萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第79話 交点 act.2-side story「陽はまた昇る」

2014-10-09 22:00:05 | 陽はまた昇るside story
halfway 途次の今



第79話 交点 act.2-side story「陽はまた昇る」

もし俺が観碕と同じ側の人間だとしたら、俺をどうしたい?

問いかけに真実のかけら放り投げて先、澄んだ瞳まっすぐ自分を見つめて映す。
指揮車の窓に明けてゆく空からアンザイレンパートナーが見つめる、この眼差し何を次は映すだろう?
その予想だけで鼓動から軋んで吐きたくなる、いま自分は不安と臆病だらけの貌、こんな醜態さらしても告げたい願いに英二は微笑んだ。

「本当は俺、まだ何も光一に話していないんだ、疑われることが怖くて、」

自分がどういう家の人間で自分の父親がしたこと、なにひとつ話してない。
その全て聴いたら光一は、この真直ぐな瞳の男は何を自分に見るのだろう?

「本当のこと聴いたら疑われて当り前だ、でも本当は話して信じてほしいって想ってる、だけど怖くて言えていないんだ、周太にも、」

誰にも言えない自分の真相、でも最初に告げるならアンザイレンパートナーが良い。

この体ごと命すら託す唯一のザイルパートナー、血契までして肌すら交わした相手。
そこに抱きあった想いは食い違っていたと今なら解かる、それでも見つめていた俤は同じだった。
このザイルパートナーが唯ひとり想い続ける男、誰もが美しい男だと讃える山ヤの医学生に今も尋ねたい。

―雅樹さん、あなたは俺の正体を知っても信じてくれますか?

あの医学生を知る人は誰も、どこか似ていると自分に俤探してくれる。
その彼なら自分の正体も本音も全てを信じてくれるだろうか、そして彼が唯ひとり愛した山っ子は今なんて応えてくれるだろう?

「光一、俺が観碕と同じ世界の人間だとしたらどうする?」

観碕征治、あの男と自分は似ている。

第七機動隊に異動してから何度か会った、それ以前から晉の小説に馨の日記に「あの男」を読んできた。
だから似ているのだと気づけて先手も執れる、そんな自分は祖父ともよく似ていて、それでも山っ子は信じてくれる?
どうか信じてほしいと願いながら、それでも諦めてゆく防御壁そっと廻らす青信号の窓、秀麗やわらかな笑顔ほころんだ。

「山の英二しか俺は要らないね、アンザイレンパートナーを信じられなきゃ八千峰は登れないよ?おまえの素性なんか知ったこっちゃないね、」

ああ、約束ほんとに護ってくれるんだ?

『俺は英二を信じて黙秘と黙認する、でもね、泣きたいときは俺を山に誘いな?一緒に山登って一緒に泣いてやる、いいね?』

今月の初めに笑ってくれた言葉のまま今も笑ってくれる。
何も訊かない、何も言わない、だけど山に自分と居てくれる、そんな約束は得難くて微笑んだ。

「ありがとな光一、山の俺を信じてくれるってさ、いちばん嬉しいよ?」

なぜ自分が山の世界を選んだのか?
その願いは理屈じゃない、肚底の深く呼ばれるよう自分は山を選んでしまう。
この今も山に向かう車窓へ細胞ひとつずつ息吹する、そんな運転席の隣から笑ってくれた。

「いちばん嬉しいんなら英二はもう山サイドだってコトだろ、だから観碕と同じ側なんて無い、オエライ祖父サンがいてドンダケ狡賢いんでもさ、」

ほら、どうして自分のことこんなに解かってくれる?
こんな男だから共犯者に望んで、だからこそ自由に開放したくて離した手へ微笑んだ。

「光一、俺は高校の時に観碕と会ってたよ。月初に観碕が七機まで来たろ、あのとき言われて思いだした、」

この事だけは先に話しておく方が良い。
もし他から聴いたら誤解を生むだろう、その判断に告げて問われた。

「ふん、おまえが高校の時って検事の祖父サンの葬儀とかだね?」
「あたり、」

頷きながら嬉しくなる。
こんな聡明また信頼を見つめながら英二は口開いた。

「立派な法律家になれ、祖父と似てるから同じ検事もいいだろうって通夜のとき声かけられたよ、」

これだけ言えば光一なら気づくだろう?そう信頼どおり聡い瞳は尋ねた。

「ふうん、周太の時そっくりだね?」
「うん、似てるよな、」

微笑んで頷きながらハンドルさばく、その横顔に視線が痛む。
もう核心に辿り着かれてしまうだろう、だから自分から口を開いた。

「母方の祖父は大学で観碕の3年後輩なんだ、宮田の祖父とは仕事で面識があったらしい、そういう繋がりで通夜のとき俺の母親と話してる。適確な人選だって俺も思うよ、いちばん暗示に掛かりやすくて影響力あるからな?だから葬儀の後すぐ俺に無断で内部進学の根回し始めたんだ、まだ高2なのに、」

言いながら古傷ぐさり抉られる。
あのとき自分の進路は捻じ曲げられた、その赦せない屈辱に微笑んだ。

「俺は何ひとつ気づかないで京大に行く勉強してセンター試験を受けて、その後に担任から内部なら特待生だって教えられたよ。それで母親を問いつめたら付属の大学か東大か選べって言われた、東大なら特待を蹴っても許すってさ?観碕は周太なら東大だと思ったんだろな、それで俺を付けるために母親を唆したんだろ?東大のコネクションはステータスだとか吹きこんで、」

この自分を手駒に遣おうとした、そんな男は赦さない。
そして尚更に追い詰めたくなる本音にザイルパートナーがため息吐いた。

「なるほどね…ホント周到なヤツだね?でも英二のおふくろさん、周太のために東大へ入れようとしたなんてコト知ったら衝撃じゃない?」

ため息から少し笑いだしていく、その言葉につい可笑しくなって笑ってしまった。

「もし周太と東大で出会ってたら俺、学生の時から追っかけたと思うよ?」
「だね、おまえは女に追い回されてそうだけどさ、周太に惚れちゃった英二じゃソイツの意図もズレたろね?」

からり笑ってくれる声にほっとする。
こんなふうに去年の秋も笑わせて寛がせてくれた、この優しい先輩はさらり尋ねた。

「英二、おまえ警察学校で周太と同じ教場になったことも疑ってるね?」

いま「疑ってるね?」と訊いてくれた、だから自分を観碕サイドとは視ていない。
この質問は自分への肯定だ、そう解かるから嬉しくて笑った。

「疑ってるよ?警視庁だってことを母方の祖父は喜んでるから、」

四年ぶりの再会はそんな言葉だった。
これも秋だった、そんな現実は去年の秋と違い過ぎて遠いままテノールが尋ねた。

「なるほどね、その祖父サンって元官僚か?」
「そうだよ、警視庁は元が内務省だから悪くない選択だって褒められた、ノンキャリからキャリアになるのも悪くないってさ?」

ありのまま話しながら自分の現実こみあげる。
それでも八千峰へ登りたい意志も本物だ、そのパートナーも隣にいる、けれど父の事までは話せない。

『でも私は卑怯で臆病だ、私は馨くんも晉伯父さんも見殺しにしたんだ、』

もし父が沈黙せずに祖父へ、検察官だった祖父に全てを話してくれたなら?
そうしたら祖父は黙ってなどいなかったろう、あの清廉潔白で優秀な検事は馨と晉を護れたかもしれない。
その可能性を父も今は解かっている、だからこそ晉が愛した席を自分に教えて泣いた、あの後悔ごと自分は全てを背負いこんだ。

―だから光一、本当のこと知ったら俺を憎むかもしれないんだ…ごめんな、

時に沈黙は罪だ、その無言が誰かを殺すこともある。

それを父も解かっているから三十年以上も沈黙を解かなかった、だから湯原家の訪問も全て忘れた顔していた。
けれど息子の自分に暴かれて吐露に泣いた、あの重たい真実から微笑んだ。

「光一、俺は観碕の手駒にされかかった男だよ、今も関わってる、それでも俺のこと信じられるか?」
「あたりまえだね、」

即答すぐ笑いかけてくれる、その言葉に信号また停まる。
赤い点灯に隣へふり向いた真中、無垢の瞳が笑ってくれた。

「おまえはホント狡賢くってエロ別嬪の食えない男だからね、御せる奴なんていやしないよ。唯ひとりには跪いてるけどさ?」

ほら解ってくれる、だからアンザイレンザイルに護りたい。
こんな自分でも真直ぐ見つめて信じようと笑ってくれる、この最高の男に笑いかけた。

「ありがとな光一、俺は八千峰の約束は絶対に叶えたいって想ってるから、」

この約束から自分たちは始まった、だから今も確かめたい。
いま自分の正体すこしでも話せた、この信頼に結びたい約束をザイルパートナーは笑ってくれた。

「当り前だよ、絶対に叶えてよね?俺だって護りたい約束があるんだからさ、」

笑って答えてくれるテノールが深い、その想いは医学生の俤を見るのだろう。
こんなふうにお互い違う想い見つめながらも共に登ってゆける、そんな唯一の相手に笑いかけた。

「また光一と山で話したいな、焚火して酒飲んで、最初のビバークみたいに、」

あれは卒業配置まもない秋、道迷い捜索に暮れた榧ノ木山だった。
あれから一年以上が過ぎて今また冬、その時間たちに笑ってくれた。

「あれから一年ちょっとしか経ってないんだね、ナンカもっと長い時間いっしょだった気がしちまうよ、」
「うん、俺も同じこと想ってた、」

応えながら瞳の深く熱こぼれてくる。
ただ懐かしくて羨ましくなってしまう、あの秋の自分が今すこし妬ましい。
まだ真実なにも知らずに山の自由を笑っていた、唯ひとり見つめて幸せだった、あの秋が羨ましい。

それでも願ってしまう、真実を知りたい護りたい、そして必要だというのならこの手ひとつ穢して悔やまない。


(to be continued)

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