萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

花木点景:雨の色彩

2016-07-08 23:53:14 | 写真:花木点景
雨にこそ


花木点景:雨の色彩

雨にこそ冴える青色。
第151回 1年以上前に書いたブログブログトーナメント
撮影地:公園@神奈川県

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第85話 暮春 act.2-side story「陽はまた昇る」

2016-07-08 15:35:00 | 陽はまた昇るside story
That Thou remember them, some claim as debt, 罪に記憶は、
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.2-side story「陽はまた昇る」

北西の空が白い、きっと雪が降る。

「やっぱ奥多摩は降りそうだねえ、イイ訓練になるんじゃない?」

深いテノール朗らかにハンドルを繰る。
指揮車のフロントガラスまだ降らない、でも気温ゆっくり下がりだす。
きっと名残の雪が降る、そんな車窓に隊帽の横顔は雪白まばゆくて英二は微笑んだ。

「山っ子が帰ってくると喜んでるのかもしれませんね、」

山っ子、

そう讃えられるほど優れた山ヤの警察官。
だからこそ職を辞してゆく上司はからり笑った。

「かもね、春の雪は鍛えられるよ?ずぶずぶ埋まるしカッチカチ滑るしさ、」

澄んだ声からり応えてくれる。
初対面から変わらない澄んだ深い声、少々ぞんざいな話し方。
そんな全てに自分は支えられた、その日常が終わる今日も明るい眼ざしは口開いた。

「さて英二、この一週間と先のコト話そっかね?」

そのために車内二人だけだ。
そんな配慮くれるザイルパートナーに笑いかけた。

「お願いします、国村隊長じゃなくて光一としての話ですか?」
「ドッチもだよ、だろ?」

返して大らかな瞳が笑ってくれる。
細いけれど強靭な指はハンドル敲いて、アクセルゆるく踏んだ。

「まず公の話からしちまうとさ、このあいだも言ったけど俺は三末でメデタク退職だ、後任は黒木に本決まり、辞令と同時に着任する、」

ほんとうに辞めるんだ、この男が?

「はい、」

頷きながら鼓動が滴る、重くなる。
この男が隣から消えてゆく、そんな現実を告げられる。

「宮田のザイルパートナーは佐伯啓次郎、さっき黒木も言ってた谷口の後輩だね。卒配は青梅署奥多摩交番、そっから七機第1小隊で五日市署、今日の合同訓練で顔合わせするよ?どこでも評判上々な男だ、マジメだけどコミュ力も悪くないし体力も技術も文句ナシってさ?」

テノール朗らかに話してくれる、その一言ずつ苦しい。
この背中を追えない日常が来てしまう?それでも明るいザイルパートナーに微笑んだ。

「卒配でいきなり奥多摩交番なんて、逸材ですね?」
「谷口もそうだよ、アイツら生まれも育ちも格が違うからね。なんたって芦峅寺だ、」

からり笑って答えてくれる、その横顔が雪のようまぶしい。
ひとつ終えた軽やかさ、そんな眼は涼やかに笑った。

「俺も山っ子だけどね、あいつらも山っ子だと思うよ?剱岳に育てられた申し子ってカンジ、」

この男にそこまで言わせるんだ?
息ひとつ本音ちょっと笑った。

「国村さんにそこまで言わせるって、妬けますね、」

だって自分には無い、その生まれも育ちも。
そんな現実この一週間に沁みている、それでも望みたい場所が笑ってくれた。

「俺からしたら英二こそ妬けるね、たぶんアイツらも同じじゃない?」

それ、どういう意味だろう?
皮肉だろうか、昔からよくある感覚に笑いかけた。

「励ましですか?それとも皮肉ですか、」
「どっちでもないよ、タダただオマエの才能に嫉妬ってコト、」

さらり返して澄んだ瞳が笑う。
どこまでも明るい眼こちら見て、朗らかなトーン言ってくれた。

「宮田、おまえは山の経験たった一年でアイガーとマッターホルンをヤった男だよ?ソレがどんだけスゴイか自覚しな、」

深いテノールが透って響く。
白深くなる空の車窓、ザイルパートナーは笑ってくれた。

「ソウイウ宮田だからさ、警察ヤメてもおまえのザイルパートナーは辞める気マッタクしないね。この一年は受験で登れないけどヨロシクな?」

認めてくれる、そして必要としてくれる。

「ありがとう、そういうの嬉しいな?」

想い素直に声になる、ただ唯うれしい。
こんなふう「自分」を認められたかった、その願い微笑んだ。

「俺さ、この一週間ずっと立場を利用すること考えてたんだ。だから今よけいに山で認められると嬉しいよ、」

その立場は家柄で血統で、ようするに「自分」じゃない。
そんな全ても実力かもしれない、けれど違う想いに笑いかけた。

「俺、佐伯さんから学んで吸収するよ。もっと光一の良いザイルパートナーになれるよう頑張るな、」
「そりゃイイね、楽しみだよ?」

澄んだテノール笑ってくれる。
その瞳どこまでも明るくて、この追いかけたい笑顔は続けた。

「佐伯は185センチあるから183の宮田とはバランスいいはずだよ、体格も痩せで似てるしパワーと持久力がある。良いパートナー組めるよ、」

教えてくれる言葉に脳裡が描く、自分より大きい人間は珍しい。

―光一とはバランスが違うだろうな、支えるにもいろいろ変わる、

どんな相手だろう、どう登る?
描いてゆく像たどる車窓、深い明るいテノールが言った。

「あと黒木の補佐は浦部が務めるよ、おまえ浦部のこと気にくわないっぽいけど仲良くしなね?救助はチームワーク必須だろ、」

こんなことこの男に言われるなんて?

「ふ、はっ」

笑ってしまう、だってこの山っ子が?
この発言もっと笑って喜ぶ人がいる、そんな本人も笑いだした。

「英二、おまえ後藤さんに聴かせたいとか思ったね?この俺がダンタイコウドウ諭すなんざオトナになったとかさ?」

ちゃんと自覚しているんだ?
その悪戯っ子な貌また可笑しくて笑ってしまった。

「思ったよ、きっと喜ぶだろなってさ?訓練の合間に言いつけたいよな、」
「言いつけちゃってドーゾ、山の恩師を喜ばすってイイコトじゃない?」

からり底抜けに明るい眼が笑う。
この笑顔どれだけ救われてきたのか、もう数えきれない想い微笑んだ。

「ありがとな光一、笑わせてくれて救かった、」

きっと今、いちばん必要だった。
想い笑った隣、指揮車の主は訊いてくれた。

「そんなに思いつめたかね、この一週間をさ?」
「うん、思いつめてた、」

素直に声になる、ほっと息つける。
ようやく戻ってきた想いに口が開いた。

「俺、来年は司法修習を受けるよ、救急救命士の学校と同時進行でさ?」

これだけ言えば解かるだろう?信頼に怜悧な瞳こちら見た。

「なにそれ、周太のためかね?」
「そうなると思うよ、」

微笑んで車窓も変わりゆく。
墨色やわらかい雲の行方、フロントガラス眺めながら続けた。

「祖父の書生だった人が東京高検にいるんだ、力を借りるには自分も貸して当り前だろ?」

力を借りる、それが今の自分にできる精一杯。
こんな等身大ほんとうは悔しくて、それでも選んだ道に訊かれた。

「さっき英二、この一週間ずっと立場を利用するコト考えてたって言ったケドさ、ソレが司法修習と検察庁かね?」
「そうだよ、宮田の祖父が検事だったのは前に話したよな?」

笑いかけたフロントガラスは雲が厚い。
助手席の窓も曇りはじめる、下がる気温にパートナーが訊いた。

「次長検事だろ?その書生サンも高等検察庁でケッコウなお偉いさんなんだろね、オマエが取引持ちかけるなんてさ?」
「周太の自由を守れる人だよ、周太のお父さんのことも晴らしてくれると思う、」

うなずいて眺める車窓、一週間前の雪山が映る。

『あったかい、英二のせなか…』

この耳に君の声を聴いた、この背に君の温度が沁みた。
あんなに傍にいたのに今は遠い、ただ逢えない時間に言われた。

「長野の現場でもおまえ言ってたね、これが最後のレスキューかもしれないから背負わせてくれってさ…あれはコノコト言ってた?」

赤い信号に空が止まる。
墨色あわく広がる車窓、深いテノールは続けた。

「官僚だった祖父サンの跡継いで、次長検事だった祖父サンの伝手も使ってさ、おまえ現場から離れることも覚悟してんだろ?」

覚悟、その通りだ。

「そうだな、」

肯いて鼓動が軋む、締め上げられる。
本当は自分がなにを望むのか、願うのか、その本音に言われた。

「山を棄てて守られても周太、喜ぶのかね?」

ずきり、

ほら抉られる、痛い。
言われて痛い声にされて疼く、痛み唸った。

「それでも…俺は生きてほしいんだ周太に、」

生きてほしい、君はどうか。

「俺だって分かってるよ?こんなこと周太は喜ばないしプライド傷つくって怒るよな、それでも俺は生きてて欲しい、」

きっと君は許してくれない、こんなこと。
その記憶ただ愛しく笑った。

「だってさ光一、周太は俺が山で笑ってるのが好きだって言ってくれたんだ。それが俺ほんと嬉しいから周太のために棄てたいんだよ?」

山での自分が好き、そう言ってくれた最初は君だ。
そして願ってくれた腕時計に笑いかけた。

「このクライマーウォッチも周太がくれたんだ、それまで俺がしてたの代わりに欲しいって周太ねだってくれてさ?俺の山の時間ごと大事にしたいから欲しいって言ってくれたんだ、それだけ俺の素顔を見てくれる周太だから俺、全て懸けても笑わせていたいよ?」

山は自分の素顔、自分の居場所、全てを懸けて駈ける唯ひとつ。
だからこそ君に捧げて後悔しない、そんな願いに山っ子の瞳が笑った。

「ほんっとおまえ、クソ真面目でバカな男だねえ?」
「うん、俺はバカだよな、」

笑いかえして鼓動が痛い。
きっと自分は大事な場所どちらも失うだろう、けれどザイルパートナーは言ってくれた。

「おまえは山ヤの警察官してるのホント大好きだから後悔しないワケないよ?でも後悔の愚痴なら俺が聴いてやる、ザイルパートナだからね?」

ほら、また受けとめてくれるんだ?
こういう男だから憧れて壊しかけて、それでも消えないザイルに微笑んだ。

「ありがとう光一、できるだけ俺も警察辞めない方法を考えるよ?」
「そうしな、適性いちばんあるだろうしさ?俺にはアンマリないから逆に解かるね、」

笑ってくれる眼ざし底抜けに明るい。
もう違う道へ発ってゆく、そんな脚はアクセル踏みながら訊いてくれた。

「おまえさ、親にはコウイウコトちゃんと話してんの?」

痛いところ突いてくれる。

―上司として俺がどこに帰ったか知ってるもんな、前の経緯も知ってるからなおさら、

両親との関係を前に話した、だからこんな質問してくれる。
けれど今いちばん避けたい話題で、溜息ひとつ笑いかけた。

「そのことは訓練の後で話すよ、」
「後で、ねえ?」

すっと細い眼こちら見る。
この貌は「警戒・様子見」だ?もう解かる表情が口開いた。

「この一週間も実家には帰ってないんだろ、でも事件はテレビで放映されたね、親御サンもテレビ観て心配してるんじゃない?」

その通りだ、けれど自分は動かなかった。
そんな臆病まっすぐに澄んだテノールが深い。

「ちゃんと向きあわないと後悔するよ、山ヤは明日が解からないだろ?」


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS】

これからの英二に↓
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