萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.35-side story「陽はまた昇る」

2017-09-10 08:20:14 | 陽はまた昇るside story
My world’s both parts, and,
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.35-side story「陽はまた昇る」

白銀くすぶる靄、すこし気温が上がった。

午後かかる太陽に雪けぶる、白い道うつろう影。
あわい木洩陽に湯気ゆらぐ紙コップ、その一杯に朗らかな声が笑った。

「出来たてよ、気をつけてね?」

きれいな明るい瞳が笑う、実直な視線おおらかな温度くゆる。
熱い素朴な香は掌から沁みて、こんな一杯に英二は微笑んだ。

「味噌汁よりも小嶌さん、周太の話なんだろ?」

くゆらす香あまく温かい、なつかしい芳ばしい、だからこそ沁みて軋む。
雪まばゆい森のほとりは寒くて、それでも否定したい、どうしても受けとり難い。

―俺もバカだな、こんな女に?

実直で明るい、ただそれだけの女。
それだけなのに君を奪ってしまった、もう君の一部はこの女のものだ。

「宮田くんがいない間の周太くんのこと、話していいですか?」

女の声が訊く、こんな質問にまた穿たれる。
何気なく言っているのだろうか、その言葉に微笑んだ。

「なんか小嶌さん、上から目線だな?」

君の時間を独りじめした、そんな言葉が苦い。
苦さ口つけた紙コップ、啜りこんだ熱そっと芳しい。
なにもないなら美味いのだろう?そんな想いに言われた。

「周太くんの了解はもらってます、聴いてくれますか?」

余計なことはいらない、聴いて?

そんな視線まっすぐ自分を映す、揺らがない。
こんな眼は君をどんなふうに見るのだろう?そのむこう君がいる。

「前は湯原くんって呼んでたろ、名前で呼ぶようなことあったんだ?」

訊きかえした息に午後の陽が白い。
陽を透ける湯気あわく影うつろう雪道、ときおりの声に君を見る。

―楽しそうだな周太、光一も、

四駆に背もたれる雪道、向こうの四駆かたわら君がいる。
ホリゾンブルーの登山ウェア小柄な横顔、その前で青いウェア姿が笑う。
見慣れた車かたわら二人が笑う、ただ羨ましい本音に言われた。

「その話を聴いてほしいの、聴いてくれますか?」

まっすぐな声が訊く、その視線が疎ましい。
こんなふう君を見られたら違うだろうか?想いただ微笑んだ。

「周太がいいなら、」

呼び方の変化、それだけの時間あるのだろう?
その変化ごと呑みこんだ湯気ごし、明るい瞳が見あげた。

「結論まず言うと、私、好きなひとに笑ってほしいだけよ?」

明るい視線まっすぐ見つめてくる。
逸らさない瞳の前、湯気ふっと吹き微笑んだ。

「小嶌さんは自信あるんだ?」

宮田くんがいない間の周太くんのこと、
そう前置きしたからには「そういう」ことなんだろう?

「そんなこと俺に言うってことはさ、それだけ周太を笑顔にしてたんだろ?俺がいない間、」

だから「宮田くんがいない間の周太くんのこと」話すのか?
けれど実直な瞳に言われた。

「笑うのは本人の力よ?それに周太くんはそんな弱いひとじゃない、」

知ったふうなこと言うなよ?

「俺より知ってるみたいな言い方だな、周太とそんなにいろいろあった?」

唇が動く、言い返す。
この女にこんなこと言われるなんて?

―肚立つな、こういうの?

鼓動ふかく熱い、もがく熱が疼いて苛立つ。
こんな感覚この女になんて?去年とは違う視線、また言われた。

「また明日、が消える瞬間があったわ、」

明日が消える「また明日」が。

その最初を見た瞳が自分を映す、ただ真直ぐに透ける明眸。
あの不安を見て、そのくせこんなに澄んで明るい眼に微笑んだ。

「俺はいつも、そんな瞬間にいるよ?」

微笑んだ真中きれいな瞳が自分を映す。
こんな「共有」望んじゃいない、それでも認めてしまう。
悔しい、嫉ましい、それでも確かに「宮田くんがいない間」があった。

―なんだか俺が部外者みたいだ、周太?

ほんとうに「宮田くんがいない間」があり、君はそこで生きていた。
そんな現実に心臓が軋む、痛み突きつける声が味噌汁の香に言った。

「だから私、オペラ座の怪人の話を周太くんにしたの。宮田くんは聴いたんでしょう?」

またあの名前だ、君の鎖の名前。

“Le Fantome de l'Opera”

邦題『オペラ座の怪人』その一冊に君が映る。
あの書斎あの一冊に始まった時の涯、啜った熱ひとくち微笑んだ。

「俺がファントムだって話ならね、」

微笑んだ目の端、君を見る。
ほんとうは隣で見たい、けれど遠い横顔の視界に問いかけた。

「あの小説と明日が消える瞬間って、小嶌さん?怪人みたいに俺が消えろって言いたい?」

白銀ふる路肩もう一台の四駆、楽しそうな雪上の椅子ふたつ。
黒髪くせっ毛と艶やかな黒髪ならんだ笑顔、ふたり寛いだ空気ここからもわかる。
あの二人なにを話すのだろう?気になるまま味噌汁くちつけて、芳ばしい熱に言われた。

「宮田くんの富士山初登頂のこと、光ちゃんを救けてくれたこと私は忘れられないの、」

初登頂、なぜこの女が?

それになぜ今そんなこと言うのだろう?
逸らされた苛立ち見つめて、奇麗に笑った。

「こんどは光一のことか、話ずいぶん跳ぶな?」

いいかげんにしてほしい、こんな会話。

―この女の論法なのか、跳ばして巻きこむみたいな?

冷えてゆく眼に止まない雪がふる、惹きこまれる白銀まぶしい。
このまま登りたくなる、あの銀色まばゆい尾根を見たいな?
もう稜線を歩きだす欲望にきれいな瞳が見あげた。

「光ちゃんを宮田くんが救けたのは事実よ、宮田くんが私のこと嫌いでも関係なく現実にあったこと、」

まっすぐ明眸が告げる、聞きたくないのに透る声。
こんな純粋どんなふう昔は感じた?苛立ちの記憶と笑った。

「嫌いでも関係ないのあたりまえだろ?光一と小嶌さんは別のことなんだ、」

関係ない、それは自分こそ言い本音だ?
なぜこんな女に踏みこまれないといけない?疑問に言われた。

「別のことです、別だから宮田くんに笑ってほしいの、」

また透ってくる、この声。
なんでこんなにストレート?ただ白い道端、声が透る。

「宮田くんが私のこと嫌いでも、私は宮田くんに笑ってほしいの。周太くんにも笑ってほしいの、私はそれだけ、」

それだけ、

それだけの声まっすぐ透る。
その明眸が自分を見つめて、雪ふわり笑った。

「ファントムの素顔はきれいよ、それだけ、」

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】


にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村 blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 車内雑談:週末@通勤電車 | トップ | 山岳点景:銀秋富士 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るside story」カテゴリの最新記事