萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 整音 act.5-side story「陽はまた昇る」

2016-03-04 22:20:01 | 陽はまた昇るside story
You which beyond that heaven which was most high 
英二24歳3月



第84話 整音 act.5-side story「陽はまた昇る」

稜線が朱色にそまる、そして白銀が目を覚ます。

その姿が好きでいつも見惚れる、唯そのために登るのかもしれない。
太陽まばゆく緋色を白輝かす、あの瞬間だけ求めて見惚れて、そして何を望む?

「…ぁ、」

吐息ひとつ視界が披く、そのまんなか天井が白い。
今どこにいるのか?すぐ手繰った意識に呼ばれた。

「ほら英二、オノゾミドオリ退院許可でたよ?あのジイさんヤリ手だねえ、」

テノール笑って、ばちん、額を弾かれる。
じわり痛覚しみて瞬きひとつ、目覚めた意識に笑った。

「いきなりデコピンするなよ光一、俺いちおう頭も怪我してるんだぞ?」
「かすり傷ちっとダケだよ、脳も頭蓋骨も心配いらないね、」

すぐ言い返して、ばちん、一発また弾かれる。
鋭い仕草あいかわらずで、変わらない悪戯っ子に笑いかけた。

「そっか、無事でありがたいよ、」
「だね、ホント頑丈でありがたいんじゃない?」

さらり言ってくれるテノールが明るく透る。
そんな窓もう青空ひろくて、ゆっくり上半身を起こした肩ずきり奔った。

「つっ…、」

声こぼれ左肩そっと抱えこむ。
気づくと疼く痛覚にザイルパートナーは笑った。

「痛くてアタリマエだね、生きてるって実感できていいんじゃない?」
「ほんとそうだな、」

素直にうなずいて我ながら呆れる、こんな状態でよく屋上まで行ったな?

―さっき屋上であったこと話したら怒られそうだよな、本気で、

時計は9時、この4時間前どこで何をしていたのか?
その事実は黙ったまま、ベッドサイド座る制服姿に向きあった。

「光一、中森さんに会った?」
「ツイさっきね。いま手続きに行ってるからさ、オメツケに俺がいてやってるワケ、」

教えてくれながら額ぱちり弾かれる。
これで三発だ?その白い長い指に困りながら笑った。

「ごめんな光一、やっぱり怒ってるよな?遠征訓練とか色々ごめん、」

怒られて当然だ、こんなことは。
もう解かりきっている事態にアンザイレンパートナーは制帽を脱いだ。

「訓練に関しちゃ俺こそゴメンだよね?もう辞めちまうからさ、」

辞める、

そう言った瞳は底抜けに明るい。
制帽はずした貌は雪白まぶしくて、その涼やかな笑顔に微笑んだ。

「後藤さんは反対してるんじゃないのか?蒔田部長も、」

反対しないはずがない。
それでも同じ齢の上司はからり笑った。

「そりゃ反対したいだろうけどさ、誰か責任とらなきゃ終わらない大人の事情あるからね?俺にとっちゃ渡りに船だよ、」

渡りに船、なんて言っちゃうんだ?
こんな言い回しに本音あらためて尋ねた。

「なあ光一、おまえにとって警察官でいることは苦しかった?」

苦しいかもしれない、こういう男には。
この一年半むきあった時間に深いテノールは笑った。

「ソレナリ楽しいこともあったけどね?」

それなり楽しい、そう笑ってくれる眼ざしが明るい。
もう全てを終えた、そんな笑顔にため息ひとつ微笑んだ。

「それなりか、でも良かった、」

良かった、すこしでも楽しかったなら。
その安堵に見つめた病室、ベッドサイドの笑顔は訊いてくれた。

「なあんかホッとした貌してるね、ザイルパートナーの責任感ってとこ?」
「それもあるけど、もっと根本的なとこだな、」

答えながら一年半前が懐かしむ。
それより長い時間すぎた想いに微笑んだ。

「前にも言ったけど俺さ、山岳救助隊に志願を決めたのは光一の背中なんだ、」

雪の尾根、スカイブルーの冬隊服が救助ヘリを仰ぐ。
あの写真に覚悟ひとつ決った、もう遠くなった瞬間に山ヤが笑った。

「後藤さんが撮ったヤツかね?」
「それだよ、警察学校の資料で見たんだ、」

うなずいて懐かしい、あのとき隣に誰がいた?

『山岳地域の警察官なら警視庁は奥多摩方面、』

ぶっきらぼうな抑揚ない口調、あの声は資料室でも隣にいた。
あの声を山道で背負ったから今ここにいる、けれど君はいない。

「山岳訓練があってさ、そのとき山岳救助隊のこと知って…それで見てさ、」

記憶に笑いかけて鼓動そっと軋む。
絞めつけられる、それでも目の前の山ヤに笑った。

「かっこいいって素直に想ったよ、俺もこうなりたいって想ったんだ。そういうの俺は初めてでさ、しかも同じ齢だって知った時ショックだった、」

憧れて、だからこそショックだった。
そんな本音が求めて北壁の夜を呼びこんだ、あの還らない時間と笑いかけた。

「もう光一は解かってるだろうけど、俺は本当に傲慢だよ?傲慢で絶対に負けたくなくて努力するんだ、光一のザイルパートナーに選ばれた時もさ、」

憧れて追いかけた、その相手に選ばれたかった。
そこにある願いと過去に澄んだ瞳が笑ってくれた。

「クソマジメ堅物クンの根っこは、傲慢な負けず嫌いってコトだね?」
「そうだよ、嫌な性格してるって自分でも思うけどさ、」

うなずいて素直に認めてしまえる。
こんなふう笑って本音を言えてしまう、そんな相手まっすぐ見つめた。

「なあ光一、こんな俺と一緒に山登ろうって本気で想うか?」

この男はもう解かっているだろう。
その聡い瞳はただ受けとめ笑ってくれた。

「あんな立派なジイさんがカシズクようなお坊ちゃまクンと、ザイル繋げるかってコトかね?」
「うん、それだけじゃないけど、」

応えながら安堵して、けれど現実に咬みつかれる。
こんな状況ほんとうに情けなくて、ため息に友人が笑った。

「ふん、周太をかっさらわれるマヌケなおまえってコトかね?」

図星だ、ぐさり抉られる。
あいかわらずの率直に困りながら微笑んだ。

「ほんとカッコ悪いよな、俺、」

なんでも思いどおりになる、そう想っていた。
それが傲慢だったと思い知らされる今、ザイルパートナーは愉快に笑った。

「たまにはイイ薬じゃない?っていうかね、本音言っちゃってもイイ?」

何を言われるのだろう?
まだ疼く想いごとただうなずいた。

「いいよ、光一の考え聴かせてくれ、」
「よし、遠慮なく言わせてもらうよ、」

テノール朗らかに笑ってくれる。
底抜けに明るい瞳まっすぐ見つめて、そして言った。

「今は距離をおくのも愛じゃないかね?」

ほら、言葉にひっぱたかれる。

「…周太がここにいなくて正解ってことか?」

尋ね返して、でも解かっている。
こんなこと当り前なのだろう、痛みと見つめるまま言われた。

「おまえがいちばん解ってるよね?周太はもう警察にいるべきじゃない、今は世間から隠れたほうがイイ時だろ?おまえからもね、」

今あのひとに何が必要か?
その事実ただ見つめるまま聡明な瞳が微笑んだ。

「で、おまえもちっとノンビリしてきなね。自主謹慎ってのもシオラシくてイイポーズんじゃない?」

あいかわらず率直に言ってくれる。
そんなザイルパートナーに微笑んだ前、封筒ひとつ差しだされた。

「返すよ、預かる必要もう無いね?」


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

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