萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第67話 陽照act.1―side story「陽はまた昇る」

2013-08-10 00:28:22 | 陽はまた昇るside story
刻限、時の跫



第67話 陽照act.1―side story「陽はまた昇る」

披いた視界、薄闇に天井が仄白い。

狭いベッドから見上げる窓はカーテン越し明るみだす。
もうじき夜が明ける、そんな時間感覚に伸ばした手に腕時計を掴む。
フレームのボタン押して点いたLED灯に時針きらめいて、予定通りの時刻に英二は微笑んだ。

―光一も起きたな、

隣室にアンザイレンパートナーの気配を感じながら、そっと寝返りうって温もりを抱きしめる。
蒼色あわく波打つシーツに黒髪やわらかに零れて、穏やかな寝顔そっと肩に寄添わす。
この寝顔をずっと見ていたい、そう願う額へそっと接吻けた。

「…今日も無事で、」

微かな声に告げて腕を解き、ゆっくり起きあがる。
いま眠る人を起こしたくなくて静かにサイドへ身を移し、けれどベッドが軋んだ。

…ぎっ、

かすかな音に床へ立ち上がった背中、穏やかな気配ゆらぐ。
その気配につい期待が振向いたベッドから黒目がちの瞳が見上げて、嬉しくて英二は笑いかけた。

「ごめん周太、起こしちゃったな?」
「ううん…おはよう、英二、」

穏やかなトーン微笑んで起きてくれる、その前に屈みこんで瞳から覗きこむ。
眼差しに羞んで見返す瞳はいつも通りに澄んで睡眠の良好が落着いている。
目に体調を診とりながら額に額ふれさせて、前髪を透かす体温に微笑んだ。

―熱は無い、瞳の充血も無い。調子、悪くないよな、

額ごし体調を確かめながら見つめる貌は伏せた長い睫に気恥ずかしさ途惑う。
いつもの恥ずかしがりが可愛くて嬉しくて、想ったままに笑いかけた。

「可愛い周太、その恥ずかしそうな顔ってほんと可愛い、この一週間ずっと朝はその顔してくれてるな、」

ここに異動して一週間、この部屋で毎朝を見てきた。
ただ幸せだった、けれど朝ごと近づく瞬間に本当は泣きたい。
それでも触れあえる体温は幸せで嬉しくて笑った至近距離、赤い顔が微笑んでくれた。

「あの…今日も訓練とか気をつけてね、」
「うん、気をつけるよ。周太は今日は大学だろ?」

今日の予定なら大丈夫、そんな期待に掌のばし赤い頬くるむ。
優しい温もりふれて鼓動が弾む、その真中で黒目がちの瞳は長い睫を伏せた。

「ん、きょうはがっこうです…こうぎもおてつだいもあります、」
「じゃ、今朝は良いよな、周太、」

すかさず了解を求めて笑いかけた先、すこし厚めの唇そっと引き結ぶ。
この唇ほどきたくて英二は一週間ずっと堪えていた褒美を求め微笑んだ。

「訓練も任務も無い日だったら、おはようのキスして良いよね、周太?隊舎も留守にするプライベートの日だったら、キスも大丈夫だろ?」

仕事前には気が散るから駄目。

そう一週間ずっと言われて我慢に堪えてきた。
非番も週休も隊舎内にいるなら緊急出動の可能性もある、だから駄目だと言われて我慢した。
それでも今日のよう完全にプライベートな休日なら許して貰えるはず、その期待に唇そっと寄せた。

「おはよう、周太…」

名前を呼んで微笑んだまま静かに唇ふれる。
重なる吐息にオレンジ甘くて、けれど香の意味に心軋んでしまう。
その傷みごと抱きしめた小柄な体に重み懸けて、そのままベッドに倒れ込んだ。

「周太のキス甘くて好きだよ、ほんと可愛い。ね、このままちょっと触らせて?仕事前じゃなければ良いよね、周太、」

今日は土曜日、周太は大学で講義の日。
大好きな森林学の勉強なら集中も途切らさない、訓練や任務の危険も無い。
それ以上に、大学で過ごす時間への嫉妬があるから今ここで自分の痕を刻ませて欲しい。

―想い出してほしいんだ、俺のこと。美代さんや賢弥ってヤツが一緒の時も、

手塚賢弥、東京大学農学部三年に在籍。
この男を話す時の周太はいつも楽しげで、他の誰にも無い顔をする。
それが妬ましい本音は自分に隠せなくて、けれど誰にも気づかせたくない意地がある。

―同じ男なだけに気になるんだよな、でも、それ以上に今日だから忘れないでほしい、

『大学の研究生にならないかって言われたんだ、田嶋教授が大学に話してくれて…田嶋先生はお父さんの友達で、お祖父さんの教え子』

馨の友人で晉の教え子は、過去を知る。
その男から研究生の話が来た、それを今日の周太は受けるだろう。
だから今日、隠されている過去へと周太が踏みこみ向き合う可能性は高くて、だから自分を忘れてほしくない。
どんな事実を聴いたとしても微笑んで?そう願う想い笑いかけた真中で真赤な貌が小さく叫んだ。

「だっ、だめですっ!」
「そんな恥ずかしがらなくて良いよ、周太、」

拒絶された、それも嬉しくて微笑んでしまう。
おくゆかしいから周太は拒絶する、そういう貞淑こそ愛しくて尚更ふれたい。
そんな想い素直なままに腕は動いて抱きしめる掌は恋しさにTシャツの裾を掴んで、けれど真赤な貌に訴えられた。

「だめっ、きょうがっこうなんだからっ、し、しょくどうでせんぱいたちもいっしょでしょっ、だめやめてっ、」

そういう公衆の面前ってヤツで恥ずかしがるの、ちょっと見てみたいんですけど?

学校でこそ想い出してほしいし、寮の食堂で気恥ずかしがる貌を隣で堪能してみたい。
そんな願望は想像するだけで正直なところ楽しくなる、なにより今すぐ触れたい手も言葉も身勝手に微笑んだ。

「朝飯まで2時間あるから大丈夫、一眠りして起きたら恥ずかしいの落着くから…あ、周太の肌すべすべ、」
「やっ、えいじのばかばかやめて、ねむっておきてもはずかしいのっ、だめっ、」
「そんな冷たいこと言わないで、周太…」

拒絶の声すら可愛くて嬉しいまま自分勝手な手は動く。
掌に素肌ふれて抱きしめるまま想い募る、その願い素直に言葉こぼれた。

「周太は相変わらず肌きれいだな、見たいな?」

愛しい人の肌ふれて、見つめて唇の刻印を刻みたい。

そう願う真中で黒目がちの瞳が困惑する、そして少し小さな掌に腕を掴まれる。
そんな含羞の仕草すら愛しくて幸せで英二は小柄なTシャツ捲りあげ、微笑んだ。

「綺麗だ、周太…キスさせて?」

あなたが誰より綺麗、だから唇の恋を刻ませて?
そんな想い微笑んでTシャツ消えた肌へ唇よせて、なめらかな肌の胸に接吻けた。

「ばかちかんっ、あ、…」

愛しい声の罵りが息呑んで、肌透かす鼓動が唇に止まる。
キスふれる素肌やわらかに息づき心臓が脈うつ、その音に瞳が灼かれだす。

―生きている、周太は今ここで生きてる 

心つぶやく現実に、瞳灼かれる熱は漲らす。
掌に腕にふれる肌は温かい、唇ふれる鼓動は心拍を打つ。
そしてオレンジの香に吐息たしかに脈打って、そんな全てを離したくない。

―今、周太は俺の腕で生きてる…このまま生きてよ、周太、

どうか生きていてほしい、このまま自分の腕の中で。
誰より近くに生きて呼吸して笑ってほしい、けれど直に遠く去ってゆく。
それが解かるから今こうして唇の刻印をしたい、この想い寄せる右腕の痣にそっと接吻けた。

「あっ…」

求めたい声こぼれて、そっと唇ほどいて解放した右腕に真紅の痣が濡れて艶めく。
この痣にキス重ねたのは幾度めだろう、そんな想い見つめたまま腕ゆるめて身を起こす。
ベッドから脚を下ろし立ち上がり、呼吸ひとつに涙を消して英二はベッドの想い人に笑いかけた。

「周太、行ってくるな。朝飯また一緒させて?」
「ん、…行ってらっしゃい、」

気恥ずかしげな声が送りだす、けれど黒目がちの瞳は優しく笑ってくれる。
この声と瞳に約束の幸福だけを見つめて英二は踵返し扉を開いた。

…ぱたん、

小さな音の響く廊下、しんと眠らす静謐だけが微睡む。
まだ普通なら眠っている刻限、それでも第七機動隊舎はどこか緊張くゆらせる。
いつ召集が掛かるか解らない、そんな生真面目に眠りたち浅い廊下を独り、足音を消して歩く。






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