Repair me now, for now mine end doth haste,
第84話 整音 act.4-side story「陽はまた昇る」
あのひとは生きている、“ 眼が似た人 ”の元で。
「は…やられたな?」
ひとりごと微笑んで、噛んだ唇が苦い。
こんなこと予想外だ、けれど考えられないことじゃない。
それなのに想定しなかったのは自分のミスで、そして傲慢だった。
『あと伝言だ、湯原はここにいない、』
あんな伝言あんな男に託してくる、その人選が「らしい」と想う。
結局のところ自分はまだまだ甘い、そんな後悔と歩いて傷が疼く。
「…いちばん手出しできない、な、」
ため息こぼれて笑ってしまう、だって「降参」だ?
いちばん自分にとって敵わない、それでも諦められるのか試されている?
考えごと歩く廊下は眠れる時間で、ただ薬品かすかな空気に香ひとつ懐かしい。
きっと戻っているな?確信と開いた扉きれいに英二は笑った。
「おはよう中森さん、聴かせて欲しいんだけど?」
たん、
扉閉じた病室、チャコールグレーの背中ふりかえる。
ロマンスグレイ艶やかな頭下げて、穏やかな笑顔が応えた。
「おはようございます英二さん、お話は帰ってなさいますか?」
帰る、どこへ?
そんなこと訊くだけ愚問なのだろう。
もう答なんか解かっている、その選択へ笑いかけた。
「退院の根回しは成功?」
「はい、英二さんのご都合でいつでも、」
薄明るい白い病室、肯く衿元はネクタイ美しい。
やわらかなカシミヤにワイシャツ端正で、いつもどおりの家宰に微笑んだ。
「ありがとう、警察病院の関係者けっこう多いんだ?」
「事務長は後輩にあたられます、退院なさいますか?」
答えと尋ねてくれる言葉に意図が覗く。
これが家宰の狙いだろう?いつもながらの有能に笑ってしまった。
「やっぱり中森さん、俺を鷲田に帰らせたくて協力したんだ?」
それも道理だろう?
納得へ家宰は瞳やわらかに細めた。
「バラはお庭でご覧になるほうがお好きでしょう?」
「それ言いたくて持ってきたんだ?」
笑ってベッド腰かけたかたわら、花が赤い。
指そっと深紅の花びらふれて、家宰まっすぐ見つめ微笑んだ。
「祖母に教えたのは中森さんの判断?」
こんなこと他の誰でもない。
択一の答にロマンスグレイの笑顔すこし困った。
「いいえ、あれは偶然の産物です、」
また予想外の答が来たな?
ちいさくて、けれど大きくなった誤差に組みかけた脚ひき攣れた。
「痛っ…」
左脚ずきり痛み奔る。
こんなこと前にもあったな?記憶たぐりかけて言われた。
「そんな傷だらけで歩きまわったら、痛むのも当然でしょう?」
仕方のないひとだ?
そんなトーン微笑んでマグカップ渡してくれる。
右手に受けとって、馥郁やさしい湯気ごし素直に笑った。
「そうだね、中森さん色々ありがとう、」
そっと口つけて熱ふれる。
あまやかな香ふくんで、懐かしい紅茶の淹れ手は訊いた。
「あんな感じでよろしかったですか?」
「あんな感じでよかったよ、さっそく反応あったしさ、」
応え紅茶をふくんで、ふわり熱すべりこむ。
喉から胸じわり温められて、冷えていた自覚に微笑んだ。
「上司と話してから決めるよ、帰るか残るか、」
すこし休んだ方がいいのかもしれない、この自分も。
そんなこと沁みる温もり微笑んで、優しい瞳は肯いてくれた。
「どうぞ一晩でもお帰りください、英二さんのためにも、」
ほら、解かってくれている。
ずっと変わらない笑顔に感謝ただ笑いかけた。
「ありがとう中森さん、できればそうするよ、」
この家宰がいる、だから救われてきた。
そんなベッドサイドは幼い時間が懐かしむ。
『いたずらも大いによろしい、もっと思いきりされたらいかがですか?』
そう言ってくれた時間はもう遠い。
けれど変わらない瞳は笑ってくれた。
「朝食にお弁当を作ってまいりました、ここの食事よりはお好みに合うかと、」
ほら、こんなところまで正直だ?
変らない昔馴染みに笑いかけた。
「ありがとう、甘えついでにスポーツドリンク買ってきてもらえる?緑のキャップのやつ、」
「かしこまりました、10分ほどで戻ります、」
微笑んでロマンスグレイが踵を返す。
かたん、閉じられた扉にベッドの上ごろり仰向けた。
「10分って…よくわかってる、」
今どれくらい時間がほしいのか?
そんなところまで理解してくれる、ただ信頼ほっと息ついて思考めぐりだす。
『号外の写真は人質救助の劇的シーンじゃない、傷ついた山岳レンジャーと隊員が映っている、なぜだ?』
あんな質問を選んだ、その意図は何だ?
「変だって…気づくあたり前から、か、」
思考こぼれて声になる。
それでも聴かれることはない、つくりあげた安全と窓ながめた。
―どこまで伊達は調べて…疑ってくるのはホントに周太の味方する気か、
味方する、でも、なんのために?
『岩田が湯原を狙撃したのは誰の命令だ?』
あんな質問その真意まだ解からない、ただ嘘は無かった。
それから確かなこともう一つ、あの質問たちはリトマス試験紙だ。
―答を聴きたかったんじゃない、俺の反応を見にきたんだろ?
伊達は自分を試しにきた、その結果はどちらだろう?
信頼か、警戒か、いずれにしてもこのままで終わらない。
―どうせ監視カメラも操作してあるんだろうな、職権乱用できる力があるってことか、
警察病院の屋上、あの男は尋問に現れた。
それも夜明前だ、その存在が頭脳めぐらせる。
―愛人とか言ってきたしな、ただ試すためか、なんか気づいているのか、気づいているならそれだけ観察しているってことか、
試すためか、気づいているのか、どちらだろう?
今はまだ解からない、けれど、あの男ただ事実を言った。
『鷲田克憲の後継者に男の愛人はじゃまだろ?』
今の名前、今の関係、どちらも事実を言われた。
それが今なぜかほろ苦い、そっと噛んだ唇に一年前が懐かしむ。
『あの日に戻って、俺はね、英二と一緒に頬を叩いてもらえたんだ…だから嬉しい、』
ほら一年前の君が笑う、叩かれた赤い頬のままで。
雪ふる病院の一室で泣きそうに笑ってくれる、あのとき自分がどんなに幸せだったか君は知ってる?
『嫌なんだ、俺のために英二が傷つくなんて…嫌!』
怒って泣いてくれた顔すぐ思いだす、まだ忘れられない。
あの泣顔ただ愛しくて幸せで、だからまた傷ついても選んでしまった。
それなのに君は今ここにいない、たぶん自分よりも傷ついて疲れて、そして遠く離される。
「…あいたいよ、」
春あさい雪山に傷を負った、同じで、けれど君がいない。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
英二の今後が気になったら↓
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英二24歳3月
第84話 整音 act.4-side story「陽はまた昇る」
あのひとは生きている、“ 眼が似た人 ”の元で。
「は…やられたな?」
ひとりごと微笑んで、噛んだ唇が苦い。
こんなこと予想外だ、けれど考えられないことじゃない。
それなのに想定しなかったのは自分のミスで、そして傲慢だった。
『あと伝言だ、湯原はここにいない、』
あんな伝言あんな男に託してくる、その人選が「らしい」と想う。
結局のところ自分はまだまだ甘い、そんな後悔と歩いて傷が疼く。
「…いちばん手出しできない、な、」
ため息こぼれて笑ってしまう、だって「降参」だ?
いちばん自分にとって敵わない、それでも諦められるのか試されている?
考えごと歩く廊下は眠れる時間で、ただ薬品かすかな空気に香ひとつ懐かしい。
きっと戻っているな?確信と開いた扉きれいに英二は笑った。
「おはよう中森さん、聴かせて欲しいんだけど?」
たん、
扉閉じた病室、チャコールグレーの背中ふりかえる。
ロマンスグレイ艶やかな頭下げて、穏やかな笑顔が応えた。
「おはようございます英二さん、お話は帰ってなさいますか?」
帰る、どこへ?
そんなこと訊くだけ愚問なのだろう。
もう答なんか解かっている、その選択へ笑いかけた。
「退院の根回しは成功?」
「はい、英二さんのご都合でいつでも、」
薄明るい白い病室、肯く衿元はネクタイ美しい。
やわらかなカシミヤにワイシャツ端正で、いつもどおりの家宰に微笑んだ。
「ありがとう、警察病院の関係者けっこう多いんだ?」
「事務長は後輩にあたられます、退院なさいますか?」
答えと尋ねてくれる言葉に意図が覗く。
これが家宰の狙いだろう?いつもながらの有能に笑ってしまった。
「やっぱり中森さん、俺を鷲田に帰らせたくて協力したんだ?」
それも道理だろう?
納得へ家宰は瞳やわらかに細めた。
「バラはお庭でご覧になるほうがお好きでしょう?」
「それ言いたくて持ってきたんだ?」
笑ってベッド腰かけたかたわら、花が赤い。
指そっと深紅の花びらふれて、家宰まっすぐ見つめ微笑んだ。
「祖母に教えたのは中森さんの判断?」
こんなこと他の誰でもない。
択一の答にロマンスグレイの笑顔すこし困った。
「いいえ、あれは偶然の産物です、」
また予想外の答が来たな?
ちいさくて、けれど大きくなった誤差に組みかけた脚ひき攣れた。
「痛っ…」
左脚ずきり痛み奔る。
こんなこと前にもあったな?記憶たぐりかけて言われた。
「そんな傷だらけで歩きまわったら、痛むのも当然でしょう?」
仕方のないひとだ?
そんなトーン微笑んでマグカップ渡してくれる。
右手に受けとって、馥郁やさしい湯気ごし素直に笑った。
「そうだね、中森さん色々ありがとう、」
そっと口つけて熱ふれる。
あまやかな香ふくんで、懐かしい紅茶の淹れ手は訊いた。
「あんな感じでよろしかったですか?」
「あんな感じでよかったよ、さっそく反応あったしさ、」
応え紅茶をふくんで、ふわり熱すべりこむ。
喉から胸じわり温められて、冷えていた自覚に微笑んだ。
「上司と話してから決めるよ、帰るか残るか、」
すこし休んだ方がいいのかもしれない、この自分も。
そんなこと沁みる温もり微笑んで、優しい瞳は肯いてくれた。
「どうぞ一晩でもお帰りください、英二さんのためにも、」
ほら、解かってくれている。
ずっと変わらない笑顔に感謝ただ笑いかけた。
「ありがとう中森さん、できればそうするよ、」
この家宰がいる、だから救われてきた。
そんなベッドサイドは幼い時間が懐かしむ。
『いたずらも大いによろしい、もっと思いきりされたらいかがですか?』
そう言ってくれた時間はもう遠い。
けれど変わらない瞳は笑ってくれた。
「朝食にお弁当を作ってまいりました、ここの食事よりはお好みに合うかと、」
ほら、こんなところまで正直だ?
変らない昔馴染みに笑いかけた。
「ありがとう、甘えついでにスポーツドリンク買ってきてもらえる?緑のキャップのやつ、」
「かしこまりました、10分ほどで戻ります、」
微笑んでロマンスグレイが踵を返す。
かたん、閉じられた扉にベッドの上ごろり仰向けた。
「10分って…よくわかってる、」
今どれくらい時間がほしいのか?
そんなところまで理解してくれる、ただ信頼ほっと息ついて思考めぐりだす。
『号外の写真は人質救助の劇的シーンじゃない、傷ついた山岳レンジャーと隊員が映っている、なぜだ?』
あんな質問を選んだ、その意図は何だ?
「変だって…気づくあたり前から、か、」
思考こぼれて声になる。
それでも聴かれることはない、つくりあげた安全と窓ながめた。
―どこまで伊達は調べて…疑ってくるのはホントに周太の味方する気か、
味方する、でも、なんのために?
『岩田が湯原を狙撃したのは誰の命令だ?』
あんな質問その真意まだ解からない、ただ嘘は無かった。
それから確かなこともう一つ、あの質問たちはリトマス試験紙だ。
―答を聴きたかったんじゃない、俺の反応を見にきたんだろ?
伊達は自分を試しにきた、その結果はどちらだろう?
信頼か、警戒か、いずれにしてもこのままで終わらない。
―どうせ監視カメラも操作してあるんだろうな、職権乱用できる力があるってことか、
警察病院の屋上、あの男は尋問に現れた。
それも夜明前だ、その存在が頭脳めぐらせる。
―愛人とか言ってきたしな、ただ試すためか、なんか気づいているのか、気づいているならそれだけ観察しているってことか、
試すためか、気づいているのか、どちらだろう?
今はまだ解からない、けれど、あの男ただ事実を言った。
『鷲田克憲の後継者に男の愛人はじゃまだろ?』
今の名前、今の関係、どちらも事実を言われた。
それが今なぜかほろ苦い、そっと噛んだ唇に一年前が懐かしむ。
『あの日に戻って、俺はね、英二と一緒に頬を叩いてもらえたんだ…だから嬉しい、』
ほら一年前の君が笑う、叩かれた赤い頬のままで。
雪ふる病院の一室で泣きそうに笑ってくれる、あのとき自分がどんなに幸せだったか君は知ってる?
『嫌なんだ、俺のために英二が傷つくなんて…嫌!』
怒って泣いてくれた顔すぐ思いだす、まだ忘れられない。
あの泣顔ただ愛しくて幸せで、だからまた傷ついても選んでしまった。
それなのに君は今ここにいない、たぶん自分よりも傷ついて疲れて、そして遠く離される。
「…あいたいよ、」
春あさい雪山に傷を負った、同じで、けれど君がいない。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
英二の今後が気になったら↓
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