萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.15-side story「陽はまた昇る」

2016-10-10 23:55:07 | 陽はまた昇るside story
In mine Idolatry what showers of rain 偶像と真実 
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.15-side story「陽はまた昇る」

自分勝手だ、自分の優しさは。

「俺が優しくするのは良いヤツに想われたいからだよ、藤岡が言ってくれるような優しさじゃない、」

言葉にした声は白く凍える。
靄あわい唇そっと缶ビールつけて、冷えた喉で笑った。

「俺って良いヤツぶるクセあってさ、見透かされると余計ムキになって良いヤツしたくなるんだ。嫌なヤツだよな俺、」

そんな自分だと今なら解かる、自覚が疼く。
だから約束ひとつ果たせない今に訊かれた。

「なあ宮田、もしかして佐伯さんになんか言われた?」

大らかなトーン尋ねてくれる。
澱まない声は朗らかで、すこし救われるまま口開いた。

「僕に営業しても無意味だって言われたよ、そんなやつザイルの信頼できないってさ、」

あの男に悪意はない、ただ正直なだけだ。
正直だからこそ突きつけられた記憶に訊いてくれた。

「うわ、またキツイこというなあ。いつ言われたんだよ?」
「日陰名栗峰で言われたよ、遭難者の荷物回収するときに初対面の挨拶してさ、」

春の雪深い尾根、まっすぐな瞳は静かだった。

『僕に営業しても無意味だ、そんなやつザイルの信頼できないだろ?』

あの言葉なにも反論できない、自分こそ。
ただ肚底わだかまり吐きたくて、吐息ふかく白く笑った。

「ポスターと同じ笑い方だっても言われたよ?初めて顔を合せた次の言葉がそれでさ、静かな眼で穏やかな声だったよ、」

あの眼ざし、あの声、だから今夜は呑み過ぎた。
そうして仰ぐ紺瑠璃はるかな屋上、雪嶺めぐらす夜に言われた。

「あーそういうの佐伯さんっぽいや、悪気ないんだよあれ。クソ正直っていうかさ、昔の湯原とちょっと似てるんだ、」

名前ふたつ、このタイミングで並べてくれる。
もう解かるようで相手の意図そのまま訊いた。

「藤岡には周太から連絡あったんだろ?」

着信ひとつない、受信メールもない、でも「自分だけ」なのだろう?
そんな推測に笑いかけた。

「さっき藤岡、湯原が無事かって訊いてくれたけど本当は連絡あったんだろ?でも俺とは連絡してないって周太に言われた?」

問いの声そっと白く凍える、薄闇あわい風に頬が冷たい。
月すこし傾く屋上の隅、同期は大きな眼まっすぐ口開いた。

「携帯の番号が変わったってメール着たよ、一週間くらい前だけどスマホにしたんだってさ。それだけだよ?」

だから返事、なにも来なかったんだ。でも、

「やっぱり周太、藤岡には連絡してたんだな…」

この同期には連絡が来た、でも自分にはなにもない。
どういう意味なのだろう、何があった?考えるまま言われた。

「電話帳が一部消えたらしいよ、宮田のも消えちまっただけだろ?ソンナへこむなよ、」

一部、そこに自分がなぜ含まれた?

―あのひとかな、こんなこと出来るのは、

めぐらす思考そっと風吹きぬける。
冷厳やわらかに髪ゆらす、額しずかに凍えて頭脳が冴える。
缶ビール片手の雪の屋上、星ふる紺青の町ながめて言った。

「ありがとな藤岡。でも周太に愛想つかされて当然だから、俺は、」

ポスターと同じ笑い方、そんな自分だと自覚がある。
だから指摘されて苛立って、その眼に声に重ねてしまった。

―あの男とザイルパートナーって、やってけるのか?

佐伯啓次郎、きっと真逆の男。

まったく違う生活環境、交友関係、そんな男なのだと今日だけで解かる。
あれだけ違いすぎる相手は今までいなかった、かすかな途惑いと自虐に背を敲かれた。

ばちんっ、

「なーに言ってんだよ宮田っ、」

掌型じわり背中ひろがる、痛い。
そのくせ明るい声に見つめた真中、大きな目が笑ってくれた。

「何してソンナこと想うのか知らねえけどさ、すくなくってもさ?山の宮田は優しいイイヤツだって俺は知ってる、」

その「優しいイイヤツ」は創った自分だ?
解かっているまま笑った。

「それだよ藤岡、その優しいイイヤツって貌が俺の道具だって言ってるんだけど?」
「うん?道具ってどういう意味で言ってんだよ?」

訊き返してくれる眼ざしが深夜も明るい。
この眼が自分にあったなら少しは違う人生だったろうか、想い見つめながら笑いかけた。

「優しいイイヤツの言うことなら誰でも聴いてくれるだろ、それで頼まなくても何でもしてくれる、」

結局それが自分の目的だ、無意識でも意識的にでも。
そんなこと繰りかえして辿りついた深夜の屋上、それでも明るい目が笑った。

「そーゆー難しいこと解かんねえよ俺?解かんねえからさ、山の宮田はホンモノだって解かるんだ、」
「解かんねえのに解かるって、なんだよそれ?」

笑い返してビール缶くちつける。
冷たい香ほろ苦い、それでも喉かすかな甘さに言われた。

「山は嘘吐き通せるトコじゃねえ、んだがら言ってっちゃ、」


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

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