萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 静穏 act.14-another,side story「陽はまた昇る」

2016-02-10 22:30:00 | 陽はまた昇るanother,side story
遠い聲に
周太24歳3月



第84話 静穏 act.14-another,side story「陽はまた昇る」


周太、ロンサールの世界はこんなだと想わないか?


Ciel,air et vents,plains et monts découverts,
Tertres fourchus et forêts verdoyantes,
Rivages tors et sources ondoyantes,
Taillis rasés et vous,bocages verts,

Antres moussus à demi-front ouverts,
Prés,boutons,fleurs et herbes rousoyantes,
Coteaux vineux et plages blondoyantes,
Gâtine,Loir,et vous mes tristes vers

Puisqu'au partir,rongé de soin et d'ire,
A ce bel œil adieu je n'ai su dire,
Qui près et loin me détient en émoi,

Je vous supplie,ciel,air,vents,monts et plaines,
Taillis,forêts,rivages et fontaines
Antres,prés,fleurs,dites-le-lui pour moi.

青に白、緑、色がきらめきロンサールの詞が謳う。
朗々おだやかな深い声が詩をつむぐ、そして笑う。

『ここは私の好きな場所です、いつもロンサールを想わせてくれてね。周太の好きな場所はどこかな?』

誰だろう、この声?

どこか聴いたことがある声、どこで聴いたのだろう?
思いだしたくて瞬いたまんなか銀縁の眼鏡きらり光る。
鼻梁まっすぐ端整な顔立ちはあわい日焼すこやかに凛と明るい。
精悍な眉のした細い瞳は涼やかで、その優しい眼ざしに周太は呼んだ。

―…おじいさん?

『ははっ、そう呼ばれるのは照れくさいですね?』

黒髪ゆたかな笑顔ほころばす、その鬢や生際きらきら銀色あかるい。
白髪まじり、けれど若々しい笑顔はツイードの三つぞろい姿で言った。

『周太も文学好きのようだな、植物学も好きで、その眼で見るとロンサールの世界はほんとうに美しいのだろうね?』

そうなの?…僕の見ている世界が美しい、なんて考えたことなかったな、

『そんなもんだよ、自分では気づかないんだ。でも気づくべきだと私はおもうよ?』

ん…僕も気づけるのかな?

『周太なら気づけるよ、もう気づいているんじゃないかな?』

深い穏やかな声が笑って、ほらツイードの腕がむこう指す。
日焼あわい長い指の先はるか追いかけて、ほら、ひろがるのは青い蒼い空と風と山。

そして足もとゆれる光濡れた花。



「…おじいさん、」

つぶやいて視界ふわり白くなる。
にじんだ白色ゆるやかにブルーグレイの影あわく微睡ます。
瞳めぐらせてオレンジ色の光やわらかい、もう朝むかうカーテンが朱色そめる。

今は何時だろう?知りたくて腕のばそうとして、ふっと温もりブランケット透かした。

「…ん?」

温かい重みブランケットふれる、なんだろう?
知りたくて体すこし起こして、見つめた朝のベッド息ひとつ呑んだ。

「っ、みよさんっ?」

鼓動ひっくり返る、なぜここにこのひとがいるの?

安楽椅子からベッドもたれこむ、その組んだ腕まどろむ寝顔あどけない。
座ったまま眠ってしまった、そんな華奢な背は朱鷺色ふかいニットやさしく息づく。
眠れる肩こぼれた黒髪やわらかに艶やかで、まっすぐ素直な髪かかる頬そっとつついた。

「…美代さん?」

どうして今ここに君がいるの?

ただ聴きたくて見つめる真中、長い睫かすかに震える。
目を開けてくれるのかな?想い応えるよう明るい瞳ひらいた。

「ん…」

さらり髪ゆらいでランプ艶めく、ちいさな頭ゆっくりあげてくれる。
朱鷺色のニット華奢な肩ゆれて、見つめあった明るい瞳きれいに笑った。

「ゆはらくん、…よかった、」

呼んで、笑って瞳すぐ光にじみだす。
カーテン透かす光はたり瞳こぼれて小さな声が叫んだ。

「…ばかっ…湯原くんのばかっ!」

ちいさな声、けれど確かに叫んでくれる。
きれいな明るい瞳まっすぐ見つめあうまま澄んだソプラノ泣きだした。

「ばかっ、なんでこんな…っ、やくそくぜんぶ放りだしてひどい、こんなのゆるさないばかっ、」

ほのぐらい朝の光に薄紅の肩ふるえる。
大きな瞳きらきら雫こぼして澄んだ声は泣いた。

「きいたわ…湯原くん喘息もあるんでしょ?だから今も肺炎…っ、いちど起きたんでしょ?また二日も目を覚まさないなんて無理しすぎたのよばかっ、」

また、自分は眠りこんでいた?

「え…二日?」

さっきは夜、そして今は朝だ。
ただ目覚めたのだと想っていた、けれど懐かしい泣顔は言った。

「いま三日めよっ…だから顕子さん私を呼んだの、湯原くんのお母さんと交代するためよ?お母さんずっと離れなくて仕事もほっぽりだそうとして、」

涙そっと飲みながら話してくれる。
こんな貌させてしまったのは二度めだ、そしてまた気づかされる。

やっぱりそうだ、君の涙は僕の弱点だ。

「ごめんね美代さん、こんな…心配たくさんごめんね?」

謝って見つめて、こぼれる涙そっと指ふれる。
雫きらきら頬つたう、その軌跡しずかに薔薇色やさしい。
すこやかな薄紅きれいな頬、初めて逢った日と変わらないまま泣いている。

「そうよっ…ほんとたくさん心配っ…試験が終わっていったら顕子さんがいて、ゆはらくんいなくてっ、」
「ん…ほんとうにごめんね、心配させてごめん、」

頬ふれる指やわらかに温もり濡れる。
つきない涙あふれて零れて袖ぬらす、その泣顔そっと鼓動を敲く。

泣かせたくない、そう願いながらも泣顔もうひとつ懐かしくて。


(to be continued)

【引用詩文:Pierre de Ronsard「Ciel, air, et vents, plains et monts découverts」】

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