの好きだからこそ恥ずかしい、でも恥ずかしがってたら変だって思われちゃうよね、
丼から飯ひとくち唇へ運んで思案ごと呑みこます。
きちんと噛んで噎せないよう納める前は先輩二人が会話して、隣も楽しげに笑っている。
その向こうも誰もが朝の食事を急ぎながらも談話と楽しむ、この空気が好きだけれど今は聴覚まで緊張する。
それでも米粒と一緒に緊張も呑みこんで周太は斜向かいの笑顔に笑いかけた。
「箭野さん、今日は大学に行かれますか?」
「ああ、途中まで一緒してこうよ、」
気さくに笑って答えてくれる、その顔はいつも通り落着いて明るい。
眼差しも変わらず周太に笑う、そんな様子に安堵した前から低く透る声が訊いてくれた。
「湯原も大学に通ってるんだってな、でも湯原は大卒だろう?なぜ今、また通いたいんだ?」
大学を既に卒業しているのに今また大学に通う、その必要は何のため?
そんなふう訊いてくれている質問に周太は笑いかけた。
「黒木さんは樹医ってご存知ですか?正式には樹木医って言うんですけど、」
「じゅもくい?」
復唱して尋ねながら黒木の目は笑ってくれる。
その眼差しの優しい温度が嬉しくて周太は笑った。
「樹木医は木の医者で、庭木から山の木まで手助けする仕事なんです。俺も大切にしたい木があるので、その勉強を大学でしています、」
大切にしたい木、そう呼べる木が沢山自分にはある。
うち2本は奥多摩で今日も木洩陽ゆらす、その梢は遠くても鮮やかに見える。
そんな想い笑いかけた前で穏やかな微笑ほころんで、低く透る声が言ってくれた。
「山の木を援けて貰えると俺も嬉しいよ、木が滅んで山が無くなったら山ヤは困るからな、」
樹木が消えた「山」は崩れてしまうだろう。
木の根は土を抱き水を抱く、それが不可能になれば山土は雨に流れだす。
雨を蓄えられない山からは水も湧かない、そうなれば人間も動物も水無くは生きられない。
そんなふうに「山」は樹木に生かされて山ヤは山に生きている、それが黒木には解っている。
―黒木さんは本当に山が好きで、山を解かっている人なんだね…だったら大丈夫、
きっと黒木は大丈夫、そんな信頼がささやかでも温まる。
今は光一に反発しがちな黒木でも「山」の理解から共感が出来るだろう。
そうしたら山岳救助レンジャー第2小隊は一枚岩になれる、それが英二と光一の為に嬉しい。
もうじき自分はこの場所から居なくなる、その前に大切な二人の援けが少しでも出来たなら?
そんな願い微笑んで周太は箸を動かしながら隣で食事する笑顔を見、黒木へと笑いかけた。
「木が無くなると山と山ヤが困るって、宮田も言うんです。国村さんは山と木のこと良く知っていて、俺にも教えてくれます、」
笑いかけた前、整った日焼顔で瞳がすこし大きくなる。
たぶん光一の知識については黒木も知っているだろう、けれど英二の想いは知らない。
そして意外だと思って見直してくれている、そんな視線を黒木は周太の隣へと向けた。

いつもの待ち合わせ場所、弥生門の木蔭に青いギンガムチェックが風ゆれる。
白いサブリナパンツに青いシャツが木洩陽と映える、その実直な横顔はテキストを読みこむ。
少しの時間も無駄にしない、そんな眼差し真直ぐ綺麗な友達に周太は歩みよって笑いかけた。
「美代さん、待たせちゃってごめんね?」
「ううん、今日も来てくれて良かった、」
すぐ顔あげて明るい綺麗な目が笑ってくれる、その言葉にそっと鼓動が軋む。
今日も来てくれて、そう笑ってくれる想いが今日の自分には嬉しくて、そして言えない別離が哀しい。
―講義も出られなくなるかもしれない、受験勉強を手伝うって約束も、青木先生と田嶋先生のご厚意も、
今日は土曜日、そして明後日月曜にはSAT入隊テストが始まる。
このテストから負傷者も出ると聴く、そして正規に入隊すれば履歴書も消されるほどの危険が始まる。
それは現場での危険だけじゃない、任務の秘匿に関わるリスクと重責の精神負担が日常として負うことになる。
そんな危険に自身が耐え抜いて生き抜けるのか?
その答えは始まってみないと解らない、そして再来週の講義の時に自分が何処に居るのかも解らない。
SAT隊員にまつわる全ては組織的秘密、だから入隊後に住む宿舎の場所すら今の自分は何ひとつ知らない。
もう明後日の自分の無事すら解からなくて、けれど一つだけ解っている自分の真実ごと周太は友達に笑った。
「ん、再来週の講義も来るよ、その次もずっと、」
再来週もその次も、ずっと自分は大学に来て学ぶ。
そう約束に笑いかけた隣で綺麗な明るい目も笑ってくれた。
「うん、ずっと一緒に勉強する約束だものね?」
「ん、約束だよ。行こう?」
笑いかけて一緒に弥生門を潜りキャンパスの緑に自分の影が融ける。
この樹影にこそ自分の夢は目を覚ます、あのとき父と読んだ新聞記事から始まった誇りは此処にある。
周、誰かを元気にするために生きるのは、本当に綺麗なんだ
周はその為に樹医になろうとしてるね、それは立派なことだよ。そういう周がお父さんは大好きだよ?
だから信じてるよ、きっと周太は立派な樹医になれる、必ず木の魔法使いに君はなれるよ、
幼い冬の日、陽だまりのテラスで父は涙ひとつと笑ってくれた。
あの笑顔を13年間忘れていたことが悔しい、だからこそ思い出した今はもう離さない。
きっと大学は続けて夢の約束を叶える、それが自分の真実だから今もこの門を潜って行く。
この門の向こうに植物学と樹医の夢がある、そこへ今日も入って自分は樹木と森と山を学ぶ。
そんな自分の真実にこそ祖父と父の夢も生きる、そう知っている今は諦めるなんて出来ない。
―だから異動しても学ぶ道を掴むんだ、お祖父さんとお父さんの為に、俺のために、
祖父は学者だった、そして父も学者だった。
確かに父は警察官だったろう、けれど、それ以上に英文学を愛する学者だった。
その誇りは父の寄贈書を開くたび伝わる、どの本にも注釈を綴らすブルーブラックの筆跡が語る。
そして祖父の遺作小説に記された肉筆のメッセージは四半世紀以上を超えて、自分を真実へ導く。
“Je te donne la recherche” 探し物を君に贈る
あの言葉を祖父が綴ったのは、ひとつに過去の真実を知らすため。
そしてもう一つ意志がきっとある、その贈物を受けとるために大学を続けたい。
そんな願いの隣から夢追う友達が楽しげに笑ってくれた。
「湯原くん、来週の演習もたくさん写真撮ってノート作るから、プレゼントさせてね?」
来週は森林学演習がある、けれど自分は参加できない。
本当は自分だって出たい、演習林に入って森林学と樹木医の現場を学びたい。
そんな想い解ってくれる友達が嬉しくて幸せで、周太は素直な想いに笑いかけた。
「ありがとう、美代さんの写真すごく綺麗だし嬉しいな?」
「うん、がんばって綺麗で解かりやすいノート作るね。でも手塚くんも同じこと考えてると思うの、」
笑ってくれる言葉に木洩陽きらめいて、もう講堂が見えてくる。
ふたり並んで歩くキャンパスは緑の大樹に潤わす、この一時の幸せに周太は笑った。
「ん、賢弥もノートくれるって言ってくれてるよ、」
「やっぱりね、でも手塚くんのに負けないくらい良いノート、私も作るね?受験勉強のお礼にしたいし、」
楽しそうに言ってくれる約束は、闊達な負けん気が明るく頼もしい。
こういう美代だから自分も信じている、きっと美代なら夢を叶えてくれるだろう。
―美代さん、もしも俺が途中で終わっちゃっても続けてね、信じてるからずっと傍にいるよ?
もしかしたら月曜日、テスト訓練で自分は死ぬかもしれない。
どんなに生きたい意志があっても叶わない事もある、だから覚悟を自分の鼓動は刻む。
だからこそ夢を託せる友達がいることは嬉しい、そのもう一人は先に講堂の中で待っている。
こんな友達は得難いだろう、けれど自分には二人もいてくれる幸せに笑って周太は講堂の扉を開いた。
「周太!」
闊達な声が机の一つから手をあげる、その眼鏡の奥に瞳は明るい。
そして呼んでくれた名前が嬉しくて、明るい机の先へ周太は手を揚げ笑った。
「賢弥、隣に座っていい?美代さんも、」
(to be continued)
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第67話 陽向act.2―another,side story「陽はまた昇る」
賑やかな朝の食堂はいつもと同じ空気、けれど自分だけが違う。
箸ひとくち運ぶごと唇が気になって玉子焼きの味も解らない、そんな原因は解かっている。
―やっぱり緊張しちゃう、ね…英二のばか、
そっと心独り呟いて隣を責めたくなる。
こんなに唇を気にさせる相手が恨めしくて、愛しい分だけ困ってしまう。
きっと何も想い無ければ気にならない、けれど恋する相手だから隣に食事するだけで今朝のキスが今も熱い。
それなのに隣はいつも通り穏やかに快活に笑って皆と会話する、そんな相手に小さく零れた溜息に綺麗な低い声が笑いかけた。
「周太、醤油とってくれる?」
ほら、隣は素知らぬ笑顔でいつもの声のまま。
こんな態度にすこし途惑ってしまう、自分の動揺と相手の平静に鼓動が詰まってくる。
―ほら、英二は平気なんだよね…きすしたまんま他の誰かと顔合わせても平気、
心呟いて小さな吐息を独りそっと飲む。
気にする自分が変かもしれないけれど?そんな想い小さく微笑んで周太は醤油さしを取った。
「はい、」
「ありがと、」
短い会話にも綺麗な笑顔を見せて、長い指の手は醤油さしを受けとってくれる。
その指にすら今朝の記憶が気恥ずかしくて目を逸らす、そんな自分に困る前で醤油一滴、小鉢に垂らされた。
「おひたしは周太、醤油一滴で良かったよな?」
綺麗な深い声が言う通り自分の好みはそれで良い。
こんな気遣いは嬉しいけど今ここでは恥ずかしくて、もう背すじ熱くなる。
―こんなのほんとにふうふみたいなのに、みんなみてるのに、
心の声すらトーンが変になる、そして熱が首すじ昇りだす。
けれど黙っているのも申し訳なくて、周太は声を押し出した。
「ん、ありがとう、」
「どういたしまして、周太、」
機嫌良く綺麗な声が笑って名前を呼ぶ、その声に見上げた白皙の貌は端正に笑う。
何げない綺麗な笑顔は動揺ひとつ無い、ただ自然体に穏かな容子で食事し笑っている。
けれど、2時間前にあの唇が自分にしたキスたちを思い出して、こんなに自分は困るのに?
―ばか、えいじのばか、こういう温度差とかも嫌だからだめっていったのに…ばか、
心裡に文句を言いながら少し腹立って、けれど本当は愛しくて哀しい。
あのキスたちは英二の愛情と別離の涙、それが解かるから責めながらも愛おしい。
こんな全ては二人きりの朝ならただ嬉しくて、でも、今ここは職場の付属食堂で先輩たちに囲まれている。
―こんなの好きだからこそ恥ずかしい、でも恥ずかしがってたら変だって思われちゃうよね、
丼から飯ひとくち唇へ運んで思案ごと呑みこます。
きちんと噛んで噎せないよう納める前は先輩二人が会話して、隣も楽しげに笑っている。
その向こうも誰もが朝の食事を急ぎながらも談話と楽しむ、この空気が好きだけれど今は聴覚まで緊張する。
それでも米粒と一緒に緊張も呑みこんで周太は斜向かいの笑顔に笑いかけた。
「箭野さん、今日は大学に行かれますか?」
「ああ、途中まで一緒してこうよ、」
気さくに笑って答えてくれる、その顔はいつも通り落着いて明るい。
眼差しも変わらず周太に笑う、そんな様子に安堵した前から低く透る声が訊いてくれた。
「湯原も大学に通ってるんだってな、でも湯原は大卒だろう?なぜ今、また通いたいんだ?」
大学を既に卒業しているのに今また大学に通う、その必要は何のため?
そんなふう訊いてくれている質問に周太は笑いかけた。
「黒木さんは樹医ってご存知ですか?正式には樹木医って言うんですけど、」
「じゅもくい?」
復唱して尋ねながら黒木の目は笑ってくれる。
その眼差しの優しい温度が嬉しくて周太は笑った。
「樹木医は木の医者で、庭木から山の木まで手助けする仕事なんです。俺も大切にしたい木があるので、その勉強を大学でしています、」
大切にしたい木、そう呼べる木が沢山自分にはある。
うち2本は奥多摩で今日も木洩陽ゆらす、その梢は遠くても鮮やかに見える。
そんな想い笑いかけた前で穏やかな微笑ほころんで、低く透る声が言ってくれた。
「山の木を援けて貰えると俺も嬉しいよ、木が滅んで山が無くなったら山ヤは困るからな、」
樹木が消えた「山」は崩れてしまうだろう。
木の根は土を抱き水を抱く、それが不可能になれば山土は雨に流れだす。
雨を蓄えられない山からは水も湧かない、そうなれば人間も動物も水無くは生きられない。
そんなふうに「山」は樹木に生かされて山ヤは山に生きている、それが黒木には解っている。
―黒木さんは本当に山が好きで、山を解かっている人なんだね…だったら大丈夫、
きっと黒木は大丈夫、そんな信頼がささやかでも温まる。
今は光一に反発しがちな黒木でも「山」の理解から共感が出来るだろう。
そうしたら山岳救助レンジャー第2小隊は一枚岩になれる、それが英二と光一の為に嬉しい。
もうじき自分はこの場所から居なくなる、その前に大切な二人の援けが少しでも出来たなら?
そんな願い微笑んで周太は箸を動かしながら隣で食事する笑顔を見、黒木へと笑いかけた。
「木が無くなると山と山ヤが困るって、宮田も言うんです。国村さんは山と木のこと良く知っていて、俺にも教えてくれます、」
笑いかけた前、整った日焼顔で瞳がすこし大きくなる。
たぶん光一の知識については黒木も知っているだろう、けれど英二の想いは知らない。
そして意外だと思って見直してくれている、そんな視線を黒木は周太の隣へと向けた。

いつもの待ち合わせ場所、弥生門の木蔭に青いギンガムチェックが風ゆれる。
白いサブリナパンツに青いシャツが木洩陽と映える、その実直な横顔はテキストを読みこむ。
少しの時間も無駄にしない、そんな眼差し真直ぐ綺麗な友達に周太は歩みよって笑いかけた。
「美代さん、待たせちゃってごめんね?」
「ううん、今日も来てくれて良かった、」
すぐ顔あげて明るい綺麗な目が笑ってくれる、その言葉にそっと鼓動が軋む。
今日も来てくれて、そう笑ってくれる想いが今日の自分には嬉しくて、そして言えない別離が哀しい。
―講義も出られなくなるかもしれない、受験勉強を手伝うって約束も、青木先生と田嶋先生のご厚意も、
今日は土曜日、そして明後日月曜にはSAT入隊テストが始まる。
このテストから負傷者も出ると聴く、そして正規に入隊すれば履歴書も消されるほどの危険が始まる。
それは現場での危険だけじゃない、任務の秘匿に関わるリスクと重責の精神負担が日常として負うことになる。
そんな危険に自身が耐え抜いて生き抜けるのか?
その答えは始まってみないと解らない、そして再来週の講義の時に自分が何処に居るのかも解らない。
SAT隊員にまつわる全ては組織的秘密、だから入隊後に住む宿舎の場所すら今の自分は何ひとつ知らない。
もう明後日の自分の無事すら解からなくて、けれど一つだけ解っている自分の真実ごと周太は友達に笑った。
「ん、再来週の講義も来るよ、その次もずっと、」
再来週もその次も、ずっと自分は大学に来て学ぶ。
そう約束に笑いかけた隣で綺麗な明るい目も笑ってくれた。
「うん、ずっと一緒に勉強する約束だものね?」
「ん、約束だよ。行こう?」
笑いかけて一緒に弥生門を潜りキャンパスの緑に自分の影が融ける。
この樹影にこそ自分の夢は目を覚ます、あのとき父と読んだ新聞記事から始まった誇りは此処にある。
周、誰かを元気にするために生きるのは、本当に綺麗なんだ
周はその為に樹医になろうとしてるね、それは立派なことだよ。そういう周がお父さんは大好きだよ?
だから信じてるよ、きっと周太は立派な樹医になれる、必ず木の魔法使いに君はなれるよ、
幼い冬の日、陽だまりのテラスで父は涙ひとつと笑ってくれた。
あの笑顔を13年間忘れていたことが悔しい、だからこそ思い出した今はもう離さない。
きっと大学は続けて夢の約束を叶える、それが自分の真実だから今もこの門を潜って行く。
この門の向こうに植物学と樹医の夢がある、そこへ今日も入って自分は樹木と森と山を学ぶ。
そんな自分の真実にこそ祖父と父の夢も生きる、そう知っている今は諦めるなんて出来ない。
―だから異動しても学ぶ道を掴むんだ、お祖父さんとお父さんの為に、俺のために、
祖父は学者だった、そして父も学者だった。
確かに父は警察官だったろう、けれど、それ以上に英文学を愛する学者だった。
その誇りは父の寄贈書を開くたび伝わる、どの本にも注釈を綴らすブルーブラックの筆跡が語る。
そして祖父の遺作小説に記された肉筆のメッセージは四半世紀以上を超えて、自分を真実へ導く。
“Je te donne la recherche” 探し物を君に贈る
あの言葉を祖父が綴ったのは、ひとつに過去の真実を知らすため。
そしてもう一つ意志がきっとある、その贈物を受けとるために大学を続けたい。
そんな願いの隣から夢追う友達が楽しげに笑ってくれた。
「湯原くん、来週の演習もたくさん写真撮ってノート作るから、プレゼントさせてね?」
来週は森林学演習がある、けれど自分は参加できない。
本当は自分だって出たい、演習林に入って森林学と樹木医の現場を学びたい。
そんな想い解ってくれる友達が嬉しくて幸せで、周太は素直な想いに笑いかけた。
「ありがとう、美代さんの写真すごく綺麗だし嬉しいな?」
「うん、がんばって綺麗で解かりやすいノート作るね。でも手塚くんも同じこと考えてると思うの、」
笑ってくれる言葉に木洩陽きらめいて、もう講堂が見えてくる。
ふたり並んで歩くキャンパスは緑の大樹に潤わす、この一時の幸せに周太は笑った。
「ん、賢弥もノートくれるって言ってくれてるよ、」
「やっぱりね、でも手塚くんのに負けないくらい良いノート、私も作るね?受験勉強のお礼にしたいし、」
楽しそうに言ってくれる約束は、闊達な負けん気が明るく頼もしい。
こういう美代だから自分も信じている、きっと美代なら夢を叶えてくれるだろう。
―美代さん、もしも俺が途中で終わっちゃっても続けてね、信じてるからずっと傍にいるよ?
もしかしたら月曜日、テスト訓練で自分は死ぬかもしれない。
どんなに生きたい意志があっても叶わない事もある、だから覚悟を自分の鼓動は刻む。
だからこそ夢を託せる友達がいることは嬉しい、そのもう一人は先に講堂の中で待っている。
こんな友達は得難いだろう、けれど自分には二人もいてくれる幸せに笑って周太は講堂の扉を開いた。
「周太!」
闊達な声が机の一つから手をあげる、その眼鏡の奥に瞳は明るい。
そして呼んでくれた名前が嬉しくて、明るい机の先へ周太は手を揚げ笑った。
「賢弥、隣に座っていい?美代さんも、」
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